学位論文要旨



No 121423
著者(漢字) 沖永,寛子
著者(英字)
著者(カナ) オキナガ,ヒロコ
標題(和) 成長ホルモンの分泌及び転写の調節機構
標題(洋)
報告番号 121423
報告番号 甲21423
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2671号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 小川,利久
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要旨

【背景および目的】

先端巨大症はGHの過剰分泌によっておこる症候群であり、約95%でGH産生下垂体腺腫が原因となっている。GH産生下垂体腺腫の主なGH分泌刺激であるGHRHについては電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入による[Ca2+]iの上昇がGH分泌に重要であることが知られている。一方で先端巨大症患者の約50〜80%でTRH刺激試験によるGHの奇異性分泌を認め、GH産生下垂体腺腫の術後の残存病変の有無の確認や摘出術後の腺腫の再発の検出にも用いられる。TRHの奇異性反応を示すGH産生腺腫はTRH受容体を発現することが知られていが、TRHの作用機序は十分に解明されていない。そこで本研究において、ヒトのGH産生下垂体腺腫におけるTRHの作用機序を[Ca2+]iとstatic incubation assayによるGH濃度測定を用いて解析を行った。次に機能的なTRH受容体を有するGH3細胞に、蛍光物質であるEYFPとラットGHの融合蛋白を発現させ、分泌機構の可視化を行い解析した。更にGH分泌を刺激する因子は同時に他方でGHの転写合成をどのように誘導するか検討するために、同じGH3細胞にラットGhl遺伝子のプロモーターをIuciferase遺伝子に融合したプラスミドを一過性に導入し、luciferase assayによりGhl遺伝子がどのように活性化されるかを検討した。

[ヒトGH産生下垂体腺腫細胞におけるTRHの奇異性反応の解析]

TRH奇異性反応を認めた3例のヒトGH下垂体腺腫を初代培養し、fura2を用いて[Ca2+]iを行った。TRH投与によって腺腫1,2では[Ca2+]iの反応は2相性となり、ピークを持つ一過性の上昇(第1相)と、それに引き続く持続性の上昇(第2相)であった。この第2相の持続性の反応はL型Ca2+チャンネルブロッカーであるnitrendipineにより消失したため、電位依存性Ca2+チャンネルが関与していると思われた。また腺腫3では第1相の上昇はなく、持続性の第2相の上昇のみであり、これもnitrendipineにより消失した。腺腫1,2で認められた第1相のCa2+上昇の反応はIP3を介する細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出の阻害剤であるxestiospongin Cによる前処理で消失した。さらにxestospongin C前処理後にnitrendipine存在下にTRHを投与すると第1相も第2相共に消失した。PKC阻害薬の処理によっても第2相の反応が消失するので、PKCを介することが推測された。腺腫3の持続性の反応もPKC阻害薬で同様に消失した。

次にこの[Ca2+]i上昇がTRHによるGH分泌の奇異性反応に実際に関与しているかを調べるために、初代培養細胞を用いてstatic incubation assayによるGH濃度測定を行った。TRH濃度依存性にGHの分泌を増加し、この増加はnitrendipineとPKC阻害薬によって著しく減弱した。このことからTRHによるGH分泌反応には電位依存性Ca2+チャンネルを介するCa2+流入が大きく関与していることが分かった。

[EYFP-GH融合蛋白を発現させたGH3細胞を用いた分泌機構の可視化]

TRH受容体を有するラット下垂体前葉細胞のcell lineであるGH3細胞にEYFP-GHfusion proteinを導入し、GHを含む分泌顆粒を可視化することを試みた。EYFP-GH fusion proteinをtransfectしG418を用いて選択し、stable cell lineを樹立した。抗ラットGH抗体を用いたwestern blot analysisでfusion proteinの導入が確認された。この細胞を共焦点レーザー顕微鏡で観察すると、顆粒上の蛍光が核を除く細胞質内に分布しており、特に細胞膜直下に大きめの顆粒が分布しており、分泌顆粒を可視化していると考えられた。

TRH投与によってこの分泌顆粒の動態がどのように変化するかを観察した。対照の細胞では細胞質内の顆粒がほとんど変化なく10分後同様に確認されることと、レーザー光による槌色が撮影条件下ではあまり影響しないことが分かった。60 mmol/LのK濃度を有する細胞外液(HighK)で細胞膜を脱分極し、電位依存性Ca2+チャンネルを介するCa2+流入を起こすと、全体的に蛍光が減弱し、顆粒が分泌されたことが分かった。この反応はnitrendipineで抑制された。TRH投与にて、顆粒が分泌され、nitrendipineにて抑制された。

このような細胞質内の顆粒の変化が、実際にGH分泌量の変化と相関しているかを培養液中のGH濃度を測定することで検証した。HighKでは細胞外にGHが分泌され、対照との有意差が見られた。この分泌はnitrendipineによりほとんど抑制された。また、TRH投与でもGHが細胞外に分泌され、対照と比較して有意であり、nitrendipineにより部分的に抑制されることが示された。

EYFPとRhod-2を用いてこの細胞において、顆粒の変化と[Ca2+]iの変化を生きている状態で同時に観察することが可能となった。HighK投与により細胞膜を脱分極させると、Rhod-2での蛍光強度が増加し、[Ca2+]iが上昇し、EYFP-GH顆粒は減少した。TRH投与により[Ca2+]iは上昇し、顆粒は徐々に分泌された。

[GH遺伝子の発現調節機構]

ラットGH3細胞にラットGhl遺伝子のプロモーター1.7kbをluciferaseレポーター遺伝子に結合したプラスミドを一過性にtransfectionし、ラットGhl遺伝子プロモーターの活性化を検討した。上述の実験にてHigh Kによる脱分極で分泌は起こることが示されたが、転写を活性化するかを検討した。ところで神経細胞ではこのCa2+流入が神経伝達物質の放出のみならず神経伝達物質の転写制御にも重要であるが、同じ興奮性細胞である下垂体細胞でも同様であるかをGH3細胞で解析した。transfectionから6時間で試薬を投与し、試薬投与後4時間でluciferase assayを行った。

細胞をKCl 30 mmol/Lで細胞膜を脱分極させ、電位依存性Ca2+チャンネルによるCa2+流入を起こしたところ、luciferase活性は有意に上昇しなかった。このことから、脱分極による[Ca2+]i濃度の上昇のみではGH3細胞においてはGH遺伝子の転写を誘導しないと考えられた、脱分極によるCa2+流入刺激のみで促進されるGH分泌とは異なる機構でGH転写は調節されていることが示された。

GHRHの刺激と同様にadenylyl cyclaseを活性化するforskolinを投与すると、Ghlプロモーター活性が約8.6倍に促進し、これはPKA阻害薬のH89処理で約45%、L型Ca2+チャネル阻害薬のnitrendipine処理で約34%阻害された。H-89とnitrendipineの両方では約56%減少した。forskolinについてはcAMP非依存性の作用も報告されているため、cAMPアナログである8-CPT-cAMPを投与するにした。8-CPT-cAMPを投与するとGhlプロモーター活性が約13倍に促進し、これはH-89処理で約54%、nitrendipineでは有意差を認めず、またMAPKの特異的阻害剤のUO126処理で約43%阻害された。これらのことから、ラットGhl遺伝子のcAMPで誘導される転写調節にはPKAのシグナル伝達経路とMAPKを介するシグナル伝達経路が主に関与しており、 L型電位依存性Ca2+チャンネルを介するCa2+流入はあまり関与していないのではないかと推測された。

次にTRHをGH3細胞に投与した場合のGhlプロモーターの転写活性を測定した。TRH投与でGhlプロモーター活性が約7.8倍に促進し、これはnitrendipine処理で約44%、H-89処理で約30%、UO126処理で約56%阻害された。CaMKII阻害剤であるKN93処理ではTRH投与と比較して有意差を認めなかった。これらのことから、ラットGhl遺伝子はTRHでも転写が誘導され、PKAとMAPKを介するシグナル伝達経路とL型電位依存性Ca2+チャンネルによるCa2+流入が関与しており、CaMKIIはあまり関与していないと考えられた。

【考察】

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞においてTRHによるGHの奇異性反応の機構を解析し、電位依存性Ca2+チャンネルを介するCa2+流入が重要であることが示された。TRH受容体を有するラットGH3細胞を用いてEYFP-ラットGH fusion proteinを導入したstable celllineを樹立し、それを用いてTRHによるGH顆粒分泌を可視化し、[Ca2+]iの変化とGH分泌の関係を生きた細胞で同時観察した。一方、ラットGhl遺伝子のプロモーターとluciferaseレポーター遺伝子を一過性に導入したGH3細胞にてGhlプロモーター活性が分泌刺激と同調して促進されるかを検討した。転写には主にPKAやMAPKを介するリン酸化シグナル伝達経路が重要であり、L型電位依存性Ca2+チャネルからのCa2+流入だけでは転写は促進されないことがわかった。また、TRHによってGhl遺伝子の転写は促進され、PKA、MAPKとL型電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入が関与していることが分かった。今後、これらの手法を用いてGHの顆粒分泌と転写の調節の機構について更に検討したいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は成長ホルモンの分泌及び転写の調節機構を明らかにするため、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞とラット下垂体前葉細胞のcell lineであるGH3細胞を用いて機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞のTRH刺激試験におけるGH奇異性分泌について、TRHによる[Ca2+]iの上昇反応を解析し、IP3を介する小胞体からのCa2+放出と電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入であることが示された。これらの[Ca2+]iを引き起こす因子のうち、主に電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入がGH分泌を促していた。

EYFPとラットGHの融合蛋白をラットGH3細胞に導入し、stablecelllineを樹立した。この細胞において共焦点レーザー顕微鏡を用いてGH顆粒を可視化した。[Ca2+]iの上昇と連動し、顆粒放出が生じたことを生きた細胞においてrealtimeで観察し、[Ca2+]iの変化と顆粒の変化を同時に記録することが可能となった。ヒトGH産生下垂体腺腫細胞と同様に、分泌には電位依存性Ca2+チャンネルが主に関与し、TRHによってGH顆粒が分泌されることも確認した。

ラットGhl遺伝子のプロモーターをluciferase遺伝子に結合したプラスミドをラットGH3細胞に一過性に導入した。この細胞において、luciferase assayを用いて、GH分泌で重要であった電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入はそれのみではGH転写を活性化しないことが明らかとなり、この点において神経細胞とは異なっていた。luciferase assayを用いて、PKAやMEK,ERKを介するリン酸化経路がGH転写に重要であることが明らかとなった。また、TRHによってGH転写は活性化され、その経路にはCaMKIIはあまり重要ではなく、PKAやMEK,ERKを介するリン酸化経路が重要であることが明らかとなった。また、電位依存性Ca2+チャンネルもTRHによるGHの転写活性の経路に関与していることが推測された。

以上、本論文は、成長ホルモンの分泌及び転写の調節機構について、まずこれまで不明であったヒトGH産生下垂体腺腫細胞におけるTRH刺激試験によるGHの奇異性分泌機構を明らかにした。次にラット下垂体前葉細胞のcelllineであるGH3細胞を用いてその変化を実際に可視化し、さらに分泌刺激が転写の刺激となりうるかについて明らかとし、その経路についても一部示した。本研究は成長ホルモンの分泌と転写について多方面から検討しており、これまで詳しく知られていなかったTRH刺激試験によるGHの奇異性分泌機構解明に特に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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