学位論文要旨



No 121413
著者(漢字) 田中,君枝
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,キミエ
標題(和) 機械的血管傷害後の新生内膜形成における骨髄由来前駆細胞の関与の多様性
標題(洋)
報告番号 121413
報告番号 甲21413
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2661号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋,孝喜
 東京大学 教授 本,眞一
 東京大学 客員助教授 小川,誠司
 東京大学 講師 本村,昇
 東京大学 講師 竹井,克
内容要旨 要旨を表示する

背景

虚血性心疾患は主要な致死的疾患のひとつである。虚血性心疾患は主に動脈硬化が原因となり発症する。動脈硬化においては、粥腫とよばれる隆起物が血管の内腔を狭窄する。粥腫の中心部は脂質コアと呼ばれ、macrophageや泡沫細胞、cholesterolの沈着が認められる。その周辺には、平滑筋細胞が存在し、細胞外基質やcytokineを合成、放出して動脈硬化の病態生理に重要な役割を担っている。カテーテル治療やバイパス手術など、虚血性心疾患に対する治療は、血行再建後の再狭窄が問題となることが多い。再狭窄の原因は合成型平滑筋細胞の過形成による内腔狭窄と考えられる。この平滑筋細胞の起源については不明であるが、現在はRossの仮説が広く受け入れられており、血管中膜の平滑筋細胞の遊走および増殖が、新生内膜の平滑筋細胞の由来であると考えられている。しかし、この仮説のみでは説明できない点もある。

近年、成人の組織中に、様々な細胞に分化する能力を持つ多能性幹細胞が存在すると報告された。佐田らは、骨髄由来前駆細胞が傷害血管の新生内膜形成に関与することを報告し、他グループからも、グラフト再狭窄、血管形成術後再狭窄、高脂血症関連動脈硬化病変などの動物モデルにおいて、骨髄由来前駆細胞の関与を認めたとする多数の論文が発表された。

一方、成人の幹細胞の、生理的な状況下の生体内での多能性を疑問視する意見も認められ、新生内膜形成においても、骨髄由来前駆細胞は関与しないという内容の論文が複数報告された。このような論文を検討したところ、それぞれの論文で様々な血管傷害モデルを用いており、それが相反する結果をもたらす一因になっているのではないかと考えられた。

そこで本研究では、血管傷害モデルの相違により、骨髄由来前駆細胞の新生内膜形成への関与に相違があるかどうかを検討した。

実験方法

骨髄移植により、野生型マウスまたはApoE knockout mouse(ApoE-/-マウス)の骨髄細胞を、全組織にLacZ蛋白(β-galactosidase)や緑色蛍光蛋白(green fluorescent protein,GFP)などmarkerとなる蛋白を発現する遺伝子改変マウス(LacZマウス、GFPマウス)の骨髄細胞で置換した。この骨髄移植マウスの、同一マウス中の3カ所の血管に、3種類の血管傷害モデルを作成した。左大腿動脈には、ワイヤーを挿入し、内皮剥離と血管過拡張による傷害モデル(ワイヤー傷害)を作成した。右大腿動脈には、血管周囲にポリエチレンチューブを留置する傷害モデル(カフ傷害)を作成した。左総頸動脈は内頚動脈と外頚動脈の分岐部直前を結紮して、血流遮断による傷害モデルを作成した。傷害作成後4週間で血管を摘出し、免疫組織化学的解析及び電子顕微鏡による観察を施行した。結果

傷害モデルを作成した血管では、3種類の傷害すべてにおいて、新生内膜の形成を認めた。GFPマウスの骨髄を野生型マウスに移植したモデル(BMT GFP→ApoE-/-)において、ワイヤー傷害では、新生内膜と中膜に多数のGFP細胞を認めた。(新生内膜の全細胞の38.9±5.8%、中膜の全細胞の61.4±5.8%、n=4)これらのGFP細胞のうち多数(新生内膜:26.6±6.4%、中膜:35.4±9.6%)が血管平滑筋のmarkerであるα-smooth muscle actin(α-SMA)を発現していた。カフ傷害にも大部分平滑筋細胞からなる新生内膜が形成された。しかし、GFP細胞は少数であった。(新生内膜:7.0±2.1%、中膜:15.1±2.2%)GFP細胞の中には、α-SMAを発現している細胞も認められた。血流遮断による傷害でも、α-SMA陽性細胞からなる新生内膜を認め、病変にはGFP細胞を認めた(新生内膜:24.1±5.3%、中膜:33.1±2.2%)が、α-SMAを発現している細胞はごく少数であった。

LacZマウスの骨髄細胞を野生型マウスに移植したモデル(BMT LacZ→Wild)においても同様に、ワイヤー傷害では、多数のLacZ細胞(新生内膜:56.3±7.8%、中膜:54.3±8.0%)を認めた。(n=5)LacZ細胞のうち多数の細胞はα-SMAを発現していた。カフ傷害では、新生内膜にはLacZ細胞はあまり認められなかったが、外膜に集積した多数の炎症細胞はLacZを発現していた。血流遮断による傷害では、LacZ細胞は新生内膜にごく少数のみ認められた。

ワイヤー傷害後の新生内膜に認められた骨髄由来細胞の性質を、BMT GFP→ApoE-/-マウスおよびBMT LacZ→Wildマウスを用いて検討した。新生内膜の管腔側にある骨髄由来細胞は、血管内皮細胞marker(BS-lectin,CD31,VWF)を発現しており、内皮細胞様に分化していると考えられた。BMT GFP→ApoE-/-マウスでは、VWF陽性細胞のうち42.9±8.5%がGFP陽性であった。また新生内膜では、大多数の骨髄由来細胞がα-SMAを発現していた。また、電子顕微鏡による観察においても、BMT LacZ→Wildマウスの新生内膜において、平滑筋細胞様の形態をとるLacZ細胞が確認できた。これらの結果より、骨髄由来前駆細胞は、ワイヤー傷害後の新生内膜形成において、血管を構成する細胞に分化している可能性が示唆された。

次に骨髄由来α-SMA陽性細胞の特徴をさらに検討した。BMT LacZ→Wildマウスのワイヤー傷害において、半数以上の骨髄由来細胞はα-SMAを発現するが、分化型血管平滑筋細胞のmarkerである血管平滑筋myosinを発現する細胞はほとんど認められなかった。これより、新生内膜中のα-SMA陽性骨髄由来細胞は、成熟な平滑筋細胞にまでは分化していないものと考えられる。

さらに、傷害の違いによる骨髄由来前駆細胞の新生内膜形成に対する関与の相違のメカニズムを解明するため、傷害後の血管壁の変化を観察した(n=3)。野生型マウスの3カ所の血管に3種類の傷害を作成し6時間後に摘出してparaffin包埋後薄切し、TUNEL染色にてapoptosisを観察した。ワイヤー傷害では、内皮細胞剥離と中膜の著明な拡張を認め、中膜細胞の広範囲なapoptosisが観察された。ほとんどのα-SMA陽性平滑筋細胞は傷害により消失していた。カフ傷害では、中膜細胞の39.1±9.9%がapoptosisを起こしていた。しかし、中膜の壁厚は保たれており、中膜の管腔側には、内皮細胞層が残存していた。血流遮断による傷害では、内皮細胞層と中膜はほぼ保たれており、わずかなapoptosis細胞しか認められなかった(0.3±0.3%)。

また、血管傷害後の炎症細胞の集積も観察した。BMT LacZ→Wildマウスに血管傷害作成後4週間の血管に、抗macrophage抗体を用いて免疫染色を施行した(n=4)。Macrophageの集積は3つの血管傷害モデルのいずれでも認められたが、特に、カフ傷害の外膜に多数の集積を認めた。ワイヤー傷害や血流遮断による傷害では、集積したmacrophageは少数であった。

ワイヤー傷害1週間後にchemokine、cytokineの発現を観察したところ、MCP-1、SDF-1、VEGFの発現を認めた。カフ傷害では、これらの発現を外膜にのみ認め、血流遮断による傷害では、中膜管腔側にわずかに認められた。

考察

この研究では、GFPやLacZなどmarkerとなる蛋白を発現する細胞で骨髄を置換したマウスに、3種類の異なる機械的血管傷害を作成して、骨髄由来前駆細胞の傷害血管への関与の相違を検討した。ワイヤー傷害は、ヒトの冠動脈形成術後を最もよく再現するモデルであると考えられる。カフ傷害、血流遮断による傷害は、内皮細胞や中膜に直接には傷害を与えない、緩徐な傷害である。

ワイヤー傷害では、多数の骨髄由来前駆細胞が新生内膜や中膜に認められたが、カフ傷害ではほとんど認められなかった。血流遮断による傷害では、新生内膜と中膜に少数のみ認められた。このように、血管傷害後の新生内膜形成における骨髄由来前駆細胞の関与は、傷害モデルにより異なっていた。

このような相違を認める原因を検索するために、傷害後の血管壁の変化を観察した。ワイヤー傷害では、カフ傷害、血流遮断による傷害に比べ、傷害作成後急性期に血管内皮細胞層の剥離、中膜の広範なapoptosisによる中膜平滑筋細胞の消失を認めた。また、cytokineやchemokineの発現も認めた。このように、ワイヤー傷害では血管壁に大きな変化が生じ、多数の骨髄由来前駆細胞が新生内膜形成に関与するが、血管壁にあまり変化を与えない傷害モデルにおいては、新生内膜形成に対する骨髄由来前駆細胞の関与はあまり認められなかった。また、炎症細胞の集積は、カフ傷害血管の外膜に最も認めたが、カフ傷害後の新生内膜には骨髄由来前駆細胞をほとんど認めないことから、炎症反応のみでは病変に骨髄由来前駆細胞は動員できないと考えられた。ワイヤー傷害のような強い血管傷害は、血管壁のcytokine、chemokineの発現を誘導し、これらが骨髄由来前駆細胞を病変に誘導するのに重要であると考えられる。

以上の研究結果から、骨髄由来前駆細胞の新生内膜形成に対する関与は、血管傷害モデルの相違により大きく異なることが示された。マウスを用いて血管傷害による新生内膜形成の機序を検討する実験を施行する場合には、血管傷害モデルの相違による、病変を形成する細胞の起源や病変形成の機序の相違を十分考慮する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、3種類の異なる血管傷害モデルを用いて、それぞれの病変への骨髄由来前駆細胞の関与に相違があるかどうかを検討したものである。骨髄由来前駆細胞は、動脈硬化病変に認められる血管平滑筋細胞の起源のひとつであると考えられているが、そのような現象は認められないとする論文も報告されており、見解が一致していない。本研究では、このような見解の相違が、それぞれの論文で異なった血管傷害モデルを用いているために生じる可能性があることを明示することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

骨髄細胞移植により、組織細胞と骨髄由来細胞を区別できるようにしたマウスを用いて、1匹のマウスの3カ所の血管に、3種類の血管傷害を作成し、4週間後の病変を、主に免疫組織学的手技により検討した。3種類の傷害は、ヒトの冠動脈形成術後の変化をよく再現していると思われる、内皮細胞剥離や中膜拡張を認める強い傷害であるワイヤー傷害と、比較的緩徐な傷害であるカフ傷害、血流遮断による血管傷害を作成した。それぞれの血管傷害で、平滑筋細胞のmarkerであるα-smoothmuscleactin(α-SMA)陽性細胞からなる新生内膜の形成を認めた。ワイヤー傷害では、多数の骨髄由来細胞を新生内膜と中膜に認めた。一方、カフ傷害や血流遮断による傷害では、ワイヤー傷害に比べ、病変に認めた骨髄由来細胞は少数であった。

新生内膜に認めた骨髄細胞は、内皮細胞marker(CD31、BSlectinなど)や、α-SMAを発現しており、内皮細胞や平滑筋細胞に分化しているものと考えられた。

新生内膜に認められた骨髄由来前駆細胞の多くはα-SMAを発現していたが、高分化型平滑筋細胞のmarkerであるmyosinは発現していなかった。

それぞれの血管傷害により引き起こされる血管壁の変化を検討したところ、ワイヤー傷害後の血管では、内皮細胞と中膜平滑筋が広範にapoptosisを起こしており、手術後急性期にほとんど消失していた。カフ傷害や血流遮断による傷害では、内皮細胞や中膜平滑筋細胞は保たれていた。この結果より、ワイヤー傷害は、血管壁の変化をもたらす強い傷害であるといえる。

ワイヤー傷害後の血管では、cytokineやchemokineの発現を認めたが、カフ傷害ではそれらの発現は外膜側にのみ認められ、血流遮断による傷害では、ほとんど発現を認めなかった。この結果より、骨髄由来前駆細胞の動員には、これらの因子が関与しているものと考えられた。

それぞれの傷害において、炎症細胞の集積を観察したところ、カフ傷害の外膜側に多数の炎症細胞集積を認めたが、ワイヤー傷害では、他の傷害と比べ、特に炎症細胞集積は著明ではなかった。したがって、炎症反応の強弱のみでは、骨髄由来前駆細胞の動員を説明できないと考えられた。

以上、本論文はマウスを用いた傷害血管モデルにおいて、モデルの違いにより、骨髄由来前駆細胞の新生内膜形成への関与に相違が生じ、ワイヤー傷害のような強い傷害で、骨髄由来前駆細胞が多数動員されることを明らかにした。骨髄由来前駆細胞の特徴や機能の解明は、今後の動脈硬化治療の発展に大きく貢献するものと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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