学位論文要旨



No 121422
著者(漢字) 浅羽,研介
著者(英字)
著者(カナ) アサバ,ケンスケ
標題(和) 糖尿病性腎症における抗酸化薬の治療効果
標題(洋) Effects of antioxidant drugs in diabetic nephropathy
報告番号 121422
報告番号 甲21422
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2670号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 野入,英世
 東京大学 講師 西松,寛明
 東京大学 講師 遠藤,久子
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

酸化ストレスは糖尿病や高血圧、心血管系疾患の発症進展に重要な役割を果たしており、糖尿病における腎障害にも関与することが知られている。酸化ストレスの程度は活性酸素種(ROS)の産生系と消去系のバランスにより決定される。ROSはキサンチンオキシダーゼ、nitric oxide synthase (NOS)、ミトコンドリア電子伝達系、シクロオキシゲナーゼなどにより産生されるが、主な産生源はnicotinamide adenine dinucleotide phosphate (NADPH)oxidase由来のスーパーオキシドアニオン(O2-)である。マクロファージのphagocyte NADPH oxidaseはgp91phoxとp22phoxの2種類の膜成分とp47phox、p40phox、p67phox、Racなどの細胞質成分から構成され、p47phoxがリン酸化し細胞質成分が細胞膜に移動して集合体を形成することで活性状態となりO2-を産生する。腎臓ではNADPH oxidaseの各成分が糸球体、macula densa、遠位尿細管、血管平滑筋や内皮細胞に存在する。apocyninはNADPH oxidase の細胞質成分が細胞膜へ移動し集合体を形成するのを阻害する薬剤で、関節炎モデルやCrohn病モデルにおいて抗炎症・臓器保護作用が報告されている。tempolはNADPH oxidaseにより生じた02-を過酸化水素に変換するsuperoxide dismutase (SOD)mimeticで、血管拡張・血圧降下作用が知られている。

【目的】

糖尿病モデルにおいてNADPH oxidase阻害薬のapocyninならびにSOD mimeticのtempolを投与し酸化ストレスを抑制することにより糖尿病性腎症の治療を検討した。

【方法】

糖尿病ラットモデルはストレプトゾトシン(60mg/kg体重)の静注により作成した。2週目から8週目までapocynin(16mg/kg/day)もしくはtempol (200mg/kg/day)で治療し、NADPH oxidaseの発現と酸化ストレスについて検討した。

【結果および考察】

まずPart 1としてストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットの腎障害に対するapocyninの効果を検討した。腎臓でNADPH oxidase構成成分の発現をWestern blottingにより検討すると、DM群において細胞質成分のp47phoxは腎の細胞膜分画と細胞質分画の両方で増加がみられた(細胞膜分画:DM 0.33±0.04vs. Control 0.20±0.03 arbitraryunit,P<0.05;細胞質分画:DM 0.29±0.03vs. Control 0.18±0.03arbitraryunit,P<0.05)。apocynin治療群では細胞膜分画でp47phoxの有意な減少が認められたが(0.21±0.03,P<0.05vs.DM)、細胞質分画では認められなかった(0.25±0.02,NS vs.DM)。また、p47phoxの細胞膜/細胞質比は治療群で有意に低下した(0.85±0.06;P<0.05vs.DM1.13±0.05or vs. Control 1.10±0.07)。これらはapocyninがp47phoxの膜への移動を阻害することを示している。一方、細胞膜成分であるgp91phoxはDM群で有意に増加したが(0.30±0.02vs.Control 0.20土0.02,P<0.01)、apocynin治療群では有意な増加はみられなかった(0.25±0.02,NS vs. Control)。もうひとつの膜成分であるp22phox の発現はDM群でも治療群でも変化しなかった。apocyninがp47phoxとそのアンカーであるgp91phoxの結び付きを抑制し、NADPH oxidaseの活性化を阻害することが示唆される。

DMラットの腎臓ではNADPH oxidaseの発現亢進に伴い、その産物である酸化ストレスの増加がみられた(尿中過酸化脂質:DM98.1±7.6vs. Control 6.5±0.7 nmol/mg Cr,P<0.001;尿中過酸化水素:DM26.9±6.3vs. Control 11.4±1.2unit/mg Cr,P<0.05)。apocyninはNADPH oxidaseを抑制することにより、酸化ストレス産物を有意に抑制した(過酸化脂質:66.0±10.7 vs. DM,P<0.05;過酸化水素:10.1±1.3vs. DM,P<0.01)。

続いてNO産生系について検討した。内皮型NOS (eNOS)の発現はDMラットの腎臓で増加しており、apocyninはこれを変化させなかった。しかし、腎におけるNO産生はapocynin治療群でDM群より有意に増加した(DM+apocynin 100.2±11.6vs. DM71.0±4.7μmol/mL,P<0.05)。apocyninがO2-によるtetrahydrobiopterinの酸化を抑制してeNOS uncouplingを防ぎNO bioavailabilityを高めた可能性が考えられる。

糖尿病ラットの腎臓では、メサンジウム基質の増加やfibronectin、I型コラーゲンの発現増加がみられた。また尿蛋白は有意に増加した(0.55±0.13 vs. Control 0.31±0.03mg/mgCr,P<0.05)。apocynin治療による酸化ストレスの抑制とNO bioavailabilityの増加により、これらの腎組織障害および尿蛋白は有意に改善した(DM+apocynin0.27±0.02 vs. DM,P<0.05)。

次にPart 2としてtempolによる糖尿病性腎症の治療効果を検討した。腎細胞膜分画におけるNADPH oxidase p47phoxの発現はDM群で有意に増加したが(0.33±0.05vs. Control 0.20±0.02 arbitraryunit,P<0.05)、tempolにより抑制された(0.27±0.03,NSvs.Control)。p22phoxでは有意な変化を認めなかった。

NADPH oxidaseにより生じたO2-はSODにより過酸化水素に変換され、過酸化水素はcatalaseにより最終的に水へと分解される。また過酸化水素からはmyeloperoxidase (MPO)の作用によりROS の一種であるhypochlorite アニオンが産生される。DMラットの腎臓ではNADPH oxidaseの発現亢進ならびにcatalaseの発現低下(0.31±0.01 vs. Control 0.36±0.01 arbitrary unit,P<0.05)の結果、過酸化水素の増加を認めた。tempolはSOD活性を亢進させ(15.9±1.09vs. DM13.2±0.37 unit/mg protein,P<0.05)、糸球体内の過酸化水素を抑制したが、腎全体では過酸化水素の産生量はDM群と同様であった。さらにDM群ではMPOの発現が亢進しており(0.38±0.02vs. Control0.24土0.02arbitraryunit,P<0.001)、その産物であるhypochloriteが増加した(44.8±3.4 vs. Control 28.1±4.5 arbitrary unit,P<0.01)。これらはtempolにより減少しなかった(MPO:0.39±0.02;hypochlorite:47.5±2.0,NS vs. DM)。

腎組織の検討では、DM群の糸球体でTGF-βおよびfibronectinの発現亢進、メサンジウム基質の増大を認めたが、これらはtempolにより抑制された。一方、尿蛋白および尿中N-acetyl-β-D-glucosaminidase(NAG)はtempol により減少しなかった。MPO 亢進に伴い増加したhypochloriteによる尿細管障害の影響が考えられる。

【結論】

apocyninは糖尿病ラットにおけるNADPH oxidaseの発現とp47 phoxの細胞膜への移動を抑制することにより、NADPH oxidaseの活性化を阻害して酸化ストレスを抑制した。また、apocyninは NO bioavailability を増加させるとともに尿蛋白や腎組織障害を改善した。一方、tempolは糖尿病ラットの糸球体においてTGF-βの発現を抑制しメサンジウム基質増加を改善したが、MPOによるhypochlorite産生の増加に伴い尿蛋白は改善しなかった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腎組織障害の発症進展に重要な役割を果たしている酸化ストレスに関し、その主要な産生源であるnicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADPH)oxidaseの発現調節を明らかにするため、ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットにNADPH oxidase阻害薬であるapocyninならびにsuperoxide dismutase(SOD)mimeticであるtempolを投与して酸化ストレスの抑制を試みたものであり、下記の結果を得ている。

腎臓でNADPH oxidase構成成分の発現をWesternblottingにより検討すると、DM群において細胞質成分のp47phoxは腎の細胞膜分画と細胞質分画の両方で増加がみられた。apocynin治療群では細胞膜分画でp47phoxの有意な減少が認められたが、細胞質分画では認められなかった。また、p47phoxの細胞膜/細胞質比は治療群で有意に低下した。これらはapocyninがp47phoxの細胞膜への移動を阻害することを示している。一方、細胞膜成分であるgp91phoxはDM群で有意に増加したが、apocynin治療群では有意な増加はみられなかった。apocyninがp47phoxとそのアンカーであるgp91phoxの結び付きを抑制し、NADPH oxidaseの活性化を阻害することが示唆される。

DMラットでは腎NADPH oxidaseの発現亢進に伴い、酸化ストレス産物である尿中過酸化脂質や尿中過酸化水素の増加がみられた。apocyninはNADPH oxidaseを抑制することにより、これらの酸化ストレス産物を減少させた。

内皮型nitric oxide synthase(eNOS)の発現はDMラットの腎臓で増加しており、apocyninはこれを変化させなかった。しかし、腎におけるNO産生はapocynin治療群でDM群より増加した。apocyninがスーパーオキシドアニオン(O2-)によるtetrahydrobiopterinの酸化を抑制してeNOS uncouplingを防ぎNO bioavailabilityを高めた可能性が考えられる。

DMラットの腎臓では、メサンジウム基質の増加やfibronectin、I型コラーゲンの発現増加がみられた。また尿蛋白は増加した。apocynin治療による酸化ストレスの抑制とNO bioavailabilityの増加により、これらの腎組織障害および尿蛋白は改善した。

DMラットの腎臓ではNADPH oxidaseの発現亢進ならびにcatalaseの発現低下の結果、過酸化水素の増加を認めた。tempolはSOD活性を亢進させ、糸球体内の過酸化水素を抑制したが、腎全体では過酸化水素の産生量はDM群と同様であった。さらにDM群ではmyeloperoxidase(MPO)の発現が亢進しており、その産物であるhypochloriteが増加した。これらはtempolにより減少しなかった。

DM群の糸球体でTGF-βおよびfibronectinの発現亢進、メサンジウム基質の増大を認めたが、これらはtempolにより抑制された。一方、尿蛋白および尿中NAGはtempolにより減少しなかった。MPO亢進に伴い増加したhypochloriteによる尿細管障害の可能性が考えられる。

以上、本論文はストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットにおいて、NADPH oxidaseの発現と酸化ストレス、腎障害の解析から、抗酸化薬であるapocyninとtempolの治療効果を明らかにした。本研究は腎NADPH oxidaseの抑制による糖尿病性腎症の治療法検討に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク