学位論文要旨



No 121436
著者(漢字) 岡本,明子
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,アキコ
標題(和) 全身性エリテマトーデスにおける貪食細胞の核抗原提示
標題(洋)
報告番号 121436
報告番号 甲21436
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2684号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 石川,昌
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

膠原病は、核抗原を中心とする自己抗原への免疫学的寛容が破綻し、多臓器傷害が引き起こされる全身性自己免疫疾患と考えられている。

膠原病では多彩な自己抗体が産生される。全身性エリテマトーデス(SLE)において、抗DNA抗体は病原性をもつ主要な自己抗体のひとつと考えられている。なかでも抗2本鎖(ds)DNA抗体の陽性所見は、米国リウマチ学会SLE分類基準の1つに含まれる。抗体の構造や機能などから、SLEにおいて抗dsDNA抗体が産生される際には、何らかの自己抗原を認識するT細胞が、dsDNAに高親和性のB細胞レセプターを発現したB細胞を選択的に刺激すると考えられる。

最近、抗dsDNA抗体の産生を促進するT細胞レベルでの抗原のひとつはヌクレオソームであることが明らかとなってきた。ヌクレオソームは、ヒストン8量体とdsDNAよりなる染色体の構成単位である。今までに、自然発症SLEモデルマウスにおいて抗dsDNA抗体産生を促進する自己反応性T細胞はヌクレオソームに反応して増殖すること、T細胞が認識するヌクレオソームのエピトープはマウス・ヒトともヒストン蛋白H4上に存在することが知られている。

抗ヌクレオソーム抗体は、SLEモデルマウスにおいて抗dsDNA抗体に先行して出現することが知られている。ヒトSLEにおいても、抗ヌクレオソーム抗体は抗dsDNA抗体と比較して、感度・特異度・疾患活動性の評価において優れると複数のグループが報告している。

SLEにおいてT細胞やB細胞の活性化がみられることや、食食細胞においてアポトーシス細胞の断片を除去する機能が低下した場合にSLE様の病態を呈することは今までに報告されているが、自己抗原の提示様式については今までほとんど解明されていない。自己抗原に対する免疫学的寛容の破綻は抗原提示様式に密接に関与すると考えられ、自己抗原提示についての研究はSLEの病態解明に不可欠である。

そこで私は、重要な自己抗原であるヌクレオソームに特異的なT細胞を用いて、SLEモデルマウスにおける自己抗原提示の解析を試みた。まず高効率レトロウイルスベクターシステムを用いて、ヌクレオソーム特異的なT細胞受容体(TCR)をSLEモデルマウスのCD4陽性T細胞に導入し、ヌクレオソーム特異的T細胞を作製した。TCRは、SNF,マウスのT細胞株3A由来で、I-Ad拘束性のヌクレオソームエピトープ(ヒストンH4;aa71-94)に特異的なものを選択し、"AN3"と名称をつけた。SLEモデルマウスは、発症様式が似通った(SWRXNZB)F1(SNF1;1-Ad/q)および(NZB×NZW)F1(NZB/WF1;I-Ad/z)マウスを用いた。

SLEモデルマウスのヌクレオソーム提示を検討するため、AN3 T細胞の生体内における増殖反応と培養下の局所樹状細胞に対する増殖反応を観察した。CFSEで標識したAN3 T細胞をSLEモデルマウスに移入して解析を行ったところ、脾臓のみでAN3 T細胞の分裂が認められた。培養実験でも、AN3 T細胞は脾臓樹状細胞に対してのみ増殖反応を示した。したがってNZB/WF1マウスおよびSNF1マウスにおいて、ヌクレオソーム提示は脾臓優位であることが明らかとなった。

腎炎発症前のNZB/WF1およびSNF1マウスについて、脾臓の各抗原提示細胞サブセットに対するAN3T細胞の増殖反応を検討すると、F4/80陽性マクロファージとCD11b陽性樹状細胞はほぼ同等のヌクレオソーム提示能を示した。F4/80陽性マクロファージは脾臓細胞の約10%を占め、NZB/WF1マウスでは樹状細胞の約5倍、SNF1マウスでは約3倍存在した。それゆえSLEモデルマウスにおいて、F4/80陽性マクロファージはヌクレオソーム提示に大きな役割を果たすものと考えられた。

生体内における脾臓貪食細胞の役割を検討するために、NZB/WF1マウスの尾静脈にクロドロネートリポソームを注射し、貪食細胞除去を行った。クロドロネート・リポソームは、ビスフォスフォネート製剤のクロドロネートを人工的に脂質2重層で被覆した薬剤で、マウスに静脈注射すると、脾臓・肝臓の食食細胞のみに選択的にとりこまれた後クロドロネートが放出され、2日ほどで細胞死を引き起こすと報告されている。NZB/WF1マウスにクロドロネート・リポソームを静注した3日後には、脾臓のF4/80マクロファージを中心とする食食細胞除去が観察された。

次にヌクレオソーム特異的であるAN3 T細胞を用いて、リポソーム静注後のNZB/WF1マウス脾臓細胞におけるヌクレオソーム提示能の変化を検討した。クロドロネート・リポソーム静注3日後および9日後の脾臓細胞のヌクレオソーム提示能は抑制されたが、30日後には回復した。したがって、クロドロネート・リポソームにより除去される貪食細胞はヌクレオソーム提示において重要と考えられた。

クロドロネート・リポソームが他の外来抗原提示に及ぼす影響について評価するため、OVA蛋白添加下に卵白オボアルブミン(OVA)反応性T細胞のクロドロネート・リポソーム静注後の脾臓細胞に対する増殖反応を検討した。NZB/WF1マウス脾臓細胞のOVA提示能は静注9日後まで抑制されていたが、30日後には回復していた。この結果よりクロドロネート・リポソーム静注により自己抗原および外来抗原の提示がともに一時的に抑制されることが示された。コントロールのBalb/cマウスでは、クロドロネート・リポソーム静注9日後に脾臓細胞のOVA提示が回復しており、NZB/WF1マウスのマクロファージのターンオーバーが遅い可能性が考えられた。リポソーム静注3日後にOVAを足蹠に免疫したマウスの血清抗OVA抗体価はコントロールと同等であり、末梢リンパ節を主体とする免疫応答の抑制はみられないことが示された。

NZB/WF1マウス脾臓の食食細胞除去が、自己抗体産生やループス腎炎発症に及ぼす影響を検討するため、20週齢のNZB/WF1マウスに2週間に1度ずつリポソームを2回静注した。治療前と治療1ヵ月後の血清抗体価を測定すると、クロドロネート・リポソーム静注群では抗ヌクレオソーム抗体価の低下が認められたが、抗dsDNA抗体価については統計学的有意差を認めなかった。他系統のSLE自然発症モデルであるMRL/1prマウスにおいても同様の結果を得た。またNZB/WF1マウスのクロドロネート・リポソーム静注群は、蛋白尿発症率がコントロールと比較して低かった。

以上の結果より、私は、(1)SNF1およびNZB/WF1マウスにおけるヌクレオソーム提示は脾臓において優位であること、(2)脾臓の抗原提示細胞サブセットの中で、F4/80陽性マクロファージ及びCD11b陽性樹状細胞は腎炎発症前からヌクレオソーム提示能をもつこと、(3)発症前マウスで、脾臓F4/80陽性マクロファージを中心とした食食細胞を除去すると、脾臓におけるヌクレオソーム提示能は著明に減弱し、抗ヌクレオソーム抗体価の低下と蛋白尿発症の抑制がみられること、を明らかにした。この結果は、食食細胞における核抗原の提示が、異常な免疫応答の引き金となり、自己免疫疾患を惹起する可能性を新たに示した。

これまでSLEにおける抗原提示細胞については、主に樹状細胞がサイトカインやケモカインなど液性因子を介してSLEの病態形成に関与するという報告が散見されていたが、自己抗原提示能自体に関する解析は行われていなかった。食食細胞についても、アポトーシス細胞断片を除去する機能が低下した場合にヒトおよびマウスともSLE様の病態が発生することが知られてきたが、実際に自己抗原提示をしているかどうかは分かっていなかった。よって今回の結果は、マクロファージを中心とした食食細胞が自己抗体産生につながる核抗原提示を行うことを明らかにした点において大変重要である。

ヌクレオソームは、アポトーシスを起こした細胞の表面に現れるブレブに含まれることが知られ、加齢SNF1マウスの脾臓において細胞のアポトーシスが亢進しているという報告もある。このヌクレオソームの由来に関しては今後も検討が必要であるが、末梢リンパ節と脾臓でのヌクレオソーム提示量の差異にヌクレオソームの由来が大きく関与する可能性が考えられる。

貪食細胞によりT細胞へ自己抗原が提示されること自体が異常なのか、それとも自己抗原提示に続いて起きるT細胞やB細胞の活性化が異常なのかという問題に関しては今後更なる検討が必要である。また貪食細胞の除去に伴い、抗体を産生する脾臓形質細胞の著明な減少が認められ、食食細胞が形質細胞・形質芽球の維持にT細胞やB細胞の活性化などを介して間接的に、もしくはケモカインなどを介して直接的に関与する可能性も示唆された。

個々人においてSLEの病態は、(1)貪食細胞のクリアランス障害による自己抗原の過剰な蓄積、(2)自己抗原に対するT細胞の反応異常、(3)自己抗原に対するB細胞の反応異常、(4)樹状細胞および食食細胞の過剰な自己抗原提示・活性化の異常、(5)サイトカインバランスの異常、などの要素が様々な程度に絡み合い形成されるものと考えられる。

現在のSLE治療は、副腎皮質ステロイド・免疫抑制剤といった全般的な免疫抑制が中心であり、日和見感染が大きな問題となっている。食食細胞における自己抗原提示の抑制は、病態により即したSLEの新たな治療アプローチとなりうると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、全身性エリテマトーデス(SLE)の病態形成に重要な役割を果たすと考えられる自己抗原提示のメカニズムを明らかにするため、自己抗原であるヌクレオソームに特異的なT細胞を用いてSLEモデルマウスにおける自己抗原提示の局在および自己抗原提示と抗原提示細胞サブセットの関連について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

高効率レトロウイルスベクターシステムを用いてヌクレオソーム特異的T細胞を作製した。SLEモデルマウスはI-AdをもつNZB/WF1およびSNF1マウスを用いた。I-Ad拘束性のヌクレオソームエピトープに特異的なT細胞受容体(TCR)を選択し、SLEモデルマウスのCD4陽性T細胞に導入した。このヌクレオソーム特異的T細胞を以降AN3T細胞と呼称した。

AN3T細胞をCFSEで標識しSLEモデルマウスの生体内における増殖反応を観察した。また培養下の局所樹状細胞に対するAN3T細胞の増殖反応も観察した。これらの実験から、SLEモデルマウスにおけるヌクレオソーム提示は脾臓に優位であるという結果を得た。

腎炎発症前のNZB/WF1およびSNF1マウスについて、脾臓の各抗原提示細胞サブセットに対するAN3 T細胞の増殖反応を検討し、F4/80陽性マクロファージとCD11b陽性樹状細胞はほぼ同等のヌクレオソーム提示能をもつという結果を得た。F4/80陽性マクロファージは脾臓において最も豊富な抗原提示細胞サブセットであり、SLEモデルマウスにおけるヌクレオソーム提示に大きな役割を果たすものと考えられた。

NZB/WF1マウスにクロドロネート・リポソームを静注し、脾臓貪食細胞除去を行った。クロドロネート・リポソーム静注9日後までの脾臓細胞のヌクレオソーム提示能は抑制されたが、30日後には回復した。したがって、脾臓食食細胞は生体内においてもヌクレオソーム提示に重要な役割を果たすと考えられた。

外来抗原であるOVA提示能についても検討したところ、NZB/WF1マウスでは脾臓細胞のOVA提示能回復はクロドロネート・リポソーム静注30日後であり、クロドロネート・リポソーム静注により自己抗原及び外来抗原の提示が一時的に同じように抑制されることが示された。リポソーム静注3日後にOVAを足蹠に免疫したマウスの血清抗OVA抗体価はコントロールと同等であり、末梢リンパ節を主体とする免疫応答の抑制はみられないことが示された。

20週齢の発症前NZB/WF1マウスに2週間に1度ずつリポソームを2回静注し、治療前と治療1ヵ月後の血清抗体価を測定すると、クロドロネート・リポソーム静注群では抗ヌクレオソーム抗体価の低下が認められた。他系統のSLE自然発症モデルであるMRL/1prマウスにおいても同様の結果を得た。またクロドロネート・リポソーム静注により、蛋白尿発症率が抑制された。

脾臓食食細胞の除去に伴い、抗体を産生する脾臓形質細胞は著明に減少した。この結果より貪食細胞が形質細胞・形質芽球の維持にT細胞やB細胞の活性化などを介して間接的に、もしくはケモカインなどを介して直接的に関与する可能性が示唆された。

以上、本論文は、SLEモデルマウスにおいて自己抗原提示は脾臓において優位に行われること、脾臓食食細胞における自己抗原提示が自己抗体産生を促し、病態形成に関与することを明らかにした。本研究はこれまで未知であったSLEにおける自己抗原提示能について解析を行い、貪食細胞の核抗原提示が異常な免疫応答の引き金となり自己免疫疾患を惹起する可能性を新たに示しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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