学位論文要旨



No 121455
著者(漢字) 宮田,一平
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,イッペイ
標題(和) 急性呼吸器感染症の起因微生物の同定法の開発に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 121455
報告番号 甲21455
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2703号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 講師 寺本 信嗣
内容要旨 要旨を表示する

重症急性呼吸器症候群(SARS)は2002年11月から8ヶ月間に世界26ケ国で流行し、9.6%の高い死亡率を記録した新種のコロナウイルス-SARS coronavirus-による伝染病である。本症候群に対して適切な治療・予防の方策を講じるためには感冒や市中肺炎と鑑別することが重要であるにもかかわらず、非特異的な気道感染症状を呈するため、この鑑別は困難である。一般に病原微生物の存在は抗原あるいは核酸を検出することで証明できるが、より感度が高いのは核酸を検出する方法である。

本研究では核酸増幅法のうち感度・特異度に優れるLAMP法を用いて、この鑑別診断を迅速に高感度・高特異度で達成する系を確立することを目的とした。LAMP法は頻用されるPCR法に基づく方法に比べて費用・時間・手技の容易さにおいても利点を有する核酸増幅法である。

SARS coronavirusと、鑑別対象のHumancoronavirus 229E、Influenzavirus A/B、Mycoplasma pneumoniaeに対するLAMP法プライマーをそれぞれ設計し、その感度・特異度をそれぞれの病原体から抽出した核酸を対照としてLightCycler装置上で評価した。あわせて、高感度定量法(Amplicor法;Roche Diagnostic Systems Inc.)が確立しているHIV-1由来のp24配列と我々の検出対象配列とを連結したキメラ核酸をパッケージングしたMlVベクターを作製した。このベクターから抽出したRNAを用いてHIV-1由来のp24配列に対して設計したLAMPプライマーの感度を基準として、各々のLAMPプライマーの検出感度を相互に比較した。また、in vitro転写したキメラRNAの希釈系列を用いてone-step RT-PCR法による検出限界とRT-LAMPによる検出限界との比較をおこなった。

まず、LAMP法における核酸の増幅を反応の早期に判定する方法を考案し、コンピュータ・プログラムとして実装した。この判定法により、十分な核酸量がある場合には反応開始から10分程度で結果の判定が可能となった。このように反応開始から早い時点で陽性の結果が得られる事は、一刻も早い対応が可能となり、SARSの迅速診断の場合には非常に有用であると考えられる。

設計したプライマーはそれぞれ目的とする病原体を特異的に検出できた。検出感度(検出限界)の定量的な評価については、対照核酸の調製方法によってばらつきを認めたが、病原体から抽出した核酸を対照とした評価では高感度のものでは102[copies/反応]のオーダー以上の感度を認めるものもあり、in vitro転写したRNAを対照とした場合には101[copies/反応]のオーダーの感度を認めた。MLVベクターから抽出したキメラRNAはキメラの断片のそれぞれに対するプライマーで特異的に検出可能であった。また、検出限界の比較の結果、RT-LAMP法はRT-PCR法と同等以上の検出限界を有することが示された。

以上、LAMP法を用いて上記の病原体を特異的かつ高感度で、迅速に鑑別できる系を開発した。LAMP法にもとづくこの系の検出限界はRT-PCR法と同等以上であることも示された。LAMP法の実行ならびに結果の判定が容易である事に加え、従来のPCR法にもとづく方法と同等以上の感度を有するという、これらの結果から、本研究の成果は迅速診断系としての利用に適したものと考えられる。

さらに、HIV-1由来のp24断片と検出対象配列から成るキメラRNAと、このキメラRNAをパッケージしたMLVベクターを作製し、それぞれのRNAがLAMP法で特異的に検出可能な事を確認した。このキメラRNAの段階希釈系列を用いて、それぞれの検出対象配列に対するプライマーの検出限界を、p24に対するプライマーの検出感度を基準とした尺度で、相互に比較する系を確立することができた。すなわち、同一の検出対象を用いて複数の検出系を比較する事が可能となった。

さらに、HIV-1由来のp24断片は既存の高感度定量法を用いて定量することが可能である。このため、このキメラ核酸をパッケージしたMIVベクターを混入した鼻汁や血清などに混入した試料は、その中のベクター粒子数を定量可能な「疑似検体」として用いることが可能である。このように、既存の定量法を介して、汎用的に関心の対象の核酸配列を有するベクター粒子の定量を生物学的力価ではなく粒子数(核酸のコピー数)で定量することが可能となった。数的に定量が可能なこのベクターを用いた「疑似検体」は、SARSのように臨床検体を入手できない際に、安全な「疑似検体」として検出法の研究開発などに応用が可能と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は新興感染症の重症急性呼吸器症候群(SARS)と鑑別を要する病原体との鑑別診断を迅速に高感度・高特異度で達成する系を確立することを目的とし、核酸増幅法のLAMP法を用いてSARS coronavirusとHumancoronavirus229E、InfluenzavirusA/B、Mycoplasma pneumoniaeとを鑑別する系を開発することを試みたものであり、以下の結果を得ている。

リアルタイムPCR装置を用いて、反応の極めて早い段階において増幅反応を検出する手法を考案し、プログラムとして実用可能にした。この結果、十分な核酸量があれば、反応開始から10分頃から陽性の結果を判定する事が可能となった。従来の核酸増幅法(RT-PCR法)によるRNAの検出では、反応開始から10分程度の時点では、まだ逆転写の過程の途中であり、増幅反応を確認するまでの所要時間において、既存技術の限界の1つが克服された。

病原体検出のLAMP法プライマーがそれぞれ、鑑別対象の病原体のみを特異的に検出することを確認した。

RT-LAMP法による検出系の検出限界が従来法であるRT-PCR法による検出限界に匹敵する事を確認した。

複数の検出系の検出限界を、同一の検体を用いて相互に比較する事を目的として、2つの異なる検出対象配列を繋いだキメラ核酸それぞれ作製した。これらのキメラ核酸を用いて検出系を相互に比較する系を作出し、比較が可能なことを確認した。このキメラ核酸の検出対象配列の一方に、既存の高感度定量法(Amplicor法)の検出対象配列(HIV-1のp24配列)を用い、既存の定量法による定量も想定した系とした。

上述の比較系を用いて、それぞれのLAMP法プライマーを相互に比較し、検出能力に優れたプライマーを選別する方法論を確立し、鑑別対象に挙げたそれぞれの病原体を検出する優れたプライマーをそれぞれ得ることができた。

キメラ核酸をパッケージしたMLVベクターを作製し、これから得られる核酸が検出対象として利用可能な事を確認した。ベクター内のRNAは、RNA分解酵素に富む生体試料に混入しても保護されるため、「疑似検体」として利用することが可能である。このような「疑似検体」は、SARSの場合のように臨床検体の入手が事実上不可能な場合に、安全性の高い代替品として研究開発に用いることが可能である。

以上、本論文はLAMP法を用いた核酸増幅法による、病原体の迅速な鑑別診断系を作製する際に必要とされる基礎的な方法論として、増幅反応の反応の極めて早期における迅速判定、プライマー(検出系)の検出限界のキメラ核酸を用いた厳密な相互比較、MLVベクターによる安全な疑似検体の提供の方法論をそれぞれ確立した。その上で、これらの方法論に基いて複数の対象病原体に対する、迅速な鑑別診断系を確立することに成功した。この方法論で得られた成果は検出限界、検出時間のそれぞれにおいて、既報のLAMP法による検出系の報告との比較においても優れている。本研究において開発されたこれらの方法論とその成果は、核酸増幅法による病原体の迅速診断法の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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