学位論文要旨



No 121449
著者(漢字) 瀧澤,慎
著者(英字)
著者(カナ) タキザワ,シン
標題(和) 子宮頸部発癌における新規細胞極性決定因子human Scribbleの関与の検討
標題(洋)
報告番号 121449
報告番号 甲21449
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2697号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖、発達、加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 講師 百枝,幹雄
 東京大学 講師 佐野,圭二
内容要旨 要旨を表示する

子宮頚部病変が初期前癌病変である軽度異型上皮から更に進行した中等度もしくは高度異型上皮を経由し、上皮内癌、更には浸潤癌へと進行するに従って、各病変におけるヒトパピローマウィルス(humanpa pillomavirus以下HPVと略)の感染の検出率が徐々に上昇することが知られている。また子宮頚部の浸潤癌においては、その陽性率は95%程度であるとされている。

婦人科領域の粘膜に感染するHPVは、外陰部等に発生する良性の尖圭コンジローマ等の発生に関連する6型や11型等のlow-risk HPVと子宮頚癌やその前癌病変である異型上皮の発生に関連する16型、18型等のhigh-risk HPVの2種類に分類される。現在までに同定されているHPVは、100タイプ以上とされている。HPVは約8Kbpのゲノムを持つ小さな二重鎖DNAウイルスであり、HPVに感染した子宮頚部の細胞は、通常数年から数十年の期間を経て発癌すると考えられている。

この過程でHPVのゲノムはヒトのゲノムと組み換え(integration)を起こし、HPVのゲノムのうち癌遺伝子であるE6、E7遺伝子とそのプロモータであるlong control region(LCR)を含んだ領域が組み込まれた細胞が高率に癌化能を得るとされている。これら2つの癌蛋白は約10タイプあるhigh-risk HPVにおいてアミノ酸配列が保存されており、各々ヒトの実際の子宮頚癌組織において、発現していることが、RT-PCR法等で碓認されている。

ヒトの癌抑制蛋白であり、細胞周期調節やアポトーシス誘導機能を持ち、発癌に深く関与している癌抑制蛋白にp53があるが、E6癌蛋白はp53をubiquitinを介する経路で分解することが知られている。

子宮頚癌では、一般的な癌と異なり、p53遺伝子の変異は、O〜6%と頻度が非常に低いことが知られている。E6癌遺伝子はE7癌遺伝子とともに、ヒトの初代角化細胞に導入すると、ヒトの角化細胞を不死化させる機能をもつ。E6癌蛋白の変異体を作製したところ、p53は分解するが、細胞の不死能を失った変異体があった。このことは子宮頚癌の発生にはp53以外に重要なターゲットをE6癌蛋白は持つ可能性が示唆された。そこで我々は、E6癌蛋白のユビキチンを介する分解の新規ターゲット蛋白の検索を試みた。現在まで、p53以外にE6による分解のターゲットとなるものとしては、ショウジョウバエの癌抑制遺伝子であるDiscs large (Dlg)のヒトホモローグのhDlg等がある。

hDlgはN末端に3のPDZ domainを、他にSH3、GuKというdomainを持つ蛋白構造をしている。このような構造を持つ蛋白質は、細胞増殖などの細胞外シグナルを細胞膜や細胞骨格に伝えているMAGUK蛋白と呼ばれている。そして現在までのところ細胞膜のadherensjunctionに発現し、大腸癌で多くの変異が報告されている癌抑制遺伝子産物であるAPC(adenomatous polyposis coli)癌抑制蛋白およびAPCの結合蛋白であり、細胞接着に関与している蛋白であるβ-cateninの3者と複合体を形成し、細胞構築や細胞周期のGO/G1からS期にかけて細胞周期を制御していることがわかっている。

E6蛋白がp53をubiquitinを介して分解するには、E6APという細胞中のubiquitin-protein ligaseが必要である。このE6APを、大腸菌を用いてGST(glutathione S-transferase)結合蛋白として発現させ、バキュロウィルスを用いて発現させたE6蛋白とともにHPV陰性の子宮頚癌由来の培養細胞抽出液と反応させ、GST-pull down法によりE6およびEAPにより分解のターゲットとなる新規蛋白を検索した。PulldownされたバンドをSDSゲルから切り出し、その蛋白の同定を行ったところ、アミノ酸配列として16のleucine-rich repeats (LRRs)と4のPDZ-domainを持つ新規の蛋白で、ショウジョウバエの癌抑制蛋白として発見されたScribbleのヒトホモローグ、human homologue of Drosophila Scribble(hScrib)であることがわかった。ショウジョウバエの研究から、この遺伝子に変異を導入すると細胞の極性が失われ、羽根の上皮の構造が幼児のいたずら書きのように乱れてしまうことから、scribble命名された。またこの変異体では関節、卵胞、脳が巨大化し腫瘍を形成する。またマウスにおいては、scribbleをknock outすると神経管欠損や内臓ヘルニアをおこすことが知られ、Scribbleは細胞極」駐決定に関与する癌抑制蛋白であるとされる。

HPVE6はそのC末端にhScribのもつPDZdomainに結合するT/S-X-L/V(スレオニン/セリン-不特定のアミノ酸-ロイシン/バリン:以後T/S-X-L/V)motifをもち、このmotifはhigh-riskHPVE6間で共通に保存されており、Low-riskHPVでは認められない。E6はこのT/S-X-L/Vmotifを介してhScribのPDZdomainと結合し、p53同様にubiquitinを介するメカニズムでhScribをubiquitin化するため、分子量が結合したubiquitinの分だけ大きくなりゲル上では上方に移動したバンドを認める。このようなubiquitin化はHPVE6およびE6APの存在下でのみおこり、どちらか一方のみの添加ではおこらない。またこのE6のC末端モチーフはAPCと共通である。

hScribは、その中央部に、APCと複合体を形成するhDlgと同じくPDZ-domainを持つ。そしてショウジョウバエにおいては、scribbleとdiscs largeの変異体はそれぞれ、細胞極性の崩壊と上皮の腫瘍形成という同様の表現型を示すことより細胞極性や発癌に寄与してるneoplastic tumor suppressorとして知られている。このためこの機能上および構造上類似点のある2つの癌抑制蛋白のヒトホモローグがともにAPCと複合体を形成し、細胞構築や細胞周期の制御そして発癌抑制に寄与している可能性があり、それを解析した。また子宮頚部病変においてのhScribの発現の変化についても検討した。

子宮頚部病変においては、軽度異型上皮においては正常子宮頚部と比較してhScribの発現は免疫染色、mRNA、蛋白レベルにおいて発現に変化はなかったが、高度異型上皮より浸潤癌にかけてはhScribの発現は免疫染色による検討で蛋白レベルにおいて著明に減弱する。

これは、高度異型上皮において、病変の進行に伴うHPVE6の発現の増加により、hScribがユビキチンを介して分解され、その結果蛋白レベルが減少したためと考えられる。また浸潤癌においては、hScribのmRNAの転写そのものが抑制され、さらにhScribがユビキチンを介し、E6により分解された結果、発現が低下しているものと考えられる。

子宮頚癌の組織を用いて免疫染色法にてhScribの発現を検討したところhigh-risk HPV陽性の子宮頚部病変においては、hScribの発現は有意に低下し、HPV陰性子宮頚部病変においては、hScribの発現は変化を受けないことがわかっている。

そしてRNAiを用いた最新の研究では、HPV陽性のcell lineでは、High-risk HPVE6もしくはE6APをknock outすると細胞内のhScribの発現が回復することがわかってきている。

今回、私は新規に同定された癌抑制蛋白であるhScribの機能解析を行った。そしてhScribは細胞極性および発癌に関与していることがわかった。将来的には、hScribの発現の低下と発癌およびその進展との関連がより明確になれば、hScribの発現解析は、分子レベルの病理診断等に有用になると思われる。また遺伝子導入技術を用いたhScribの局所導入によるG1/S期で細胞周期制御を介する癌の進行抑制等を含め、hScribは多くの可能性を秘めた蛋白であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ショウジョウバエで発見された癌抑制蛋白であり、子宮頚癌の発生の原因として知られておるHigh-risk HPVE6癌蛋白と結合および分解する蛋白として同定されたHuman Scribble(hScrib)を用いてその変異が家族性の大腸ポリポーシスの原因として知られており、また細胞周期調節に関与している癌抑制蛋白であるAdenomatous polyposis coli(APC)との結合の細胞生物学的意義について検討された。そして子宮頚部病変での病変の進行によるhScribの発現の変化について検討し下記の結果を得た。

hScribは、1551個のアミノ酸にて構成され、16のleucine-rich repeats(LRRs)と4のPDZ-domainをもつ。この蛋白のN末にある、LRRsは、シグナル伝達に関係する蛋白との結合に必要なdomainと考えられている。中央のPDZ-domainは、C末端に特定なアミノ酸配列を持つ蛋白との結合domainであり、この配列をもったHigh-risk HPV E6癌蛋白はこのdomainに結合することが報告されている。今回の研究でhScribはHigh-risk HPV E6癌蛋白と同じC末端のアミノ酸配列を持つ蛋白であるAPCと複合体を形成し細胞周期調節や細胞極性に関与していることがわかった。

子宮頚部病変である軽度異型上皮においては正常子宮頚部と比較してhScribの発現は免疫染色、mRNA、蛋白レベルにおいて発現に変化はなかったが、高度異型上皮から浸潤癌においてはhScribの発現は免疫染色およびウェスタンプロット法で蛋白レベルにおいて著明に減弱することがわかった。この結果よりhScribの発現の低下は、子宮頚部病変において病変の進行度と相関する可能性が示唆された。

以上、本論文は癌抑制蛋白であるhScribの細胞生物学的意義および子宮頚部病変での発現の変化について明らかにした。本研究はこれまで知られていなかったhScribを用いた新しい発癌のメカニズムについて検討され、将来的に分子レベルの病理診断等や遺伝子導入技術を用いたhScribの局所導入によるG1/S期で細胞周期制御を介する癌の進行抑制等を含め、hScribは多くの可能性を秘めた蛋白であると考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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