学位論文要旨



No 121426
著者(漢字) 林,菜子
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ナコ
標題(和) ヒトGH産生下垂体腺種細胞に対するソマトスタチンの作用
標題(洋)
報告番号 121426
報告番号 甲21426
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2674号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 講師 本倉,徹
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

先端巨大症患者をソマトスタチンアナログであるoctreotideで治療すると、約50%の患者で成長ホルモン(GH)分泌の抑制がみられ、約60%の患者で下垂体腺腫の縮小が認められる。

これまで腫癌縮小のメカニズムについて明らかにされていなかったが、林周兵らはヒトGH産生下垂体腺腫細胞を初代培養しoctreotideによる細胞レベルでの縮小を電子顕微鏡で確認し、さらにその作用機構についてoctreotideによる細胞容積の縮小にはG蛋白質、PP2Aを介してp70 S6 kinase活性を抑制することで細胞容積縮小に考えられることを報告した。

一方、ソマトスタチンは細胞増殖を抑制することが知られている。ヒトGH産生下垂体腺腫において、腫瘍組織のMIB-1 indexを術前のoctreotide投与の有無で比較したところ、術前投与群でMIB-1 indexが低値であったと報告されている。また、ラットプロラクチン(PRL)およびGH産生下垂体腺腫由来のcelllineであるGH3において、octreotide投与により細胞周期G0期からG1期への進行が抑制されたと報告されている。

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における細胞縮小および細胞増殖抑制の機構を調べることが、octreotideによる腫瘍縮小の機序を知るために重要であると考えられた。そこで、細胞容積縮小の刺激伝達経路について、p70 S6 kinaseの上流に存在するmTORへのoctreotideの作用を調べ、さらに細胞増殖抑制の機構についても検討を行った。

細胞容積縮小の機構

Octreotide負荷試験によりGH分泌低下を認めた先端巨大症患者の下垂体腺腫細胞を初代培養し実験を行った。手術によって得られた下垂体腺腫細胞は、本学倫理委員会の承認のもと、患者からの文書による同意を得て使用した。

mTORのinhibitorであるrapamycinを7日間投与し、透過型電子顕微鏡で観察を行った。Rapamycinを投与した細胞は対照群と比較して核の面積は有意差を認めなかったが、細胞質の面積が49〜52%に優位に縮小した(p<0.001)また、octreotideを7日間投与した細胞も細胞質の面積が58〜54%に縮小した(p<0.001)そしてrapamycinとoctreotideの両方を投与した細胞は細胞質の面積が58〜61%に縮小した(p<0.001)。

Rapamycinを投与した細胞において細胞質の縮小がみられたことから、細胞容積の制御にmTORが関与することが明らかとなった。また、octreotideを投与した細胞においても細胞質の縮小がみられたが、rapamycinとoctreotideの両方を投与しても、それぞれを単独で投与した以上の細胞質の縮小を認めなかったことよりoctreotideはmTOR、もしくはその下流に作用し細胞容積の縮小に働いていると考えた。

次にoctreotideの作用点を確認するためphospho-p70 S6 kinase抗体およびphospho-mTOR抗体を用いてウエスタンブロツティングを行い、octreotideによるp70 S6kinase活性とmTOR活性の変化を検討した。Phospho-p70 S6 kinase抗体によるウエスタンブロツティングではoctreotide投与群では対照群に比較してp70 S6 kinase活性が抑制された。百日咳毒素やokadaic acideで処理を行った群ではoctreotideによるp70 S6 kinase活性の抑制が消失した。一方、phospho-mTOR抗体によるウエスタンブロッティングではoctreotide投与群は対照群と比較しmTOR活性の抑制を認めなかった。

これらの結果より、mTORはoctreotideの作用点ではなく、octreotideは百日咳毒素感受性G蛋白質とPP2Aを介してp70S6kinase活性を抑制し細胞縮小に働くことが明らかとなった。

細胞増殖抑制の機構

細胞縮小の実験と同様に、octreotide負荷試験によりGH分泌低下を認めた先端巨大症患者の下垂体腺腫細胞を初代培養し、臨床用量のoctreotid lng/mlを7日間投与した。8日後に固定した細胞を抗Ki67抗体(クローンMIB-1)を用いて染色したところ、octreotide投与群ではコントロール群と比較し優位にMIB-1indexの減少を認めた(p<0.005)。この結果よりoctreotideはMIB-1 indexを減少させることを確認した。

抗Ki67抗体による染色は細胞周期のG1期、S期、G2期、M期にある細胞で陽性となり、休止期であるG0期で消失する。Octreotide投与によりMIB-1indexが減少したことから、octreotideがG0期からG1期への進入を抑制している可能性を考えた。そこでG0期からG1への脱出に重要なサイクリンCの発現量をウエスタンブロッティングにて検討した。その結果、octreotide群のサイクリンC発現量は対照群と比較して減少しており、octreotideによりサイクリンCの発現が抑制されると考えた。

Octreoide投与によるMIB-1 indexおよびサイクリンCの変化の検討によりoctreotideはサイクリンCの発現を抑制し,細胞のG0期からG1期への移行を抑制することで細胞増殖抑制に作用していると考えた。このoctreotideからサイクリンCに至る経路として、細胞増殖に重要な古典的mitogen-activated protein kinase (MAPK)の関与を考え検討を行った。Phospho-p44/42MAPK抗体を用いたウエスタンブロツティングをおこなったところoctreotide群でのp44/42MAPK活性は対照群と同等であった。このことからp44/42MAPKはoctreotideによる細胞増殖抑制効果に関与していないと考えられた。

結語

本研究ではoctreotideによる細胞容積縮小の機構についてmTORはoctreotideの作用点であるか検討を行った。その結果、mTORはoctreotideの作用点ではなくp70 S6 kinaseがoctreotideの作用点であることが確認した。

さらにoctreotideによる細胞増殖抑制効果について、臨床用量のoctreotide lng/mlによりMIB-1 indexが減少することを観察した。その作用機構の検討によりoctreotideはサイクリンCの発現を抑制することでG0期からG1期への移行を抑制し細胞増殖抑制に働くこと、およびそのシグナル伝達経路には古典的MAPKカスケードは関与しないことを確認した。

以上の結果よりヒトGH産生下垂体腺腫の腫瘍縮小機構に、個々の細胞容積の縮小と細胞増殖抑制の2つの機構が働いていることを示唆する結果が得られた。今後、症例数を増やすとともに細胞増殖抑制のシグナル伝達経路の解明を目標に検討を行いたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はソマトスタチンによるヒトGH産生下垂体腺腫の腫瘍縮小機構を明らかにするため、ソマトスタチンアナログであるoctreotideによる個々の細胞容積縮小および細胞増殖抑制の機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞の電子顕微鏡による観察の結果よりmTORinhibitorであるrapamycinを投与した細胞において細胞質の縮小がみられたことから、細胞容積の制御にmTORが関与することが明らかとなった。さらに、rapamycinとoctreotide の両方を投与した細胞ではそれぞれを単独で投与した以上の細胞質の縮小を認めなかったことより、octreotideはmTORもしくはその下流に作用し細胞容積の縮小に働いていると考えられた。

ウエスタンブロッティングの結果より、octreotide投与群ではmTOR活性は抑制されなかったがp70 S6 kinase活性が抑制されたことから、mTORはoctreotideの作用点ではなくp70 S6 kinaseが細胞容積縮小効果における作用点であることが示された。

Octreotideによる腫瘍縮小について、ヒトGH産生下垂体腺腫の初代培養細胞に 臨床における有効血中濃度であるoctreotide lng/mlを7日間投与しMIB-1 indexを測 定した結果、臨床容量のoctreotideによりMIB-1 indexが減少することを確認した。

ウエスタンブロッティングの結果より、octreotide投与によりサイクリンCの発現が抑制されることが示された。OctreotideによりMIB-1 indexが減少し、さらにサイクリンCの発現が抑制されることからoctreotideはサイクリンCの発現を抑制しGO期からG1期への進行を抑制することで細胞増殖に作用していると考えられた。

OcterotideからサイクリンCに至るシグナル伝達機構の解明のため、他臓器においてoctreotideによる細胞増殖抑制の機構に関与していることが報告されている古典的MAPKカスケードに着目し、octreotide投与によるp44/42MAPK活性の変化をウエスタンブロツティングで検討した。その結果、p44/42MAPK活性は変化を認めなかったことからヒトGH産生下垂体腺腫細胞においてはoctreotideによる細胞増殖抑制に古典的MAPKカスケードは関与しないことが示された。

以上、本論文はoctreotideによるヒトGH産生下垂体腺腫の腫瘍縮小に個々の細胞容積縮小と細胞増殖抑制の2つの機構が作用していることを示し、さらにそれぞれの機構について検討をおこなった。細胞容積縮小の機構について、mTORはoctreotideの作用点ではなくp70S6kinaseが作用点であることを明らかとした。細胞増殖抑制の機構についてoctreotideはサイクリンCの発現を抑制することでG0期からG1期への移行を抑制し細胞増殖抑制に作用すること、およびそのシグナル伝達機構には古典的MAPKカスケードは関与しないことを明らかとした。本研究はこれまで不明であった、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞における腫瘍縮小機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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