学位論文要旨



No 121440
著者(漢字) 塚田,訓久
著者(英字)
著者(カナ) ツカダ,クニヒサ
標題(和) Toll-like Receptor7を介したマクロファージの活性化の制御
標題(洋)
報告番号 121440
報告番号 甲21440
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2688号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

免疫とは、生体が「異物」を排除するために備えるシステムである。哺乳類における免疫は、自然免疫と獲得免疫に大別される。かつて自然免疫は、病原体を特異的に認識して排除する獲得免疫システムが活性化するまでの間非特異的に病原体を排除する役割を果たすものと考えられていたが、近年になり、自然免疫においても病原体の構成成分を特異的に認識するシステムが存在することが明らかとなってきた。この病原体認識において重要な役割を担うのがToll-like Receptor(TLR)である。すでに10種類以上のTLRが知られており、その多くの生理的リガンドが明らかとなっている。TLR7のリガンドは長らく不明であったが、Imidazoquinoline誘導体であるR848がマウスのTLR7およびヒトのTLR7/8を刺激することが示され、2004年にはマウスのTLR7およびヒトのTLR8の生理的リガンドがsingle-strand RNAであることが示された。

TLRからのシグナル伝達経路に関しても研究が進んでおり、その代表的なものとしてMyD88、IRAK、TRAF6、NF-KB、MAPKなどを介する経路が知られているが、現時点でその全てが解明されている訳ではない。TLRの活性化はこれらのシグナル伝達経路を介して各種炎症性サイトカインの産生を誘導し、結果的にT細胞やB細胞の活性化につながることから、TLRは自然免疫と獲得免疫の仲介役としても重要な役割を果たしていると考えられている。

生体に繰り返し刺激を加えることにより徐々に反応が低下する、いわゆる不応答(トレランス)という現象が古くから知られている。この機序についてはLPSの繰り返し刺激によるマクロファージのトレランスを中心に広く研究されており、炎症性サイトカインの産生低下、細胞内シグナル伝達経路の変化などが報告されていたが、TLRの発見後はTLRを介する経路がトレランスに関与していることが明らかになった。トレランスはLPSのみならずペプチドグリカンなど様々な病原微生物構成成分による刺激でも引き起こされることが報告されているが、ウイルス感染時のトレランスの分子機序に関してはほとんど理解されていない。そこで、ウィルス感染時の自然免疫システムの機能、特にマクロファージトレランスの分子機序を解明する目的で以下の研究を行った。

実験には、マウスマクロファージ様細胞株RAW264.7細胞を用いた。まずこの細胞のR848刺激に対する2種のケモカイン、MIP-1βおよびSDF-1αの産生を検討したところ、前者ではR848の濃度依存性の産生が確認されたが、後者の産生は確認できなかった。このため、以後の実験ではMIP-1βの産生を指標として研究を進めた。次にR848の刺激によりERK/p38/JNKの3種のMAPKが活性化されることをWestern Blot法により確認した。これらMAPKの阻害剤の存在下ではR848刺激によるMIP-1βの産生が抑制され、MIP-1βの産生にはこれら3種のMAPKすべてが関与していることが確認された。また、R848刺激によりNF-kBが活性化されることをデュアルルシフェラーゼアッセイにより確認した。

RAW264.7細胞にR848による1次刺激を加え、その18時間後に同じ細胞に2次刺激を行ったところ、2次刺激後のMIP-1βの産生の低下、すなわちトレランスが確認された。この現象の分子機序を解明するため、R848の1次刺激の有無によるR848の2次刺激後の細胞内シグナル伝達分子の活性化の変化を検討した。ERK/p38/JNKの3種類のMAPKのリン酸化、およびNF-KB経路活性化の指標としてのIkB-αのリン酸化をまず検討したが、1次刺激を行った場合において2次刺激後の細胞内MAPKs、IkB-αの活性化が抑制されていた。次に、MAPKs、NF-KB経路の共通の上流としてIRAK-1のリン酸化を同様に検討したところ、これも抑制されていることが確認され、このトレランスには細胞内シグナル伝達経路のうちIRAK-1あるいはそれより上位のレベルが関与していることが明らかになった。

次に、マウスTLR7の人工的リガンドR848で認められたこのトレランスが、生理的リガンドであるsingle-strand RNAによる繰り返し刺激によっても生じるのかを検討した。過去にマウスTLR7のリガンドであることが文献で報告されているHIV-1 RNAのU5領域中の20塩基の配列(以下HIV ss-RNA)を合成し、実験に用いた。まずこのHIVss-RNAでRAW264.7細胞を刺激した際にR848の場合と同様にMIP-1βの産生が見られることを確認した。次にHIV ss-RNAによる繰り返し刺激を行ったところ、R848の場合と同様に繰り返し刺激によるMIP-1βの産生低下が生じた。

R848の1次刺激後にLPSなど他のTLRリガンドへの反応が低下する、いわゆるクロストレランスの報告は過去になされているが、TLR7のリガンドの繰り返し投与によるトレランスの報告はなされていない。前者がウイルス感染後の他種の病原体に対する易感染性のモデルとすれば、今回確認されたトレランスは、持続性のウィルス感染症の良いモデルになると考えられる。持続感染するタイプのウィルス感染症においては宿主の抗原認識細胞は常にウィルス抗原刺激にさらされており、細菌感染時と同様に過剰な生体反応を防ぐ意味でトレランスは有効に機能していると考えられるが、その一方で感染自体をコントロールする上では悪影響を及ぼしている可能性がある。トレランスの機序を解明し、マクロファージ活性化の程度を制御することが可能となれば、新たな治療法の開発につながる可能性がある。また、TLR7の生理的リガンドであるss-RNAの繰り返し投与によるトレランスの誘導は新しい知見であり、C型肝炎などHIV感染症と並存するウイルス性疾患における病勢の進行や、HIV感染症治療中の免疫再構築症候群の発症に影響を及ぼしている可能性を考える上で興味深い知見である。

トレランスの持続時間を検討する目的で、R848による1時間の1次刺激を行った後一旦R848を取り除き一定時間経過後に2次刺激を行ったところ、トレランスは1次刺激の48時間後まで持続することが確認された。R848の類似化合物であるImiquimodは既に海外で抗ウィルス・腫瘍効果を有する薬剤として皮膚科領域で臨床応用されているが、連続使用におけるトレランスの誘導はこの治療効果の減少につながる可能性がある。今回、短時間のR848投与によってもトレランスが長時間持続することが確認されたが、これは臨床領域におけるR848のより有効な投与法を考える上で重要な知見であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は哺乳類の自然免疫システムにおいてウィルス関連の抗原認識に重要な役割を果たすToll-like Receptor 7(TLR7)の機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

マウスマクロファージ系細胞株であるRAW264.7細胞をTLR7の人工的リガンドであるR848で刺激することにより、TLRを介する代表的な細胞内情報伝達経路であるMyD88依存性経路の活性化を介して炎症性ケモカインであるMIP-1βが産生されることが確認された。

RAW264.7細胞に対して0.1μM R848による繰り返し刺激を加えると、  18時間の1次刺激を行うことにより2次刺激に対するMIP-1βの産生が低下する、いわゆるトレランス現象が生ずることが確認された。Western Blot法により検討したところ、トレランスを生じた細胞ではMyD88依存性経路のうちMAPK、NF-KB、IRAK-1の活性化が抑制されていることが確認され、トレランスにはこの経路のうちIRAK-1あるいはそれより上位のレベルでの抑制が関与していることが示された。

本研究開始後にTLR7の生理的リガンドであることが明らかとなったsingle-strandRNAの刺激によっても同様のトレランスが生ずるかを検討するため、TLR7を刺激することが2004年に報告されたhuman immunodeficiency virus(HIV)由来の20塩基のsingle-strand RNAを合成して同様に繰り返し刺激の実験を行ったところ、このRNAによる繰り返し刺激によっても、R848の場合と同様に細胞にトレランスが誘導されることが確認された。

このトレランスの持続時間を明らかにするため、1次刺激の時間を1時間とし、1次刺激から2次刺激までの時間を変化させてトレランスの有無を検討したところ、従来の1次刺激法と同様のトレランスは、1次刺激の18時間後からみられ、48時間後まで持続することが示された。

以上、本論文はToll-like receptor 7の人工的リガンドであるR848ならびに生理的リガンドであるsingle-strandRNAの繰り返し刺激によって生ずるマクロファージトレランスの存在を明らかにし、トレランスの生ずる機序を解析するとともに、これまで知られていなかったトレランスの持続時間を明らかにした。本研究により得られた知見は、ウィルス感染症における自然免疫システムの機能の解明およびウィルス感染症のより有効な治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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