学位論文要旨



No 121434
著者(漢字) 合山,進
著者(英字)
著者(カナ) ゴウヤマ,ススム
標題(和) 傍大動脈臓側中胚葉領域からの造血発生にはAML1の転写活性化能が必要である
標題(洋) The transcriptionally active form of AML1 is required for hematopoietic rescue of the AML1-deficient embryonic para-aortic splanchnopleural (P-Sp) region
報告番号 121434
報告番号 甲21434
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2682号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 助教授 高橋,聡
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

AML1(acute myeloid leukemia 1)は、ヒトの急性骨髄性白血病に認められるt(8;21)転座の転座切断点から単離された遺伝子であり、Runxl,CBFα2,PEBP2αBとも呼ばれる。AML1はショウジョウバエの体節形成調節遺伝子runtと相同性を持つruntドメインを有し、AML2(Runx3),AML3(Runx2)とともに、Runx転写因子ファミリーに属する。これらはruntドメインでDNA及び共通のβsubunitであるCBFβ(PEBP2β)と結合し、標的DNAの発現を調節する転写因子と考えられている。

AML1ノックアウトマウスでは卵黄嚢での胚型赤血球造血は開始されるものの、それに続く成体型造血が欠如しており、そのためAML1ノックアウトマウスは胎生12.5日に死亡する。このことはAML1が成体型造血の開始に必須の役割を果たしていることを示している。

この研究では、成体型造血の始原と考えられている傍大動脈臓側中胚葉(para-aortic splanchnopleura,以下P-Sp)領域の培養系を用いて、AML1ノックアウトマウスの造血障害を試験管内で再現した。このP-Sp培養系とレトロウイルスによる遺伝子導入法を組み合わせることにより、造血発生に必要なAML1の機能ドメインを詳細に解析した。また、造血発生におけるRunx転写因子間の機能重複の存在も明らかにした。

【材料および方法】

マウス

C57BL/6へbackcrossしたAML1 wt/null(+/-)のオスマウスとメスマウスと交配し、性交後9.5日の胎仔を実験にもちいた。

P-Sp培養法

胎生9.5日の胎仔からP-Sp領域を採取し、造血支持能を持つOP9細胞上で培養した。胎仔の頭部を用いてPCRにより遺伝子型を決定し、AML1欠損P-SpにAML1あるいはAML1変異体のcDNAを組み込んだレトロウイルスを感染させた。4日後に通常の培地に交換し、血液細胞が産生されるかどうかを観察した。産生された血液細胞は14日後に回収し、コロニーアッセイ及びフローサイトメトリーにより解析を行った。

レトロウイルスベクターとその感染方法

AML1およびAML1変異体のcDNAはpMY-/IRES-EGFPレトロウイルスベクターに挿入した。これらのレトロウイルスベクターをPlat-Eパッケージング細胞にtransfectionし、ウイルスを産生させた。培養上清をpolybreneとともにP-Sp培養系に加え、感染すなわち遺伝子導入をおこなった。

【結果】

AML1欠損P-Spの培養結果

AML1のノックアウトマウスは胎生期に成体型造血が完全に欠如して死亡するが、この現象を試験管内で再現するため、成体型造血の始原と考えられているP-Spの培養をおこなった。野生型マウス及びAML1(-/-)マウスより単離したP-Sp領域を造血支持細胞OP9上で培養したところ、野生型P-Sp領域からは多数の血液細胞が産生されたのに対し、AML1欠損P-Sp領域からは全く血液細胞が産生されなかった。(図1、上段)

AML1遺伝子の導入による造血発生能の回復

培養中のAML1欠損P-Sp領域にレトロウイルスをもちいてAML1遺伝子を導入したところ、野生型と同様の血球産生が回復した。(図1、下段)このrescueされた血液細胞は、野生型同様のコロニー形成能を持ち、CD45などの血液表面マーカーも発現していた。

次に造血発生に必要なAML1の機能ドメインを同定するために、様々なAML1の変異体をレトロウイルスにより導入し、同様の実験を行った。その結果、(1)AML1の血球産生能にはDNA結合に重要なRuntドメインとC端の転写活性化ドメインが重要であること、(2)対照的にAML1による転写抑制に関与すると言われているドメイン(mSin3A結合ドメイン及びVWRPY motif)は必要ないこと、(3)骨髄異形成症候群(MDS)の患者より同定された点突然変異を有するAML1変異体(R139G)はその造血回復能を失うこと、(4)リン酸化やアセチル化をうける部分を変異させたAML1変異体(S249/266A及びK24/43R)は造血能を保持していること、が明らかとなった。(図2)

AML2(Runx3)、AML3(Runx2)遺伝子の導入による造血発生能の回復

AML1は転写因子Runxファミリーに属する遺伝子であり、ヒトではAML1(Runxl)の他に、骨形成に必須の遺伝子であるRunx2(AML3)、胃癌や神経の発達に関わるRunx3(AML2)が存在する。同様の実験系を用いてAML1欠損P-SpにAML2、AML3を導入したところ、AML1同様に血球産生が回復した。

【考察】

今回私は、成体型造血の始原と考えられているP-Sp領域と造血支持細胞OP9の共培養により、AML1ノックアウトマウスで認める成体型造血の欠如を試験管内で再現することに成功した。また、このP-Sp培養系とレトロウイルスによる遺伝子導入を組み合わせることにより、AML1変異体の造血能を初代培養の系で簡便に調べることのできる実験系を確立した。

この実験系を用いて、様々なAML1変異体の造血能を調べたところ、AML1の造血能はその転写活性化能と密接に関連することが明らかとなった。また、造血発生におけるRunx転写因子間の機能重複の存在も示すことができた。

この実験系を用いれば、AML1の様々な機能を生体に近い条件で効率よく解析することが可能であり、今後のAML1研究の発展に大きく寄与するものと考えている。

図1

(A)正常なマウスのP-Spは多数の血球を産生する。

(B)AML1欠損マウスより採取したP-Spは、血球を産生することができない。

(C)AML1欠損P-Spにレトロウイルスを用いてAML1を再導入すると、血球産生能が回復する。

(D)AML1欠損P-Spにベクターのみを感染させたものでは、血球の産生を認めない。

図2

Runt ドメイン(Runt)及び転写活性化ドメイン(AD)を持つものは造血能を有するが、それらを欠損したもの及びDNA結合能を失った変異体(R139G:MDSの症例より発見)は、造血能を欠いている。一方、リン酸化やアセチル化を受けない変異体は、造血能を保持している。

Runt:runtドメイン、m:mSin3A結合ドメイン、AD:activationドメイン、ID:inhibitoryドメインVWRPY:VWRPY motif、S249/266A:リン酸化されない変異体、K24/43R:アセチル化されない変異体

審査要旨 要旨を表示する

本研究は転写因子AML1の造血発生における役割の詳細を明らかにするために、造血発生の始原であるpara-aortic splanchnopleural(P-Sp)領域を培養する実験系を確立し、その系を用いて初期造血発生におけるAML1の機能解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

胎生9.5日の野生型マウスより採取したP-Sp領域を造血支持細胞OP9細胞上で適切なサイトカインと共に培養すると、血液細胞が産生される。一方、AML1ノックアウトマウスより採取したP-Sp領域からは、血液細胞は全く産生されない。このようにAML1ノックマウスでみられる造血発生障害を、試験管内で再現する実験系を構築した。

次に、培養中のAML1欠損P-Sp領域にレトロウイルスをもちいてAML1遺伝子を導入したところ、造血能が回復した。これにより、造血障害がAML1の欠損によることが確かめられた。また、造血発生に必要なAML1の機能ドメインを同定するために、様々なAML1変異体を用いて同様の実験を行った。その結果、AML1の転写活性化領域が造血回復能に重要であることが明らかとなった。

AML1はRunx転写ファミリーの一つであるが、造血発生におけるRunx転写因子間の機能重複を調べるために、AML 1欠損P-Spに、他のRunx転写因子(Runx2,Runx3)をレトロウイルスで導入した。その結果、Runx2,Runx3にも、AML1同様の造血回復能があることが明らかとなった。この結果より、造血発生におけるRunx転写因子間の機能重複の存在が明らかとなった。

以上、本論文は試験管内で造血発生を再現する系としてP-Sp領域の培養系を確立し、造血発生にはAML1の転写活性化能が必要であることを明らかにした。また、造血発生におけるRunx転写因子間の機能重複も証明した。これらの結果及びP-Sp領域を用いた実験系は、今後の造血発生研究、AML1研究に大きく寄与するものであり、学位の授与に十分値するものと考えられる。

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