学位論文要旨



No 121454
著者(漢字) 西本,創
著者(英字)
著者(カナ) ニシモト,ハジメ
標題(和) TNF受容体スーパーファミリーの4-1BBと高親和性IgE受容体によるマスト細胞の共刺激
標題(洋)
報告番号 121454
報告番号 甲21454
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2702号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 藤井,知行
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

I型アレルギーにおいて最も重要な役割を果たすマスト細胞は造血幹細胞から産生されるが、成熟細胞は末梢血中には存在せず、粘膜組織、血管周囲に局在する。表面には高親和性IgE受容体(FcεRI)が存在し、産生されたIgEはこの受容体と結合する(感作)。抗原により架橋されたFcεRIはマスト細胞内にその刺激を伝達することによりヒスタミンやサイトカインを放出し、瞬時に意識消失を来す程の激烈な反応を引き起こす。これまでのマスト細胞の研究はこのFcεRIを介したシグナル伝達を中心として行われてきた。

一方、T細胞は、抗原提示細胞(APC)によって提示された抗原を、T細胞受容体を介して認識する(シグナル1)が、完全なT細胞の活性化が起こるためには共刺激受容体を介した刺激(シグナル2)が必要であることが知られている。このシグナルを欠いたT細胞はアナジーになるとされる。この共刺激分子(Co-stimulatory molecule)は大きく2つのグループに分けることができ、ひとつはCD28やICOS(inducible T cell co-stimulator)を代表とするimmunoglobulin super family、そしてTNFR(tumor necrosis factor receptor)super familyである。しかし、マスト細胞においてFcεRIを介した刺激にそのような「シグナル2」が必要かどうかということはわかっていない。近年、FcεRIを介した抗原刺激によってマスト細胞のTNFR super familyの4-1BB(CD137)の遺伝子発現レベルが著明に上昇するということがマイクロアレイを用いた実験で示された。これまで、マスト細胞におけるシグナル伝達の研究はLyn、Btk、PKCといった細胞内分子についてのみ行われてきた。抗原刺激によってマスト細胞表面に新たに分子を表出することは、その分子がマスト細胞の活性化状態に関与している可能性があると考えられる。

4-1BBが分類されているTNFR super familyは、共通のシステインに富む細胞外ドメインを持つことが特徴のI型膜貫通型受容体で、3量体を形成している。4-1BBは元々、活性化T細胞において刺激によって発現する分子としてクローニングされた。対してligandである4-1BBLはII型膜貫通型受容体で樹状細胞、活性化B細胞、活性化マクロファージが表出している。T細胞において4-1BBはT細胞の増殖、サイトカイン分泌を増強する働きがあると報告されている。

しかしマスト細胞における4-1BBの働きは全く知られていない。そこで今回、4-1BBノックアウトマウス骨髄由来のマスト細胞(Bone marrow derived mouse mast cell :BMMC)を用いてFcεRIの刺激における共刺激の重要性を検討した。

まず、IgEによる感作、抗原によるFcεRIの架橋後の4-1BB、4-1BBLのmRNA発現レベルをRT-PCRによって調べた所、4-1BBのmRNA量は感作によりやや上昇し、過去の報告通り抗原刺激によって著明に上昇していた。一方、ligandは刺激後一過性の増強が見られるものの常に発現していた。FACSにおいて観察された蛋白レベルのマスト細胞表面への発現についても同様の結果が得られた。マスト細胞において、抗原によりFcεRIを刺激し4-1BBが充分に表出された時点で、抗原と同時に4-1BB刺激抗体を加えた所、サイトカイン分泌の亢進が見られた。このことから、T細胞と同様にマスト細胞においても、FcεRIによる「シグナル1」に対し、4-1BBを介した「シグナル2」が加わることによって、より強い活性化状態となることが示された。

4-1BBノックアウトマウス由来の骨髄細胞はIL-3存在化で野生型と同様にc-kit、FcεRI両陽性によって定義されるマスト細胞となったものの、最終的な細胞数が少なかった。この原因として、4-1BB欠損細胞における細胞死の増加、もしくは細胞増殖の抑制が考えられるが、増殖因子枯渇後の細胞死に両者で差がないのに対し、IL-3、SCF(Stem cell factor)による細胞増殖が4-1BB欠損BMMCでは抑制されていた。さらに4-1BB欠損BMMCにおいて、IL-6、IL-13、TNF-α分泌の低下がみられ、ヒスタミン遊離の割合も低下していた。これらはマスト細胞のエフェクター細胞として重要な機能であり、完全な活性化には4-1BBを介した相互作用が必要なことを意味する。

マスト細胞からのヒスタミン遊離を含む脱顆粒、サイトカイン産生には適切な細胞内カルシウム遊離が必要であるが、4-1BB欠損BMMCにおいて、特に低濃度の抗原刺激の場合に低下していた。カルシウム遊離が低下する原因を探るため、BMMCを用いて種々のシグナル伝達分子の活性を調べたところ、SrcファミリーのLynの活性が低下していた。さらにFcεRIのβ鎖にはITAMと呼ばれる、SH2ドメインをリクルートすることによって信号を増強する働きのあるTyrosineを含むモチーフがあるが、野生型では抗原による刺激後、これらの著明なリン酸化が見られるのに対し、4-1BB欠損BMMCでは低下していた。これはLyn欠損BMMCで見られる減少に良く似ている。BtkはTecファミリーに属するPTKでこの活性化を反映するリン酸化も低下していた。Btkによってリン酸化、活性化されるホスホリパーゼCν(PLCν)はPIP2を加水分解し、細胞内カルシウム遊離をきたすIP3と、PKCの活性をもたらすDAGを産生する。IP3は小胞体からカルシウムを遊離させる。ここでもBtkの活性低下を受けPLCν2のリン酸化低下が認められた。さらに、LAT(linker for activation for T cells)はLipid Raftに存在し、SLP-76、Grb2、PLCνと複合体を形成することにより、反応の足場を提供していると考えられる。このリン酸化も4-1BB欠損マスト細胞にて低下していた。つまり、Lyn/Btk/PLCというマスト細胞のシグナル伝達で確立されている主要な経路が4-1BBの欠損によって抑制されているといえる。

また、4-1BBの細胞内ドメインにCys-Arg-Cys-Proという配列があり、これはLynと同じSrcファミリーであるLckのbindingモチーフCys-Xaa-Cys-Proに相当する。T細胞において4-1BBはLckと会合していることが報告されているが、マスト細胞におけるLckの発現レベルは非常に低い。そこで、マスト細胞において最も重要なSrcファミリーであるLynと4-1BBの会合を調べたところ、Lynは4-1BBに対する抗体によって免疫沈降した4-1BBと刺激に関係なく会合していることがわかった。

現時点では4-1BBと4-1BBLはお互いに唯一の受容体とLigandと考えられている。従って4-1BBL欠損マスト細胞においても4-1BB欠損細胞と同じ現象が期待される。そこで4-1BBLノックアウトマウス由来の骨髄細胞を用いて同様の実験を行った。細胞増殖の減少、サイトカインの分泌低下、ヒスタミン遊離の抑制といった期待通りの結果が得られたものの、野生型に対する抑制の程度については4-1BB欠損マスト細胞と比較して軽いものであった。予備実験のデータは4-1BBLとは全く別の4-1BBと接着する分子がマスト細胞によって表出されていることを示唆している。今回、4-1BBと4-1BBL 欠損マスト細胞の間で観察された違いは、この「新たな4-1BBL」によるものであると考えられる。

以上のようにマスト細胞の完全な活性化には、今まで考えられていたFcεRIを介したシグナル以外にも、co-stimulatory受容体による近傍の細胞との相互作用が必要であるという事実は、アレルギー疾患をより理解する上で非常に興味深い現象である。また、4-1BBが発現されるピークは即時型の反応よりも遅い遅発型の反応が見られる時期にあり、関連が予想される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアレルギー疾患において重要な役割を演じていると考えられるマスト細胞における、TNFレセプタースーパーファミリー共刺激受容体4-1BB(CD137)の働きを明らかにするため、マウス骨髄細胞由来のマスト細胞(BMMC)を用いた系にて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

4-1BBはマスト細胞において休止状態では表出されないが、抗原とIgEによるFcεRIの架橋、IL-3、SCF(stem cell factor)といった刺激により表出された。発現のピークは8から12時間後であり、従来考えられていた即時相よりも遅発相における重要性が示唆された。

4-1BBに対する刺激抗体を加えることによりIgEと抗原によるマスト細胞からのサイトカイン分泌を増強するが、ヒスタミン遊離には影響を与えなかった。このことから、マスト細胞上の4-1BBを刺激することはマスト細胞の活性化状態をさらに高めるものと考えられた。

野生型と比べて、4-1BB欠損マスト細胞では細胞増殖が抑制されており、マスト細胞の増殖に4-1BBが必要であることが示された。増殖因子枯渇後の生存には差がみられなかった。

4-1BB欠損マスト細胞ではIgEと抗原刺激よるサイトカイン分泌、ヒスタミン遊離ともに抑制されており、マスト細胞の効果発現における4-1BBの重要性が示された。また、これらは薬剤による外因的なカルシウムの補充により是正された。

4-1BB欠損マスト細胞では抗原による刺激後の細胞内カルシウム濃度の上昇が抑制されていた。また、Fynの活性化に影響がないのに対し、Lynの活性化が抑制されており、Lyn/Btk/PLCνという古典的なマスト細胞におけるシグナル伝達経路が障害されていた。

マスト細胞において最も重要なSrcファミリーのLynは4-1BBと刺激非依存性に結合していた。

以上、本論文はマスト細胞において、共刺激因子4-1BBがマスト細胞をより完全な活性化状態へ導くことを明らかにした。マスト細胞ではT細胞のように、共刺激の必要性が知られておらず、本研究は初めてマスト細胞における共刺激受容体の必要性を示したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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