学位論文要旨



No 121442
著者(漢字) 柳元,伸太郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギモト,シンタロウ
標題(和) Toll-like receptor 4の細胞内分布と機能の解析
標題(洋)
報告番号 121442
報告番号 甲21442
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2690号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 講師 森谷,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

外来病原微生物や腫瘍細胞など,生体の恒常性の維持(生命の維持)の障害に対する生体防御機構として生物には免疫機構が備わっている.特に哺乳類などの高等生物では複雑かつ効率的な免疫系が存在するが,この免疫系は大別して生体防御の初期反応である自然免疫と,リンパ球系を中心とした抗原特異的な防御反応である獲得免疫とに分かれる.Toll-like receptor(TLR)は主として自然免疫に関与する重要な受容体であるが,近年の研究では獲得免疫も含めた免疫系全体でのTLRの幅広い役割が解明されつつある.

病原微生物による感染が起こると,直ちに局所における炎症反応が生じる。この反応に引き続いて,病原微生物を広く認識する機構が働く.この一連の免疫反応が自然免疫と呼ばれる.自然免疫は,TLRのほか,補体系,NK細胞などによる自己・非自己の認識,マクロファージによる貪食,細胞内受容体による認識機構などから構成されている.

TLRは病原微生物に特異的で,かつ共通のpathogen-associated molecular patterns(PAMPs)を認識することで病原微生物の侵入を探知している.TLRファミリーの一つであるTLR4はグラム陰性菌壁由来のリポポリサッカライド(リボ多糖類,LPS)を認識する.LPSは微生物由来の物質の中で非常に強い炎症反応を惹起し,感染症で宿主が曝される機会が最も多いものの一つである.TLR4がLPSを認識するためにはLPS binding protein(LBP),CD14,MD-2(TLR4に結合して細胞膜外に存在する糖蛋白)が重要な役割を果たしていることが知られている.しかし,相互の結合様式や個別の作用など未だに不明な点も多い.

TLR4のシグナル伝達経路はほとんどのTLRで共通のadaptor proteinであるMyD88を介するMyD88依存性経路と,MyD88を介さないMyD88非依存性経路に大別できる.TLR4では, MyD88依存性経路は各種mitogen-activated protein kinase(MAPK)の活性化やTNFなどの炎症性サイトカインの産生に関与している.MyD88非依存性経路が活性化されると免疫担当細胞ではI型インターフェロンの産生が起こる.

TLR4は免疫系の多くの細胞では細胞膜に発現しており,MD-2がその細胞膜への発現には必要であること,MD-2はTLR4と結合して細胞膜外に存在し,このMD-2とTLR4の結合にはTLR4の細胞外ドメインのアミノ酸のいくつかのglycosylationが必要であることなどが明らかとなっている.一方,TLR4はLPSと細胞質内で共在することも観察されており,細胞質内においてもTLR4に何らかの役割があることが予想される.

本研究では遺伝子操作によりTLR4変異株を作成し,ヒト由来の細胞株に一過性に強制発現させることでTLR4の機能に関与する新たな部位を特定し,その部位に関連する現象を解明することを試みた.TLR4の細胞内にはTIRドメインと呼ばれる部分があり,これがシグナル伝達に重要な役割を示すことがわかっている.しかし,TLR4の細胞内の分布や細胞内物質輸送に対する細胞内ドメインの関与は明らかではない.シグナル伝達と細胞内分布の両方に関与する共通機構の解明はTLR4の機能の理解に必要であり,TLR4の細胞内の分布とシグナル伝達の双方に関連する機能性の構造の存在を探るべく,遺伝子変異の標的をTLR4の細胞内ドメインに絞って解析を行った.

はじめに,TLR4の細胞質内に切断点をもつトランケーション変異体を5通り作成した.切断点の決定に際してはTLR4の細胞内のアミノ酸配列のうち,既知の細胞内物質輸送に関連するsorting motifとの相同性のある配列を参考にした.TLR4の遺伝子導入による実験では広く用いられているヒト胎児腎(human embryonic kidney)由来細胞HEK293Tに作成した遺伝子を一過性に導入して表現型を確認した.その結果,少なくとも815番目から826番目のアミノ酸が失われると,シグナル伝達と細胞内局在に異常が生じることが明らかとなった.引き続き,815〜826番目のアミノ酸配列を標的にして単アミノ酸変異体を複数作成した.これらを用いて同様の検討を行い,TLR4の細胞質内のアミノ酸のうち,LPSに対する反応性と,細胞内分布に関与すると考えられるものを抽出した.TLR4の細胞内分布の確認はTLR4と蛍光蛋白EGFPとの融合蛋白を作成することで行い,LPSに対する反応性はNF-kBの転写活性をデュアルルシフェラーゼレポーターアッセイで行った.

結果をまとめると次のようになる.まず,野生型TLR4を蛍光蛋白であるEGFPと融合させて発現させると,HEK293T細胞においては細胞内の局在及びシグナル伝達に関する特徴は既知の知見と一致する結果が得られた.すなわち,TLR4-EGFPはMD-2とともに発現させることで細胞表面に発現し,血清存在下でLPS刺激によってNF-KBの転写活性の亢進がみられた.一方、815番目のアミノ酸のロイシンをアラニンに変異させた変異型TLR4(L815A)-EGFPでは,MD-2の発現の有無にかかわらず,TLR4は細胞表面に発現することなく細胞内にとどまった.また,LPS刺激にも反応を示さなかった.しかし,CD14をMD-2とともに,同時に遺伝子導入してやることで,LPSに対する反応性を再獲得した.この場合であっても,TLR4(L815A)の細胞表面での発現は認められなかった.野生型および変異型TLR4の細胞膜表面への発現はTLR4-EGFP融合蛋白を共焦点レーザー顕微鏡により観察したほか,ビオチン化により精製した細胞表面蛋白のウエスタンプロットでも確認した.

CD14の遺伝子導入により膜結合型CD14が発現するようになったHEK293TではTLR4のLPSに対する感受性が亢進している可能性が考えられた.そこで膜結合型CD14が発現しない(CD14の遺伝子導入をしない)条件で想定されるLPSに対する低感受性を補うべくLPS濃度を通常の実験濃度よりも高くして刺激実験を行った.つまり,HEK293TにTLR4(L815A)-EGFPとMD-2を一過性に強制発現させて刺激する際のLPS濃度を10ng/mlから1,000ng/mlまで上昇させてLPS刺激実験を行った.しかし,いずれの濃度でもNF-KBの転写活性の亢進は認められなかった.これは,膜結合型CD14の役割が単にTLR4のLPS感受性亢進にあるわけではないことを示唆すると考えられる.

本研究における一連の実験の結果,TLR4の主要な細胞内ドメインであるTIRドメインのC末端近傍の815番目のロイシンの一アミノ酸変異がTLR4の細胞膜への発現とNF-KBの活性化を著しく障害することが明らかとなった.TLR4の変異体でシグナル伝達が障害されるものがこれまでにも報告されているが,今回のように条件によってシグナル伝達が起こる場合と起こらない場合がある変異体は他に類を見ないものである.また,TLR4の細胞膜への発現に関しては,これまでMD-2とTLR4の共発現が必要であることや細胞外ドメインの特定部位のアミノ酸のglycosylationが必要とされるなど,いくつかの条件が明らかになっている.今回の発見により,これら以外にも,細胞膜発現に関与する機構の存在が示唆された.今後はTLR4(L815A)が関与する細胞内輸送およびシグナル伝達のメカニズムの分子レベルでの具体的解明が望まれる.また,膜結合型CD14の有無によるTLR4(L815)のシグナル伝達における差異は膜結合型CD14の未知の機能の存在をうかがわせる.これまでTLR4のシグナル伝達において膜結合型のCD14と血清中の可溶性CD14の差はあまり注目されてこなかった.今回の結果はこの点でも新たな研究の方向性を示していると考えられる.

TLR4は,そもそも,エンドトキシンへの感受性が異なるマウスの系統の存在が発見のきっかけとなった.そのマウスにおいてはTLR4の一アミノ酸変異が認められLPSによるシグナルの活性化の低下が認められる.ヒトにおいてもTLR4の多型が知られており,これらの多型と,感染症,特に敗血症などの重症感染症における臨床経過との関連は大いに注目されている.本研究で明らかとなった変異体の自然界での存在は明らかにはなっていないが,さらに解析が進むみ,TLR4の構造と機能の関連や関係する蛋白質などが解明されることで,感染症における宿主側の免疫反応の理解が進み,病態のコントロールにつながる新たな治療戦略の一端となることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は自然免疫において重要な役割を演じていると考えられるToll-like receptor4(TLR4)の細胞における分布とシグナル伝達経路に関与する因子を明らかにするため,遺伝子操作によりヒトTLR4の変異体を多数作成し,これをヒト胎児腎由来細胞HEK293Tに強制発現させる方法でその発現形質の解析を試みたものであり,下記の結果を得ている.

ヒトTLR4の815番目のロイシンをアラニンに置換した単アミノ酸変異体であるTLR4(L815A)をヒトMD-2とともに発現させたHEK293Tは,大腸菌由来のリポポリサッカライド(LPS)による刺激を加えても,野生型TLR4の場合と異なりNF-kBの転写活性の亢進を示さなかった.

TLR4(L815A)に蛍光蛋白であるEGFPを融合させたTLR4(L815A)-EGFPをMD-2とともにHEK293Tに発現させたものを共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ,野生型では見られる細胞外周の明瞭な蛍光パターンが認められず,TLR4(L815A)は細胞膜には発現していないと考えられた.

TLR4(L815A)-EGFPをMD-2とともに発現させたHEK293Tの細胞表面をビオチン化して精製しウエスタンプロット法でTLR4(L815A)-EGFPの細胞膜上での発現を検討したが,TLR4(L815A)-EGFPは認められなかった.

TLR4(L815A),MD-2に加えてヒトCD14をHEK293Tに遺伝子導入して膜結合型CD14が発現している状態ではHEK293TはLPS刺激に対してNF-KBの転写活性の亢進を示した.一方,共焦点レーザー顕微鏡および細胞表面蛋白のピオチン化による精製法ではこの条件でもTLR4(L815A)の細胞膜への発現は観察されなかった.

以上本論文はヒトTLR4において815番目の位置にあるロイシンが,TLR4の細胞膜への発現とLPS刺激によるシグナル伝達経路の活性化に重要な役割を果たしていることを明らかにした.さらにこの815番目のロイシンが関与する機構にはCD14も重要な関係がある可能性が示唆された.このような,シグナル伝達経路と細胞内の物質輸送の双方に関与する細胞内motifはこれまで知られていなかった.本研究は感染症の免疫反応で重要な役割を果たしているToll-like receptor 4の機能解明とその知見の臨床に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク