学位論文要旨



No 121428
著者(漢字) 仁科,祐子
著者(英字)
著者(カナ) ニシナ,ユウコ
標題(和) D2 dopamine receptor agonist およびSRIHによるGH分泌抑制機構
標題(洋)
報告番号 121428
報告番号 甲21428
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2676号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

要旨

【背景】

成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫からのGHの過剰分泌によっておこる先端巨大症・巨人症の内科治療に、somatotropin-release-inhibiting hormone(SRIH)誘導体と2型dopamine受容体作動薬(D2作動薬)が用いられている。経口D2作動薬であるbromocriptine(BC)投与により健常人のGH濃度軽度上昇を示すが、GH産生下垂体腺腫患者の約半数で血中GH濃度が低下する(Melmed S,2002)paradoxical responseがみられる。この現象を利用して先端巨大症の治療にD2作動薬が用いられており、このようにGH分泌に対して抑制的に作用する薬剤によって、先端巨大症・巨人症患者の予後は著しく改善してきた。本研究では、GH分泌に対して抑制的に作用するD2作動薬やSRIH誘導体の作用機構をヒトGH産生腺腫細胞や下垂体前葉由来の細胞株を用いて調べた。

D2作動薬はヘテロ三量体型Gタンパク質のGiに共役する7回膜貫通型受容体でadenyl cyclaseを抑制し、細胞内cAMP濃度を減少させる(Banihashemi B et al.,2002)。またprolactin(PRL)産生下垂体細胞においてはD2作動薬が細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)を低下させてPRL分泌を抑制する機構の存在も示されており(Vallar L et al.,1989)、GH産生下垂体細胞においてもD2作動薬が同様の機序によってGH分泌を抑制している可能性が考えられる。そこでbromocriptineがヒトGH産生下垂体腺腫細胞で[Ca2+]iを低下させる機構を解析した。またこの細胞で[Ca2+]iの調節に重要な働きをしているVGCCに対する作用も検討した。

また、GH分泌機構の詳細を明らかにするためには、下垂体ホルモン分泌の細胞内輸送、開口分泌を生細胞でreal-timeに観察することが有用である。内分泌細胞では分泌物質であるホルモンとその受容体が近傍にないため、実際に分泌されたかどうかを確認するために細胞外液中のホルモン濃度測定や、膜容量測定が用いられてきたが、ホルモン濃度測定は時間分解能が低い、膜容量測定は技術の修練を要するなど難点も多い。そこで分泌顆粒を可視化することで時間、空間分解能を高くし、簡便に解析できる方法の確立を試みた。enhanced yellow fluorescein protein(EYFP)-GHをAtT-20細胞に導入して安定して発現する細胞株を作成して観察した。観察には共焦点レーザー顕微鏡と、細胞膜近傍数100 nm程度のみを観察できる全反射型レーザー顕微鏡を用いた。

【方法、結果】

D2作動薬のヒトGH産生下垂体腺腫細胞に対する作用

先端巨大症患者から経蝶形骨洞手術により摘出され、初代培養したヒトGH産生下垂体腺腫細胞を用いた。あらかじめ患者さんから研究に使用する承諾を頂き、東京大学倫理委員会の承認を得た。第二世代の蛍光Ca2+指示薬であるFura 2を用いた[Ca2+]i測定とstatic incubation assay、電機生理実験によりBCの作用機構を解析した。

BC投与によりGH産生下垂体腺腫細胞の[Ca2+]iは有意に低下した。10-7から10-5mol/Lで[Ca2+]iはほぼ濃度依存的に低下した。10-6mol/LのBCによる[Ca2+]i低下反応は、D2受容体阻害薬sulpiride(10μmol/Lで5分間前処理)や、百日咳毒素(PTX、0.1mg/mlで12時間前投与)で解除された。これらから、この現象はD2受容体を介しておりPTX毒素感受性Gタンパク質を介していることが示された。また、L型電位依存性Ca2+チャンネル(L型VGCC)遮断薬であるnitrendipine(NIT、1 μmol/L)の投与により[Ca2+]iが低下したが、NIT投与後にBCを追加しても[Ca2+]iはそれ以上低下しなかった。この細胞でL型VGCCを介するCa2+流入が[Ca2+]iの維持に重要であり、BCによる[Ca2+]i低下はL型VGCCからのCa2+流入の抑制を介していると考えられた。D2作動薬のcAMP減少が上記の[Ca2+]i低下反応に関与するか否かを調べるため、細胞膜透過性cAMP作動物質である8Br-cAMP(100 μmol/L)を用いた。[Ca2+]iは8Br-cAMP投与により上昇したが、その後にBCを追加しても[Ca2+]iは低下した。これより、BCが引き起こす[Ca2+]i低下がcAMP減少に依存せず独立して起こりうる反応であることが示唆された。

BCによる[Ca2+]i低下反応がGH分泌抑制にどのように関与するかを調べるためstatic incubation assayでGH分泌を測定した。各試薬投与後2時間培養し、培養液中のGH濃度をIRMA法で測定した。BCはGH分泌を抑制し、その効果は10-8から10-5 mol/Lで濃度依存性であった。さらにこの分泌抑制は、sulpiride、PTX、NIT投与により消失した。8Br-cAMP投与時にはGH分泌は増加したが、BC追加で減少した。これらの結果はBCによる[Ca2+]i低下に対応するものであった。しかしながら、8Br-cAMP前投与後のBC追加投与で生じた[Ca2+]i低下反応、およびGH分泌抑制は対照に比べて有意に少なかった。これより、BCによる[Ca2+]i低下反応がGH分泌抑制に関与しているが、cAMP減少とは独立してGH分泌抑制を引き起こす経路があり、しかもcAMPは別の経路に調節的に作用することを示している。

cAMPを介さずに[Ca2+]i低下、GH分泌を抑制する機構について、dopamineによる膜の過分極反応が報告されており(Takano K,1994)この関与が考えられるが、VGCCに対する直接作用の可能性もある。bromocriptineのVGCCに対する作用を電機生理実験で検討した。電位依存性Ca2+電流を記録したところ、L型、T型と二種類の電流成分を有する細胞と、L型電流が主体の細胞を認めた。次にbromocriptineを投与して電位依存性Ca2+電流を比較した。T型およびL型VGCCを豊富に発現している細胞でもL型主体の細胞でも、10-7から10-5mol/Lにおいてbromocriptine投与によりほぼ濃度依存性にCa2+電流は減少した。この減少効果はPTXの前投与により消失し、PTX感受性Gタンパク質介すことが示唆された。

Bromocriptineが膜の過分極反応を介するだけでなくVGCCに直接作用して[Ca2+]iを減少させることを示した。上で示したcAMP低下と独立して起こる[Ca2+]i低下反応はこの過分極反応とVGCCへの直接作用と考えられる。

先端巨大症患者でみられるparadoxical responseがD2作動薬による[Ca2+]i低下により引き起こされることを本研究で示した。

GH-EYFP導入AtT-20細胞の樹立

GH分泌減少を可視化して解析するための系を組み立てた。ラットGHのアミノ酸配列1から217をコードする配列の26-27間にEYFPをコードする領域を挿入しGH-EYFPのfusion constructであるpCMV-sig-EYFP-GH-1を作成した。この実験系にはSRIH受容体を豊富に発現し、Gsに共役する受容体としてCRH受容体の機能が知られているマウス下垂体前葉細胞の細胞株であるAtT-20細胞を用いた。このfusion constructをAtT-20細胞に感染させ安定的に発現する細胞株を確立した。感染細胞のタンパク抽出物を抗ラットGHポリクローナル抗体でウエスタンプロットすると、GH-EYFP融合タンパク(75-kDa)のバンドを検出でき、AtT-20細胞にGH-EYFPが導入されたことを確認した。また、この細胞を共焦点レーザー顕微鏡、全反射型近接場レーザー顕微鏡で励起して観察すると蛍光が細胞質に顆粒状に分布しており、導入したGH-EYFPが分泌顆粒に存在することが示唆された。

共焦点顕微鏡でこれを撮影し、細胞の頂点からガラス接着面まで投影して蛍光量を測定して比較した。蛍光は対照群では10分間の観察時間に変化しなかったが、高濃度K+細胞外液(high K、30mEq/L)投与後2分、5分、10分で経時的に減弱し、脱分極刺激による顆粒放出を確認できた。この細胞に、分泌刺激作用を示すCRH(10 μmol/L)を投与したところ、同様に蛍光が減弱した。これらの反応はNIT(5μmol/L)で阻害されたため、L型VGCCによるCa2+流入を介すと考えられた。SRIH(100 nmol/L)でも同様に阻害された。また、Rhod 2を用いて[Ca2+]iを測定したところ、high K、CRH投与により[Ca2+]iが上昇し、SRIH投与で[Ca2+]i上昇が抑制された。よってこの系は、脱分極刺激、分泌刺激因子に対する生理的な性質は既知のものと同等であり、ホルモン分泌に関して生理的な性質は変化していないと考えられた。

全反射顕微鏡で細胞膜直下300nm程度の顆粒の動態を300ms毎に撮影して観察した。細胞質にある顆粒は径327.3±68.8nmで電子顕微鏡で観察されたAtT-20細胞の顆粒の大きさとほぼ一致していた。細胞膜直下の顆粒もhigh K(60 mEq/L)、CRH投与により放出が促進され、NIT投与により抑制された。

GH全長に蛍光色素を付与して安定した細胞株やtransgenic mouseを作成した報告は本研究と並行する一報告のみである(Matsuno A et al.,2005)。この細胞株は下垂体ホルモン分泌調節因子の作用機構、ならびに細胞内輸送、開口分泌の三次元的解析に役立つと考えられる。

[結語]

ヒトGH産生下垂体腺腫細胞においてBCが[Ca2+]iを低下させてホルモン分泌を抑制すること、さらにそれはcAMPの抑制に完全には依存せず、直接VGCCに作用もしてCa2+流入を減少させることを明らかにした。

またマウス下垂体前葉細胞AtT-20にEYFP-GHを導入して開口分泌のモデル細胞株を作成し、この系は脱分極刺激、Gs共役受容体刺激に反応して細胞質にある顆粒を分泌させ、L型VGCC阻害剤やSRIH投与で分泌が減少することを確認した。さらに下垂体細胞生細胞で細胞膜表面数100nmにある顆粒の動態を全反射型顕微鏡で初めて観察した。下垂体の開口分泌の詳細な機序は十分に明らかにされていないが、下垂体ホルモンの細胞内輸送、開口分泌の三次元的解析にこの系の検討が役立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、GH産生下垂体腺腫からのGHの過剰分泌によっておこる先端巨大症・巨人症の内科治療に用いられているsomatotropin-release-inhbiting hormone(SRIH)とD2作動薬であるbromocriptineの作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

D2作動薬のヒトGH産生下垂体腺腫細胞の[Ca2+]iに対する作用とその機構 初代培養したヒトGH産生下垂体腺腫細胞においてbromocriptine投与により[Ca2+]iはほぼ濃度依存的に低下した。この反応は、D2受容体阻害薬sulpirideや、百日咳毒素(PTX)で解除された。また、L型電位依存性Ca2+チャンネル遮断薬であるnitrendipineの投与により[Ca2+]iが低下したが、NIT投与後にbromocriptineを追加しても[Ca2+]iはそれ以上低下しなかった。この細胞でBCはD2受容体、PTX感受性Gタンパク質を介して作用すること、L型VGCCを介するCa2+流入が[Ca2+]iの維持に重要であり、BCによる[Ca2+]i低下はL型VGCCからのCa2+流入の抑制を介していることが示された。また、細胞膜透過性cAMP作動物質である8Br-cAMPを投与すると[Ca2+]iは上昇したが、その後にBCを追加しても[Ca2+]iは低下した。これより、bromocriptineが引き起こす[Ca2+]i低下がcAMP減少に依存せず独立して起こりうる反応であることが示唆された。

D2作動薬のGH分泌に対する作用

static incubation assayでGH分泌を測定すると、BCはGH分泌を濃度依存性に抑制した。この分泌抑制は、sulpiride、PTX、nitrendipine投与により消失した。8Br-cAMP投与時にはGH分泌は増加したが、BC追加で減少した。これより、BCによる[Ca2+]i低下反応がGH分泌抑制に関与しているが、cAMP減少とは独立してGH分泌抑制を引き起こす経路があることが示された。

D2作動薬のVGCCに対する作用

bromocriptineのVGCCに対する作用を電機生理実験で検討した。電位依存性Ca2+電流を記録したところ、ヒトGH産生下垂体腺腫細胞にはL型、T型と二種類の電流成分を有する細胞と、L型電流が主体の細胞を認めた。bromocriptineを投与すると、T型およびL型VGCCを豊富に発現している細胞でもL型主体の細胞でも、bromocriptine投与によりほぼ濃度依存性にCa2+電流は減少した。この減少効果はPTXの前投与により消失し、PTX感受性Gタンパク質を介すことが示された。さらに8Br-cAMP投与時にはCa2+電流は増加したが、bromocriptine追加で減少した。これより、bromocriptineは細胞内cAMP濃度の変化とは独立してVGCCに作用することが示された。

GH-EYFP導入AtT20細胞株の樹立

SRIHにより過分極反応が生じ、Gsと共約する受容体としてCRH受容体の存在が確認されている、マウス下垂体前葉細胞株AtT-20細胞にGH-EYFPを導入し、これを安定して発現する細胞株を作成した。このGH-EYFP導入AtT-20細胞の蛍光量は10分間の観察時間に対照群では蛍光量は変化しなかったが高濃度K+溶液投与2分、5分、10分後で蛍光は経時的に減弱し、脱分極刺激による顆粒放出を確認できた。次に分泌刺激作用を示すCRH投与でも同様に蛍光が減弱した。high K、CRHの反応は共にnitrendipineで阻害され、L型VGCCを介するCa2+流入があると考えられた。[Ca2+]iを測定したところ、highKやCRHの分泌刺激により[Ca2+]iが上昇し、SRIH投与時は この[Ca2+]i応答は阻害された。

以上より樹立した細胞株は生理的な刺激に反応してGHを分泌し、SRIH受容体が機能していることが示された。

GH-EYFP導入AtT-20細胞の全反射顕微鏡観察

全反射顕微鏡で細胞膜直下100nm程度の顆粒の動態を300ms毎に撮影して観察したところ、細胞膜直下の顆粒もhigh K(60mEq/L)、CRH投与により放出が促進され、NIT投与により抑制された。この細胞株は下垂体ホルモン分泌調節因子の作用機構、ならび に細胞内輸送、開口分泌の三次元的解析に役立つと考えられた。

以上、本論文はヒトGH産生下垂体腫癌細胞における経口D2作動薬であるbromocriptineが[Ca2+]iを低下させてホルモン分泌を抑制すること、さらにそれはcAMPの抑制に完全には依存せず、直接VGCCに作用もしてCa2+流入を減少させることを明らかにした。またマウス下垂体前葉細胞AtT-20にEYFP-GHを導入して開口分泌のモデル細胞株を作成し、この系は脱分極刺激、Gs共役受容体刺激に反応して細胞質にある顆粒を分泌させ、L型VGCC阻害剤やSRIH投与で分泌が減少することを確認した。前者はGH産生下垂体腺腫患者においてbromocriptine投与でみられる奇異性GH分泌減少反応の機構の一部を明らかにしたものであり、後者は下垂体細胞における開口分泌の三次元的解析を含めた詳細な機序を解明するにあたって役立つものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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