学位論文要旨



No 121447
著者(漢字) 田中,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ユキコ
標題(和) 肺高悪性度神経内分泌腫瘍における染色体変異の解析
標題(洋)
報告番号 121447
報告番号 甲21447
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2695号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 寺本 信嗣
内容要旨 要旨を表示する

肺小細胞癌(SCLC, small cell lung carcinoma)は、進行が早く予後不良な癌である。1999年WHOの肺癌組織分類において神経内分泌腫瘍という枠組みにSCLCとともに大細胞神経内分泌癌(LCNEC,large cell neuroendocrine carcinoma)が新たに分類された。SCLCとLCNECは形態学的には異なるものであるが、喫煙によるリスク、TP53(tumor protein p53)、Rbl(retinoblastomal)などの異常や有糸分裂像の数といった生物学的特徴は同じであるということが知られている。今回これらを染色体変異という観点から比較することでその相違を見出すことを試みた。

今回の研究ではSCLC 24例、LCNEC 10例の計34例の臨床検体について、その癌部とペアとなる非癌部から抽出したDNAを解析した。ゲノム量の解析にはAffymetrix社のgenotyping array(10K)を用い、シグナル強度を比較することでゲノムコピー数を推定した。

旧来のCGH法では正常部と癌部の2検体の相対的蛍光強度により増減を見ているため総コピー数の相対的染色体増加を見るにとどまるのに対して、アレル別コピー数の変異を利用して絶対コピー数の推定を容易にできるため、これを用いて染色体の絶対的な増加などについて検討した。LOHを伴わずに染色体コピー数が3コピー以上である領域を染色体増加領域として検討したところ、SCLCでは1q、5p、6q、8qの4箇所が、LCNECでは1p、1q、2q、5p、6p、7p、7q、12p、12q、18p、18q、20p、20qの13箇所が挙げられた。5pおよび20pの二箇所では染色体増加を示す症例の割合はSCLCに比べLCNECで有意に高かった

染色体総コピー数の解析によって高度増幅(high amplification)については、従来より指摘されていたMYCファミリーの存在する領域を含む32箇所を検出した。このうち23箇所が今までに報告のない新規の高度増幅部位であった。

またホモ欠失としては、アレル別コピー数推定から10箇所が検出された。このうち6箇所は過去にSCLC及びLCNECで報告のなかった領域であった。総コピー数推定からは65箇所が候補となり、このうち62箇所は過去にSCLC及びLCNECで報告がなかった領域であった。ただしXbaI認識部位の多型による影響を排するなどさらなる基準が必要であると考えられた。

さらにアレル別染色体コピー数の推定からは、ヘテロ接合性の消失(LOH、loss of heterozygosity)が認められた症例の割合が多い領域は、SCLCで17p、3p(90%、18/20例)、13q(80%)、5q(65%)の4箇所、LCNECで3p、5q、16q、17p(89%、8/9例)、10q、13q、22q(78%)、14q、16p(67%)の9箇所であった。さらに両癌でLOHのある症例の占める割合に有意差があった領域は、14q、16p、16q、17q、19p、22qであった。LOH領域についてアレル別のコピー数を見ると、残るアレルのコピー数が必ずしも1コピーではなく2コピー以上であることが多いことが認められた。その結果14q,17pでは、肺SCLCに比べLCNECでUPPを示す症例の割合が有意に高かった。さらにLCNECではSCLCに比べてLOH及びUPPの症例が占める割合の多い部位が多い傾向があった。また17番染色体などにおいては、SCLCでは腕単位のLOHであるのに対し、LCNECでは短腕長腕にまたがる全染色体にわたるLOHを示す傾向がみられた。

高度増幅領域として今回初めて挙げられた領域には新たな癌遺伝子の存在の可能性が示唆された。またSCLCやLCNECでは報告がないものの、他の腫瘍では既知の癌遺伝子が高度増幅領域に存在しており、これらのSCLC及びLCNECおける癌遺伝子としての役割が示唆された。

ホモ欠失領域として新たに検出された領域に癌抑制遺伝子の存在が示唆された。

17番染色体などにおいて、SCLCでは腕単位のLOHであるのに対し、LCNECでは短腕長腕にまたがる全染色体にわたるLOHを示す傾向がみられたことから、今後症例数を増やすことでこれらの差異によりこの二つの癌を識別できる可能性が示唆された。

高度増幅領域を持つ症例の数、染色体増加領域の数、LOH及びUPPの起こる領域の数が多いことや、LOHが腕単位ではなく全染色体にわたる傾向がLCNECであることから、SCLCに比べLCNECでは染色体変異が起こりやすく、かつその変異はダイナミックであることが示唆された。

生物学的な特徴が似ているものの形態としては異なるSCLCとLCNECは染色体変異という観点から比較することによって、大きな違いがあることが明らかとなった。このことは、この両者が癌の発生過程において異なるものであるということを示唆していると考えられる。さらにこれら染色体変異領域に含まれる遺伝子についての機能解析を行うことでより一層この二種の腫 の相違が明確になり、診断・治療において新たな進展を見出せる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌における染色体変異の解析が癌遺伝子や癌抑制遺伝子の発見につながることから重要であることと、癌における染色体変異がその癌の発生機序を示していると考えられていることから、10K SNP genotyping arrayを用いた肺高悪性度神経内分泌腫瘍における染色体変異の解析により、高悪性度神経内分泌腫瘍に含まれる肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌の相違を見出すことを試みたものであり、下記の結果を得ている。

染色体増加を示した染色体腕の数を比較すると、大細胞神経内分泌癌では肺小細胞癌よりその数は多かった。5pおよび20pの二箇所で染色体増加を示す症例の割合は肺小細胞癌に比べ大細胞神経内分泌癌で有意に高かった。

高度増幅領域においては、既知の癌遺伝子が含まれる領域を含め32箇所が選び出された。このうち23箇所は過去に肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌で高度増幅の報告がなかった。ここに新たな癌遺伝子の存在の可能性が示唆された。また肺小細胞癌や大細胞神経内分泌癌では報告がないものの、他の腫癌では既知の癌遺伝子が高度増幅領域に存在しており、これらの肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌おける癌遺伝子としての役割が示唆された。

ホモ欠失領域についてはアレル別コピー数推定から10箇所が検出された。このうち6箇所は過去に肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌で報告のなかった領域であった。これらの領域に癌抑制遺伝子の存在が示唆された。さらに、総コピー数推定から選び出したホモ欠失領域は65箇所であり、そのうち62箇所は過去に肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌で報告がなかった場所であった。ただしXbaI認識部位の多型による影響を排するなどさらなる基準が必要であると考えられた。

LOH(ヘテロ接合性の消失)領域においては14q,16p,16q,17p,19p,22qでは、肺小細胞癌に比べ大細胞神経内分泌癌でLOHを示す症例の割合が有意に高かった。また本研究で初めて肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌における網羅的な片親性ポリソミー(UPP:残るアレルが2コピー以上)領域の検出を行った。その結果14q,17pでは、肺小細胞癌に比べ大細胞神経内分泌癌でUPPを示す症例の割合が有意に高かった。さらに大細胞神経内分泌癌では肺小細胞癌に比べてLOH及びUPPの症例が占める割合の多い部位が多い傾向があった。また17番染色体などにおいて、肺小細胞癌では腕単位のLOHであるのに対し、大細胞神経内分泌癌では短腕長腕にまたがる全染色体にわたるLOHを示す傾向がみられたことから、今後症例数を増やすことでこれらの差異によりこの二つの癌を識別できる可能性が示唆された。

以上より、高度増幅領域を持つ症例の数、染色体増加領域の数、LOH及びUPPの起こる領域の数が多いことや、LOHが腕単位ではなく全染色体にわたる傾向が大細胞神経内分泌癌であることから、肺小細胞癌に比べ大細胞神経内分泌癌では染色体変異が起こりやすく、かつその変異はダイナミックであることが示唆された。

以上、本論文は肺高悪性度神経内分泌癌に含まれる肺小細胞癌及び大細胞神経内分泌癌における染色体変異の解析から、この二つの腫瘍で染色体変異の起こり方が異なること、即ちこの二種の腫瘍が異なる発生機序を持つことを示した。発生機序が異なる腫瘍であるという認識を持つことで、これらの診断、治療方針に新たな進展を見出せる可能性があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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