学位論文要旨



No 121445
著者(漢字) 朱,大勇
著者(英字)
著者(カナ) シュ,ダイユウ
標題(和) ABCトランスポーター遺伝子の遺伝的多型と抗HIV薬の治療効果の相関関係に関する研究
標題(洋)
報告番号 121445
報告番号 甲21445
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2693号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

抗HIV(human immunodeficiency virus)薬の治療効果には個人差があり、副作用が出現する症例や薬効が不十分な症例が少なくない。その原因の一つとして、感染細胞における細胞内の抗HIV薬がウイルス抑制に必要な至適濃度範囲に維持されていないことが推測される。細胞内の抗HIV薬濃度は細胞内からの薬剤排出に関わるABCトランスポーター(ATP binding cassette transporter)の活性(排出能)の高低による影響を受ける。例えば、高活性ABCBlトランスポーター(以下、ABCBl)は、ネルフィナビル(NFV)などのHIVプロテアーゼ阻害薬(PI)の細胞内濃度を低下させ、また、高活性ABCC4トランスポーター(以下、ABCC4)は、ジドブジン(zidovudine,AZT)などのヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(NRTI)の細胞内濃度を低下させることが明らかにされている。

遺伝情報の個人差を遺伝的多型という。なかでも、1塩基だけの多型を1塩基多型(single nucleotide polymorphism,SNP)と呼ぶ。SNPはヒトゲノム上に140万箇所以上存在し、個人差の良い指標となることが知られている。近年ヒトゲノム解析の進展に伴い、ABCトランスポーターをコードする遺伝子の特定部位にSNPが存在し、SNPとABCトランスポーターの活性の高低が密接に関連していることが明らかになってきた。ABCトランスポーター遺伝子のSNPと抗HIV薬の効果との間に相関関係があるならば、SNPの情報がHIV感染者の予後の推定、及び投与薬剤の選択に有用であると思われる。本研究はABCB1及びABCC4の2種類のABCトランスポーターに注目し、日本人HIV感染者におけるこられの遺伝子のSNPを解析し、こられのSNPと抗HIV薬の治療効果に相関関係があるかどうかを調べることを目的とした。また、ABCB1遺伝子のSNPが細胞内からのPI排出能力に影響するかどうかを検討するために、HIV感染者由来の細胞を用いてNFVの排出能力を比較した。

ABCB1遺伝子(MDR1)についての研究結果

ABCBlは第7染色体上に存在するMDR1にコードされる糖タンパク質であり、正常組織細胞に広く発現している。近年MDR1に複数のSNPが報告され、日本人ではMDR1 1236 (エクソン12),MDR1 2677 (エクソン21),MDR1 3435(エクソン26)3箇所のSNPが確認されている。そこで、私はPCR法とDNAシーケンス法を組み合わせたSNaPshot/Genescan解析(一塩基プライマー伸長法)を用いてMDR1エクソン内の上記3箇所のSNPの遺伝子型を解析し、79人の日本人HIV感染者におけるこれらの遺伝子型頻度を明らかにした。また、新たな知見としてMDR1 2677 AとMDR1 1236 C、MDR1 2677 TとMDR1 1236 T,及びMDR1 2677 AとMDR1 3435 Cの間に密接な連鎖が存在することを見いだした。

ABCBl遺伝子のSNPはABCBlの発現量および活性の高低に相関するという報告があり、私はMDR1 3435 T/TとC/C遺伝子型を有するHIV感染者のB細胞株(LCL)を用いて細胞内からのNFV排出能を比較した。NFV存在下で一定時間培養したのち細胞をNFVを含まない培地に移し、経時的に高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で細胞内NFV濃度の測定を行なった。その結果、C/C遺伝子型細胞はT/T遺伝子型細胞に比べNFVの排出能が有意に高いことが明らかになった。同様に、異なるMDE1 1236とMDR1 2677遺伝子型を有するLCLを用いて細胞内からのNFV排出能を比較することを試みたが、低頻度遺伝子型の患者における末梢血単核球を採取できなかったため、本研究ではこの2箇所のSNPにおける細胞内NFV濃度の比較を検討し得なかった。

次に、PIを含む多剤併用療法(HAART)を受けた患者について、MDR1エクソン内の3箇所のSNPと臨床効果の指標(CD4細胞数と血中ウイルス量)との関係を調べた。その結果、MDR1 1236のSNPと治療効果の間の相関が見いだされ、MDR1 1236 T/T遺伝子型の患者では、C/C遺伝子型の患者と比較してCD4細胞数の回復が有意に速いことが明らかになった。MDR1 2677とMDR1 3435については、臨床治療効果との関連は見出せなっかた。

ABCC4遺伝子(MRP4)についての研究結果

ABCC4は第13染色体上に存在するMRP4遺伝子にコードされる糖タンパク質である。日本人においては8箇所エクソンのSNP(exon 6,exon 8-1,exon8-2,exon 8-3,exon 18,exon 22,exon 23,exon 26)が確認されており、これらのSNPは細胞内からのNRTI排出能力に影響すると考えられる。しかし、HIV感染者について、これらのSNPがNRTIの治療効果に影響するかどうかはまだ明らかになっていない。

私は、ABCB1遺伝子の場合と同様に一塩基プライマー伸長法によって、78人の日本人HIV感染者についてMRP4エクソン内の上記8箇所のSNPの遺伝子型頻度を明らかにした。この情報をもとに、2剤治療(AZTを含む)およびNRTIを含む3剤治療(HAART)を受けた患者について、 MRP4エクソン内の8箇所のSNPと抗HIV薬の臨床薬効の指標との関係を検討した。その結果、2剤治療(AZTを含む)を受けた患者15人において、MRP4エクソン26のSNPがA/A遺伝子型の患者では、G/G遺伝子型の患者と比較してCD4細胞数の回復が有意に速いことが明らかになった。他の7箇所のSNPについては臨床効果との間に有意な関連を認めなかった。

以上より、私は2つのABCトランスポーター遺伝子(MDR1とMRP4)の計11箇所のSNPを解析し、そのうちMDR1 1236とMRP4エクソン26のSNPが抗HIV療法の治療効果と相関することを明らかにした。また、MDR1 3435のSNPがNFVの細胞内濃度に影響することを見出した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は日本人HIV感染者におけるABCトランスポーター遺伝子のSNPが抗HIV薬の治療効果に影響を与えているかどうか明らかにするため、ABCB1及びABCC4の2種類のABCトランスポーターの遺伝子のSNPを解析し、こられのSNPと抗HIV薬の治療効果との関係を検討した。また、ABCB1遺伝子のSNPが細胞内からのPI排出能力に影響するかどうかを検討するために、HIV感染者由来の細胞を用いてNFVの排出能力のを比較した。実験によって、以下の結果を得ている。

PCR法とDNAシーケンス法を組み合わせたSNaPshot/Genescan解析(一塩基プライマー伸長法)を用いて、79人の日本人HIV感染者におけるMDR1 3カ所とMRP4 8カ所のSNPの遺伝子型頻度を明らかにした。東大医科研の日本人SNPsデータベースに記載された健常人の遺伝子型頻度と比較したところ、健常人と同じ頻度であることが分かった。また、新たな知見としてMDR1 1236(エクソン12)、MDR1 2677(エクソン21)およびMDR1 3435(エクソン26)の3つのSNP間で不完全な連鎖不平衡を認めた。

ABCB1遺伝子のSNPはABCB1の発現量および活性の高低に相関するという報告があり、私はMDR1 3435 T/TとC/C遺伝子型を有するHIV感染者のB細胞株(LCL)を用いて細胞内からのNFV排出能を比較した。NFV存在下で一定時間培養したのち細胞をNFVを含まない培地に移し、経時的に高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で細胞内NFV濃度の測定を行なった。その結果、C/C遺伝子型細胞はT/T遺伝子型細胞に比べNFVの排出能が有意に高いことが示された。

次に、1種類のPIを含む多剤併用療法(HAART)を受けた患者(について、MDR1エクソン内の3箇所のSNPと臨床効果の指標(CD4細胞数と血中 ウイルス量)との関係を調べた。その結果、MDR1 1236のSNPと治療効果の間の相関が見いだされ、MDR1 1236T/T遺伝子型の患者では、C/C遺伝子型の患者と比較してCD4細胞数の回復が有意に速いことが認められた。MDR1 2677とMDR1 3435については、臨床治療効果との関連は見出せなっかた。

2剤治療(AZTを含む)およびNRTIを含む3剤治療(HAART)を受けた患者について、MRP4エクソン内の8箇所のSNPと抗HIV薬の臨床薬効の指標との関係を検討した。その結果、2剤治療(AZTを含む)を受けた患者において、MRP4エクソン26のSNPがA/A遺伝子型の患者では、G/G遺伝子型の患者と比較してCD4細胞数の回復が有意に速いことが認められた。他の7箇所のSNPについては臨床効果との間に有意な関連を認めなかった。

以上、本論文は2つのABCトランスポーター遺伝子(MDR1とMRP4)の計11箇所のSNPを解析し、そのうちMDR1 1236とMRP4エクソン26のSNPが抗HIV療法の治療効果に影響を与えることが示された。また、MDR1 3435のSNPがNFVの細胞内濃度に影響することを見出した。

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