学位論文要旨



No 121451
著者(漢字) 平田,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,テツヤ
標題(和) 子宮内膜におけるToll-like receptorの発現とその意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 121451
報告番号 甲21451
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2699号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

産婦人科感染症で問題となる感染経路は特異的であり、多くは下部生殖器である睦より上行性に病原微生物が伝播する。通常、子宮内感染、子宮付属器炎、骨盤腹膜炎の順に進行し、女性の保健に大きな悪影響を与え、不妊症や子宮外妊娠を引き起こす。よって、子宮内膜における感染防御機構は非常に重要であると考えられる。

子宮内膜は、月経期、増殖期、分泌期とダイナミックな変化を遂げる。子宮内膜における周期的な増殖・分化の過程は、主に卵巣性ステロイドホルモンにより巧妙に調節されている。免疫担当細胞の質的量的構成も、この月経周期に伴い周期的な変化を遂げ、卵巣性ステロイドホルモンによって直接的、間接的に調節されていると考えられている。子宮内膜細胞(腺上皮細胞・問質細胞)および免疫担当細胞の相互作用により、子宮内膜の生理機能の維持、感染防御が可能となっていると想定される。

近年、lipopolysaccharide(LPS)、ペプチドグリカン(PGN)といった細菌、真菌、ウィルスの構成成分を認識する受容体であるToll-like receptor(TLR)の存在が報告され、免疫担当細胞による食食のみと考えられていた自然免疫の概念が大きく変わった。また、このTLRを介しての自然免疫系の活性化が、獲得免疫の誘導にも必須であることが明らかになった。現在、ヒトにおけるTLRは10のファミリーメンバーから構成されている。例えば、TLR2はグラム陽性菌の構成成分であるPGNを、TLR4はグラム陰性菌の構成成分であるLPSを認識する。また、TLR3は、ウィルスが細胞内で増殖する際に形成する2本鎖RNAを認識し、TLR9は、細菌DNAに多く存在する非メチル化CpGDNAを認識する。その中でも、LPSを認識するTLR4は、非常に良く検討されている。TLR4は、MD2と複合体を形成することによりLPSの認識が可能となり、また、CD14もLPSの認識に必須の蛋白質であるとされている。

子宮内膜において、LPS、PGNといった病原体の構成成分が、様々な生理活性物質の発現を冗進させることが報告されており、子宮内膜においてTLRが何らかの役割を担っているであろうと考えた。しかし、子宮内膜におけるTLRの発現および機能についての報告はきわめて少数である。そこで、今回子宮内膜におけるTLRの発現、月経周期に伴う変化につき検討した。その中でも、特に子宮内膜におけるTLR4の発現、機能についてはさらに検討を行い、また、感染防御に重要なサイトカインであるinterferon(IFN)-νがTLR4によるLPS認識機構にどのような影響を与えるかについても検討した。

患者より同意を得た上で、子宮筋腫等の良性疾患を理由に摘出した子宮より子宮内膜を一部採取し、以下の検討に供した。

採取した子宮内膜よりmRNAを抽出し、定量的PCRによりTLR2、TLR3、TLR4、TLR9の発現の変化につき、月経期、増殖期中期、増殖期後期、分泌期前期、分泌期中期、分泌期後期の各月経周期に分類し検討した。TLR2、TLR3、TLR4、TLR9mRNAの発現は月経周期を通して観察された。TLR2、TLR9mRNAは月経期にその発現が高く、増殖期後期、分泌期初期にかけてその発現は減少し、その後、分泌期後期にかけて変動は少なかった。TLR3、TLR4は、月経期にその発現が高く、増殖期後期、分泌期初期にかけてその発現は減少し、その後分泌期後期にむけて発現は増加した。

また、各TLRmRNAの局在につき、子宮内膜組織切片を用いて、insituhybridization法(ISH)にて調べた。月経周期を通してTLR2、TLR9では上皮と問質に明らかな発現の差はみられなかったが、TLR3の発現は上皮に強く、TLR4の発現は問質に強かった。

採取した子宮内膜より子宮内膜上皮細胞(EEC)、子宮内膜問質細胞(ESC)に分離培養し、mRNAを抽出した。定量的PCRにより、EECとESCにおけるTLR2、TLR3、TLR4、TLR9mRNAの発現の差異につき検討した。すると、TLR2、TLR9ではNEEとNESの間に有意な差がみられなかったが、TLR3ではNEEに発現が有意に強く、TLR4ではESCに発現が強かった。

(小括1)TLR2、TLR3、TLR4、TLR9mRNAは月経周期を通して発現がみられた。TLRの種類によって発現の局在ならびに月経周期における変動に差異がみられ、病原体の種類によって異なる感染防御機構が存在する可能性が示唆された。一方、いずれのTLRにおいても共通して、子宮内膜炎が起こりやすい月経期に合目的的と考えられる発現の増強が認められた。

これらのTLRの中でも、女性生殖器における感染の起炎菌であるグラム陰性菌、淋菌などに対する感染防御に重要と考えられているTLR4、CD14の子宮内膜における発現につき検討した。

採取した子宮内膜よりEECとESCに分離培養し、それぞれPCR法、flowcytometry法、Western Blot法にてTLR4、CD14、MD2の発現を調べた。これらのLPS認識関連分子はNEE、NESにみられるが、注目すべき差としてNEEには細胞表面上にCD14の発現はみられなかったが、ESCには細胞表面上にCD14の発現がみられた。

EEC、ESCに対してLPSを添加することにより、培養上清中のIL-8産生をELISA法で測定した。すると、EECでは、LPSを10ng/mlから1000ng/ml添加してもIL-8の有意な上昇はみられないが、ESCでは、LPSlng/ml添加よりIL-8産生の有意な上昇がみられ、LPSIOOng/mlまで用量依存的にIL-8産生は増加した。

そこでEECの細胞表面上にCD14を発現しないことに着目し、可溶型CD14(scD14)をLPSと同時添加した。するとEECにおいてもIL-8産生の有意な上昇がみられた。

また、TLR4、CD14の中和抗体を添加することにより、LPS刺激によるESCのIL-8産生を抑制することがわかった。また、細胞免疫染色法により、これらの中和抗体がNFKBの核内移行も抑制することがわかった。

さらに子宮内膜組織切片の免疫染色法を用いてCD14の発現を調べたところ、上皮細胞にCD14の発現はみられず、問質にCD14の発現がみられることがわかった。

さらにLPS刺激によるESCのIL-8産生がIFN-νによってどのような影響を受けるかにつき検討した。ESCをIFN-νによって0時間から72時間前処理し、その後上清を交換した上でLPS刺激(100ng/ml)をし、上清中-のIL-8産生についてELISA法を用いて調べた。すると、IFN-νによる前処理時間依存的に上清中-のIL-8産生の克進が観察された。

さらに、ESCに対してIFN-νを添加し、TLR4、CD14、MD2、MyD88のmRNA発現量の変化について定量的PCR法を用いて検討した。これらのLPS認識関連分子は、IFN-ν添加により有意に発現が克進し、特にTLR4についてはIFN-ν添加48時間まで観察したが、発現は増加を続けた。

(小括2)EECとESCでは、LPS刺激によるIL-8産生に差異が見られた。これは、細胞表面上にCD14を発現するかしないかに依存している可能性が示唆された。また、sCD14の添加により、EECにおいても、LPS刺激によるIL-8産生の克進が観察されたoまた、IFN-ν添加が、TLR4、CD14、MD2、MyD88の発現を上昇させることで、ESCにおけるLPS刺激によるIL-8産生を克進させることがわかった。

(総括)TLR2、TLR3、TLR4、TI.R9mRNAは月経周期を通して発現がみられた。TLRの種類によって発現の局在ならびに月経周期における変動に差異がみられ、病原体の種類によって異なる感染防御機構が存在する可能性が示唆された。一方、いずれのTLRにおいても共通して、子宮内膜炎が起こりやすい月経期に合目的的と考えられる発現の増強が認められた。TLR4とTLR3は上皮と問質の発現パターンに差がみられ、子宮内膜における感染防御機構を調節している可能性がある。この中でも、グラム陰性菌、淋菌、クラミジアに対する感染防御に重要であると考えられるTLR4は、子宮内膜における感染防御において重要であると考えられたため、子宮内膜におけるTLR4の発現と機能につき検討した。EECとESCでは、LPS刺激によるIL-8産生に差異が見られた。これは、細胞表面上にCD14を発現するかしないかに依存している可能性が示唆されたEECとESCにおける膜型CD14の発現有無は、生理学的な意義を持っていると考えられる。これより、EECにおいて、膜型CD14を持たないことにより、病原体に対する過剰な炎症反応を惹起しないようになっていると考えられる。しかしながら、EECもTLR4を発現しており、sCD14の存在下では細菌の侵入を認識する能力を持つと思われる。

そこで、次に様なメカニズムを想定したo子宮内膜において、EECによる一層のバリアーによって物理的に病原体の侵入を防いでいるが、EECが一旦破綻し、問質に病原体が侵入するとESCによってTLR4を介した炎症反応が惹起される。それと同時に遊走してきた免疫担当細胞由来のsCD14が、EECでのTLR4を介する反応を引き起こし、ESCでもより一層の炎症反応を惹起する。このような多段階の感染防御機構により効果的に病原体を排除する。今回の検討ではさらに、IFN-νがLPS刺激によるIL-8産生を克進させることを示した。IFN-νがTLR4を介した反応を克進させ、病原体にたいする宿主防御機構を増強すると考えられた。

このように、子宮内膜において巧妙な多段階の感染防御機構が存在する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、自然免疫において重要な役割を果たしていると考えられているToll-like receptor(TLR)の子宮内膜における発現とその意義に関する検討である。患者様より同意を得た上で、良性疾患を理由に摘出した子宮より子宮内膜を採取し、そのヒト子宮内膜組織におけるTLRの発現を解析し、さらに、子宮内膜組織より、子宮内膜上皮細胞(EEC)、子宮内膜間質細胞(ESC)を分離培養し、TLRの発現と機能に関して基礎的検討を試みたものである。この検討により、下記の結果を得ている。

子宮内膜組織に対し定量的PCRによってTLR2、TLR3、TLR4、TLR9mRNAの定量を行った。それにより、子宮内膜において、TLR2、TLR3、TLR4、TLR9mRNAの発現は月経期にその発現が高いことが示された。子宮内膜炎を起こしやすい月経期にTLRの発現が高いことは、感染防御の意義からしても合目的的であると考えられた。

TLRの種類によって、上皮、間質の発現パターンが異なることが示された。これらのTLRはそれぞれ異なる病原体の構成成分に対するレセプターであり、病原体の種類によって異なる感染防御機構が存在する可能性が示された。

EECとESCに分離培養し、それぞれに対し、TLR4のリガンドであるLipopolysaccharide(LPS)を添加し、それぞれのLPS応答能につき検討した。EECとESCでは、LPS刺激によるIL-8産生に差異がみられた。これは、細胞表面上にCD14を発現するかしないかに依存している可能性があることが示された。これより、EECにおいて、膜型CD14を持たないことにより、病原体に対する過剰な炎症反応を惹起しないようになっている可能性があることが示された。しかしながら、EECもTLR4を発現しており、sCD14の存在下では細菌の侵入を認識する能力を持つことも示された。

さらに、感染防御において重要な役割を果たすサイトインであるIFN-νをESCに添加することにより、ESCのLPS応答能にどのような影響が観察されるか検討したところ、IFN-νがLPS刺激によるIL-8産生を亢進させることが示された。IFN-νがTLR4を介した反応を亢進させ、病原体にたいする宿主防御機構を増強する可能性があることが示された

以上、本論文はヒト子宮内膜において、TLRの発現および機能に関する検討から、確かにヒト子宮内膜がTLR2、TLR3、TLR4、TLR9を発現していることを明らかにした。さらに、特にTLR4を介したLPS認識機構が、ヒト子宮内膜に存在することを明らかにした。子宮内膜における自然免疫機構に関する報告は非常に少ない。本研究は、ヒト子宮内膜における自然免疫機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。

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