学位論文要旨



No 121412
著者(漢字) 竹田,亮
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,リョウ
標題(和) 糖尿病状態での血管障害に対する内因性サイトカインの関与について
標題(洋)
報告番号 121412
報告番号 甲21412
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2660号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 本,眞一
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

背景および目的

糖尿病患者では非糖尿病患者と比べて冠動脈狭窄の頻度が高く、また病変も多枝に及んでいることが多い。さらに血管形成術後の再狭窄率も高いことが知られている。

糖尿病患者で血管障害が生じる機序としてはポリオール経路の活性化、酸化ストレスの亢進そしてプロテインキナーゼCの活性化などが考えられているが、高血糖や高脂血症に由来するadvanced glycation endproducts(AGEs)の産生亢進とその受容体であるRAGEとの相互作用も機序の1つと考えられている。これまでに糖尿病モデル動物の血管障害部位でRAGEやそのリガンドの発現が非糖尿病動物と比較して亢進していることや可溶型(soluble)RAGEの投与によって糖尿病における血管障害や病的血管新生が軽減されることが報告されている。また糖尿病患者の大動脈内皮細胞にはRAGEおよびそれに引き続くmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)の発現が亢進していることが報告されている。しかしどのような機序で糖尿病状態での障害血管にRAGEが発現してくるかは不明であった。

一方、近年糖尿病の基盤にはインスリン抵抗性の存在が示唆されるようになり、そのインスリン抵抗性には内臓脂肪の関与が報告されている。内臓脂肪からはtumor necrosis factor-α(TNF-α)やIL-6をはじめとする多くのサイトカイン(アディポサイトカイン)の放出が増加しており、これまでに血圧上昇、食欲調節、糖代謝異常、動脈硬化そして病的血管新生などの多くの病態形成に関与していることが報告されてきた。一方でアディポネクチンのように抗動脈硬化作用や抗糖尿病作用を示すサイトカインも報告されてきた。しかしこれまでに内臓脂肪由来のサイトカインがどのように再狭窄に関与しているかの検討は十分ではない。

今回、機械的血管傷害による新生内膜形成に対するTNF-αをはじめとした内因性サイトカインの影響を内因性サイトカイン産生抑制薬であるSemapimod(Sem)および1型TNF受容体の機能を遮断する作用を有するアデノウイルス(AdTNFRΔC)を使用して検討した。また新生内膜形成に対する内因性サイトカインとRAGEの関連を検討する目的でRAGEを強制発現させるアデノウイルス(AdRAGEwt)とAGEsを捕捉する作用を有する可溶性(soluble)RAGE(AdsRAGE)を発現させるアデノウイルスを作成して、新生内膜形成に対する効果を検討した。

方法

糖尿病モデル動物にはObese Zucker rat(OZ)を使用し、対照にはLean Zucker rat (LZ)を使用した。OZ群にはSemを12週齢から4週間投与し(OZ/Sem)、コントロール群には等量の生理食塩水を投与した。3群とも14週齢の時点で大腿動脈にCuffを留置し、2週間後に新生内膜形成を内膜/中膜比(l/M比)で評価し、Proliferating Cell Nuclear Antigen(PCNA)、S100/calgranulins、RAGE、Vascular Cell Adhesion Molecule-1(VCAM-1)およびED-1の発現を検討した。またAGEs-RAGE系の新生内膜形成に対する作用を評価するためにOZ群にAdsRAGEを、そしてOZ/Sem群にAdRAGEwtを大腿動脈に感染させた後にCuffを留置し新生内膜形成を検討した。さらにサイトカインの中でも特にTNF-αの作用を検討するためAdTNFRΔCをOZ群に感染させて同様の実験を行った。RAGEに関しては最終的にreal time PCRを行って半定量化して評価した。

結果

Semapimodのラット基礎データに対する影響

16週齢の時点で体重、収縮期血圧、空腹時血糖、中性脂肪、総コレステロール値はOZ群でLZ群よりも有意に上昇していた。OZ群にSemを投与してもそれらの値は変化しなかった。

Semapimodの血清および臓器中のサイトカイン濃度および血清CRPに対する影響

16週齢の時点で3群の血清および内臓脂肪や大動脈などから抽出したタンパク中のサイトカイン濃度をELISA法で測定した。血清および内臓脂肪中のTNF-α,IL-1β,IL-6濃度はOZ群でLZ群に比べて有意に上昇しており、Sem投与でOZ群のサイトカイン濃度は低下した。TNF-αおよびIL-1βに関しては大動脈由来のタンパク中の濃度も同様の結果が得られた。血清CRP濃度はOZ群でLZ群に比べて有意に上昇しており、Sem投与によってOZ群の血清CRP濃度は有意に低下していた。

Cuff留置による血管傷害に対するSemapimodの影響

Cuff留置2週間後にHE染色でI/M比を評価した。新生内膜形成はOZ群でLZ群と比較して有意に亢進しており、Sem投与によって新生内膜形成は有意に抑制された。PCNA染色による新生内膜内の細胞増殖の評価でも同様の結果となった。

新生内膜におけるS100/calgranulinsおよびRAGE発現の検討

糖尿病性血管障害の機序の1つであるAGEs-RAGE系を検討するためRAGEとそのリガンドであるS100/calgranulinsの免疫染色を行った。両者ともに発現の中心は血管内皮であり、それらの発現はOZ群でLZ群よりも亢進し、Sem投与によってOZ群での発現は低下した。Sham群では発現が認められず、RAGEの発現は血管傷害により誘導されると考えられた。

糖尿病状態での新生内膜形成に対するRAGEの関与の検討 糖尿病モデルでの新生内膜形成はRAGEを介していることを検討するためOZ群およびOZ/Sem群の大腿動脈にそれぞれAdsRAGEおよびAdRAGEwtを感染させた後にCuff留置を行った。その結果OZ群ではAdsRAGEによってサイトカイン濃度が高値であるにもかかわらず新生内膜形成が抑制され、OZ/Sem群ではAdRAGEwt感染によってサイトカイン濃度が低下しているにもかかわらず新生内膜形成が亢進した。

TNF-α単独での新生内膜形成に対する影響

今回サイトカインの中でも特にTNF-αの影響を検討するためdominant negative TNF受容体を発現するアデノウイルスをOZ群の大腿動脈に感染させた。2週間のCuff留置によってAdTNFRΔC感染群はAdGFP感染群に比較して新生内膜形成が有意に抑制された。またS100/calgranulinsおよびRAGEの発現もAdTNFRΔC感染群ではAdGFP感染群と比較して減少していた。

AGEs-RAGE系の血管障害因子誘導に対する検討

AGEs-RAGEが血管障害を誘発する際には接着因子や単球/マクロファージの誘導を引き起こすことが知られている。そのため新生内膜でのVCAM-1およびED-1染色を行った。両者ともOZ群で発現はLZ群よりも亢進し、OZ/Sem群でそれらの発現は低下していた。またOZ群にAdTNFRΔCおよびAdsRAGEを感染させると両者の発現は減少し、OZ/Sem群にAdRAGEwtを感染させるとそれらの発現は増加していた。

real time PCRによるRAGEの半定量化

RAGEに関しては最終的に半定量化を行って確認した。RAGEの発現はやはりOZ群でLZ群と比較して増加しており、Sem投与で抑制された。またOZ群にAdTNFRΔCを感染させるとAdGFP感染群に比べて発現量は減少していた。

考察

TNF-αをはじめとする内因性サイトカインのインスリンシグナルに対する役割については良く知られているが、新生内膜形成に対する役割についてはまだ十分には検討されていない。本研究では、内因性サイトカイン産生抑制薬であるSemapimodおよびdominant negative TNF受容体を発現するアデノウイルスを用いて主として内臓脂肪から放出されるTNF-αをはじめとしたサイトカインが糖尿病状態での新生内膜形成および細胞増殖を増加させることを示した。またOZ群やOZ/Sem群にAdsRAGEおよびAdRAGEwtを感染させた状態での新生内膜形成の結果から、AGEs-RAGE系が細胞だけでなくin vivoにおいても接着因子や単球遊走を引き起こすことで新生内膜を形成する可能性が示唆された。さらにOZ群にAdTNFRΔCを感染させた実験結果から、TNF-αをはじめとするサイトカインが血管内皮に作用し、直接RAGEの発現を誘導する可能性があることを示した。これまではAGEs-RAGE系がサイトカインの放出を誘導することは報告されてきたが、本研究はその逆の経路もありえることを示した最初の例であると考えられる。また本研究ではこれまでの報告と異なってS100/calgranulinsおよびRAGEの発現は血管内皮のみであった。培養内皮細胞の実験ではAGEs-RAGEの活性化が多くの組織障害因子を誘導しているという結果から、内皮のみでのAGEs-RAGEの発現は新生内膜を形成するのに十分であると考えられる。

結論

TNF-αをはじめとする内因性サイトカインは糖尿病状態での新生内膜形成に関与しており、その機序にはサイトカインによるRAGE発現の増強が考えられた。内因性サイトカインやRAGEを抑制することは血管形成術後の再狭窄予防に有用な治療手段となることが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は糖尿病状態における血管障害に対して重要な役割を演じていると考えられる内因性サイトカインの影響を明らかにするため、2型糖尿病モデル動物であるObese Zuckerラットに内因性サイトカイン産生抑制薬およびTNF-αのシグナルを受容体レベルで遮断するアデノウイルスを用いて検討しており、最終的に以下の結果を得ている。

Obese Zuckerラット(OZ)ではLean Zuckerラット(LZ)に比べて内臓脂肪および血管において炎症性サイトカインであるTNF-α,IL-1β,IL-6の濃度が上昇しており、OZに内因性サイトカイン産生抑制薬を投与すると(OZ/Sem)それらの濃度は有意に低下していた。またそれぞれのラットの大腿動脈にCuffを留置しておくと新生内膜が形成されたがOZ群ではLZ群よりも新生内膜形成が増強しており、Sem投与で新生内膜形成は抑制された。PCNA染色による新生内膜内での細胞増殖の程度を検討しても同様の結果であった。この結果から糖尿病状態での新生内膜形成には内因性サイトカインが悪影響を及ぼしており、それを抑制することで血管障害が軽減されることが示された。

また3群でのRAGEおよびそのリガンドであるS100/calgranulinsの発現を検討したところ両者とも血管内皮細胞を中心にOZ群でLZ群よりも発現が亢進しており、Sem投与によってそれらの発現は抑制された。また接着因子の一つであるVCAM-1およびマクロファージの浸潤を示すED-1の発現も免疫染色で検討したが同様の結果となった。これによって内因性サイトカインは糖尿病状態でAGEs-RAGE系を介して接着因子を活性化し、単球/マクロファージの遊走を引き起こして血管障害を誘発していることが示された。

糖尿病性血管障害におけるAGEs-RAGEの関与を検討するため、アデノウイルスを使用してOZ群の大腿動脈にAGEsを捕捉する可溶性RAGE(soluble RAGE:sRAGE)を、またOZ/Sem群の大腿動脈にRAGEをそれぞれ強制発現させた。それによってOZ群ではサイトカイン濃度が高いにもかかわらず新生内膜形成およびVCAM-1/ED-1の発現が抑制され、OZ/Sem群ではサイトカイン濃度が低いにもかかわらず新生内膜形成およびVCAM-1/ED-1の発現が増強した。これによってサイトカイン濃度とは無関係に糖尿病性血管障害に対してRAGE自身が関与している可能性が示された。

内因性サイトカインの中でも特にTNF-αと血管障害の関連を検討するため1型TNF受容体のdominant negative mutantを作成して、OZ群の大腿動脈に感染させてCuffを留置した。その結果、mutantの感染によってOZ群での新生内膜の形成は抑制され、RAGEの発現も抑制された。さらにVCAM-1およびED-1の発現も抑制された。したがってTNF-αは単独でもAGEs-RAGE系を介して接着因子やマクロファージを活性化させ糖尿病状態での血管障害を引き起こすことが示された。

以上、本論文は2型糖尿病モデル動物であるObeseZuckerラットにおいて内因性サイトカイン産生抑制薬およびTNF-αのシグナルを遮断する作用を有するアデノウイルスを用いた検討から、TNF-αをはじめとする内因性サイトカインがAGEs-RAGE系を活性化し、さらに接着因子やマクロファージを誘導することで糖尿病での血管障害を引き起こすことを明らかにした。本研究は糖尿病において内因性サイトカインがRAGEの発現を誘導することによって新生内膜形成に重要な役割を果たしていることをはじめて見出した研究であり、学位の授与に値する論文であると考えられる。

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