学位論文要旨



No 121418
著者(漢字) 浅岡,良成
著者(英字)
著者(カナ) アサオカ,ヨシナリ
標題(和) ヘッジホッグシグナルにおける転写因子Gliの新規結合因子の同定とその生物学的意義の検討
標題(洋)
報告番号 121418
報告番号 甲21418
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2666号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 池田,均
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

Gliタンパク質はヘッジホッグシグナルの標的遺伝子の発現制御に関わるZnフィンガーをもつ転写因子である。このシグナル伝達経路はDrosophilaからヒトにいたるまで発生のプロセスにおいて中心的な役割を果たしており、これらの異常により、様々な先天奇形や癌が発生することが報告され、そのシグナル伝達機構は主にDrosophilaの系において詳細に検討されている。しかし、哺乳類では、不明な点も多い。Drosophilaにおいて転写因子はCiの一つのみであるが、哺乳類では役割分担が不明な3種類のGli転写因子が存在する。また、Ciと複合体を形成するCos-2やFuのhomologueなどは明らかとなっていない。一方で、ヒトの癌において、基底細胞癌や髄芽腫で、ヘッジホッグシグナルを構成する分子の変異が明らかとなっている。最近では、膵臓などの上部消化器癌や肺癌、前立腺癌、乳癌においても、腫瘍の発生あるいは維持にヘッジホッグシグナルが重要な役割を果たすという報告が相次いでいるが、これらの癌では責任分子が必ずしも明らかとなっていない。このため、哺乳類におけるヘッジホッグシグナルの新たな構成因子を同定することは、この経路を明らかにするのに役立つだけでなく、腫瘍の発生、維持の機構を解明する一助になると考えられた。

そこで、今回、2つのaffinityタグ(mycおよびFlag)とTEVプロテアーゼによる切断部位を直列につないだダブルタグ(MEFタグ法)によるaffinity purificationの手法と質量分析計を用いてGliの新規結合タンパクの同定を行い、その機能解析を行った。

方法

MEFタグによる組換えGlilをヒト胎児腎細胞で強制発現させ、この細胞抽出液を抗myc抗体・抗Flag抗体を固相化したビーズとインキュベーションし、結合分子のaffinity purificationを行った。特異的に結合したタンパク質を電気泳動後、銀染色し、バンドを切り出して、ハイブリッド(四重極一飛行時間)型の質量分析計(Q-TOF2,Micromass Wythenshawe,UK)にてシークエンスを行った。さらに、同定したタンパク質との結合に関して生物学的意義の検討を行った。

結果

Glilの新規結合因子として14-3-3を見出した。

14-3-3は結合タンパク質中のリン酸化された特異的な配列に結合することが知られている。mutagenesisにより予測結合部位に変異を導入したGlilを作成し、遺伝子導入、14-3-3との免疫沈降を行った。これにより640番目と659番目のセリンが結合部位であることがわかった。640番目のセリンはPKAによるリン酸化配列であることが知られていたため、PKAを活性化した状態で再度、免疫沈降を行い、結合が増強することを示した。また、リコンビナントタンパクを用いたin vitro kinase assayを行い、この配列がPKAによりリン酸化されることを確認した。

Gli2およびGli3も同様の手法によりGlilと相同な領域(Gli2では956番目のセリン、Gli3では1006番目のセリン)で14-3-3が結合し、この部分もPKAによりリン酸化されることをinvitrokinaseassayで確認した。Gliの転写活性にこの結合が関与するかレポーターアッセイを行い、検討した。Gli結合配列をプロモーターにもつルシフェラーゼプラスミドをGliの野生株あるいは14-3-3に対する結合部位の変異体とともに遺伝子導入し、転写活性を測定した。PKAを活性化した条件でGli2でのみ有意差を認め、野生株は14-3-3と結合しない変異体と比較し、転写活性が低下する傾向を認めた。

この転写活性への影響が細胞内局在の変化によるものか免疫細胞染色を行い、検討した。Gli2において、野生株、変異体いずれも核に局在し、PKAを活性化した条件でも核に局在したため、この結合は細胞内局在の変化には影響しないと考えられた。

考察

本研究で、Gli2がPKAによるリン酸化依存的に14-3-3と結合し、転写活性が低下することが示された。GlilとGli3も相同な領域でPKAによるリン酸化依存的に結合したが、これらでは転写活性への影響は明らかとならなかった。PKAはvivoでヘッジホッグシグナルを負に制御することが知られていたが、その機序はリン酸化とそれに引き続くプロセシング、リプレッサーの形成によると考えられている。今回の14-3-3との結合は新たなヘッジホッグシグナル伝達機序を示したものと考えられる。転写活性低下の機序として、14-3-3はBAD、FOX転写因子FKHRL1やヒストン脱アセチル化酵素HDACとリン酸化依存的に結合し、その細胞内局在を変化させることで機能の制御を行うことが知られている。このため、今回のGliと14-3-3との結合も細胞内局在に影響を与えるか検討したが、免疫細胞染色で明らかな変化を認めなかった。この結合はGli2の転写活性に影響を与えるが、Glilには影響を与えないこと、Gli2、3とのみ結合する転写コアクチベーターCBPとの結合領域が14-3-3結合領域の近傍に位置することから、この結合に影響を与える可能性があり、今後の検討を要する。また、最近、JNKにより14-3-3自体がリン酸化をうけ、結合が低下するという機序も報告されている。ヘッジホッグシグナルは、組織傷害時の幹細胞プールの維持に重要であると考えられているため、今回の系を介して、細胞ストレス→JNKの活性化とヘッジホッグシグナルとのクロストークがあるか興味深い。

結語

MEFタグ法によるaffinity purificationと質量分析計を用いて、Gliの新規結合因子14-3-3を見出した。この結合はPKAによるリン酸化依存的であり、Gli2およびGli3もPKAによるリン酸化配列を介して14-3-3と結合した。Gli2においてのみこの結合が転写活性を低下させた。この研究は、ヘッジホッグシグナルの新たな伝達機序を示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、プロテオミクスの手法を用いて、ヘッジホッグシグナルにおける転写因子Gliの新規結合因子を同定し、その生物学的意義について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

MEFタグ法によるaffinity purificationの手法と質量分析計を用いて、ヘッジホッグシ グナルの転写因子Glilの新規結合因子として14-3-3を見出した。

Glilの640と659番目のセリンが14-3-3との結合部位であり、特に、640番目のセリンはプロテインキナーゼAによりリン酸化されることが結合に重要であった。

Gli2およびGli3もGlilと相同な領域で結合し、この部位もプロテインキナーゼA によりリン酸化された。

14-3-3との結合はGli2において、細胞内局在に変化をおよぼすことなく、転写活性を抑制した。

以上、本論文では14-3-3がヘッジホッグシグナルの抑制性因子であることをはじめて示した。ヘッジホッグシグナルは発生における神経組織の構築や髄芽腫をはじめとした癌の発生に重要であるが、一方で、14-3-3のisoformのひとつである14-3-3Eは脳の先天奇形をきたす症候群や髄芽腫で高頻度に欠失する領域に局在している。このため、今回の研究は発生異常や発癌の新たな機構の解明につながることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

考察において、結果と重複している部分を省略した。

考察に、今回の結果の臨床的意義として、上記の14-3-3Eの欠失による表現型の変化がヘッジホッグシグナルに関わる可能性を検討し、追加した。

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