学位論文要旨



No 121430
著者(漢字) 藤尾,純子
著者(英字)
著者(カナ) フジオ,ジュンコ
標題(和) 腸管分泌蛋白RELMβのマウスにおける発現調整 : 食餌の栄養組成による変化
標題(洋) The regulation of the colon secreted protein RELMβ in mice on various diets of different nutritional composition
報告番号 121430
報告番号 甲21430
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2678号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 戸邉,一之
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

[背景]レジスチンはインスリン抵抗性との関連性が示唆され、脚光を浴びている脂肪組織から分泌される蛋白である。レジスチンと構造の類似した関連蛋白であるレジスチン様分子(RELM)には、マウスにおいてαβγの3種類が存在し併せて、レジスチンファミリーと呼ばれている。これらは105から117アミノ酸の小さなペプチドでありN末端にシグナル配列を、C末端にシステインを10個のシステイン残基を含む共通構造をもつ。また、その組織分布は特徴的で、マウスではRELMαは肺組織・脂肪組織、βは大腸・小腸のみ、γは骨髄細胞・膵臓・白血球のほか腸管を含むいくつかの臓器で発現が確認されている。生理作用に関する知見として、RELMαは肺の炎症との関連性を示唆する報告、及び、インビトロで脂肪細胞の分化抑制に働くとの報告がなされている。RELMγについては骨髄系細胞の分化への関与を示唆する報告がなされている。

ヒトで発現が確認されているのは、脂肪細胞におけるレジスチンのほか、大腸・小腸から分泌されるRELMβだけである。RELMβの生理作用に関して、ラットへの静脈内投与により、主に肝臓での糖新生抑制の減弱を介してインスリン抵抗性を生じることが示されている。また、肝臓でRELMβを過剰発現する遺伝子操作マウスが高脂肪食負荷により同様の機序でインスリン抵抗性を呈することも示されている。さらに、インスリン抵抗性モデルマウスにおいて腸管・血清のRELMβ発現が上昇することが報告されている。一方、マウスを用いた実験で、その発現が腸内の細菌叢に強く影響を受けることも示されている。無菌状態で飼育されたマウスではRELMβの発現が極僅かであるが、コンベンショナルな環境へ移動すると数時間のうちにRELMβ発現が誘導される。また、マウスのある種の線虫感染において、RELMβの腸内への分泌が線虫の完全駆除に欠かせないことを示した報告もある。このように免疫との関連性も示唆されている。

[目的]メタボリック症候群の病態は肥満・インスリン抵抗性および炎症前駆状態(pro-inflammatory state)を内包するがその重要な背景因子として食生活が挙げられる。これらの病態への関与が示唆されるRELMβに関して、1)発現の食餌の栄養組成との関係、2)発現調節に関与しうる因子として腸管内の栄養素、あるいは局所の微小環境により強く関連した因子について検討し、それらの関わりを明らかにすることが本研究の目的である。

[方法]前者の目的を達成するため、マウスによる実験を行った。6週齢のマウス5匹を一群として、炭水化物(CA)・蛋白(P)・脂肪(HF)の栄養素をカロリー比で約80%含むように調整した食餌・およびコントロール食(C)をそれぞれ2週間または6週間与え、腸管及び血清中のRELMβの発現変化を調べた。蛋白発現はウェスタンブロッティング法を、mRNA発現を定量的real-timePCR法を用いて分析した。同時に脂肪組織・血清におけるレジスチン及びRELMα、腸管でのRELMγの発現変化も分析した。次に、後者の目的へのアプローチとしてRELMβの発現が確認されているヒト大腸癌細胞株(LS174T)を用いて検証した。局所の微小環境に強く関連した因子として血清中のインスリンや腸内細菌叢の変化に伴い局所に出現しうる炎症関連因子(TNFα)を仮定した。培地中の糖濃度・アミノ酸濃度の変化、インスリン・TNFα・遊離脂肪酸による刺激でRELMβmRNA発現の変化を検討した。

[結果]マウスへの食餌負荷食実験の結果、各群の体重変化に有意差はなかったが、高脂肪食群は有意な脂肪組織の増加(C 309.4±27.5mg,HF 620.0±78.1mg;p<0.01)が認められた。また血清の脂質については6週間を通して高蛋白食負荷群でコレステロール値の有意な低下が認められた(2週C 87.4±6.0mg/dl,P 46.2±6.4mg/dl;p<0.01,6週C 105.6±4.4mg/dl,P 86.7±4.5mg/dl;p<0.01)。血清インスリン値及び血糖値に有意差はなかったが、高脂肪食群で増加傾向を認め、糖負荷試験では、高脂肪食負荷群のみが2週間、6週間のいずれの時点でも耐糖能異常を示した。

RELMβの発現分析ではmRNA・蛋白ともに、2週・6週双方で高蛋白食・高炭水化物食負荷群の腸管での発現が著名に低下(mRNA;C 1.0±0.34,CA 0.002±0.001;p=0.02,P 0.09±0.06;p=0.03)(蛋白;C 1.0±0.23,CA O.19±0.03;p<0.01,P 0.20±0.05;p<0.01)していた。大腸組織標本の検討において、炭水化物食・高蛋白食負荷群での蛋白発現低下はその産生細胞である杯細胞の形態的・量的変化を伴わないことが確認された。また、RELMβ特異的抗体による免疫染色標本でもその発現変化が確認された。

一方、脂肪組織でのレジスチンmRNA・蛋白発現および血清中の蛋白発現に食餌負荷による有意な差は認めず、同様にRELMγについても腸管のmRNA・蛋白発現および血清中蛋白発現に有意差を認めなかった。RELMαの脂肪組織におけるmRNA発現は2週間と6週間の負荷で一貫した変化を認めず、栄養素による調節は否定的と考えられた。

ヒト大腸癌細胞株LS174T細胞による実験では培地中のアミノ酸濃度を変化させても有意な変化は認められず、ブドウ糖濃度の変化に対しても同濃度の光学異性体により浸透圧を補正した培地の対照と比較して有意な発現変化は認められなかった。一方、インスリン刺激(100nM)ではmRNA発現が有意に上昇(Control 1.0±0.41,Insulin 6.7±2.15;p=0.01)し、TNFα刺激(100ng/ml)でも、発現が大幅に増大した(Control 1.0±0.41,TNFα19.5±8.7;p=0.05)。また、リノール酸・オレイン酸・ステアリン酸の3種の遊離脂肪酸による刺激(0.5mM,2.0mM)では、飽和脂肪酸であるステアリン酸(SA)でのみ、いずれの濃度の刺激でも、RELMβ mRNA発現が有意に上昇していた(Control 0.5mM 1.0±0.11,SA 0.5mM 10.7±3.3;p<0.01,Control 2.0mM 1.0±0.18,SA2.0mM 3.4±0.38;p<0.01)。

[考察]マウスの実験から、レジスチン様分子のうち、RELMβだけが食餌の栄養組成の違いによって、発現調節を受けることが示された。また、細胞系の実験ではブドウ糖・アミノ酸による刺激ではRELMβ mRNAの発現は誘導されなかったが、インスリン及びTNFα・遊離飽和脂肪酸であるステアリン酸では発現が誘導された。このことから、RELMβの腸管における発現は局所に於けるインスリン・TNFαといったホルモンや炎症性サイトカイン、遊離飽和脂肪酸により直接調整を受ける可能性が高いことが示唆された。腸管内細菌叢が食餌の栄養組成によって変化することは容易に想像されるが、この腸管内環境変化が、腸管上皮での免疫/炎症反応を変化させ、RELMβの発現に影響を与えるものと考えられる。すでにRELMβのプロモータ領域にNFkB、STAT6といった炎症関連物質の転写因子のエレメントが確認されており、本研究の結果と矛盾しない。生体内で高蛋白食・高炭水化物食負荷によってRELMβの発現が顕著に抑制される機序は不明であるが、これらの食餌により誘導される腸内細菌叢がRELMβ発現を誘導するTh2炎症反応ではなく、Thl炎症反応を惹起することによりRELMβの発現が抑制されることが機序として考えられる。また、本研究では高脂肪食群がインスリン抵抗性を示したにも拘らず、RELMβの発現が対照群に比して上昇していなかった。このことは、報告されている研究に比し、負荷期間が短かったことが関係している可能性もあるが、RELMβがインスリン抵抗性に寄与するとしてもその発現量が一義的な役割を果たしているのではない可能性も否定できない。

TNFαや遊離飽和脂肪酸は脂肪組織中に存在する脂肪細胞やマクロファージ間の炎症性シグナル伝達因子として、また、脂質代謝調整因子としての役割が示唆されており、その伝達情報経路がMAPKを介することが示されている。一方、RELMβも肝細胞での糖新生の抑制を阻害しインスリン抵抗性を惹起する過程でMAPK活性化が関与している可能性が示唆されている。これらの分子は類似したシグナル伝達経路を介して其々の標的細胞で作用を発揮することが予想される。

本研究ではRELMβが腸管局所の遊離飽和脂肪酸・炎症関連因子・インスリンによって発現調整を受けることが示唆された。この蛋白が腸管内の炎症状態を反映して、分泌されることにより腸管腔内で免疫に関するパラクリン的な作用を及ぼすと同時に、血流を介して肝臓など他臓器とのクロストークに介在し、炎症性シグナルとして、或いは、インスリン抵抗性かかわって、メタボリックシンドロームの成立に一役を担っているものと考えられる。発現調整の分子機構解明のため、さらなる研究が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインスリン抵抗性との関連性および免疫/炎症との関連性が示唆されている腸管分泌蛋白であるRELMβ(レジスチン様関連蛋白ベータ)の発現調節機構を食餌の栄養組成による変化の観点から検討したものであり、下記のような結果を得ている。

マウスに3種類の栄養組成の異なる(それぞれ炭水化物・蛋白・脂肪が総カロリーの80%を占める)食餌を2週間及び6週間負荷した結果、高脂肪食群に体重増加傾向を認め、2週6週の両方の時点で糖負荷試験によりインスリン抵抗性を認めた。空腹時血糖・血清インスリン値には負荷食群間で有意差を認めず、コレステロール値は高蛋白食群で6週間を通して有意な低下を認めた。

体内のRELMβ及びファミリー蛋白である RELMγ、RELMα、レジスチンの発現変化についてmRNA発現をリアルタイムPCR法で、蛋白発現をウェスタンブロッティング法で検討した結果、RELMβだけに栄養素による有意な発現変化が認められた。RELMβの発現分析ではmRNA・蛋白ともに、2週・6週双方で高蛋白食・高炭水化物食負荷群の腸管における発現が著名に低下していた。大腸組織標本(HE染色)での検討の結果、蛋白発現低下はRELMβ産生細胞である杯細胞の形態的・量的変化を伴わないことが確認された。

RELMβを産生するヒト大腸癌細胞株LS174T細胞を用いてブドウ糖・アミノ酸・遊離脂肪酸などの栄養素、また腸管の微小環境に存在しうるホルモンとしてのインスリン、炎症性サイトカイン TNFαによる刺激でのRELMβmRNAの発現変化を検討し、インスリン刺激(100nM).TNFα刺激(100ng/ml)で有意な発現克進を認めた。3種の遊離脂肪酸による刺激(0.5mM, 2.0mM)では、遊離飽和脂肪酸であるステアリン酸(SA)でのみ、RELMβmRNA発現の有意な上昇を認めた。 ブドウ糖。アミノ酸刺激による有意な変化がなかったことから栄養素が直接発現調節に拘っている可能性は低いと考えられた。また脂肪組織で産生される遊離飽和脂肪酸は炎症シグナル伝達因子としての役割を持つことが示されていることから TNFαと併せ、炎症関連因子による刺激が強く発現調整に関与すると考えられた。

以上、本論文は食餌の栄養組成がRELMβの発現を著名に変化させることを明らかにし、その機序として腸管内の細菌叢の変化に伴う炎症反応が強く拘っている可能性を示した。肝臓においてインスリン抵抗性の成立に関係することが示されているRELMβは、生体内の炎症反応とインスリン抵抗性の病態に介在するメディエータとしてメタボリック症候群の病態形成に関わっている可能性を示した。RELMβの機能解明に一定の貢献をしたと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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