学位論文要旨



No 121421
著者(漢字)
著者(英字) Bayasi,Guleng
著者(カナ) バヤス,グラン
標題(和) CXCR4中和抗体は腫瘍血管新生を低下させ消化器癌増殖を抑制する
標題(洋) Blockade of the SDF-1/CXCR4 Axis Attenuates In vivo Tumor Growth by Inhibiting Angiogenesis in a VEGF-Independent Manner
報告番号 121421
報告番号 甲21421
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2669号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

腫瘍血管新生は癌種を問わず腫瘍組織の増大にとっては必須の現象であると考えられ、広いスペクトラムを有する新たな癌治療標的として重要と考えられている。実際に現在、分子標的治療薬を初めとする抗血管新生薬の開発競争が盛んであり、既に抗ヒトVEGF抗体は臨床現場で投与され、従来の抗癌剤との併用で有意に患者予後を延長させるなどの成果が報告され始めている。また、従来、腫瘍血管新生の本体は組織内de novoでの血管発芽と考えられてきたが、最近、組織幹細胞のひとつとして骨髄由来の血管内皮前駆細胞が末梢血中に同定され、その細胞が腫瘍などの末梢局所へリクルートされる現象が報告された。

細胞のケモタキシスを司るケモカイン遺伝子群の中でSDF-1/CXCR4axis欠損マウスがいずれも血管系の異常で胎生致死になると報告されている。また、SDF-1は組織の間質と血管内皮で発現され、受容体であるCXCR4も血管内皮細胞に発現するとの報告からSDF-1/CXCR4 axisが腫瘍血管新生に寄与する可能性が考えられた。

我々は今回消化器癌細胞を皮下移植したマウスモデルを用いて、腫瘍血管新生おけるケモカインSDF-1/CXCR4 axisの役割を検討した。

方法

C57BL/6マウスに放射線を照射して骨髄を破壊し、GFPトランスジェニック

マウスの骨髄細胞を移植した。そのマウスに大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植した。大腸癌と膵癌それぞれの腫瘍組織内へに浸潤する細胞を比重遠心で回収し、それらの細胞に共通に発現するケモカインレセプターをRT-PCR法によりスクリーニングし、CXCR4については免疫学的染色により腫瘍組織での発現を検討した。腫瘍の増殖に伴う骨髄由来幹細胞の腫瘍組織への誘導、生着は腫瘍組織内のGFPと血管内皮細胞のマーカーCD31、同定されたCXCR4との蛍光二重染色により解析した。一方、比重遠心で末梢血単核球分画を採取、内皮細胞の培養条件下でin vitro培養することで、末梢血の血管内皮前駆細胞におけるCXCR4の発現も検討した。

さらに大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植したマウスモデルに、CXCR4の中和抗体を投与し、腫瘍への抑制効果を検討した。腫瘍の血管新生への影響は血管内皮細胞のマーカーであるCD31の抗体で蛍光免疫染色を行い、両群での腫瘍血管数を定量するとともに、Laser Doppler imaging systemを用いて腫瘍内の血流を測定した。

結果

大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植したマウスモデルで、腫瘍組織内へに浸潤する細胞を比重遠心で回収し、それらの細胞に共通に発現するケモカインレセプターをRT-PCR法によりスクリーニングしたところ、二種類の腫瘍でケモカイン受容体CXCR4の共通発現が確認され、免疫染色の検討でもCXCR4が二種類の腫瘍で確認され、一部は腫瘍の血管内皮で発現されていた。GFP骨髄移植したマウスモデルでの蛍光二重染色でGFPとCXCR4ダブル陽性細胞が腫瘍血管内皮で発現され、それらの細胞はトータルGFP陽性細胞に対して大腸癌のColon38と膵臓癌のPancO2のモデルでそれぞれ3.4%(32.3±2.1 vs. 961.3±36.8)、2.1%(65.7±4.6 vs. 3185.7±149.8)であった。一方、比重遠心で末梢血単核球分画を採取、内皮細胞の培養条件下でin vitro培養したところ、末梢血の血管内皮前駆細胞におけるCXCR4の発現も確認された。このことからCXCR4は骨髄由来血管内皮前駆細胞の腫瘍へのリクルートにも関与する可能性が考えられた。

大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植したマウスモデルに、CXCR4の中和抗体を投与し、中和効果を検討したところ、CXCR4の中和抗体が二種類の腫瘍の増殖をそれぞれ抑えた。In vitroでColon38とPancO2細胞にCXCR4の中和抗体を添加し、MTTassayで検討した結果、中和抗体は癌細胞そのものの増殖に影響は与えなかった。Colon38細胞はRT-PCRレベールではCXCR4を発現することから、RNAi手法を用いてColon38にCXCR4をStable Knock Downした細胞株(siCXCR4)を樹立した。siCXCR4細胞をコントロールsiRenilla細胞とin vitro,in vivoで検討したところ、CXCR4のKnock Downにより癌細胞の増殖に影響は与えなかった。つまりCXCR4陽性細胞が腫瘍の一部血管内皮で発現された結果から、CXCR4の中和効果の機序は腫瘍直接でなく血管新生を抑えた可能性が示唆され、さらに検討を進めた。中和抗体の投与群とコントロール群の腫瘍組織でCD31の抗体で蛍光免疫染色を行い、共焦点顕微鏡で両群での腫瘍血管数を定量した結果、中和抗体を用いた群ではコントロール群より血管の数は45%(P<0.001)まで減少した。Laser Doppler imaging systemを用いて腫瘍内の血流を測定した結果、中和抗体を用いた群ではコントロール群より血流が65%(P<0.01)まで減少した。CXCR4の中和効果とVEGFとの関連を検討するため、両群の腫瘍から蛋白を回収して、ELISAAssayでVEGFの濃度を測定した結果、両者でVEGF蛋白の発現量に有意差が認められなかった。このことはCXCR4がVEGFと非依存的に腫瘍血管新生に関与することを示している。

考察

本研究では、消化器癌細胞を皮下移植されたマウス腫瘍組織において、ケモカイン受容体であるCXCR4をその中和抗体を用いて阻害すると腫瘍増殖が抑制され、それが腫瘍細胞自身への効果ではなく間質を介した腫瘍内血流の低下によるものであることを明らかにした。

乳癌ではCXCR4が過剰発現、リガンドのSDF-1も腫瘍組織で発現、癌の転移にも関わり、CXCR4の中和により乳癌転移に抑制効果があると報告されている。我々の消化器癌モデルでの結果から推測すれば、CXCR4の中和により転移抑制効果は腫瘍の血管新生を抑制する影響もあるかもしれない。

ケモカインレセプターCXCR4が皮下移植された腫瘍においてVEGFとは非依存的に腫瘍血管新生に関与する結果が得られ、そのひとつは血管内皮の構築の制御を介している可能性が文献的に考えられた。内皮細胞の三次元構造の確立がSDF1により制御しているという現象はすでに血管内皮細胞株を用いたin vitroの実験で報告されているが、そればかりでなく、今回の骨髄移植モデルや腫瘍内血流Dopllerの検討では骨髄からの血管内皮前駆細胞のリクルートにもCXCR4が関与していると考えられた。

結語

癌細胞を皮下移植したマウスモデルでの検討では、CXCR4に対する中和抗体の投与により、腫瘍血管新生阻害を介して腫瘍増殖を抑制した。SDF-1/CXCR4axisが、VEGFの阻害とは異なる血管新生抑制機構として、新たな癌治療の分子標的として臨床応用につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、消化器癌細胞を皮下移植したマウスモデルを用いて、腫瘍血管新生おけるケモカインSDF-1/CXCR4 axisの役割について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植したマウスモデルで、腫瘍組織内へに浸潤する細胞を比重遠心で回収し、それらの細胞に共通に発現するケモカインレセプターをRT-PCR法によりスクリーニングしたところ、二種類の腫瘍でケモカイン受容体CXCR4の共通発現が確認され、免疫染色の検討でもCXCR4が二種類の腫瘍で確認され、一部は腫瘍の血管内皮で発現されていた。

GFP骨髄移植したマウスモデルでの蛍光二重染色でGFPとCXCR4ダブル陽性細胞が腫瘍血管内皮で発現され、それらの細胞はトータルGFP陽性細胞に対して大腸癌のColon38と膵臓癌のPancO2のモデルでそれぞれ3.4%(32.3±2.1 vs.961.3±36.8)、2.1%(65.7±4.6 vs.3185.7±149.8)であった。

比重遠心で末梢血単核球分画を採取、内皮細胞の培養条件下でin vitro培養したところ、末梢血の血管内皮前駆細胞におけるCXCR4の発現も確認された。このことからCXCR4は骨髄由来血管内皮前駆細胞の腫瘍へのリクルートにも関与する可能性が考えられた。

大腸癌、膵癌細胞株を皮下移植したマウスモデルに、CXCR4の中和抗体を投与し、中和効果を検討したところ、CXCR4の中和抗体が二種類の腫瘍の増殖をそれぞれ抑えた。

In vitroでColon38とPancO2細胞にCXCR4の中和抗体を添加し、MTTassayで検討した結果、中和抗体は癌細胞そのものの増殖に影響は与えなかった。Colon38細胞はRT-PCRレベールではCXCR4を発現することから、RNAi手法を用いてColon38にCXCR4をStable Knock Downした細胞株(siCXCR4)を樹立した。siCXCR4細胞をコントロールsiRenilla細胞とinvitro,invivoで検討したところ、CXCR4のKnockDownにより癌細胞の増殖に影響は与えなかった。

CXCR4陽性細胞が腫癌の一部血管内皮で発現された結果から、CXCR4の中和効果の機序は腫瘍直接でなく血管新生を抑えた可能性が示唆され、さらに検討を進めた。中和抗体の投与群とコントロール群の腫瘍組織でCD31の抗体で蛍光免疫染色を行い、共焦点顕微鏡で両群での腫瘍血管数を定量した結果、中和抗体を用いた群ではコントロール群より血管の数は45%(p<0.001)まで減少した。Laser Doppler imaging systemを用いて腫瘍内の血流を測定した結果、中和抗体を用いた群ではコントロール群より血流が65%(p<0.01)まで減少した。

CXCR4の中和効果とVEGFとの関連を検討するため、両群の腫瘍から蛋白を回収して、ELISAAssayでVEGFの濃度を測定した結果、両者でVEGF蛋白の発現量に有意差が認められなかった。このことはCXCR4がVEGFと非依存的に腫瘍血管新生に関与することを示している。

以上、本論文は癌細胞を皮下移植したマウスモデルでの検討では、CXCR4に対する中和抗体の投与により、腫瘍血管新生阻害を介して腫瘍増殖を抑制した。SDF-1/CXCR4 axisが、VEGFの阻害とは異なる血管新生抑制機構として、新たな癌治療の分子標的として臨床応用につながることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

全体の文章構成については、Abstractを削除して、Conclusionを追加いたしました。

IntroductionとDiscussionのところに図表を加えました。

Figure3のLegendを修正いたしました。特に、Anti-CXCR4中和抗体のin vitroでの濃度、及びCXCR4のKnock-down細胞はSinglecloneではなく、Stablepoolであることを記載いたしました。

Anti-CXCR4中和抗体の中和効果については、すでに動物実験モデルでマウスのCXCR4を効率よく中和できると報告されておりますが、Methodsのところに、文献的なコメントを記載いたしました。

「学位論文の要旨」の結語について一部訂正いたしました。

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