学位論文要旨



No 121424
著者(漢字) 加藤,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒデキ
標題(和) レニン-アンジオテンシン系の活性化は、アンジオテンシンII type la受容体を介して赤血球産生を亢進させる
標題(洋) Enhanced erythropoiesis mediated by activation of the renin-angiotensin system via angiotensin II Type la receptor
報告番号 121424
報告番号 甲21424
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2672号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 久米,春喜
 東京大学 講師 野入,英世
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

レニンーアンジオテンシン系(RAS)は主にアンジオテンシンII(Angn)を介して血圧コントロールや体液量を調節するのみならず、さまざまな臓器を標的として数多くの影響を及ぼしている。RAS活性化が赤血球産生に関与することが臨床的、または動物実験において古くから示唆されている。まずAng IIがヒト、または動物においてエリスロボイエチン(Epo)を上昇させることが知られている。また次に、AngIIが骨髄の前期赤芽球性前駆細胞(BFU-E)に直接的に働きcolonyを増やすという報告と、逆にこれを減少させる、という報告がこれまでになされている。この様な状況において(1)慢性的にRASが活性化すると、赤血球産生は個体おいて増加するのか、減少するのか、(2)AngIIには3つの受容体subtype(AT1a,AT1b,AT2受容体)が存在するが、個体においていずれの受容体を介しているのか、(3)Epoの上昇と、骨髄細胞に対する直接刺激のどちらが重要な役割を果たしているのか、が依然として不明である。本研究では、遺伝子改変マウス、骨髄移植実験を用いて、RAS活性化が赤血球産生に及ぼす経路をin vivoで明らかすることを目的とした。

【方法】

当研究室では、ヒト・レニンとヒト・アンジオテンシノーゲン・トランスジェニックマウスの交配により、高血圧を呈するマウスを報告しているが(つくば高血圧マウス:THM)、今回このマウスが多血症を呈することを偶然見いだした。このAngII過剰マウスの多血症原因受容体を遺伝学的に明らかにするため、AngIIのもっとも重要な受容体のsubtypeであるAT1a受容体ノックアウトマウス(AT1aKO)をTHMに導入した。

またTHMに骨髄移植実験を施行しwild-type(WT)またはAT1aKOの骨髄で置換する実験を行い、過剰なAngIIが直接骨髄のAT1受容体を介して赤芽球を刺激する効果が個体内においてどの程度であるかを検討した。

さらに各マウス血中Epo濃度をELISAで測定した。また各マウスの腎臓のEpo mRNAをreal-time PCRを用いて定量した。

【結果】

THMはWTマウスと比べ約25%のヘマトクリットの増加が認められ、また網状赤血球の増加が認められた。また多血症による脾腫も認められた。このことは慢性的なRASの活性化は赤血球増多の方向に働くことを示している。次にTHMにATlaKOを遺伝学的に導入すると(THM/AT1-KO)、多血症はほぼ正常レベルまで回復が認められた。また網状赤血球数、脾腫も正常レベルまで改善が認められた。

次にTHMに骨髄移植実験を施行し、THMにWTまたはATlaKOの骨髄を移植した。仮に生体内においてAngIIが骨髄細胞のATl受容体を直接刺激して、多血症となっている影響が強いのであれば、THMにAT1aKOの骨髄を移植した群は(THM<-ATl-KO)、THMにWTの骨髄を移植した群(THM<-WT)よりもヘマトクリットの低下が認められると考えられる。またコントロールとしてWTにWTの骨髄移植をした群も施行した(WT<-WT)。結果としてはTHM<-AT1-KO、THM<-WTともにWT<-WTと比べて多血症が認められたが、THM<-AT1-KO、THM<-WTの両群でヘマトクリットに有意な違いは認められなかった。以上のことから骨髄細胞中のAT1受容体はRAS活性化による多血症には影響は少ないと考えられた。

次にそれぞれのマウスで血清Epoの濃度をELISAを用いて測定したところ、THMでWTと比較して有意に上昇が認められ、またTHM/AT1-KOではTHMと比較して有意に減少が認められた。またEpoは成熟個体においては主に腎臓から産生されるが、血中Epo増加が腎臓からの産生増大に由来するか否かを、real-time PCRを用いてEpomRNAの定量を行ったところ、THMではWTの腎臓と比べ、Epo発現の増加が認められた。以上からRASの活性化により、主に腎臓からの血中のEpo増加を介して赤血球増多が起こることが示された。

【結論】

1.慢性的なRASの活性化により個体内において赤血球が増加するのか、低下するのか、不明であったが、遺伝子改変動物を用いて増加することが示された。2.その主要な受容体はAT1a受容体であることが示された。3.AngIIが直接的にAT1受容体を介して骨髄の赤芽球に作用し赤血球を増加させているとの報告があるが、個体内においては必ずしも必要ではないことが示された。4.RASの活性化によりAT1a受容体を介して腎臓からのEpo産生増加が生理学的に重要であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトの病態において示唆されてきたレニンーアンジオテンシン系と赤血球の関係について、遺伝子改変マウス、骨髄移植実験、細胞培養実験などを用いて、以下の結果を得ている。

ヒト・レニンとヒト・アンジオテンシノーゲン・トランスジェニックマウスの交配により、高血圧を呈するマウスの赤血球が増加していることを見出し、また産生レベルで亢進していることを見出したことから、レニンーアンジオテンシン系の亢進に伴いAngIIは赤血球産生をin vivoにおいて増やすことが示された。

このトランスジェニックマウスとアンジオテンシンII type la受容体(AT1a)ノックアウトマウスと遺伝学的に掛け合わせることにより、増加していた赤血球がほぼ正常レベルまで回復していたことから、レニンーアンジオテンシンが過剰な場合の赤血球増加がAT1a受容体を介していることがin vivoで示された。

これまでに、アンジオテンシンIIが直接的に骨髄細胞上のAT1受容体を刺激して骨髄の赤芽球を増加させているとの報告と、アンジオテンシンIIが強力な赤血球増加の液性因子であるエリスロポエチンを上昇させるとする報告がある。これらの役割の割合を明らかにする目的で、赤血球の増加したトランスジェニックマウスに放射線を照射しAT1a受容体ノックアウトマウスの骨髄を移植したところ、赤血球増加の割合は全く変わらないことを示した。このことからAngIIが直接的に骨髄の赤芽球上のAT1受容体に作用し赤血球を増加させる経路は、個体内においては必ずしも必要ではないことが示された。

トランスジェニックマウスで血液中のエリスロポエチンの濃度が上昇していたことを示した。このことからレニンーアンジオテンシン系の亢進に伴うエリスロポエチンの増加が赤血球増加の最も大きな原因であることが示唆された。またトランスジェニックマウスで腎臓のエリスロポエチンのmRNAが増加していたことを示した。このことからレニンーアンジオテンシン系の亢進に伴い腎臓でエリスロポエチンが増加することが示唆された。

アンジオテンシンIIがエリスロポエチンを増加させる、分子・細胞メカニズムは全く分かっていない。そこで、さらにin vitroでのアンジオテンシンIIがエリスロポエチンを増加させるシグナル経路、応答領域を検証しようと試みた。アンジオテンシンIIに反応してエリスロポエチンを増加させる系を見つける目的で、低酸素に応答してエリスロポエチンの転写を増強させることが知られているHep3B細胞を用いて、アンジオテンシンII添加実験を行ったが、細胞培養液上清の内在エリスロポエチンの増加が認められなかったことから、in vitroでの系でのこれ以上の検証は困難と考えられた。

以上、本論文はこれまでヒトにおいて示唆されてきた、レニンーアンジオテンシン系の亢進と赤血球産生の関係について、遺伝子改変マウス、骨髄移植実験などを用いて、その責任受容体、重要な経路をin vivoで明らかにしたことは、病態生理学的、臨床医学的、生物学的にも重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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