学位論文要旨



No 121446
著者(漢字) 元田,玲奈
著者(英字)
著者(カナ) モトダ,レナ
標題(和) Runx1不活化は幹細胞性増強を介し白血病化に関与する
標題(洋) Runx1 inactivation promotes leukemogenic potential by enhancing stemness
報告番号 121446
報告番号 甲21446
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2694号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 橋,孝喜
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 神田,喜伸
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

近年、白血病細胞は白血病幹細胞という限られた細胞集団から産生されると考えられるようになり、それらは正常造血幹細胞の持つ自己複製能や多分化能などの「幹細胞性」を基本的に保持していると考えられている。本研究では、成体型造血幹細胞の発生に不可欠であり、ヒト白血病において最も高頻度に変異を受けているRUNX1遺伝子の不活化が、幹細胞性の増強を介して如何に白血病に関与するのか、特に白血病初期クローンの形成における役割の解明を試みた。

RUNX1は転写因子PEBP2/CBFのαサブユニットで、DNA非結合性βサブユニット(PEBP2β/CBFβ)とヘテロニ量体を形成する。そのDNA結合領域がDrosophilaのrunt遺伝子産物と高い相同性を持つことから、Runt-related gene,RUNXと呼ばれる。近年、RUNX1の変異が白血病に深く関与することが判明したことから、そのメカニズムの解明が注目を浴びている。

ヒト白血病において、RUNX1変異の多くは染色体転座であり、産生されるキメラタンパクは対立遺伝子座に残存する正常RUNX1に対して優性阻害効果を持つ。また、近年点突然変異も同定され、この変異体も転写因子としての正常機能を欠く為、RUNX1関連白血病においてはその機能消失が共通の発症メカニズムであると考えられている。一方、健常人にもキメラ遺伝子が同定されること、また、時期特異的キメラ遺伝子導入マウスやRunx1欠損マウスが白血病を自然発症しないことなどにより、RUNX1変異のみでは白血病は発症せず、協調的に働く付加的遺伝子変化が必要である、と考えられている。

これまで当研究室では、Runx1半数体不全と協調的に働く付加的遺伝子変異の同定の為に、内在性レトロウイルスを持つBXH2マウスを用いたレトロウイルス挿入変異導入法が試みられて来た(BXH2-Runx1+/-マウス系)。この方法により、がん原遺伝子Rasを活性化する変異、例えばRasの負の制御因子であるがん抑制遺伝子Nf1(Neurofibromatosis type 1)の不活化変異が、Runx1+/-マウスにおいてはより起こりやすいことが示されていた。これは、ヒト白血病で従来認められていた「RUNX1機能消失とRAS経路活性化との協調性」をマウス実験系でも示唆する結果として重要視されていたが、その詳細な機序は不明であった。

一方、本研究は、上記のNf1の不活化が起こっていた白血病マウスの解析を更に進めて行く中で、「白血病発症前の早期に、末梢血の一過性白血球増加に対応してNf1不活性化クローンが出現したが存続せずに消失した」BXH2-Runx1+/+マウスを見出した。上述の知見と合わせて考えると、Runx1不全のような何らかの遺伝子異常を同時に持っていれば、このようなクローンの存続は維持されるのではないかと予想された。

そこで、ヒトでの症例及びマウス実験系で示された「Runx1機能消失とRas経路活性化との協調性」を細胞培養系で実験的に検討した。Runx1+/+またはRunx1+/-B6純系マウスから骨髄細胞を採取し、GFPを選択マーカー遺伝子として持つレトロウイルスベクターを用いて発がん性変異RASを導入し、「変異RASの導入された造血幹/前駆細胞」をc-Kit+GFP+細胞としてFACS (fluorescence activated cell sorting)で採取して用いた。7日間の液体培養・10日間のコロニーアッセイいずれの場合でも、変異RASによる細胞増殖刺激効果はRunx1+/-状態によって更に促進されることが示された。

上記の細胞採取の段階で、興味深い二つの現象が認められた。一つは造血幹/前駆細胞分画が、変異RAS導入によって劇的に減少すること、もう一つはRunx1+/+に比べてRunx1+/-状態で増加することである。時期特異的Runx1欠失マウス(Runx1-/-状態)細胞を用いた実験でも、これらの二つの現象は同様に認められた。このin vitro実験で見られた「Runx1不全(Runx1+/-及びRunx1-/-)状態における造血幹/前駆細胞増加」は、in vivoでも見られることが確認された。すなわち、Runx1-/-マウス骨髄の造血幹細胞の頻度を、FACSによるKSL(c-Kit+Sca-1+Lineage-)細胞及びside population、細胞培養系を用いたLTC-IC(long-term culture-initiating cell)という3つのアッセイ系で解析したところ、いずれのアッセイでも、幹細胞分画が正常の約2倍増加していることが示された。これらの増加の機序を検討する為、アポトーシスアッセイや遺伝子発現解析(RT-PCR、real-time PCR)を行った結果、「Runx1不全による造血幹/前駆細胞の増加」は、Bcl2発現上昇による細胞死抵抗性やBmil発現増加を介した造血幹/前駆細胞の自己複製能亢進、などに起因する可能性が考えられた。

他方、発がん性Rasは基本的に細胞増殖を刺激するが、同時にp19Arf経路の活性化を通してアポトーシス、セネッセンス(細胞老化)といった安全装置(後述)を惹起することも知られている。実際、Runx1+/+c-Kit+細胞への変異RASの導入は非常に強くp19Arf発現上昇を誘導し、また、セネッセンス関連マーカー遺伝子Declとp16Ink4aの発現も誘導した。アポトーシスも変異RASの導入によって誘導され、興味深いことにこの影響は全骨髄細胞に比べ、c-Kit+分画で顕著に現れており、より未熟な細胞ほど変異RASによるアポトーシス感受性が高い可能性を示した。以上の知見は、先述のFACS結果で示された「変異RASによる造血幹/前駆細胞の劇的減少」が、このp19Arf経路を介したアポトーシスやセネッセンスに起因する可能性を示唆している。

このような変異RASによる影響に対し、Runx1不全はそれを打ち消す方向に働くことが実験結果から推測された。すなわち、変異RASによるp19Arf、Decl及びp16Ink4aの発現上昇は、Runx1-/-細胞で低く抑えられていた。元来、Bmilがp19Arf及びp16Ink4aの抑制に関わっていることから、この抑制効果はおそらくRunx1欠失によるBmil発現上昇によるものと考えられる。また、Runx1はp19Arfの発現を正に制御することが知られ、その欠失の影響も、変異RAS導入によるp19Arf発現誘導の抑制に加担している可能性が考えられる。変異RASはアポトーシス、セネッセンスに加え、細胞分化も誘導することが知られている。血液細胞の場合、マクロファージへの分化が促進される。このRASによる作用もまたRunx1不全状態により抑制され、骨髄系未分化細胞が観察された。

本来、発がん性Rasのような変異が起こると、基本的に細胞増殖が刺激される。しかし、同時に細胞自律的に異常増殖を感知する安全装置が働き、アポトーシス、セネッセンスや分化が誘導され、多くの場合、その異常細胞は個体内より排除されてしまう。これはがんに対する生体側の初期防御システムの一つとして近年重要性が注目されており、前述のBXH2マウスで観察された「一過性末梢血白血球増加」と「早期のNf1不活化クローンの消失」を説明し得るメカニズムであると考えられる。

本研究は、RUNX1が造血幹細胞/前駆細胞における安全装置の維持に不可欠であり、その機能不全は発がん性RASを発現する白血病初期クローンの個体内維持に積極的に関与することを初めて示唆した点で意義深い。実際、ヒト白血病でRUNX1機能消失とRAS経路活性化が同時に見られることが多い理由の一つもここにあると考えられ、これらの遺伝子異常の協調性を説明する新しい視点を提唱した、と言える。がんにおける「安全装置の破綻」の更なる研究は、新たな治療開発への糸口となる可能性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト白血病において最も高頻度に変異を受けているRUNX1遺伝子を対象として、その不活化が白血病初期クローンの形成にどのように関与するのかを、特にヒトでの症例及びマウス実験系で認められていた「RUNX1機能消失とRAS経路活性化との協調性」という観点から解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

これまで、レトロウイルス挿入変異導入法を用いたマウス白血病発症実験で、Rasを負に制御するがん抑制遺伝子Nf1の不活化変異が、RUNX1+/-マウスにおいてはより起こりやすいことが示されていた。そこで、本研究ではNf1の不活化が白血病発症過程でどのように起こって来るのかを、対象マウスの貯蔵末梢血を用いて逆行性に解析したところ、「白血病発症前の早期に、末梢血の一過性白血球増加に対応してNf1不活性化クローンが出現したが存続せずに消失した」RUNX1+/+マウスが見出された。

RUNX1+/+またはRUNX1+/-マウスから骨髄細胞を採取し、レトロウイルスベクターを用いて発がん性変異RASを導入し、「変異RASの導入された造血幹/前駆細胞」をFACSで採取して細胞培養系の実験を行ったところ、7日間の液体培養・10日間のコロニーアッセイいずれの場合でも、変異RASによる細胞増殖刺激効果はRUNX1+/-状態によって更に促進されることが示された。

上記の細胞採取の段階で、造血幹/前駆細胞分画が、「変異RAS導入によって劇的に減少すること」と「RUNX1+/+に比べてRUNX1+/-状態で増加すること」という二つの現象が認められた。時期特異的RUNX1欠失マウス(RUNX1-/-状態)細胞を用いた実験でも、これらの二つの現象は同様に認められた。

RUNX1-/-マウス骨髄の造血幹細胞の頻度を、FACSによるKSL細胞及びside population、LTC-ICという3つのアッセイ系で解析したところ、いずれのアッセイでも、幹細胞分画が正常の約2倍増加していることが示された。

造血幹/前駆細胞分画を用いて遺伝子発現解析及びアポトーシスアッセイを行ったところ、RUNX1不全状態では正常に比べ、幹細胞の自己複製能に重要なBmilや抗アポトーシス因子Bcl2の発現上昇が認められた。

変異RASは基本的には細胞増殖を刺激する一方、アポトーシス、セネッセンスや細胞分化といった安全装置を惹起することが知られているが、本研究でも、RUNX1+/+状態への変異RASの導入によって、アポトーシスの顕著な誘導やp194rf非常に強い発現上昇、セネッセンス関連マーカー遺伝子Declとp16Ink4aの発現誘導が認められた。細胞組織学的にマクロファージへの分化誘導も認められた。

RUNX1-/-状態への変異RASの導入では、上記の変異RASによるp194rf, Decl及びp16Ink4aの発現誘導効果は低く抑えられていた。また、変異RASのマクロファージへの分化促進作用もRanx1不全状態により抑制され、骨髄系未分化細胞が観察された。

以上、本論文は、RVNX1の機能不全が造血幹/前駆細胞の量的・質的変化をもたらし、生体初期防御システムの一つである安全装置を抑制することで、発がん性RASを発現する白血病初期クローンの個体内維持に積極的に関与することを初めて示唆した。実際、ヒト白血病でRUNX1機能消失とRAS経路活性化が同時に見られることが多い理由の一つもここにあると考えられ、これらの遺伝子異常の協調性を説明する新しい視点を提唱した、とも言える。また、これまで知られていなかった正常RUNX1の造血幹/前駆細胞における安全装置維持という重要な役割を示唆する研究でもある。今後の更なる研究によって「白血病幹細胞における安全装置の正常化」という観点から新たな治療開発への糸口となる可能性が期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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