学位論文要旨



No 121450
著者(漢字) 中江,華子
著者(英字)
著者(カナ) ナカエ,ハナコ
標題(和) 子宮内膜におけるコレステロール硫酸の着床期特異的発現機序とその機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 121450
報告番号 甲21450
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2698号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 藤井,知行
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
内容要旨 要旨を表示する

子宮内膜への胚の着床現象が滞りなく行われるには、腰の発育と子宮内膜の変化が同調する必要がある。特に、子宮内膜には一定の胚受容期間が存在し、これ以前でもこれ以降でも着床は困難になる。この一定の胚受容能保持期間はimplantation windowと呼ばれており、この時期の子宮内膜では子宮内膜上皮の構造的・機能的変化がおこり、この時期に特異的なタンパクや糖タンパクが分泌され、子宮内膜間質細胞は脱落膜化への準備が始まり、さらに基底膜と細胞外マトリックスの構成変化や構造の再構築が起こっている。また、トロホブラストが子宮内膜間質まで侵入していく課程では、細胞外マトリックスの破壊と再構築がおこっているが、悪性細胞の浸潤と異なり局所の調節機構によって精巧な制御を受けている。すなわち着床期の子宮内膜にはトロホブラストが産生する細胞外マトリックス分解酵素の活性を抑制する機構が備わっていると考えられている。

そこで、私は着床期の子宮内膜で特異的に増加または減少する物質に着目した。今回は、妊娠ウサギの子宮内膜中で着床期特異的にコレステロール硫酸の含有量が増加し、その後急激に減少するという百枝らの報告に基づき(J Biochem1994)、コレステロール硫酸が着床期の子宮内膜で何らかの役割を担っているのではないかと推測し、検討した。コレステロール硫酸は分子量488.7の脂質で、コレステロールの水酸基が硫酸基に置換されることで合成され、体内には広く分布していることが知られているがコレステロール硫酸の子宮内膜での特異的な増加の生理的意義についてはわかっていない。

そこでまず、トロホブラスト細胞株であるJAR細胞のフィブリンゲルへの侵入能に対するコレステロール硫酸の作用を検討した。その結果コレステロール硫酸はトロホブラスト細胞株のフィブリンゲルへの侵入を抑制する作用を持つことが明らかにされた。その抑制機序として、コレステロール硫酸がセリンプロテアーゼであるプラスミンやトリプシンへの強い結合能を持つこと、またコレステロール硫酸と結合することでプラスミンの酵素活性が非競合的に抑制されることが明らかになった。上述のように、トロホブラストはこのようなタンパク分解酵素(細胞外マトリックス分解酵素)の作用で子宮内膜上皮を貫通し基底層まで侵入できる。しかし、トロホブラスト由来の悪性腫瘍である絨毛癌が最も浸潤能の激しい腫瘍の一つであることからも推測できるように、正常な胎盤形成のためにはトロホブラストの子宮内膜への侵入を抑制する機構が必要である。その調節機構の一つとして、着床期子宮内膜でコレステロール硫酸含有量が特異的に増加することでプラスミンなどの着床に重要な役割を果たしているプロテアーゼの酵素活性を抑制し、トロホブラストの子宮内膜への無秩序な浸潤を抑制している可能性が示唆された。

さらにコレステロール硫酸の生理学的意義について検討するために、ウサギ子宮内膜を用いたin vivoでの実験を進めることにした。コレステロール硫酸の生理学的意義について様々なことが知られている一方で、子宮内膜におけるコレステロール硫酸の意義についての報告がほとんどない理由の一つに、コレステロール硫酸の定量には充分な量の試料が必要なことが挙げられる。定量には、検体からの脂質抽出、分離精製という作業を要するため、大量の子宮内膜が必要となる。そこで、1994年の百枝らの報告で、偽妊娠ウサギ子宮内膜での、コレステロール硫酸含有量とコレステロール硫酸合成酵素の酵素活性は正の相関を示し、逆にコレステロール硫酸とコレステロール硫酸分解酵素の酵素活性は負の相関を示していたことに着目し、in vivoでの子宮内膜におけるコレステロール硫酸の変化についてはコレステロール硫酸転移酵素の酵素活性とその遺伝子に主眼をおいて実験をすすめることとした。

まず、コレステロール硫酸の合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素(SULT2B1b)遺伝子がウサギでは未知であったため、既知の遺伝子であるマウス、ラット、ヒトのSULT2B1bの塩基配列を比較し、各種族間で比較的塩基配列の保存されている部分を元にプライマーを設計した。これを用いてRノILPCR法にて得られたPCR産物をサブクローニングし、ウサギSULT2B1bの部分塩基配列を求め、さらに3'-RACEおよび5'-RACE法を用いてウサギSULT2B1bの全塩基配列を同定した。さらに、同定したSULT2B1bの機能解析をするためにウサギSULT2B1bのORF全長を含んだ発現ベクターを作成し、COS-1細胞にトランスフェクションさせてタンパク合成したところ、ウサギSULT2B1bを発現させたCOS-1細胞にはコレステロール硫酸転移酵素活性がみとめられた。

今回新しく同定したウサギSULT2B1bは、コレステロール硫酸合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素活性を持つことから、ウサギSULT2B1b遺伝子の発現について、偽妊娠0日目から7日目の子宮内膜を用いて定量的RT-PCR法で定量したところ、SULT2B1bの発現は、偽妊娠4日目を最大として増加した後再び低下し、偽妊娠7日目にはほぼ偽妊娠1日目と同レベルとなっていた(下図)。

また、SULT2B1bのウサギ子宮内膜での局在について検討するため、妊娠7日目のウサギ子宮から作成したパラフィン切片を用いてin situ hybridizationを施行したところ、ウサギSULT2B1bは子宮内膜上皮には発現がみとめられず、間質にみとめられた。また、着床部位と非着床部位を比較すると、着床部位ではSULT2B1bの発現がみとめられず、発現しているのは非着床部位の子宮間質のみであった。

今回私は細胞外での生理活性物質としてのコレステロール硫酸の機能に着目し、特に子宮内膜におけるコレステロール硫酸の機能を明らかにするためにin vitroでコレステロール硫酸がトロホブラスト細胞株の侵入能にどのような作用を有するか、またその作用の発現機序はどうなっているのかということについて研究した。さらに、コレステロール硫酸の発現調節機序を解明するために、コレステロール硫酸合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素(SULT2B1b)について、未知の遺伝子であったウサギSULT2B1b遺伝子を同定し、ウサギ偽妊娠子宮内膜でのSULT2B1b遺伝子発現の変化とウサギ妊娠子宮内膜でのSULT2B1b遺伝子発現の局在を明らかにした。

今回の研究でウサギ子宮内膜において着床に向けて様々な変化が起こっている時期に、特異的なSULT2B1b遺伝子の発現増加が認められ、しかもその発現が子宮内膜間質の非着床部位に限局しているということが明らかになった。SULT2B1b遺伝子は皮膚を始め小腸、胎盤、前立腺、気管上皮など様々な臓器で発現していることが知られているが、その調節機構についてはわかっていない。しかし今回子宮内膜というホルモン標的臓器において、妊娠経過とともにその発現が増減することが明らかになったことから子宮内膜においてはエストロゲン、プロゲステロンなどのホルモンによってその発現が調節されている可能性が推測された。さらにその発現が着床部と非着床部で異なることから、胚と子宮内膜の相互作用も関与する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は着床期の子宮内膜において特異的に増減する物質に着目し、子宮内膜の腰受容能保持期間であるimplantation windowと呼ばれる時期の子宮内膜についてその特異性を明らかにするため、同時期に子宮内膜中で含有量が増加することが報告されているコレステロール硫酸を用いたin vitroの研究と、コレステロール硫酸合成酵素であるSUILT2B1bについてのin vitroの研究を行ったものであり、以下の結果を得ている。

トロホブラスト細胞株であるJAR細胞のフィブリンゲルへの侵入能に対するコレステロール硫酸の作用を検討した。その結果コレステロール硫酸はトロホブラスト細胞株のフィブリンゲルへの侵入を抑制する作用を持つことが明らかにされた。その抑制機序として、コレステロール硫酸がセリンプロテアーゼであるプラスミンやトリプシンへの強い結合能を持つこと、またコレステロール硫酸と結合することでプラスミンの酵素活性が非競合的に抑制されることが明らかになった。着床期子宮内膜でコレステロール硫酸含有量が特異的に増加することでプラスミンなどの着床に重要な役割を果たしているプロテアーゼの酵素活性を抑制し、トロホブラストの子宮内膜への無秩序な浸潤を抑制している可能性が示唆された。

コレステロール硫酸の合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素(SULT2B1b)遺伝子がウサギでは未知であったため、RT-PCR法、3'-RACEおよび5'-RACE法を用いてウサギSULT2B1bの全塩基配列を同定した。さらに、同定したSULT2B1bの機能解析をするためにウサギSULT2B1bのORF全長を含んだ発現ベクターを作成し、COS-1細胞にトランスフェクションさせてタンパク合成したところ、ウサギSULT2B1bを発現させたCOS-1細胞にはコレステロール硫酸転移酵素活性がみとめられた。

今回新しく同定したウサギSULT2B1bは、コレステロール硫酸合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素活性を持つことから、ウサギSULT2B1b遺伝子の発現について、偽妊娠0日目から7日目の子宮内膜を用いて定量的RT-PCR法で定量したところ、SULT2B1bの発現は、偽妊娠4日目を最大として増加した後再び低下し、偽妊娠7日目にはほぼ偽妊娠1日目と同レベルとなっていた。

SULT2B1bのウサギ子宮内膜での局在について検討するため、妊娠7日目のウサギ子宮から作成したパラフィン切片を用いてin situ hybridizationを施行したところ、ウサギSULT2B1bは子宮内膜上皮には発現がみとめられず、間質にみとめられた。また、着床部位と非着床部位を比較すると、着床部位ではSULT2B1bの発現がみとめられず、発現しているのは非着床部位の子宮間質のみであった。

以上、本論文は細胞外での生理活性物質としてのコレステロール硫酸の機能を明らかにした。さらにコレステロール硫酸合成酵素であるコレステロール硫酸転移酵素(SULT2B1b)について、未知の遺伝子であったウサギSULT2B1b遺伝子を同定し、ウサギ偽妊娠子宮内膜でのSULT2B1b遺伝子発現の変化とウサギ妊娠子宮内膜でのSULT2B1b遺伝子発現の局在を明らかにした。本研究は、着床期の子宮内膜での胚受容能およびトロホブラストの侵入調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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