学位論文要旨



No 121432
著者(漢字) 羽田,裕亮
著者(英字)
著者(カナ) ハダ,ユウスケ
標題(和) ヒト血清からのアディポネクチン多量体の選択的精製とその生理的役割
標題(洋)
報告番号 121432
報告番号 甲21432
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2680号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 戸邉,一之
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

アディポネクチン(3OkDa adipocyte complement-related protein;Acrp3Oとも呼ばれる)は脂肪細胞から分泌されるホルモンで、糖と脂質の代謝制御に重要な役割を担っている。アディポネクチンの低下はSNPなどの遺伝素因と肥満や高脂肪食などの環境因子によって引き起こされる。アディポネクチンの低下は肥満によるアディポネクチン受容体のダウンレギュレーションの結果としても起こる。これらアディポネクチンの低下はインスリン抵抗性や2型糖尿病、メタボリックシンドローム、動脈硬化の進展に重要な役割を担っている事がわかっている。

アディポネクチンは230のアミノ酸からなり、前駆体ではN末端に16-18アミノ酸のシグナル配列を持つ。構造的にはcomplement lq familyに属しており、成熟タンパクのN末端約20アミノ酸は非コラーゲン構造で、続く66アミノ酸がコラーゲンドメイン、その後C末端までの137アミノ酸がglobularドメインを構成する。アディポネクチンはAMP-activated protein kinase(AMPK)を、リン酸化を介して活性化させ、骨格筋や肝臓で糖取り込みと脂肪酸β酸化を亢進させている。AMPKは運動時などに活性化され、骨格筋においては糖取り込みと脂肪酸β酸化を同時に亢進させ、肝臓においては糖新生を抑制する事が知られている酵素である。アディポネクチンによりAMPKが活性化されると骨格筋において糖取り込みや脂肪酸β酸化が亢進し、肝臓においては糖新生に関わる酵素の発現を減少させ、これらの組織内の中性脂肪含量を減少させ、血糖値を減少させる事が示唆されている。またAMPKのドミナントネガティブAMPKのin vitroやin vivoの発現実験から、アディポネクチンのそれぞれの作用が減弱、消失する事から、実際にアディポネクチンがAMPK経路を介して、糖脂質代謝を制御している事と考えられている。

アディポネクチンはいくつかの多量体構造を取る事が知られており、その構造はこれまでゲルフィルトレイションやvelocity gradient methodsなどにより解析されてきた。私の所属する研究室では、アデイポネクチンの多量体は非加熱非還元下のSDS-PAGEにより分離できる事を報告している。ヒトやマウスの血清中のアディポネクチンは3量体からhigh molecular weight(HMW)多量体まで幅広く存在する。ヒトアディボネクチン変異のうち、G84RとG90Sの変異は糖尿病と低アディポネクチン血症を来たすが、この変異ではHMW多量体が形成しない。こういった結果から、それぞれの多量体が別の機能を持っている可能性がある事を、私の所属する研究室では以前報告している。しかしながら各多量体の正確な機能については十分に知られてはいなかった。

今回、抗アディポネクチン抗体カラム、ゼラチンカラム、ゲル濾過カラムを用いてヒト血清中のアディボネクチンを選択的に精製した。ヒト血清から抗アディポネクチン抗体で得られた結合画分をアルブミン抗体カラムへの結合画分と非結合画分に分離し、さらにゼラチンアフィニテイカラムのNaCl濃度を変えることによる分離と、ゲル濾過カラムによる分離で、4つの分画に分ける事が出来た。

このうち、不明なタンパクと結合している多量体分画がある事を見出した。N末端アミノ酸解析によりその結合タンパクがアルブミンであると判明した。さらに、還元処理などによりアルブミンがアディポネクチン3量体とジスルフィド結合している事が判明した。BS3で架橋して行った泳動により各多量体の分子量を概算し、アディポネクチンの単量体が約30kDa、アルブミンが約67kDaである事を利用して、それぞれを3量体(LMW:low molecular weight)、アルブミン結合3量体(Alb-LMW:Albumin-binding low molecular weight)、6量体(MMW:middle molecular weight)、HMW(high molecular weight)と同定する事が出来た。多量体に対してpHを低下させる操作を行う事で多量体を分解する事が出来るが、HMWは中間体としてMMWを経由して2量体に分解したため、HMWが12量体か更に大きい多量体である可能性が示された。

これらの多量体毎の活性の違いを測定するためにC2C12細胞を用いた実験を行った。アディポネクチンの受容体はこれまでにアディポネクチンR1受容体(AdipoR1)とアディポネクチンR2受容体(AdipoR2)の2種類が知られており、C2C12細胞の膜画分はAdipoRlを多く発現して、AdipoR2はあまり発現していない事が知られている。今回、精製されたHMW、MMW、LMWアディポネクチン多量体を用いて、C2C12細胞の膜画 分への結合能を検討したところ、HMWで最も強く結合する事が示された。続いてAMPKの活性化能を調べ たところ、HMWがもっとも高い値を示した。これらの結果により血清中のHMWアディポネクチンの量が 総アディポネクチンよりもインスリン抵抗性に強く関わっている可能性が示唆された。

アディポネクチン多量体の制御機構についてはいまだ未知の部分が多く残されている。今回の実験によりHMWの生理活性が最も強く現れていることが示唆された。

肥満や糖尿病といった状態ではHMWの比率が低下しており、チアゾリジン誘導体や食事制限により上昇することが認められており、アディポネクチンの測定に当たって総量とあわせて多量体の構成比を測定することがインスリン抵抗性などをよりよく推定することにつながり、治療効果の判定などにも有用となりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脂肪細胞から分泌されるアディボネクチンについてそのヒト血清中での多量体の分離精製方法を見出し、その精製画分を用いて多量体ごとの活性の違いについての検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

ヒト血清中のアディポネクチンは何種類かの多量体構造をとることが知られていたがその詳細は未知のままであった。抗アディボネクチン抗体カラムを用いてアディボネクチンを分離し、4種類の多量体の存在を確認した。これを抗アルブミン抗体カラムへの結合の有無、ゼラチン結合力ラムへの塩濃度勾配の違いによる結合度の程度、ゲル濾過カラムによる分子量の違いを用いた分離により4種類をそれぞれに分離精製できる事を示した。

このうちアルブミン結合力ラムへの結合画分に存在した画分はさらに還元を行うことによりアディポネクチンと不明なタンパク質に分離され、N末端アミノ酸解析によりこの不明なタンパク質がアルブミンである事を見出し、さらにこれがアディポネクチン3量体とジスルフィド結合していることを示した。

BS3による架橋を用いて分子量を求め、分離された4種類が、高分子多量体(HMW)、6量体(MMW)、3量体(LMW)、アルブミン結合3量体(Alb-LMW)である事を示した。

C2C12細胞の細胞膜へのbinding-affinityを計測して、HMWの結合度が他の多量体に比べて高い事を示した。また、アディボネクチンにより刺激したときにHMWのAMPK活性化能が最も高い事を示し、臨床上も測定がインスリン抵抗性の評価などに有用となりうる事を示唆した。

以上、本論文はヒト血清中のアディポネクチンを分離精製する方法を初めて見出し、またその生理活性が異なることを示して、多量体ごとの測定の臨床的意義を示した論文であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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