学位論文要旨



No 121438
著者(漢字) 内山,正彦
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,マサヒコ
標題(和) CD26分子のT細胞共刺激メカニズムの研究 : CD26分子の共刺激リガンドの探索
標題(洋)
報告番号 121438
報告番号 甲21438
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2686号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 木,智
 東京大学 客員助教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

活性化T細胞の表面抗原として確立されたCD26は、それ自身が細胞外にDPPIV (dipeptidyl peptidase IV)と呼ばれるペプチド分解酵素活性を有するユニークな細胞表面分子である。その発現は広範囲で腎、肝、腸管等の上皮細胞などに認められる。一方、末梢血リンパ球ではメモリーT細胞上に発現されている。静止期T細胞上ではCD26highの集団が重要な役割をはたしていることが知られている。この集団はCD45ROを発現するメモリーT細胞に属し、破傷風トキソイドのようなメモリー抗原に反応するほか、B細胞の抗体産性を誘導し、MHCクラス1特異的なキラーT細胞の誘導活性も持つ。さらにCD26陽性T細胞はIL-2、IFN-γなどのサイトカインを分泌するTH1型の細胞である。この細胞集団は血管内皮細胞間で最も強い遊走能を持ち、炎症部位への移動、集積を起こし炎症局所でも重要な役割を果たしている。ヒトCD26遺伝子は766個のアミノ酸よりなる110kDaの膜タンパク質で、細胞内領域のアミノ酸は6残基のみで、膜通過部分が22残基、細胞外部分が738アミノ酸と、そのほとんどが細胞外に存在する。CD26分子は、TCRからの抗原特異的な1次シグナルと同時にCD26特異抗体で刺激することによって抗原非特異的な2次シグナルを伝え、T細胞活性化を誘導する、いわゆる共刺激分子である。しかしながら、CD26はT細胞の活性化シグナル伝達機構に直接関与しているが、従来、CD26分子を介したT細胞の活性化はCD26特異抗体を用いて誘導され、いわゆるその対応するnatural ligandは同定されていない。近年、これらの候補として当研究室は、破傷風トキソイド処理した単球上のcaveolin-1がCD26と結合することを報告し、CD26陽性T細胞が破傷風トキソイドなどのメモリー抗原に反応して活性化するメカニズムの一面が明らかになった。その一方で、APC上のcaveolin-1を介したT細胞とAPCの相互作用が、CD26によるT細胞共刺激活性をもたらすかどうかは明らかにされていない。そこで、本研究においては、caveolin-1がT細胞上のCD26の共刺激リガンドとして機能しうるか検討した。

【方法と材料】

Caveolin-1-Fc融合タンパクの作成

ヒトIgG1-Fc融合タンパク発現プラスミドは、ヒトIgG1-Fc領域(hu Fc γ1)とヒトE-cadherinのシグナルペプチド領域(hu ECDSP)をPCRで作成し、pEB6-CAGベクターのSai IとEcoR Iサイトに組み込んだ(pEB6-CAG-hu ECDSP-Fcγ1。Caveolin-1-Fc融合タンパク発現プラスミドは、ヒトcaveolin-1の細胞外領域(N端側の1〜101アミノ酸残基まで)をPCRで作製し、pEB6-CAG-huECDSP-Fcγ1ベクターのhu ECDSPとhu Fcγ1の間のHind IIIサイトに読み枠が合うようにクローニングした。

Caveolin-1-Fc融合タンパクの大量精製は、1.0×107のFreeStyle 293-F細胞に20μgのプラスミドコンストラクトを293fectinTM試薬にて導入、48時間後に上清を回収した。以降、72時間毎に上清を回収し、同時に、細胞濃度が1.0×106/mlになるように継代し、プラスミド導入から1ヶ月にわたり、上清を回収し、凍結保存した。回収した上清からのCaveolin-1-Fc融合タンパクの精製は、Protein Aカラムを用いてアフィニティー精製を行った。精製した融合タンパクの確認は、SDS-PAGEと特異抗体によるウエスタンプロットにて行った。

Caveolin-1-Fc融合タンパクによるCD26共刺激能の検討

ヒトCD26全長遺伝子を導入したJurkat細胞安定株(J.CD26wt)およびマウスプレB細胞安定株(300-19-CD26wt)、破傷風トキソイドワクチン接種後2年以内の正常健康人5名の末梢血液から分離したT細胞、及び,CD4+細胞、単球に対して、CD26を介してCaveolin-1-Fc融合タンパクが共刺激能をもたらすかどうか、in-vitro costimulation法により検討した。また、Caveolin-1-Fc融合タンパクとCD26の結合におけるアフィニティーの測定はBiacore装置を用いた表面プラズモン共鳴による平衡化結合解析にて行った。

【結果】

まず、CD26の共刺激リガンド候補であるタンパクcaveolin-1の細胞外領域を可溶化し、精製する試みを行った。pEB6-CAGベクターをバックボーンベクターとしてcaveolin-1のN端側1〜101残基を遺伝子組換え技術により、Caveolin-1-Fc融合タンパクを発現するベクターを構築した。さらに、FreeStyle TMExpression Systemにより、FreeStyle 293-F浮遊細胞を振盪培養しながら継代し、継代ごとに回収した培養上清中に充分量のCaveolin-1-Fc融合タンパクが分泌された。この培養上清から、プロテインAカラムによるアフィニティー精製により、nativeなcaveolin-1のN端側タンパクと同等の機能を有するCaveolin-1-Fc融合タンパクが、充分量精製できた。

次に、このCaveolin-1-Fc融合タンパクを用いた共沈実験により、CD26が共沈した。また、フローサイトメーターにより、Caveolin-1-Fc融合タンパクは300-19-CD26wt、及び、J.CD26wtと結合し、CD26抗体によって結合がブロックされた。この結合には、caveolin-1のN末端ドメインのうちscaffolding domain(SCD)と呼ばれる82-101番目のアミノ酸残基が必要であることが、Caveolin-1-Fcの削除変異体(SCD-Fc)を用いた実験によって判明した。さらに、Biacore装置を用いてCaveolin-1-FcとCD26の結合アフィニティーを検討したところ、結合定数Kdは2×10-5Mと計算され、caveolin-1とCD26の結合が、動的な環境下においても1対1で結合することが示された。

次に、Caveolin-1-Fc融合タンパクが、T細胞活性化能を有するかどうか検討したところ、CD3抗体(OKT3)+Caveolin-1-Fc融合タンパクによる固層化刺激により、CD3抗体+CD28抗体(4B10)あるいはCD3抗体+CD26抗体(1F7)刺激と同等のT細胞の増殖及びIL-2産生が認められた。さらに、CD3抗体+Caveolin-1-Fcの刺激は、CD26抗体によってブロックされたが、CD28抗体ではブロックされなかった。

ところで、メモリー抗原に対するT細胞の抗原認識は、TCRが抗原ペプチドを結合したMHCクラスII分子によって提示されることでおこなわれるが、このT細胞はCD4+T細胞であり、CD26がメモリー抗原に対してもっとも強く反応する分画もCD4+T細胞分画である。そこで、ヒト末梢血からCD4+細胞を純化し、破傷風トキソイドをパルスした同一ドナーの純化単球と再混合する再構成実験によって、CD26とcaveolin-1の相互作用を検討した。まず、破傷風トキソイドを添加したところ、CD4+T細胞は強く増殖反応を示したが、再混合直前のCD4+T細胞をFc融合タンパクで処理し再構成実験を行ったところ、Caveolin-1-Fc融合タンパクによってT細胞増殖反応は抑制され、CTLA4-IgあるいはCD86抗体(IT2.2)による抑制効果と同等のT細胞増殖抑制が認められた。

【考察】

CD26特異抗体を用いた共刺激実験によって、CD26がCD3の共刺激シグナルを伝達しT細胞の増殖反応とIL-2産生を増加させることが報告され、CD28とともに、新たな共刺激分子であることが示唆されていた。しかしながら、CD26の共刺激リガンドの同定には至っておらず、抗体刺激という特異な状況での反応ではないかという批判もされていた。今回、私は、caveolin-1がCD26の共刺激リガンドである可能性を検討した結果、Caveolin-1-Fc融合タンパクを用いて、Caveolin-1-Fcが細胞表面上のCD26と結合し、CD3抗体とともに刺激するとT細胞増殖やIL-2産生を増強することを示した。さらに、Caveolin-1-Fcが、きわめて強力なメモリー抗原応答性T細胞増殖反応抑制効果を示すことから、抗原特異的免疫応答におけるCD26・caveolin-1の相互作用によるブロックが、Caveolin-1-Fc融合タンパクによってもたらされる可能性を示唆した。TNFR(tumor necrosis factor receptor)-Fc (エタネルセプト)やCTLA4-Ig(アバタセプト)などの生物学的製剤がすでに関節リウマチの治療薬として臨床応用されているが、今後はCaveolin-1-Fcの治療応用についても検討をしてゆきたい。また、本研究で精製したCaveolin-Fc融合タンパクは、CD26と結合するのみならず、DPPIV酵素活性を抑制する効果を有していることが判明した。CD26/DPPIVはインスリン分泌促進ホルモンGLP-1(glucagon-like peptide 1)を分解するため、DPPIV阻害剤は、現在、糖尿病の治療薬として開発が進んでおり、一部の薬剤では第III相試験が進行している。そこで、SCD-Fcなどの融合タンパクも今後、糖尿病の治療薬として応用できるかどうかも検討する予定である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト・メモリー/エフェクターT細胞において重要な役割を演じていると考えられるCD26/dipeptidyl peptidase IV(DPPIV)のT細胞活性化機構における共刺激リガンドを明らかにするため、CD26の結合分子であるcaveolin-1-Fc融合タンパクの作成・精製、および、それらのT細胞におけるCD26を介した共刺激の分子機構の解明、機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

CD26の共刺激リガンド候補であるタンパクcaveolin-1の細胞外領域を可溶化し、精  製するため、pEB6-CAGベクターをバックボーンベクターとしてcaveolin-1のN端  側1〜101残基を遺伝子組換え技術により、Caveolin-1-Fc融合タンパクを発現するベクターを構築した。さらに、FreeStyle TMExpression Systemにより、FreeStyle293-F浮遊細胞にCaveolin-1-Fc発現プラスミドを遺伝子導入し、培養上清中に充分量のCaveolin-1-Fc融合タンパクが分泌され、プロテインAカラムによるアフィニティー精製により精製したCaveolin-1-Fc融合タンパクが内在性のcaveolin-1と結合するが、clathrinとは結合しないなど、nativeなcaveolin-1のN端側タンパクと同等の機能を有するCaveolin-1-Fc融合タンパクの精製に成功した。

Caveolin-1-Fc融合タンパクを用いた共沈実験により、Caveolin-1-FcとCD26が共沈することが示された。また、フローサイトメーターにより、Caveolin-1-Fc融合タンパクは300-19-CD26wt(ヒトCD26の全長を安定に発現したマウスプレB細胞ト  ランスフェクタント)、及び、J.CD26wt (ヒトCD26の全長を安定に発現したJurkat 細胞トランスフェクタント)と結合し、CD26抗体によってCaveolin-1-Fc融合タンパクの結合がブロックされることが示された。この結合には、caveolin-1のN末端ドメインのうちscaffoldingdomain(SCD)と呼ばれる82-101番目のアミノ酸残基が 必要であることが、Caveolin-1-Fcの削除変異体を用いた実験によって示された。さらに、Biacore装置を用いたCaveolin-1-FcとCD26の結合アフィニティー解析により、結合定数Kdは2×10-5Mと計測され、caveolin-1とCD26の結合が、動的な環 境下においても直接結合することが示された。

Caveolin-1-Fc融合タンパクがCD26と結合するだけでなく、CD26のDPPIV酵素 活性を抑制するかどうか検討した結果が示された。まず、遺伝子組換えにより作製した可溶性CD26タンパクに対し、DPPIV阻害剤Valine-pyrrolidide(Val-Pyr)を添加しDPPIV酵素活性を計測したところ、Val-Pyrの濃度依存性にDPPIV酵素活性が阻害され、50%抑制濃度IC50が3μMと示され、従来の報告である2.4μMとほぼ同程度であることが示された。次に、可溶性CD26にNT-Fcを添加してDPPIV酵素活性を検討したところ、Val-Pyrと同様に、NT-Fcの濃度依存的にDPPIV酵素活性が抑制されIC50は、15μMという結果が示された。以上の結果より,Caveolin-1-Fc融合タンパクはCD26と結合するのみならず、CD26のDPPIV酵素活性を抑制することが示された。

Caveolin-1-Fc融合タンパクによるT細胞増殖能を正常健人末梢血T細胞とJ.CD26wt細胞を用いて検討した結果、CD3抗体(OKT3)+Caveolin-1-Fc融合タンパクによる固層化刺激により、CD3抗体+CD28抗体(4B10)あるいはCD3抗体+CD26抗体(1F7)刺激と同等のT細胞増殖及びIL-2産生をもたらすことが示された。さらに、CD3抗体+Caveolin-1-Fcの刺激は、CD26抗体によってブロックされたが、CD28抗体ではブロックされず、Caveolin-1-Fc融合タンパクによるT細胞共刺激はCD26特異的な刺激の結果もたらされる可能性が示された。

正常健人末梢血からCD4+細胞を純化し、破傷風トキソイドをパルスした同一ドナー  から純化したCD14+単球と再混合する再構成実験を行って、CD26とcaveolin-1の相互作用を検討した。その結果、破傷風トキソイドを添加した場合、正常にCD4+T細胞は強く増殖反応を示したが、再混合直前のCD4+T細胞をFc融合タンパクで処 理し再構成実験を行ったところ、Caveolin-1-Fc融合タンパクによってT細胞増殖反応は抑制され、CTLA4-IgあるいはCD86抗体(IT2.2)による抑制効果と同等のT細胞増殖抑制がもたらされることが示された。

以上、本論文は、CD26の新たな結合分子caveolin-1を同定し、それらの結合ドメインを介した、CD26とcaveolin-1の結合によってもたらされるCD26陽性メモリーT細胞において、CD26が共刺激分子として機能することが、Caveolin-1-Fc融合タンパクを用いて明らかにした。本研究は、これまで未知に等しかった、CD26の共刺激リガンド候補を同定し、CD26陽性メモリーT細胞の細胞生物学的な活性化機構を解明し、メモリー抗原に対するT細胞の免疫応答およびその後に生じる炎症反応の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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