学位論文要旨



No 121433
著者(漢字) 櫛山,暁史
著者(英字)
著者(カナ) クシヤマ,アキフミ
標題(和) インスリン抵抗性に関与する腸管由来レジスチン様分子βの機能
標題(洋) Function of resistin like molecule βderived from intestinal tract in the pathogenesis of insulin resistance
報告番号 121433
報告番号 甲21433
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2681号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

インスリン抵抗性は2型糖尿病の主要な原因であり、様々なメカニズムによりインスリン抵抗性が惹起されることが知られている。近年、組織から分泌されるタンパクが全身を循環し、臓器間ネットワークとも呼ぶべき反応により、他臓器、あるいは発現臓器自身でのインスリン抵抗性やそれに起因する動脈硬化に関連することが知られるようになった。インスリン抵抗性や動脈硬化は、世界的な問題である疾病、すなわち脳梗塞や心筋梗塞といった、大血管障害の発症の原因となる。したがって、インスリン抵抗性の改善、あるいは大血管障害の予防に関係する、これら分泌タンパクとインスリン抵抗性、あるいは動脈硬化との関連の研究は世界的にも、創薬の分野を含めて競争が激しい領域である。その中でレジスチンは、肝でインスリン抵抗性をもたらすと考えられており、ヒトでもいくつかのデータでレジスチンの発現量が高いほどインスリン抵抗性が高くなることが示唆されている。またヒトで、動脈硬化を直接的に促進する作用があることも示唆されている。レジスチンにはアイソフォームが3種同定されており、それぞれREsistin-Like Molecule(RELM)α,β,γと命名されている。そのうちRELMβのみが、ヒトに存在することが確認されている。RELMsはレジスチンと同様血液中を循環することが知られており、レジスチンとは発現臓器が異なっている。したがって、脂肪以外の臓器からも発現するRELMsがレジスチンと同様インスリン抵抗性に関連があるとすると、その臓器によりインスリン抵抗性の制御を受けることとなり、その意味でもRELMとインスリン抵抗性の関連が注目される。特にRELMβは栄養の吸収や、免疫防御の場である腸管でのみ発現し、食事の内容により制御を受けることが示唆されるため、食事や腸管の状態(感染症などの炎症を含む)がRELMβを介してインスリン抵抗性に影響する、というメカニズムが想定され、注目される。

我々のグループはすでに、RELMβが高脂肪食負荷やdb/dbマウスなどで発現量が増加していることをDiabetoligia誌上で発表しており、レジスチンの腸管のみで発現されるアイソフォームとして、インスリン抵抗性との関連に注目してきた。今回私は、レジスチンのアイソフォームであるRELMβとインスリン抵抗性発症との関連を、RELMβ過剰発現マウスの糖脂質代謝状態の解析と、初代培養肝細胞の系でのRELMβ投与実験により解析した。

【方法】

肝特異的SAPプロモーター下流にRELMβのcDNA全長を挿入したコンストラクトを用いてRELMβ過剰発現マウスを作成した。得られたRELMβ過剰発現マウスは、サザンブロットでtransgeneの挿入を確認し、ウサギに精製RELMβタンパクを免疫して作成した、RELMβのポリクローナル抗体を用いたウエスタンプロット法を用いてRELMβの発現を確認した。マウスは通常食により飼育し、6週目に血糖及び体重を測定し、糖負荷試験を行った。また、高脂肪食を4週間負荷した後に血糖をはじめとした糖脂質代謝の血清データを測定し、RELMβ過剰発現マウスとその同胞を比較した。さらに高脂肪食負荷後に関しては、糖負荷試験、インスリン負荷試験、ピルビン酸負荷試験を行い、[3H]-D-glucoseを用いたグルコースクランプ試験を行ってGIR(グルコース注入速度)、GDR(グルコース消失速度)、HGP(肝糖新生)を測定した。グルコースクランプ時には、試験終了時に[14C]-2-deoxy-glucoseをbolus注入することで筋肉、脂肪への取り込み量をも測定した。また単離ヒラメ筋をインスリン刺激し糖取り込みアツセイを行った。また、門脈よりインスリン注入を行い、肝臓、筋肉でのインスリンシグナル伝達分子のタンパク量と、インスリン刺激によるリン酸化状態を免疫沈降ウエスタンプロット法で解析し、またPI3-kinase、Akt/PKBのキナーゼ活性を測定した。また、肝での脂質代謝で重要な酵素の発現量に関してRPA法を用いて検討した。

一方、肝細胞初代培養細胞の系では、293細胞にRELMβを発現するアデノウイルスを感染させた上清を精製して作成したRELMβタンパクを投与することにより、インスリンシグナル伝達分子のタンパク量、インスリン刺激によるリン酸化状態を検討した。また、RELMβの投与によりMAPKのリン酸化状態に変化が生じるか検討した。

【結果】

RELMP過剰発現マウスが2系統得られ、肝での発現と血清中のRELMβ濃度は、系統1では極めて高く、系統2では発現量は少なく、血清中の濃度は同胞マウスの2倍程度であった。通常食下ではRELMβ過剰発現マウスは同胞マウスと比較して体重、空腹時血糖値、血清インスリン値、血清コレステロール値、中性脂肪値に有意な差は認められなかった。しかし、両系統でRELMβ過剰発現マウスの方が、体重増により空腹時血糖が上昇しやすい傾向を認めた。高脂肪食を負荷すると、体重や摂餌量には明らかな差を認めないが、空腹時血糖、血清インスリン値、血清コレステロール値、血清中性脂肪値がすべてRELMβ過剰発現マウスで増加した。糖負荷試験、インスリン負荷試験、ピルビン酸負荷試験では、それぞれRELMβ過剰発現マウスで血糖高値となった。組織像では、脂肪肝と膵島肥大を認め、肝内中性脂肪含量の増加と血中インスリン高値を裏付けるものであった。グルコースクランプ法では、GIRの低下を認めたが、GDRは不変であり、HGPの上昇すなわち肝でのインスリン抵抗性を認めた[14C]-2-deoxy-glucoseの注入により筋肉、脂肪での糖取り込み量はRELMβ過剰発現マウスで変化がなかった。また、単離ヒラメ筋でのインスリン刺激による糖取り込みにも変化がなかった。さらに、肝臓、筋肉のいずれにおいてもIRSタンパク量の減少を認め、インスリン刺激によるチロシンリン酸化の低下、PI3-kinase活性の低下を認めた。肝での脂質代謝の酵素の発現量(脂肪酸合成酵素、カルニチン・パルミトイル基転移酵素)に変化を認めた。初代培養肝細胞にRELMβを投与すると、IRS蛋白量はやはり減少し、インスリン刺激によるチロシンリン酸化も減少した。また、MAPKのリン酸化を認め、リン酸化の量は、RELMβ投与量依存性を認めた。

【考察】

本研究では、まずRELMβ過剰発現マウスを用いて、in nvivoでのRELMβとインスリン抵抗性の関連を検討した。それにより、RELMβの血中濃度が慢性的に高い状態が持続すると、単独ではインスリン抵抗性を来たさないが、高脂肪食や体重増などの要因が加わることによって糖尿病、高脂血症、脂肪肝を呈し、その主要な原因と考えられるインスリン抵抗性が肝臓で生じることが証明された。筋肉に関しては、インスリン刺激による糖取り込み状態とインスリンシグナル伝達の状態には乖離が存在している。インスリンに依存した糖の代謝に関しては肝臓では糖新生やグリコーゲン分解の制御が行われ、筋肉ではGLUT4のトランスロケーションによる糖取り込みがメインのメカニズムであるという違いがあるため、生じた差となっている可能性があるが、特定はできていない。脂肪肝と高脂血症に関しては、肝での脂質代謝の酵素の発現量に変化を生じており、RELMβの作用である可能性もある。

一方、in vivoで生じたRELMβ過剰発現による肝臓への変化が直接的作用であることは、初代培養肝細胞にRELMβを投与したところ、同様の変化が生じ、直接的作用が存在することが示唆された。のみならず、RELMβが複数のMAPKをリン酸化することも証明し、in vivoでも特にp38MAPKのリン酸化状態が亢進していた。以前我々のグループにおいて、MAPKの慢性的刺激がIRSのタンパク量やインスリン刺激によるIRSのチロシンリン酸化を低下させることを発表してきたが、同様の機序すなわちMAPKの刺激によるIRSタンパク量の変化がRELMβによるインスリン抵抗性の発症機序であることが示唆された。

本研究の限界として重要なのは、in vitroでは証明されたRELMβの用量依存性の効果が、生理的な範囲の変動でどの程度インスリン抵抗性に影響するか、という点である。RELMβの血中濃度に関しては、より定量性の確かなRIAやELISAの系が確立される必要があり、開発中である。

現時点でRELMβの受容体の存在やシグナル伝達経路が未だ解明されたわけではないため、RELMβの作用に関しては今後のさらなる研究課題であるし、動脈硬化との関連に関してもさらなる解析が必要と考えられる。さらに、ヒトRELMβの作用の検討も必要である。また、炎症とインスリン抵抗性との関連を考える上での基礎医学的側面、また糖尿病や動脈硬化の治療薬としてのターゲットとしての臨床医学的側面から、重要なテーマであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

インスリン抵抗性は2型糖尿病の主要な原因であり、世界的な問題である疾病、すなわち脳梗塞や心筋梗塞といった、大血管障害の発症の原因となる。そのためインスリン抵抗性、あるいは大血管障害の予防に関係する血中分泌タンパクが近年注目を集めている。本研究ではインスリン抵抗性を誘導するとされるレジスチンのアイソフォームのうちRELMβに着目し、インスリン抵抗性との関連をRELMβ過剰発現マウスの解析と、初代培養肝細胞への精製RELMβ投与により検討し、以下の結果を得ている。

RELMβ過剰発現マウスでは、通常食下では同胞マウスと比較してRELMβ過剰発現マウスの方が、体重増により空腹時血糖が上昇しやすい傾向を認めた。高脂肪食を負荷すると、体重や摂餌量には明らかな差を認めないが、高血糖、高インスリン血症、高脂血症をきたした。糖負荷試験、インスリン負荷試験、ピルビン酸負荷試験では、それぞれRELMβ過剰発現マウスで血糖高値となった。組織像では、脂肪肝と膵島肥大を認めた。したがって、RELMβ過剰発現マウスでは糖脂質代謝異常を来たすことが判明した。

グルコースクランプ法では、GIRの低下を認めたが、GDRは不変であり、HGPの上昇を認めた。筋肉、脂肪への糖取り込み量はRELMβ過剰発現マウスで変化がなかった。また、単離ヒラメ筋でのインスリン刺激による糖取り込みにも変化がなかった。これらのデータから、肝でのインスリン抵抗性の存在が証明された。

肝臓、筋肉のいずれにおいてもIRSタンパク量の減少を認め、インスリン刺激によるチロシンリン酸化の低下、PI3-kinase活性の低下、さらにAkt/PKBの活性低下を認めた。

肝での脂質代謝の酵素の発現量(脂肪酸合成酵素、カルニチン・パルミトイル基転移酵素)に変化を認めた。

初代培養肝細胞にRELMβを投与すると、IRS蛋白量はやはり減少し、インスリン刺激によるチロシンリン酸化も減少した。また、MAPKのリン酸化を認め、リン酸化の量は、RELMβ投与量依存性を認めた。MAPKのリン酸化は、RELMβ過剰発現マウスでも増加しており、IRS蛋白量の調節への関与が示唆された。

以上、本論分はRELMβとインスリン抵抗性の関連について詳細に解析しており、RELMβによる長期刺激により糖尿病、高脂血症をきたすことを明らかにし、そのメカニズムに関しても、肝でのインスリン抵抗性の存在を証明し、その発症メカニズムの一端として古典的MAPKの関与を発見した。これらの結果は新規であり、今後インスリン抵抗性に関連する疾病の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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