No | 121435 | |
著者(漢字) | 中川,正宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカガワ,マサヒロ | |
標題(和) | Runx1によるNotch1欠損マウスP-Sp のin vitro造血能の回復 | |
標題(洋) | AML1/Runx1 Rescues Notch1-Null Mutation-Induced Deficiency of Para-Aortic Splanchnopleural (P-Sp) Hematopoiesis | |
報告番号 | 121435 | |
報告番号 | 甲21435 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2683号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 哺乳類の造血発生には胎生型造血と,成体型造血の2種類が知られている.マウスでは,前者は卵黄嚢(yolk sac)で胎生7.5日付近から作られる.後者は胎生10日付近から,大動脈-生殖隆起-中腎(AGM)領域で始まり,その後肝臓,牌臓,骨髄へと産生場所は移行していく.成体型造血の前駆細胞は胎生7.5から9.5日の傍大動脈臓側中腰葉(P-Sp)領域で最初に同定される.造血幹細胞は,自己複製能と多分化能で定義されるが,成体の造血を再構築できる細胞はAGM領域で,新生児の造血を再構築できる細胞はP-Sp領域で同定される. 種々のノックアウトマウスの研究などから,造血発生に必須とされている遺伝子がいくつか知られている.Runxl,GATA2,SCLなどに加えて,近年Notchlも造血発生に必要であることが示された。しかし,drosophilaやzebrafishでいくつか報告がされてはいるものの,依然哺乳類では,造血発生における各種転写因子の関係や経路は明らかにされていない. 材料と方法 NotchlノックアウトマウスのP-Sp領域では,造血に必要とされているRunxlやSCL,GATA2の発現が低下していることが報告されており,造血発生ではこれらがNotchシグナルの下流ではないかと考えた。 マウスのin vivoでの造血発生は,P-Sp培養を用いることにより,in vitroで再現できる.胎生9.5日目の胎児からP-Sp領域を切り出して単個細胞浮遊液とし,各種サイトカインと共にOP9間質細胞と共培養する。共培養により,野生型マウスのP-Sp領域からは多数の浮遊細胞が出現し,これらは各種の血球系表面抗原や,コロニー産生能を有する. 成体型造血が障害されている,NotchlノックアウトマウスのP-Sp領域をこの系で培養しても血球は全く産生されない.そこで,NotchlノックアウトマウスのP-Sp培養に,レトロウイルスを用いてNotchlの下流と予想したRunx1,SCL,GATA2を発現させ,血球産生が回復するかを調べた. なお,OP9間質細胞は,マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)を欠損するマウスから樹立された間質細胞株であり,造血支持細胞として各種血球の分化・誘導に用いられる。 結果 NotchlノックアウトマウスのP-Sp培養からは血球ができてこない(図1A)が,この系にレトロウィルスを用いてRunxl,SCL,GATA2を発現させると,驚くことに,Runxlを導入したP-Sp培養からのみ,血球の出現を認めた(図1B) 次に,Runxl導入により回復した血球の評価を行うために,表面抗原とコロニー産生能を調べた。表面抗原では,汎白血球標識CD45,幹細胞標識c-Kit,CD34,Sca1,骨髄球系標識Gr-1,Mac-1,赤芽球系標識Ter-119を認め,野生型のP-Sp培養から得られた結果とほぼ同様であった.(図2A) メチルセルロース培地を用いたコロニー形成能では,混合コロニー,顆粒球マクロファージコロニー,赤芽球系コロニーの産生がみられた.得られたコロニーのサイトスピン標本からは,顆粒球,マクロファージ,有核赤血球,脱核した赤血球がみられ,各種血球が産生されていた(図 2B).野生型と同様の結果であった. これらの結果から,Notchlは,Runxlを介してP-Sp領域からの成体型造血発生に寄与していることが示唆された. 次に,造血発生における,Notchシグナルの下流としてのRunxlの機能を検討した. Runx1は各種のコアクティベーターやコリプレッサーと協調し,時間。空間依存的に,標的遺伝子の転写活性化因子として働くと同時に転写抑制因子としても働くことが知られている.また機能部位の解析も進んでおり,転写活性に必要な部位,転写抑制に必要な部位,DNA結合に必要な部位,コアクティベーターやコリプレッサーに結合する部位などもしられている. そこで,Runxlの各種機能部位を欠失した変異体を産生するレトロウイルス(図3A)を用い,NotchlノックアウトマウスのP-Sp培養に導入することにより,造血発生におけるNotchlの下流としてのRunxlの機能を検討した.その結果,転写活性部位やRunt部位を欠損した変異体では血球産生の回復は見られず,転写抑制部位を欠損した変異体では血球産生の回復がみられ,造血発生における Notchシグナルの下流としては,Runx1の転写活性化能が必要であると考えられた(図3B). 続いて,NotchシグナルとRunxlの関連を調べた。Notchシグナルの下流としては,Heslがよく知られている。成体での造血幹細胞に関しては,HeslはNotchlと同様に,造血幹細胞を維持すると報告されている.また,造血発生においては,AGM領域から産生される血球でHeslが発現されていることも示されている.さらに,HeslはNotchシグナルとJAK/STATシグナルやWntシグナルを仲介するという報告も[図4]た,RunxファミリーのRunx2の転写活性化能をHeslが増強するという報告もある. そこで,Hes1がRunx1の転写活性化能を増強させるかを,ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイで検討した.Runx1とHeslが結合することは別のGST pull downアッセイで示されているが,今回,免疫沈降実験でも両者の結合が確かめられた(図4A).さらに,HeslはRunxlの転写活性化能を用量依存的に増強することが示された(図4B). このことから,NotchはHeslを介して,Runxlの機能を制御している 可能性が示唆された. 考察 本研究では,哺乳類の造血発生において,Notch-Runx経路が非常に重要な働きをしていることが示唆された.ごく最近,zebrafishにおいてもNotch-Runx経路が造血幹細胞の制御に重要であることが報告されており,以前にdrosophilaの初期血球分化においてもNotch-Runx経路が報告されている.NotchシグナルがRunxlの発現を制御しているだけでなく,Runxlの機能を制御している可能性も新たに示唆された. 造血器腫瘍等に対する治療として,現在広く造血幹細胞移植が行われている.近年では造血幹細胞のソースとして,臍帯血も用いられるようになっている.しかし,しばしば造血幹細胞の数の不足による生着遅延や免疫回復の遅れが問題となり,造血幹細胞の増幅技術の確立が切望されている.また,様々な疾患の治療に輸血が行われているが,感染症の危険や,献血者の不足から,胚性幹細胞や臍帯血などをソースとしての血液の生産も望まれている Notchシグナルを用いて臍帯血の造血幹細胞を増幅したとする報告はあるが,まだ実用化されていない.さらに,近年の研究により,白血病の発生・維持・治療において,白血病幹細胞の概念が提唱されている.そして,造血発生に必須であることがわかっている遺伝子の多くは,白血病の遺伝子異常から発見されたがん遺伝子である.急性リンパ球性白血病においては,非常に高率にNotchlの活性型変異がみられることが報告されており,急性骨髄性白血病でみられるもっとも多い遺伝子異常の一つにRunxlの遺伝子異常がある. 造血発生における分子機序を解明することは,造血幹細胞の増幅,血液の分化誘導,腫瘍発生の研究に非常に役立つことが期待される.本研究では.造血発生における重要なNotchシグナルとRunxlの関連を示した点で非常に興味深いと考えられた. | |
審査要旨 | 本研究は,哺乳類の造血幹細胞の発生において重用な役割を演じていると考えられている遺伝子間の関係を明らかにするため,造血幹細胞の発生をinvitroで再現するP-Sp培養の系を用いて,Notchlと他の遺伝子の解析を試みたものであり,下記の結果を得ている. 血球様細胞の発生がみられないNotchlノックアウトマウスのP-Sp培養に対し,レトロウイルスを用いてRunxl,SCL,GATA2を強制発現させた.すると,Runxlを強制発現させたP-Sp培養からのみ,血球様細胞が出現した.このRunxlによって発生した血球様細胞は,FACSやコロニーアッセイにより,野生型と同様の血球であることが示された.Notchlを介した造血幹細胞の発生に,Runxlが非常に重用であると考えられた. 各種Runx1変異体ウイルスを用いた同様の実験により,Notchlノックアウトマウスの血球産生を回復させるには,Runxlの転写活性化能が重用であることが示された.Runxlは種々の転写因子と協調して,標的遺伝子の転写を活性化,もしくは抑制するが,Notchlの下流での造血発生では活性化因子として働くと考えられた. Notchlの下流であるHeslがRunxlの転写活性化能を上昇させることが示された.NotchlはRunxlの発現を制御しているだけでなく,Runxlの機能も制御していることが示唆された. 以上,本論文はマウスの造血幹細胞の発生において,Notchlの下流としてRunxlが非常に重要な役割を果たしていることを明らかにし,さらに,NotchlはRunx1の発現制御だけでなく,機能制御にも関わっていることを示した.本研究はこれまで未知に等しかった,哺乳類の造血幹細胞発生の分子的制御の解明に重用な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. | |
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