No | 121411 | |
著者(漢字) | 武田,憲文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケダ,ノリフミ | |
標題(和) | 合成レチノイドAm80の粥状硬化モデルに対する効果 | |
標題(洋) | Effect of Synthetic Retinoid Am80 on Atherogenic Model | |
報告番号 | 121411 | |
報告番号 | 甲21411 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2659号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに レチノイン酸受容体α/β (RARα/β)の選択的アゴニストであるAm80は、オールトランス型レチノイン酸(ATRA)と比較して、RARαへの結合が特異的かつ強力で副作用も少ないことから、急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として使用されている。一方でAm80は、平滑筋の増殖を抑制することでマウス血管傷害後の新生内膜形成を抑制することや、インターロイキン-6(IL-6)シグナルを抑制することで様々な疾病モデルを緩和することが報告されてきた。IL-6は、マクロファージのスカベンジャー受容体であるCD36の発現制御や粥状硬化に強く関与することが知られることから、IL-6抑制作用も有するAm80がマクロファージに作用し、粥状硬化の形成に影響する可能性が考えられる。今回、私はAm80がマクロファージのIL-6産生や泡沫化に与える影響をin vitroで検討し、粥状硬化モデルであるApolipoprotein-E(ApoE)欠損マウスに実際に投与した際の効果について検討した。 方 法 細胞培養:Raw264細胞(マウス・マクロファージ細胞株)、マウス腹腔マクロファージ、ヒト単球性白血病由来細胞(THP-1細胞)を使用し、前者は10%FBSを含むDMEM液、後2者は10%FBSを含むRPMI1640液で培養した。 遺伝子・蛋白発現量の測定:遺伝子発現量はリアルタイム定量的RT-PCR法を用いた。蛋白発現量は市販の測定キット(ELISA法)を用いた。 ルシフェラーゼアッセイ:ヒトIL-6プロモーターやヒトCD36プロモーターを連結したルシフェラーゼ遺伝子、およびLzcZ遺伝子をLipofectamin 2000(Invitrogen)を用いてRaw264細胞に導入した。ルシフェラーゼ活性はβ-galactosidase活性で補正した。 リポ蛋白質の精製:ヒト血漿から、分画遠心法を用いて低比重リポ蛋白(LDL:1.019-1.063 g/mL)を精製した。酸化およびアセチル化LDLの作成には、CuSO4および無水酢酸を使用した。 コレステロール含有量の測定:細胞内コレステロールをヘキサン・イソプロパノール混合液を用いて抽出、enzymatic fluorometric microassay法で測定した。 フローサイトメトリー解析:FACSCalibur及び解析ソフトCellQuestを用いた。(CD36とSR-Aの細胞表面蛋白の定量化) ApoE欠損マウスの解析:高コレステロール食(20%脂質、0.15%コレステロール含む)を給餌し、粥状硬化は大動脈展開標本(上行大動脈-総腸骨動脈部)(Sudan IV染色)と大動脈洞部(OilRedO染色)で解析した。 組織解析:Oil Red O染色、マッソントリクロム染色、免疫組織学染色(IL-6)など。 結果 (1) Am80のマクロファージ・IL-6産生抑制作用 初めに、Am80がマクロファージにおけるIL-6産生に与える影響を検討した。Raw264細胞を用いた検討では、変性(酸化またはアセチル化)低比重リポタンパク(modified LDL)投与後に活性化されるPKCの活性化剤PMA(12-myristate 13-acetate)や、アンジオテンシンIIを投与後に産生されるIL-6は、Am80を前処置することで濃度依存的に抑制された。 このメカニズムを検討するため、ヒトIL-6プロモーター(-651〜+1:pIL6-luc651)を用いたルシフェラーゼアッセイを施行した。PMA投与後に上昇したプロモーター活性はAm80を投与することで同様に抑制された。IL-6プロモーター内に存在するNFKBとC/EBPβの結合領域などの関与を検討するため、これらの遺伝子変異体を作成・検討したところ、NFkBの変異体(pIL6-luc651ΔNF-kB)ではAm80の抑制効果は依然認められたが、C/EBPβの変異体(pIL6-luc651ΔC/EBPβ)では、この抑制作用は消失した。Am80はC/EBPβの発現量には影響を与えないため、Am80のIL-6抑制作用には、IL-6遺伝子プロモーターのC/EBPβ結合部位でのC/EBPβとの相互作用が重要であることが示唆された。 (2) Am80のin vitroマクロファージ泡沫化抑制作用 IL-6は、マクロファージのスカベンジャー受容体であるCD36の発現制御や粥状硬化には強く関与することから、Am80のIL-6発現抑制作用がマクロファージ泡沫化に与える影響を次に検討した。マウス腹腔マクロファージに変性LDL(酸化LDLやアセチル化LDL)を投与すると泡沫化するが、Am80を前投与することでその泡沫化反応や、細胞内コレステロール含有量が減少した。 変性LDLは、マクファージスカベンジャー受容体であるSR-AやCD36を介して細胞内に取り込まれるため、Am80がこれら受容体の発現量に与える影響を検討した。PMA(PKC activator)は、マクロファージ細胞株(マウス:腹腔マクロファージ、Raw264細胞、ヒト:THP-1細胞)のスカベンジャー受容体の発現を誘導するため、この系を用いて検討したところ、Am80は腹腔マクロファージやRaw264細胞での2種の受容体発現誘導(mRNA)を減弱させ、THP-1細胞でのSR-A発現誘導を減弱させた。この際、THP-1細胞では、Am80がCD36発現を誘導する結果となったが、これはマクロファージ細胞株の種属や分化度の相違が原因である可能性がある。本研究では、マウス腹腔マクロファージと同様な性質を有する細胞株・Raw264細胞を至適モデルと判断して以下の検討を行った。 Am80は、酸化LDL投与後のSR-AとCD36の発現誘導やコレステロール含有量増加を抑制した。これらの作用がIL-6シグナルを介するものかを判断するために、Am80投与後にIL-6を外的投与したところ、スカベンジャー受容体の発現抑制作用は部分的に回復した。さらに蛋白レベルでのスカベンジャー受容体発現量を検討するために、FACS解析でSR-A, CD36発現量を検討したところ、Am80投与後に発現量は低下し、この作用はIL-6の外的投与で部分的に回復できた。これらから、Am80はIL-6発現とIL-6シグナルを介したスカベンジャー受容体発現の両者への抑制作用を介して泡沫化を抑制していることが明らかとなった。 (3) Am80のin vivo粥状硬化抑制作用 Am80のin vitroマクロファージ泡沫化抑制作用が明らかとなったため、粥状硬化モデルであるApoE欠損マウスへのAm80投与効果を検討した。8週齢マウスに高コレステロール食を給餌し、Am80(1.0mg/kg/doy)を2ヶ月間連日投与したところ、体重変化や血中脂質値、血中IL-10値(抗炎症性サイトカイン)には影響はなかったが、血中IL-6やIL-1β値(炎症性サイトカイン)は低下していた。 大動脈展開標本(entire aorta, Sudan IV染色)や大動脈洞部(aortic roots, Oil Red O染色)を用いて粥状硬化を検討したところ、いずれもAm80投与群で粥状硬化が有意に減弱し、粥状硬化にも有用である可能性が示唆された(entire aorta: vehicle-treated, 7.3±0.8%; Am80-treated, 0.5±0.3%; P<0.01; aortic roots: vehicle-treated, 206429±12352μm2; Am80-treated, 149021±19282μm2; P<0.01)。 大動脈洞部のIL-6発現量を、免疫組織学的染色法を用いて検討したところ、Am80投与群でその発現量は低下していた。またマッソントリクロム染色を用いた検討では、大動脈洞から冠動脈周囲での細胞外マトリックスの蓄積が、Am80投与群で抑制されていた。 考察 Am80は、マクロファージのスカベンジャー受容体(CD36,SR-A)発現とその泡沫化を抑制した。またAm80を投与したApoE欠損マウスでの粥状硬化は有意に抑制された。 私の研究結果は、Am80の抗粥状硬化作用の一部はIL-6シグナルの抑制を介していることを示しているが、ApoEとIL-6の二重ホモ欠損マウスでは、むしろ粥状硬化が増悪することが報告されている。この相違の原因としていくつかの機構が考えられる。ApoE・IL-6二重ホモ欠損マウスでは、血漿脂質値が上昇し、抗炎症性サイトカインであるIL-10低下が認められた。IL-6は多機能性のサイトカインであり、完全欠損により炎症や代謝に多様な影響を与えたものと考えられる。これに対して、Am80投与はIL-6発現を完全に抑制するものではなく、脂質値やIL-10値、体重変化にも有意差を認めなかった。また、Am80はマクロファージ以外にも作用することが考えられる。Am80には(1)平滑筋増殖抑制、(2)抗凝固作用、(3)血管新生抑制作用、(4)T細胞からのIL-10誘導作用(抗粥状作用)、(5)その他の炎症性サイトカイン抑制作用(IL-1β)、などが報告されており、いずれも粥状硬化を抑制する機序として重要である。 Am80がIL-6産生を抑制する機序として、その誘導に関与するC/EBPβの機能抑制が考えられた。既に脂肪分化の系で、同機序に起因したレチノイン酸による転写抑制作用が報告されている。 私の結果は、「ATRAがヒト単球性白血病細胞(THP-1)のCD36発現を誘導する」という従来の報告とは異なる。Am80を用いて検討したところ、THP-1細胞では、Am80も同様にCD36発現を誘導することが確認された。これは、レチノイン酸がTHP-1細胞の分化誘導にも関与した結果ではないかと考えられ、マクロファージ泡沫化のモデル、細胞種、マクロファージ分化度などの様々な要素を今後さらに検討していく必要がある。今回の実験では、マウス腹腔マクロファージと同様の反応性を有したマウス・マクロファージ細胞株Raw264細胞を主に使用した。 おわりに Am80は、ApoE欠損マウスの粥状硬化を抑制した。粥状硬化症の予防および治療に有益な薬剤となる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、粥状硬化などの血管疾患形成において重要な役割を果たすマクロファージ細胞において、インターロイキン6(IL-6)がその泡沫化過程に与える促進効果に着目し、IL-6抑制作用を有する合成レチノイドAm80が粥状硬化モデルに対する影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。 マウス・マクロファージ細胞株(Raw264細胞)を用いた実験により、Am80を前投与することで、Angiotensin IIやPMA投与後に産生されるIL-6は濃度依存性に抑制されることが示された。 Am80はPMA投与後のC/EBPβ発現レベルには影響しないが、ヒトIL-6プロモーターにC/EBPβ変異体を導入したルシフェラーゼアッセイでは、Am80投与後のIL-6抑制作用は認められないことから、Am80のIL-6抑制機序にはC/EBPβの機能抑制の関与が考えられた。 マウス腹腔マクロファージに変性(酸化またはアセチル化)LDLを投与することで得られる泡沫化過程(Oil Red O染色および細胞内コレステロール含有量定量)は、Am80を前投与することで濃度依存性に抑制されることが示された。 Am80が泡沫化を抑制する機序として、変性LDLの取り込み受容体であるスカベンジャー受容体(SR-A,CD36)量が、Am80投与後に減少することが示された。またこれらの減少分は、IL-6を外投与することで部分的に回復することから、Am80の泡沫化抑制やスカベンジャー受容体量減少には、そのIL-6抑制作用が関与していることが示された。 マウス粥状硬化モデルであるApoE欠損マウスにAm80を投与したところ、体重変化や脂質値には影響を与えず、大動脈表面(Sudan IV染色)や大動脈洞(Oil Red O染色)で評価された粥状硬化病変は有意に減少することが示された。この際に、血清IL-6は減少し、その他IL-1β値も有意に減少していることが示された。 Am80には、その他(1)平滑筋増殖抑制、(2)抗凝固作用、(3)血管新生抑制作用、(4)T細胞からのIL-10誘導作用(抗粥状作用)、などが報告されており、いずれも粥状硬化を抑制する機序として重要であることも考察とされた。 以上、本論文はAm80がマクロファージ泡沫化を抑制し、また種々の細胞への影響とも協調することにより、粥状硬化モデルを軽減することを明らかにした。本研究は粥状硬化の機序や治療戦略の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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