学位論文要旨



No 121439
著者(漢字) 久田,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ヒサダ,テツヤ
標題(和) 核タンパクHEXIM1による遺伝子発現制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 121439
報告番号 甲21439
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2687号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 講師 中岡,隆志
内容要旨 要旨を表示する

(背景・目的)

グルココルチコイドは視床下部-下垂体一副腎系の末梢エフェクター分子として副腎皮質より分泌されるステロイドホルモンで、ストレス応答や恒常性維持、生命維持に必須のホルモンである。また、合成グルココルチコイドは抗炎症薬、免疫抑制薬などとして様々な疾患の治療に用いられている。しかし、これらの薬理作用以外に多くの臓器でその作用が過剰に発現し、消化性潰瘍、骨粗鬆症、糖尿病などの副作用が生じる。グルココルチコイドの作用は、グルココルチコイドレセプター(GR)を介して発揮されるが、GRはほぼ一種類で、全身のほぼすべての臓器に存在することから、その作用と副作用の分離が困難である。GRは核内レセプタースーパーファミリーに属するDNA結合型転写因子であり、転写活性化領域(AF-1)、DNA結合領域(DBD)、リガンド結合領域(LBD)/転写活性化領域(AF-2)などのドメイン構造をとる。既知のGR依存性遺伝子転写制御の機構の1つは、GRの標的遺伝子の特定の塩基配列glucocorticoid response element(GRE)結合を介したものである。リガンド未結合の場合に細胞質に存在するGRは、リガンド結合に伴い核に移行してGREに結合し、引き続き転写共役因子をリクルートし、RNA polymerase IIなどとの複合体を形成して標的遺伝子の転写を正に制御する。しかし、生体においてグルココルチコイドにより発現が上昇する遺伝子にはGREを有さない遺伝子も多数存在することから、GRとGREの結合を介さないでGR依存性の転写を制御する経路の存在が考えられている。

HEXIM1は血管平滑筋細胞において分化誘導剤hexamethylene bisacetamideで発現誘導される核タンパク質として同定された。HEXIM1のN末端領域はプロリンに富み機能が未知の領域であり、C末端領域はロイシンジッパー様構造をとり二量体形成に関与する可能性が示唆されている。HEXIM1の中央の領域は塩基性アミノ酸に富み核局在シグナル(NLS)として機能する。その後、HEXIM1は7SKsmall nuclear RNA(7SK snRNA)を介してpositive transcription elongation factor b(P-TEFb)と複合体を形成し、転写伸長反応に重要なRNA polymerase IIのC末端領域のリン酸化を抑制することが明らかになった。細胞内におけるHEXIM1の分子数はP-TEFbのそれに比べて過剰であると推定され、我々の予備的成績からも、HEXIM1はP-TEFb以外の経路を介して転写を調節することが示唆された。そこで、HEXIM1結合タンパクを網羅的に解析し、HEXIM1のはたらきを明らかにすることを目的として本解析を行った。

(結果)

HEXIM1結合タンパク質をGST pull-down法および質量解析により探索したところ、HEXIM1はP-TEFb以外にPSF、p54nrb、GRなどと結合する可能性が示唆された。GST-HEXIM1および抗HEXIM1抗体で沈降し、Western blot法で確認したところ、HEXIM1はGRとRNA非依存性に結合した。また、抗CDK9抗体による免疫沈降法およびグルセロール密度勾配法による解析から、GRはHEXIM1/7SK snRNA/P-TEFb複合体に含まれないことが明らかになった。

GRとHEXIM1の結合に関与する領域をGST pull-down法により解析したところ、HEXIM1は中央のNLSを介して、GRはLBDを介して各々と結合することが示された。HEXIM1のNLSは便宜上3つの塩基性アミノ酸クラスターとして分けることができるため、これらの変異体を用いて解析すると、HEXIM1 NLSのN末側1/3が7SKsnRNAと、C末側2/3がGRとそれぞれ結合すると考えられた。HEXIM1 NLSにおいてGRと7SKsnRNAの結合領域は異なるものの、GR LBDはHEXIM1と7SK snRNAの結合を用量依存性に阻害した。

HEXIM1のグルココルチコイド応答性遺伝子発現に与える影響について解析した。グルココルチコイド応答性レポーター遺伝子発現のdexamethasone(DEX)刺激による誘導は、HEXIM1の過剰発現により抑制され、siRNAによるHEXIM1発現抑制より促進された。7SK snRNAのアンチセンスによりP-TEFb阻害の効果を除外してもHEXIM1はGR依存性転写を抑制することから、HEXIM1はP-TEFb阻害およびGRとの相互作用を介した2つの経路でGR依存性転写を制御すると考えられた。次に、HepG2細胞においてDNA microarrayにより解析した全5,288遺伝子のうち135遺伝子でDEX刺激によりmRNA発現量が増加し、HEXIM1を過剰発現させるとこのうち93%の125の遺伝子でその発現量増加が抑制された。このグルココルチコイド応答遺伝子のACE2、ADH1A、SGK2の各mRNA発現をRT-PCR法で確認したところ、同様にDEX刺激による発現量の増加が、HEXIM1過剰発現によって抑制された。これらの結果より、グルココルチコイド応答性遺伝子発現はHEXIM1の発現量によりレシプロカルな制御を受けることが明らかになった。

HEXIM1によるGR依存性転写活性抑制のメカニズムを明らかにするために、HeLa細胞におけるHEXIM1、GR、代表的なコアクチベーターのTIF2の細胞内局在を免疫蛍光法で調べた。DEX刺激により核移行したGRは多くの場合TIF2と、一部はHEXIM1と共局在していた。HEXIM1とTIF2は核内でその局在は一致しておらず各々別個のコンパートメントに存在すると考えられた。HEXIM1を過剰発現させたところ、GR/TIF2から構成されるドット状の局在が減少し、GR/HEXIM1によると思われる局在に変化した。そこでHEXIM1のGRとTIF2の相互作用に及ぼす影響を免疫沈降法で解析した。HeLa細胞をDEXで刺激するとTIF2とGRの結合は増加し、HEXIM1過剰発現によりその増加は抑制された。これらの結果より、GRはHEXIM1に結合することにより、TIF2と物理的に相互作用することが不可能になる可能性が示唆された。

(考案)

HEXIM1はNLSにおいて、N末端側1/3が7SKsnRNAと、C末端側2/3がGRと、それぞれ直接結合することが明らかになった。7SKsnRNAとGRはHEXIM1 NLSにおいて結合部位は異なるもののGRのLBDは、HEXIM1のNLSと7SKsnRNAの結合を阻害する。これらのことからHEXIM1はNLSにおいてGRと7SKsnRNAと排他的に結合し、この独立した2つの因子のもつ制御機構のクロストークを果たしている可能性が考えられる。

GRはLBDを介して、HEXIM1と結合することが示唆された。GR LBDは疎水性のポケット構造をとり、リガンドの結合により構造が変化すると考えられている。HEXIM1とGR LBDの結合に関して、現時点でリガンドの要求性は認められないことから、HEXIM1はGRのLBDの比較的構造がソリッドな部分、例えばN末端側と結合する可能性が考えられる。GRのLBDは古典的なステロイドレセプター間で相同性が高く、他のステロイドレセプターとHEXIM1の相互作用に関しても究明される必要がある。

本研究では、HEXIM1はGRの核内局在を制御することで、GRの転写活性を抑制する可能性が示された。GR/HEXIM1複合体はTIF2などが集合している転写開始複合体から離れたコンパートメントに存在するため、リガンド存在下においても標的遺伝子のプロモーターにGRがリクルートされず、TIF2などのコアクチベーターとも相互作用しない可能性が示唆された。この仮説が正しければ、HEXIM1はGRによる他の転写因子とのタンパク質一タンパク質間相互作用による遺伝子発現制御も抑制する可能性がある。

GRがHEXIM1との結合によりそのP-TEFb抑制を解除するのであれば、GRの標的遺伝子という概念が大きく変化する。この仮説が正しければP-TEFbにより制御されているクラスII伝子の発現がGRにより制御を受けることになる。心筋細胞において、エンドセリン-1がP-TEFbの複合体から7SKsnRNAを遊離させ、CDK9の活性化を誘導することで、心筋細胞の肥大を起こすことが報告されている。また、HEXIM1に相同なCLP-1欠失マウスは著明な左室肥大を合併する。したがって、臨床上、クッシング症候群患者やグルココルチコイド投与時に見られる心肥大発生にこのようなGR-HEXIM1-P-TEFbのシステムの破綻が関与している可能性もあり、今後の重要な研究課題である。

(結語)

HEXIM1はP-TEFb阻害とGRとのタンパク質一タンパク質結合を介してグルココルチコイド応答性遺伝子発現を抑制することが明らかになった。また、GRがHEXIM1との結合を介してそのP-TEFb抑制を解除してクラスII遺伝子の発現に影響を及ぼす可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、核内タンパク HEXIM1の高等生物における遺伝子発現制御機能について解析を行ったものである。HEXIM1は、遺伝子転写伸張反応において重要なRNA polymerase IIのC末端のリン酸化活性を制御するpositive transcription elongation factor b(P-TEFb)と複合体を形成し、その活性を抑制する。しかし、HEXIM1の細胞内における分子数はP-TEFbのそれに比べて過剰であると推定され、HEXIM1はP-TEFb以外の経路を介して転写を調節することが示唆される。そこで、HEXIM1結合タンパクを網羅的に解析し、HEXIM1のはたらきを明らかにすることを試み、下記の結果を得ている。

核タンパクHEXIM1はGRとRNA非依存性に、HEXIM1・7SK snRNA・P-TEFbとは 異なる様式で複合体を形成する可能性が示唆された。

HEXIM1は中央の塩基性アミノ酸に富むNLSの領域を介して、GRはC末端側のLBD の領域を介してそれぞれ相互作用することが明らかになった。

HEXIM1の発現量によって、グルココルチコイド応答性遺伝子発現はレシプロカルな制御を受けることが示された。

HEXIM1は核内においてGRとTIF2の相互作用を阻害すること、TIF2とは異なる様式でGRと共局在様式を示すことから、HEXIM1はP-TEFb抑制による転写伸張反応 の抑制と、GRとのタンパクータンパク相互作用を介した転写開始前における抑制の2つ の経路でGR依存性転写を抑制することが考えられた。

HEXIM1にGRが結合するとHEXIM1と7SK snRNAの結合が阻害されることから、 HEXIM1のNLSにおいてGRと7SK snRNAと排他的に結合し、この独立した2つの因 子のもつ制御機構のクロストークを果たしている可能性が考えられた。

以上、本論文は核タンパクHEXIM1が、P-TEFb阻害による機構に加え、GRとのタンパクータンパク相互作用を介した機構を介してGR依存性遺伝子発現を制御することを明らかにした。また、GRがHEXIM1と結合することで、HEXIM1によるP-TEFb阻害が解除される可能性を示唆した。本研究は、核タンパクHEXIM1の新しい遺伝子発現制御機構を解明するとともに、GRによるRNA polymerase II依存性転写に及ぼす影響の可能性を示唆するものであり、高等生物における遺伝子転写制御機構の解明について重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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