学位論文要旨



No 121459
著者(漢字) 月原,弘之
著者(英字)
著者(カナ) ツキハラ,ヒロユキ
標題(和) 生分解性材料を使用した新しい人工代用心膜 : 自己心膜再生能および癒着防止効果に関する実験的検討
標題(洋)
報告番号 121459
報告番号 甲21459
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2707号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 村上,新
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 客員助教授 鄭,雄一
内容要旨 要旨を表示する

現在の医療において、失った組織・臓器を再獲得する手段として移植手術が挙げられる。これには生体移植手術と人工臓器を移植する方法があり、多領域において優れた成績を残している。しかし多くの問題点を抱えるのも事実である。生体移植の場合は免疫による拒絶反応、倫理的な問題が挙げられる。人工臓器の場合は故障や劣化、感染、機能障害の発生の危険性があり、また、小児に使用する場合、成長が望めないため入れ替えが必要となる。これらの問題を解決する答えが再生医工学にあると言える。今回われわれは足場となる生分解性吸収材料としてコラーゲン、およびヒアルロン酸を用いて、心臓術後合併症の軽減と心臓再手術の安全性の向上を目指し、癒着防止能と心膜再生能を併せ持つコラーゲンシートを開発した。既存の代用心膜、および欠損開放例と比較することによりその効果を検討した。

(I)

【はじめに】心臓再手術は初回手術に比べmortality、morbidityともに高く、その主原因は心膜の胸骨後面、あるいは心膜腔内での癒着であるとされている。心膜癒着を防止する目的でePTFEのような代用心膜が使用されてきたが、心膜の癒着は高度であり、異物であることに起因する縦隔炎などを誘発する可能性がある。また、癒着防止を目的として吸収性素材を含む種々の素材が研究使用されてきたが、現時点において有効な方法は未だ開発されていない。今回、生分解性材料であるコラーゲンとヒアルロン酸を用いて吸収性のシートを作製し、その癒着防止効果および自己心膜再生誘導能について検討した。

【対象と方法】アテロコラーゲンを材料とした縫合強度を上げるとともに心膜再生の足場となる中心層と、アテロコラーゲンとヒアルロン酸からなる癒着防止層を作製し、それぞれ架橋した後に中心層を癒着防止層で挟み、接着して3層型コラーゲンシートを得た。(実験1)ビーグル犬22頭を対象とした。A群:中心層の総コラーゲン繊維数が9000本のコラーゲンシートにて心膜欠損部を補填(N=5)、B群:総コラーゲン繊維数6000本のコラーゲンシート使用(N=7)、C群:ePTFEシート補填(N=6)D群:心膜欠損放置(N=4)の4群に分類した。左側開胸にて心膜欠損孔を作製し、シートにて欠損孔を閉鎖した。12週後に再開胸を施行し、肉眼的に心膜腔内での癒着面積(%)、および癒着程度が強度のものを3として0-3の4段階に、冠動脈の視認性を、視認不可能を2として0-2の3段階に評価した。また、組織学的所見について検討を加えた。(実験2)ビーグル犬14頭を対象とした。実験1同様の手技にて心膜欠損孔を作製し、A群シートを補填して、再手術までの期間にて4週群(N=5)、12週群(N=5)、24週群(N=4)の3群に分類した。再手術時に肉眼的、組織学的所見および再生膜の厚み(1-5)、走査電子顕微鏡所見につき検討を加えた。

【結果】(実験1)A群では肉眼的に心膜様の再生膜を全例に認めた。心外膜との癒着面積(0.0%)、癒着程度(0.0)、肺との癒着程度(0.4)および冠動脈の視認性(0.2)であり、それぞれD群と比較して有意に低値であった。組織像では血管組織、線維芽細胞および密な膠原線維を認め、再生膜心膜腔側は中皮細胞様細胞層で完全に被覆され、自己心膜と酷似していた。B群においてA群同様に全例に自己心膜様の再生膜を肉眼的に認めた。冠動脈視認性(0.9)はD群と比して有意に低値であった。C群では癒着は高度であり、組織学的にはePTFEシート辺縁に高度の炎症性細胞の集積および結合組織を認め、シートの両側を厚い繊維性被膜が癒着を伴って覆っていた。D群では著明な癒着が観察され、全例において癒着により胸骨後面と心外膜間に間隙を認めることができなかった。組織学的にも著明な炎症細胞浸潤および心臓表面を巻き込んだ繊維性組織が多数認められ、高度癒着の所見であった。(実験2)全例において再生膜組織を認めた。4週群では1例にコラーゲンシートの残存を認めた。12、24週群では肉眼的にも確認できる血管を多数伴った膜状再生組織を認めた。組織学的に4週群から12週群、24週群において有意に膜厚を増し、表面に連続した1層の中皮細胞様細胞が確認された。膠原線維組織は密となり、血管組織を多数認めた。走査電子顕微鏡にて再生膜の心膜腔側に自己心膜と類似した中皮細胞様の細胞層による被覆を認め、自己心膜と同等の表面の平滑性、均一性が確認された。

【まとめ】コラーゲンシートを補填した全ての例において心膜組織の再生が見られた。心臓との癒着は心膜欠損放置群に比して有意に軽度であり、冠動脈の視認性においても、心膜欠損放置群、ePTFEシートに比して良好に保たれた。コラーゲン量に関しては、材料の多い群では癒着防止効果が高い傾向にあった。補填後の経時的変化所見として、4週後では一部残存を認めるものもあったが、12週以降では完全に吸収され自己心膜類似組織と置換された。また、その組織厚は24週で自己心膜と同等であった。生体吸収性コラーゲンシートを用いた心膜再建は、癒着が軽度であり、術後中期から遠隔期には吸収され異物として残存しないことにより、有用な方法と考えられた。

(II)

【はじめに】(I)においてA群シートは良好な成績を収めた。しかし中心層の厚みはB群シートに比して厚く、手術時の操作性が劣ると考えられる。これに対してB群シートは薄く、操作性には優れるが、癒着防止効果、心膜再生能が劣る傾向にあった。この原因の一つとして、自己心膜とコラーゲンシートとの縫合部分において両者の間にヒアルロン酸およびコラーゲンで構成された癒着防止層が存在することが挙げられた。今回、癒着防止層は心膜腔内に存在するのみで効果を発揮すると考えてセパレート型コラーゲンシートを作製し、その心膜再生能及び癒着防止効果を検討した。また、再生心膜の力学的特徴を検討する目的で、再生膜、自己心膜および自己血管組織に対して力学試験を行った。

【対象と方法】(実験1)(I)同様の手技で中心層と癒着防止層を作製した。これら1層ずつを接着して得られたものをシートS、癒着防止層単独の膜をシートAとした。ビーグル犬(N=13)を、セパレート群:セパレート型コラーゲンシートにて欠損部を補填(N=8)、ePTFE群:ePTFEシートにて欠損部を補填(N=5)の2群に分類した。(I)同様に心膜欠損孔を作製し、シートAを心膜欠損孔より心膜腔内へ挿入、補填部内側へ留置した。その後シートSを心膜に縫合した。術後12週に胸骨正中切開にて再手術を施行し、心膜腔内癒着面積(%)、癒着程度(0-3)、冠動脈の視認性(0-2)について評価した。再生心膜に対して組織学的、走査電子顕微鏡所見につき検討を加えた。(実験2)実験1にて摘出した再生心膜を用いて組織の厚み、破断荷重、破断強度およびヤング率を測定した。対象として同一のビーグル犬より摘出した自己心膜、大動脈、肺動脈、下大静脈を同様に計測した。

【結果】(実験1)セパレート群において再生膜を全例に認め、心外膜にも炎症所見を認めず、冠動脈の走行も明瞭であった。3例では縫合線に索状の癒着がみられた。セパレート群において心外膜との癒着面積(4.5%)および癒着程度(1.1)はePTFE群と比して有意に低値であった。肺との癒着程度および冠動脈視認性において有意差は認めなかった。組織学的所見としては、組織像は自己心膜に類似し、表層は1層の中皮細胞様細胞層で覆われていた。内部に密な膠原線維組織および線維芽細胞、血管組織を認めた。走査電子顕微鏡所見としては、再生膜の心膜腔側表面は均一な細胞層を認め、組織表面像は自己心膜の所見と類似していた。(実験2)再生膜の膜厚は自己心膜の約10%であった。破断荷重は絶対的に低値であるが、破断強度は自己心膜とほぼ同値であった。上行大動脈、肺動脈、下大静脈の破断強度、ヤング率はいずれも再生心膜、自己心膜と比して低値であった。

【まとめ】セパレート型コラーゲンシートを用いた群では、ePTFEシートを用いた群と比して心外膜との癒着は有意に軽度であった。冠動脈の視認性もほぼ良好に保たれた。同量材料で作製された3層型シートと比較して、セパレート型シートでは、分割により優れた癒着防止能が得られた。生体吸収性であるため異物である人工材料の問題点である感染の合併を低減することが可能である。力学的検討により、再生膜の破断強度は自己心膜と同等であった。再生膜の厚みを増すことにより自己心膜同等の強度を期待できるため、パッチなどの生体材料としての付加価値の可能性が示唆された。

以上、再生の足場材料としてアテロコラーゲンを、また癒着防止を目的としてヒアルロン酸を使用し、3層型およびセパレート型コラーゲンシートを作製して検討を加えた。これらの優れた癒着防止能により心臓再手術時の危険性を低減する効果が期待でき、また、これまでの代用心膜のように異物として生体内に残存しないため、縦隔炎等の感染といった合併症の回避も可能である。加えて再生能により得られる再生心膜は、移植材料として用いるなど臨床での応用の大きな可能性がある。本代用心膜が一刻も早く臨床の場に導入され、心臓再手術例、あるいは2期的、3期的な小児心臓手術時の再建・癒着防止に利用され、手術を低侵襲化することによって、このような手術の適応となった多くの患者のQuality of Lifeの改善、mortalityの減少に貢献することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

心臓再手術は初回手術に比べmortality、morbidityともに高く、その主原因は心膜の胸骨後面、あるいは心膜腔内での癒着であるとされている。本研究において、生分解性材料としてコラーゲン、およびヒアルロン酸を用いて、心臓術後合併症の軽減と心臓再手術の安全性の向上を目指しコラーゲンシートを開発する。その癒着防止効果と心膜再生能について検討を加え、下記の結果を得ている。

天然高分子であるコラーゲンとヒアルロン酸を用いて3層型の吸収性シートを作製し、その癒着防止効果および自己心膜再生誘導能について検討した。ビーグル犬にて心膜欠損モデルを作製、ePTFEシート補填群と心膜欠損群を対象として3層型コラーゲンシートの癒着防止効果を比較した。また、コラーゲンシートによって得られた再生膜の組織学的、走査電子顕微鏡による検討を行った。コラーゲンシートを補填した全ての例において心膜類似組織の再生が見られた。心臓との癒着は心膜欠損放置群に比して有意に軽度であり、冠動脈の視認性においても、心膜欠損放置群、ePTFEシートに比して良好に保たれた。コラーゲン量に関しては、材料の多い群では癒着防止効果が高い傾向にあった。生体吸収性コラーゲンシートを用いた心膜再建は、癒着が軽度であり、術後中期から遠隔期には吸収され異物として残存しないことにより、有用な方法と考えられた。

3層型コラーゲンシートは良好な成績を収めたが、薄くした場合、操作性には優れるが、癒着防止効果、心膜再生能が劣る傾向にあった。癒着防止層は心膜腔内に存在するのみで効果を発揮すると考え、新たにセパレート型コラーゲンシートを作製し、その心膜再生能及び癒着防止効果をビーグル犬心膜欠損モデルにて検討した。また、再生心膜の力学的特徴を検討する目的で、再生膜、自己心膜および自己血管組織に対して力学試験を行った。セパレート型コラーゲンシートを用いた群では、ePTFEシートを用いた群と比して心外膜との癒着は有意に軽度であった。冠動脈の視認性もほぼ良好に保たれた。同量材料で作製された3層型シートと比較して、セパレート型シートでは、分割により優れた癒着防止能が得られた。生体吸収性であるため異物である人工材料の問題点である感染の合併を低減することが可能である。力学的検討により、再生膜の破断強度は自己心膜と同等であった。再生膜の厚みを増すことにより自己心膜同等の強度を期待できるため、パッチなどの生体材料としての付加価値の可能性が示唆された。

以上、本研究において、組織適合性に優れた生分解性高分子であるコラーゲンとヒアルロン酸を材料として、新しい代用心膜としてのコラーゲンシートが作製された。その癒着防止効果および自己心膜再生能により、心臓術後の合併症の軽減と心臓再手術時の安全性の向上に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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