学位論文要旨



No 121437
著者(漢字) 佐川,かよ
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,カヨ
標題(和) コラーゲン誘発関節炎(CIA)モデルにおけるアンジオテンシンII受容体拮抗薬の免疫抑制効果
標題(洋)
報告番号 121437
報告番号 甲21437
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2685号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 助教授 上原,誉志夫
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

レニンアンジオテンシン系(Renin-angiotensin system:RAS)は血圧調節やホメオスタシスにおいて重要な役割を担っている。切断酵素レニンによってアンジオテンシノーゲンからアンジオテンシンIが切り離されるとアンジオテンシン変換酵素(Angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシンII(AT II)が産生される。これがRASと言われるものであるが、ATIIの産生経路については、最近になりRASを介さないACE非依存性の産生経路が重要視されるようになり(局所性RAS)、こうして産生されたATIIは病態形成因子として作用し、特にヒトではATIIの多くが局所性RASにより産生されることが分かってきた。AT II受容体にはATIIタイプ1(AT1)受容体、ATIIタイプ2(AT2)受容体のサブタイプが存在し、AT IIによる高血圧や腎疾患、うっ血性心不全をはじめとする様々な病態形成因子としての作用はAT1受容体を介していることが分かっている。

一方、近年AT IIの免疫系への関与についての報告が散見されるようになってきた。AT IIがT細胞に走化性があることがWeinstockらにより1986年に報告されているが、最近ではAT II受容体の2つのサブタイプAT1、AT2受容体のうちAT1受容体を介して牌リンパ球を抗原非特異的に増殖させるという報告がある。また、ACE阻害薬がヒトの末梢単核球細胞によるIL-12の産生を抑制するという報告や、ATII注入高血圧ラットモデルにおいて、牌細胞の培養上清中のIFN-γの増加とIL-4の減少が見られ、それがARBの投与により正常化したとする報告もあり、AT IIにはThサブセットを変化させる作用があることが報告されている。また、ラット腎臓の慢性同種移植片拒絶反応の動物モデルで、ARBの投与によって腎障害が有意に改善したとする報告や、心臓の慢性同種移植片拒絶反応の動物モデルにおいて、慢性拒絶反応の病理所見である冠動脈の内膜肥厚がARBの投与によって改善したという報告がある。このように最近では、RASの免疫系への関与が報告されるようになり、多くの動物実験において免疫反応を介する疾患におけるACE阻害薬やARBの臓器保護作用が示されているが、そのメカニズムについては未だ明らかにされていない。そこで我々は、ATIIの抗原特異的な免疫反応に与える影響についてARBを用いて検討すると共に、ヒトの関節リウマチの動物実験モデルとして現在最も広く用いられているコラーゲン誘発関節炎(collagen-induced arthritis:CIA)モデルを用い、ARBのin vivoに与える影響についても検討した。

まず最初にARBであるオルメサルタンのThl反応への影響について検討した。BALB/cマウスを卵白アルブミン(ovalbumin:OVA)、完全フロイントアジュバント(Complete Freund's adjuvant:CFA)で免疫し、免疫の5日前よりDAY6まで15mg/kg/日のオルメサルタンを連日強制経口投与した。免疫から1週間後に所属リンパ節細胞をOVAと共にin vitroで培養し、OVA特異的なリンパ球の増殖と培養上清中のサイトカイン、血清中のOVA特異的なIgG2aを測定した。次にオルメサルタンのTh2反応に対する影響を検討するため、BALB/cマウスをOVAと水酸化アルミニウム(Alum)でDAYO、DAY 10に2回免疫し、初回免疫の9日前からDAY 18に血清、牌細胞を採取するまで10mg/kg/日のオルメサルタンを隔日経口投与した。DAY18に血清、牌細胞を採取し、牌リンパ球をOVAと共にinvitroで培養し、OVA特異的なリンパ球の増殖と培養上清中のサイトカイン産生、血清中のOVA特異的なIgG1、IgEを測定した。さらにこれらの反応が抗原特異的であるかどうか検討するため、DBA/1Jマウスをウシ、型コラーゲン(CII)とCFAで免疫し、免疫の5日前からDAY 8まで10mg/kg/日のオルメサルタンを連日経口投与した。DAY9に所属リンパ節細胞をCIIあるいはマイトージェン(コンカナバリンA;ConA)と共にinvitroで培養し、CII特異的なリンパ球の増殖とサイトカイン産生を調べた。また、ARBのinvivoに与える影響について検討するため、CIAモデルを用いてオルメサルタンの投与実験を行った。DBA/1Jマウスに10 mg/kg/日のオルメサルタンを隔日あるいは連日経口投与し、関節炎の発症率、重症度、病理組織について検討した。

OVA/CFAで免疫した系では,オルメサルタン投与群においてOVA特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生が統計学的に有意に抑制されたが、免疫後DAY 7における血清中のOVA特異的なIgG2aの産生についてはオルメサルタン投与群と対照群とで明らかな差は認めなかった。別のARBであるカンデサルタン、テルミサルタンでもオルメサルタンと同様に投与実験を行ったが、OVA特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生はARB投与群で抑制されていた。OVA/Alumで免疫した系では、Thl反応ほどではなかったがオルメサルタンによるOVA特異的なリンパ球の増殖は対照群と比較して抑制傾向を認めた。培養上清中のIL-4、IL-10、IFN-γの濃度はオルメサルタンの投与に関わらずELISAで検出感度以下であった。またDAY 18における血清中のOVA特異的なIgG1,IgEについてはオルメサルタン投与群と対照群とで明らかな差は認めなかった。CII/CFAで免疫した系では、CII特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生はオルメサルタン投与群で統計学的に有意に抑制されていたが、ConAで刺激したものについてはオルメサルタン投与群と非投与群で、CII特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生に関して明らかな差は認めなかった。CIAモデルにおいては、関節炎発症前からの投与だけでは無く、関節炎発症後からオルメサルタンを投与した場合でも平均関節炎スコア、重症関節炎の発症頻度の改善がみられ、またオルメサルタンの投与により病理組織学的にも関節局所における炎症の軽快が認められた。

以上よりARBは抗原特異的なThl、Th2反応を抑制し、またCIAモデルにおいても重症関節炎の抑制が見られたことから、 AT IIのAT1受容体への結合をARBでブロックすることにより免疫反応及び局所の炎症が抑制されることが明らかになった。ARBは降圧剤として現在世界中で広く使用されている薬剤であるが、本研究の結果、関節リウマチに対する有効性を示唆する知見が得られたことから、今後ヒトの関節リウマチ患者に対するARBによる治療的効果が期待された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアンジオテンシンII(ATII)の抗原特異的な免疫反応に与える影響についてアンジオテンシンII受容体拮抗薬(Angiotensin receptor blocker;ARB)を用いて検討した。さらにヒトの関節リウマチの動物実験モデルとして現在最も広く用いられているコラーゲン誘発関節炎(collagen-induced arthritis:CIA)モデルを用い、ARBのin vivoに与える影響について検討し、下記の結果を得ている。

ARBであるオルメサルタンのThl反応への影響について検討した。BALB/cマウスを卵白アルブミン(ovalbumin:OVA)、完全フロイントアジュバント(Complete Freund's adjuvant:CFA)で免疫し、免疫の5日前よりDAY6まで15mg/kg/日のオルメサルタンを連日強制経口投与した。免疫から1週間後に所属リンパ節細胞をOVAと共にinvitroで培養し、OVA特異的なリンパ球の増殖と培養上清中のサイトカインを測定したところ、OVA/CFAで免疫した系では,オルメサルタン投与群においてOVA特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生が統計学的に有意に抑制された。別のARBであるカンデサルタン、テルミサルタンでもオルメサルタンと同様に投与実験を行い、OVA特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生はARB投与群で抑制されていた。

次にオルメサルタンのTh2反応に対する影響を検討するため、BALB/cマウスをOVAと水酸化アルミニウム(Alum)でDAYO、DAY 10に2回免疫し、初回免疫の9日前からDAY 18に血清、牌細胞を採取するまで10mg/kg/日のオルメサルタンを隔日経口投与した。DAY18に血清、牌細胞を採取し、牌リンパ球をOVAと共にinvitroで培養し、OVA特異的なリンパ球の増殖と培養上清中のサイトカイン産生、血清中のOVA特異的なIgG1、IgEを測定した。OVA/Alumで免疫した系では、Th1反応ほどではなかったがオルメサルタンによるOVA特異的なリンパ球の増殖は対照群と比較して抑制傾向を認めた。一方培養上清中のIL-4、IL-10、IFN-γの濃度はオルメサルタンの投与に関わらずELISAで検出感度以下であった。またDAY 18における血清中のOVA特異的なIgG1,IgEについてはオルメサルタン投与群と対照群とで明らかな差は認めなかった。

さらにこれらの反応が抗原特異的であるかどうか検討するため、DBA/1JマウスをウシII型コラーゲン(CII)とCFAで免疫し、免疫の5日前からDAY 8まで10mg/kg/日のオルメサルタンを連日経口投与した。DAY 9に所属リンパ節細胞をCIIあるいはマイトージェン(コンカナバリンA;ConA)と共にin vitroで培養し、CII特異的なリンパ球の増殖とサイトカイン産生を調べたところCII/CFAで免疫した系では、CII特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生はオルメサルタン投与群で統計学的に有意に抑制されていたが、ConAで刺激したものについてはオルメサルタン投与群と非投与群で、CII特異的なリンパ球の増殖や培養上清中のIFN-γの産生に関して明らかな差は認めなかった。

ARBのinvivoに与える影響について検討するため、CIAモデルを用いてオルメサルタンの投与実験を行った。DBA/1Jマウスに10mg/kg/日のオルメサルタンを隔日あるいは連日経口投与し、関節炎の発症率、重症度、病理組織について検討した。CIAモデルにおいては、関節炎発症前からの投与だけでは無く、関節炎発症後からオルメサルタンを投与した場合でも平均関節炎スコア、重症関節炎の発症頻度の改善がみられ、またオルメサルタンの投与により病理組織学的にも関節局所における炎症の軽快が認められた。

以上よりARBは降圧剤として広く使用されている薬剤であるが、本研究はARBが抗原特異的なThl、Th2反応を抑制し、さらにCIAモデルマウスへの投与実験においてARBの投与により重症関節炎の抑制が見られることを明らかにし、今後ヒトの関節リウマチ患者に対するARBによる治療的効果が期待される知見を示したことから、学位の授与に値するものと考えられる。

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