学位論文要旨



No 121416
著者(漢字) 山田,奈美恵
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ナミエ
標題(和) アディポネクチンのアンギオテンシンIIシグナルに対する作用
標題(洋)
報告番号 121416
報告番号 甲21416
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2664号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員助教授 佐田,政隆
 東京大学 教授 本,眞一
 東京大学 教授 百瀬,敏光
 東京大学 助教授 鄭,雄一
 東京大学 客員助教授 後藤田,貴也
内容要旨 要旨を表示する

近年食生活の欧米化や運動不足といった生活習慣の変化によってメタボリックシンドロームの発症率が急増しており、これが動脈硬化の進展を介して心血管イベント発症を促す危険因子として注目を浴びている。メタボリックシンドロームは高血圧、高脂血症、耐糖能異常、肥満を合併する生活習慣病からなる病態であるが、単に複数の病態が同一の患者に発症することに着目されて名付けられたわけではなく、ある共通したメカニズムを基盤として発症する疾患として概念づけられている。またメタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積を背景とした病態であるが、メタボリックシンドロームの罹患により動脈硬化が進展して脳心臓血管障害の発症率が高まることが最大の問題点である。ここでメタボリックシンドロームが動脈硬化を惹起する作用機序においては肥満を背景に持つことから脂肪細胞の機能が重要であると考えられている。脂肪細胞は近年エネルギー蓄積のみならず、アディポサイトカインと呼ばれる生理活性物質を分泌することが近年明らかになってきている。その脂肪細胞が代謝臓器だけでなく血管を含む全身的な影響を及ぼす分子機構の詳細は解明されていないが、アディポサイトカインの重要性は示唆されている。アディポネクチンは抗インスリン抵抗性と抗動脈硬化作用を持つアディポサイトカインであり、メタボリックシンドロームや糖尿病の発症や進展において重症な役割を果たすことが近年明らかになりつつある。一方、メタボリックシンドロームの重要な要素に高血圧がある。高血圧の病態には様々な因子が関与しているが、そのなかでもレニン・アンギオテンシン(RA)系の作用は重要である。アンギオテンシンIIは内因性昇圧物質として古典的な内分泌機構として作用するのみならず、血管壁局所でパラクライン/オートクライン機序により様々な細胞の活性化、相互作用を制御する。高血圧のみならず、動脈硬化などの血管病態においてRA系が重要な役割を果たしていることはよく知られている。メタボリックシンドロームにおいて高血圧とともに耐糖能異常・インスリン抵抗性が合併するが、最近の大規模臨床試験データは、RA系がインスリン抵抗性にも関与することを示唆している。しかしその分子メカニズムにおいては不明な点が多い。さらには、アディポネクチンとRA系との相互作用や分子機構もよく分かっていない。また内臓脂肪蓄積から高血圧が進展するメカニズムあるいは逆に高血圧が内臓脂肪蓄積に及ぼす作用も不明である。しかし、血管壁において、アンギオテンシンIIは平滑筋細胞の形質変換や増殖を誘導し、動脈硬化進展メカニズムにおいて重要な役割を果たすことは知られている。けれどもアディポネクチンが血管平滑筋に対して直接作用を有するか、あるいは有するのであればどの様な作用であるかは明らかでない。そこで今回、メタボリックシンドロームの病態における動脈硬化進展に及ぼすアディポネクチンとRA系の役割を検討する目的で、(1)アンギオテンシンIIのアディポネクチンノックアウトマウスへの作用(2)AT1受容体阻害剤であるバルサルタンのアディポネクチンノックアウトマウスへの作用と、(3)アンギオテンシンIIの標的遺伝子であり、血管組織リモデリングに重要な転写因子KLF5に対する作用を検討した。

まずアディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスに対してアンギオテンシンII及び高脂肪食負荷を行ったところ、野生型マウスでは血中アディポネクチン濃度が低下した。また、アディポネクチンノックアウトマウスは有意な体重増加と血中中性脂肪値の増加を認めた。その体重増加は主に白色脂肪細胞の重量増加であると考えられる。さらに、アディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスで比較すると、負荷前には有意差を認めなかった血中レプチン濃度がアンギオテンシンIIと高脂肪食負荷を行うことで有意にアディポネクチンノックアウトマウスにて高値を示すようになった。

次に、アディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスにバルサルタンと高脂肪食を負荷したところ、バルサルタン投与はアディポネクチンノックアウトマウスにおいてインスリン感受性を改善して、インスリン分泌量を抑制させた。また、バルサルタン投与はいずれの遺伝子型においても高脂肪食負荷による血中レプチン濃度の上昇を有意に抑制した。これらのアディポネクチンノックアウトマウスにおける高脂肪食及びレニン・アンギオテンシン系の負荷実験の結果は、RA系が糖代謝、脂質代謝に対して作用することをin vivoで示しており、さらにアディポネクチンは代謝経路において直接作用を有するのみならず、RA系が及ぼす影響に対しても相互作用をもつことを示唆している。また、アディポネクチンとRA系は互いにレプチンに対する影響をもつことも明らかとした。

一方、in vitroでは培養大動脈平滑筋細胞にアディポネクチン受容体AdipoR1及びAdipoR2が発現していることを確認した。アディポネクチンの投与は培養大動脈平滑筋細胞においてAMP-dependent protein kinase(AMPK)及びAktのリン酸化を惹起した。我々の以前の検討で、アンギオテンシンII刺激により培養大動脈平滑筋細胞でKLF5の発現が誘導され、形質変換やパラクライン因子の発現を制御し、組織リモデリングを進めることが分かっている。そこで、KLF5に対する作用を検討したところ、アディポネクチン前投与によりアンギオテンシンIIによるKLF5発現誘導が抑制されること、またKLF5の転写に重要なEgr-1とC/EBPβの発現抑制を伴うことが分かった。さらにシグナル伝達経路の解析を行ったところ、アンギオテンシンIIはそれぞれMEKとAktの経路によってEgr-1とC/EBPβの発現を誘導することと、アディポネクチンはAMPKの活性化を介してEgr-1とC/EBPβの両者の発現を抑制することによってKLF5発現を抑制することが示された。今回の研究によってアディポネクチンが血管平滑筋形質変換を制御する転写調節機構に直接作用を持つことが初めて明らかとされた。

今回の研究によって、アディポネクチンが全身の代謝制御においても、血管局所の平滑筋細胞活性化においてもアンギオテンシンIIの作用を抑制する可能性を示した。また、AT1受容体阻害剤の投与により糖代謝が改善することも示した。メタボリックシンドロームは肥満を背景として、高血圧、耐糖能障害や脂質異常を合併する状態であるが、これらの病態の進展に臨床的にRA系が重要であると考えられてきている。また、肥満を背景とすることからアディポネクチンを始めとするアディポサイトカインが作用していることが推測されている。今回の研究結果は、アディポネクチンは代謝及び血管両方において、代謝ストレスを含む様々なストレスに対して組織保護的に働くことを示唆する。さらには、RA系を制御することはメタボリックシンドロームの病態を改善する作用を有することを示している。今後、アディポネクチンの代謝や血管に対する作用を転写因子ネットワークへの情報伝達を鍵として検討することによって、メタボリックシンドローム下のストレス応答の分子機構がさらに明確にできると考えられる。さらに、RA系の代謝経路に対する直接作用を分子機構から解明することによりメタボリックシンドロームの治療に対する新しいアプローチ方法を見出すことが出来ると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、メタポリックシンドロームの病態における動脈硬化進展に及ぼすアディポネクチンとレニン・アンギオテンシン系の役割を検討する目的で、1.アンギオテンシンIIのアディポネクチンノックアウトマウスへの作用、2.AT1受容体阻害剤であるバルサルタンのアディポネクチンノックアウトマウスへの作用と、3.アンギオテンシンIIの標的遺伝子であり、血管組織リモデリングに重要な転写因子KLF5に対する作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

アディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスに対してアンギオテンシンII及び高脂肪食負荷を行ったところ、野生型マウスでは血中アディポネクチン濃度が低下した。また、アディポネクチンノックアウトマウスは有意な体重増加と血中中性脂肪値の増加を認めた。その体重増加は主に白色脂肪細胞の重量増加であると考えられる。さらに、アディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスで比較すると、負荷前には有意差を認めなかった血中レプチン濃度がアンギオテンシンIIと高脂肪食負荷を行うことで有意にアディポネクチンノックアウトマウスにて高値を示した。

アディポネクチンノックアウトマウスと野生型マウスにバルサルタンと高脂肪食を負荷したところ、バルサルタン投与はアディポネクチンノックアウトマウスにおいてインスリン感受性を改善して、インスリン分泌量を抑制させた。また、バルサルタン投与はいずれの遺伝子型においても高脂肪食負荷による血中レプチン濃度の上昇を有意に抑制した。

培養大動脈平滑筋細胞にアディポネクチン受容体AdipoRl及びAdipoR2が発現していることを確認した。アディポネクチンの投与は培養大動脈平滑筋細胞においてAMP-dependent protein kinase(AMPK)及びAktのリン酸化を惹起した。さらにアディポネクチン前投与によりアンギオテンシンIIによるKLF5発現誘導が抑制されること、またKLF5の転写に重要なEgr-1とC/EBPβの発現抑制を伴うことが分かった。シグナル伝達経路の解析では、アンギオテンシンIIはそれぞれMEKとAktの経路によってEgr-1とC/EBPβの発現を誘導することと、アディポネクチンはAMPKの活性化を介してEgr-1とC/EBPβの両者の発現を抑制することによってKLF5発現を抑制することが示された。

以上、本論文はレニン・アンギオテンシン系が糖代謝、脂質代謝に対して作用することを示しており、アディポネクチンは代謝経路において直接作用を有するのみならず、レニン・アンギオテンシン系が及ぼす影響に対しても相互作用をもつことを示している。また、アディポネクチンが血管平滑筋形質変換を制御する転写調節機構に直接作用を持つことも新たに明らかとされた。本研究はアディポネクチンとレニン・アンギオテンシン系との相互作用を見出し、メタポリックシンドロームの治療に対する新しいアプローチ方法を示す重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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