学位論文要旨



No 121452
著者(漢字) 森本,千恵子
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,チエコ
標題(和) 子宮内膜症における新規ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH II)の臨床的意義
標題(洋)
報告番号 121452
報告番号 甲21452
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2700号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 秋下,雅弘
 東京大学 助教授 藤井,知行
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

ゴナドトロピン放出ホルモン(Gonadotrophin Releasing Hormone ; GnRH)はすべての脊椎動物に存在するホルモンであり、哺乳類では生殖機能を中枢性に調節している。GnRHは視床下部から律動的に分泌され、卵巣を介して種々の相互フィードバックシステムを介して性機能を調節している。一方、これらの中枢における作用とは異なり、GnRHは末梢組織でGnRH受容体を介した作用が示唆されており、子宮内膜、胎盤、卵巣顆粒膜細胞などでオートクライン/パラクライン作用を発現し細胞機能を調節しているといわれている。また、卵巣癌、子宮体癌、乳癌、前立腺癌など、多くの悪性腫瘍においても存在しているといわれている。GnRHには従来のGnRH Iと、おもに哺乳類以外の脊椎動物にみられるGnRH IIの2種類がある。唯一例外は霊長類で、ヒトではニワトリと同様のGnRH IIが発現していることが最近わかってきた。ヒトGnRH IIは、中枢組織と同様に末梢組織においても広く発現しており、生殖組織においては子宮内膜、胎盤、卵巣顆粒膜細胞での発現が認められている。子宮体癌や卵巣癌においては、GnRH IIの増殖抑制作用は、GnRH Iのそれに比べて強いことが示唆されている。

子宮内膜症は、子宮内膜あるいはそれと類似の組織が、骨盤腹膜など子宮内腔以外の部位に異所性に増殖する疾患で、病理組織学的には良性であるにもかかわらず、増殖、浸潤し、周囲臓器と強固な癒着を形成する。本疾患は生殖年齢層に発症し、月経痛・慢性骨盤痛など様々な疼痛の原因ともなり、また不妊症をしばしば合併することにより生殖能の低下の原因疾患ともなっている。発生機序には諸説があり、病態に関しては不明な点が多い。主な病態生理の現象として、子宮内膜症患者の正所性子宮内膜は、非子宮内膜症のそれと比較して異なる特性があると考えられている。また、子宮内膜症患者の腹腔内環境が病態に関与しており、腹腔内貯留液や子宮内膜症間質細胞においてインターロイキン(IL)-8やシクロオクシゲナーゼ(COX)-2などが増加するという報告がなされている。子宮内膜症はエストロゲン依存性の発育を示すことから、内分泌療法の一つとして、GnRHアナログ療法が用いられている。その作用機序は、強力なゴナドトロピン抑制作用により低エストロゲン環境を惹起し、閉経後に類似したホルモン環境をつくり子宮内膜症病変を萎縮させることにある。さらに、子宮内膜症組織に対するGnRH IやGnRHアナログの直接作用が示唆されるようになり、生殖組織から発生する悪性腫癌に対しての増殖抑制作用も報告されている。

先述のように、GnRH IIは生殖組織やいくつかの悪性腫瘍において、増殖抑制などの直接作用が示唆されているが、子宮内膜症に対する作用は不明である。そこで、子宮内膜症におけるGnRH IIの直接作用を検討した。GnRH IIが子宮内膜症間質細胞においてインターロイキン(IL)-8やシクロオクシゲナーゼ(COX)-2などの発現に与える影響について検討した。さらに、子宮内膜症の有無により、GnRH IIとその受容体の発現の違いを検討することにより、GnRH IIが子宮内膜症の病態にどのように関与しているかを考察した。また、GnRH IIが主に作用すると考えられているGnRH IおよびII受容体の子宮内膜症での発現について検討した。【実験方法】

患者の同意のもと手術時に得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の間質細胞(ESC)を分離培養し、以下の検討を行った。(1)子宮内膜症組織およびESCにおけるGnRH I、GnRH II、GnRH I受容体およびGnRH II受容体のmRNA発現をRT-PCR法を用いて検討した。(2)GnRH II(10-12M〜10-6M)をESCに24時間添加培養し5-Bromo-2'-deoxyuridine(BrdU)取り込み能の変化を検討した。(3)ESCに GnRH IアンタゴニストであるAntide(10-8M)を1時間添加培養後、GnRH IIを添加し、24時間後のBrdU取り込み能を検討した。(4)ESCをIL-16(5ng/ml)により刺激した後、GnRH IIを添加培養し、2時間後のCOX-2 mRNAおよび4時間後のIL-8 mRNA発現を定量的RT-PCR法を用いて調べた。(5)(4)と同様にESCをIL-16により刺激した後、GnRH IIを添加し、24時間後のIL-8蛋白産生をELISA法を用いて測定した。一方、子宮内膜症患者26人(平均32.9±5.7歳)より正所性子宮内膜と子宮内膜症性卵巣嚢胞を、また非子宮内膜症患者21人(平均35.9±8.5歳)より正所性子宮内膜を採取し、(6)GnRH I、GnRH II、GnRH I受容体およびGnRH II受容体mRNAの発現を定量的RT-PCR法で測定した。【結果】

(1)子宮内膜症組織およびESCにおいて、GnRH I、GnRH II、GnRH I受容体およびGnRH II受容体のmRNA発現が認められた。(2)10-12M以上のGnRH II添加でBrdU取り込み能は有意に減少し、10-6Mで非添加群の72%にまで低下した。またGnRH Iと比較したところ、GnRH IIでは強い抑制傾向がみられ、10-6MにおいてはGnRH IIにおいて有意にBrdU取り込み能を抑制した。(3)Antideで前培養したESCでは、GnRH IIによるBrdU取り込み能の抑制は認められなかった。(4)IL-16刺激で誘導されるIL-8 mRNA、COX-2 mRNA発現はGnRH II添加で抑制され、GnRH II 10-6Mにおいては各々非添加群の68%、33%まで低下した。(5)IL-16刺激で誘導されるIL-8蛋白産生は、GnRH II添加で抑制され、GnRH II 10-6Mにおいては非添加群の62%まで低下した。(6)子宮内膜症患者の正所性子宮内膜と子宮内膜症性卵巣嚢胞におけるGnRH II mRNAレベルは、非子宮内膜症患者の正所性子宮内膜と比較し、増殖期・分泌期ともに有意に低下していた。一方、GnRH I、GnRH I受容体およびGnRH II受容体mRNAレベルは分泌期においてのみ有意に低下していた。【考察】

本研究により、GnRH IIは、子宮内膜症において発現しており、ESCの増殖を抑制することが示唆され、その作用はGnRH I受容体を介している可能性が考えられた。また、GnRH IIはESCにおいて、向炎症因子(IL-8、COX-2)発現の抑制に直接作用することが示唆された。子宮内膜症患者において正所性子宮内膜ならびに子宮内膜症性卵巣嚢胞でのGnRH IIの発現は月経全周期において低下していた。

GnRH IおよびGnRHアゴニストによる、子宮内膜症および正所性子宮内膜の増殖抑制作用やアボトーシス作用と同様、GnRH IIが子宮内膜症の病態の進展に影響を与えている可能性が考えられる。また、正所性子宮内膜においてGnRH Iによる増殖抑制作用やアボトーシス作用は、Antideで阻害されたことからGnRH I受容体を介しているという報告と同様、本研究においてもGnRH IIの子宮内膜症での作用はGnRH I受容体を介している可能性が考えられた。GnRH IIが作用すると考えられるGnRH受容体はGnRH I受容体およびGnRH II受容体と様々な報告がある。ヒト卵巣顆粒膜細胞では、GnRH IIによるプロゲステロンの分泌抑制作用はAntideで阻害されるという報告がある一方で、子宮体癌や卵巣癌細胞では、GnRH IIの作用はGnRH I受容体を介さないという報告もなされている。

子宮内膜症患者の正所性子宮内膜は、非子宮内膜症のそれと比較して異なる特性があるといわれており、正常からの逸脱が病因と病態生理の主な原因と考えられている。本研究において、子宮内膜症の正所性子宮内膜でのGnRH IIの発現が有意に減少しており、同様に子宮内膜症細胞においても正常の子宮内膜に比し、GnRH IIの発現が減少していた。この結果は、GnRH IIが子宮内膜症細胞の増殖を抑制するという結果と合致している。

また、子宮内膜症の進展には、増殖に加えて炎症が重要な役割を果たしている。子宮内膜症患者の腹腔内貯留液では、IL-16が増加しており、それがIL-8やCOX-2の増加を誘導し病態の進展に影響を与えると報告されている。本研究では、ESCにおいてGnRH II がIL-16により誘導されるIL-8やCOX-2の発現を抑制したことから、GnRH IIの発現が、子宮内膜症の病態の進展を阻害するという別のメカニズムの存在の可能性が考えられた。

GnRH受容体の発現は、タイプI ・II受容体ともに子宮内膜症患者での分泌期の子宮内膜において有意に減少しており、GnRH IIの発現の低下とともに、子宮内膜症の病態に関与している可能性が考えられた。【まとめ】

GnRH IIは、細胞増殖の抑制および向炎症因子(IL-8、COX-2)発現の抑制を介して子宮内膜症組織における増殖や炎症を調節している可能性が考えられた。また、子宮内膜症患者において正所性子宮内膜ならびに子宮内膜症性卵巣嚢胞でのGnRH II発現が低下していたことより、局所でのGnRH II産生を介した自己制御作用の障害が子宮内膜症の発症・進展に影響を与えていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、哺乳類においで性機能を中枢性に制御しているゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)のうち、ヒトにおいて新たに同定された新規GnRH(GnRHII)の末梢における直接作用に着目し、子宮内膜症におけるGnRH IIの発現と直接作用を検討し、下記の結果を得ている。

インフォームドコンセントのうえ手術時に採取したヒト子宮内膜症組織および子宮内月敵性卵巣嚢胞の問質細胞(ESC)におけるGnRH I、GnRH II、GnRH I受容体およびGnRH II受容体のmRNA発現をRT-PCR法を用いて検討した結果、すべてのmRNA発現が認められた。

GnRH IIをESCに添加培養し5-Bromo-2'-deoxyuridine(BrdU)取り込み能の変化を検討した結果、ESCのBrdU取り込み能は抑制され、GnRHIIは直接的にESCの増殖能を抑制することが示された。また、GnRH IIのESCに対する増殖抑制作用は、GnRHアンタゴニストであるAntideにより阻害され、Antideと同様の受容体を介して作用している可能性が示された。

ESCをIL・161により刺激後、GnRH IIを添加し、COX-2、IL-8 mRNAの発現およびIL-8蛋白産生を検討した結果、GnRH IIはESCにおいて、IL-1βにより誘導されるCOX-2やIL-8の発現を抑制することが示された。

子宮内膜症患者より正所性子宮内膜と子宮内膜症性卵巣嚢胞を、また非子宮内膜症患者より正所性子宮内膜をインフォームドコンセントのうえ手術時に採取し、GnRHI、GnRH II、GnRH I受容体およびGnRH II受容体mRNAの発現を定量的RT-PCR法で測定した結果、子宮内膜症患者の正所性子宮内膜と子宮内膜症性卵巣嚢胞におけるGnRH II mRNAレベルは、非子宮内膜症患者の正所性子宮内膜と比較し、増殖期・分泌期ともに有意に低下していた。In vitroの実験結果と照らし合わせると、子宮内膜症患者の子宮内膜でのGnRH II発現の低下が、ESCの増殖能および向炎症作用を促進させていると考えられた。

以上、本論文は子宮内膜症におけるGnRH IIの直接作用を明らかにした。GnRH IIはESCの増殖抑制・抗炎症に直接関与していると考えられ、また、子宮内膜症患者でのGnRH II低下は、内因性のGnRH IIによる増殖抑制や抗炎症作用などの局所調節の破綻を惹起し、子宮内膜症の発症、病態の進展に重要な影響を与えている可能性が考えられた。子宮内膜症におけるGnRH IIに関する新しい知見が得られたことは、子宮内膜症の病態形成における機序の解明およびその新たな治療戦略に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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