学位論文要旨



No 121462
著者(漢字) 赤松,延久
著者(英字)
著者(カナ) アカマツ,ノブヒサ
標題(和) CT volumetryによる生体部分肝移植後グラフト再生の評価
標題(洋)
報告番号 121462
報告番号 甲21462
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2710号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 小友,邦
 東京大学 助教授 菅原,章彦
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

脳死臓器移植がいまだ社会的に受け入れられていない本邦において、生体部分肝移植は不可逆性の肝障害を有する患者の唯一の根治的救命手段である。1994年に世界初の成人間生体部分肝移植術が報告されて以来、生体部分肝移植がさまざまな成人の肝疾患に適用されるようになるとともに、グラフトーレシピエント間のサイズミスマッチの問題が顕在化する中、十分な容積のグラフトを確保するために右肝グラフトの使用が成人間生体肝移植の主流となっている。一方で、右肝摘出に伴うドナーの高い合併症率、死亡症例の報告がなされており、我々は、厳密なグラフト選択基準を設けることにより成人間生体部分肝移植においても、左肝グラフトを第一選択として、ドナーの安全を最重視している。

右肝グラフトにおいては、解剖学的にSegment IV、右内側領域双方を還流する中肝静脈の扱いが世界的な議論となっている。すなわち、右肝グラフトを中肝静脈ごと摘出する拡大右肝グラフト、中肝静脈の本幹はドナー側に残したままグラフトを還流する分枝を再建してグラフトの静脈還流を損なわない中肝静脈再建グラフト、そして中肝静脈はドナー側に残しかつグラフト側の分枝も再建しない従来の中肝静脈非再建右肝グラフト、いずれを選択すべきか、という問題である。我々はドナーの安全性を第一として、厳密な選択基準を設けることにより、3種いずれのグラフトを選択するかを決定している。

本研究では、レシピエントの術後グラフト肝容積をcomputed tomography (CT)volumetryを用いて経時的に測定することにより、レシピエントにおけるグラフトの再生過程、左肝グラフトと右肝グラフトの術後肝再生の比較、さらに右肝グラフトにおける中肝静脈還流の術後肝再生への影響を評価し、生体部分肝移植における我々のグラフト選択基準を検証した。

【対象と方法】

1996年1月から2004年4月までに東京大学医学部附属病院人工臓器移植外科において成人生体部分肝移植を施行された症例中、左肝グラフト使用症例76例(GroupL)、右肝グラフト使用症例83例(GroupR)を対象とし、検討した。右肝グラフト症例は、拡大右肝グラフト症例(GroupEX、n=20)、中肝静脈再建右肝グラフト症例(Group RC、n=38)、中肝静脈非再建右肝グラフト症例(GroupNR、n=25)に分類し、それぞれグループ別に右肝グラフト全体、右内側領域、右外側領域の肝再生を比較した。

原則としてレシピエントの標準肝容積の40%をグラフトの最小許容容積とし、左肝グラフトがレシピエントの標準肝容積の40%を超える場合、左肝グラフトを採用した。また、ドナー肝内で右肝が70%を越えず(すなわち右肝切除後の残肝容積が30%以上)、かつレシピエントの標準肝容積の40%を超える場合にかぎり、右肝グラフトを採用した。ドナー肝内で右肝が70%を越えており、左肝と右外側領域を比較した場合、右外側領域の体積が大きい場合、右外側領域グラフトを考慮した。

右肝グラフトを使用する場合、右肝切除後の残肝容積が35%を超えている症例においては中肝静脈ごと摘出する拡大右肝グラフトを採用し、それ以外の場合では、中肝静脈なしの右肝グラフトとした。この場合、術中ドップラー超音波検査に基づいて中肝静脈再建グラフト、中肝静脈非再建グラフトいずれを選択するかを決定した。すなわちドップラー検査にて鬱血とされた領域を除いたグラフト肝容積がレシピエント標準肝容積の40%以下と予想される場合、V5、V8を再建する中肝静脈再建グラフトを採用し、さもなければ中肝静脈の分枝を結紮し、中間静脈非再建右肝グラフトを選択した。

術後1、3、12ヶ月にCT volumetryにより肝容積を測定し、左肝グラフト、右肝グラフト、さらに右肝グラフトにおける右内側領域、右外側領域の容積の推移、再生率、対標準肝容積比を評価した。また多変量解析により肝再生に影響する因子を評価した。

【結果】

術後成績は左肝グラフト、右肝グラフト、さらには右肝グラフト内の3群で差を認めなかった。グラフトは術後1ヶ月で急速に増大しその後プラトーに達した。移植時には左肝グラフトは右肝グラフトと比して有意に小さいものの(p<0.0001)、術後有意に高い再生率を示し(p<0.0001)、12ヶ月後には対標準肝容積比において右肝グラフトと同等であった(88%対87%)。中肝静脈非再建グラフトでは右内側領域(p=0.0003)だけではなく、右肝グラフト全体の肝再生が拡大右肝グラフト、中肝静脈再建グラフトと比して、有意に(p=0.0015)低値を示した。術後1ヶ月の肝再生に対しては急性拒絶反応が、3、12ヶ月の肝再生に対しては移植時のグラフト対標準肝容積比が独立因子であった。また中肝静脈の再建は右内側領域の再生に対してのみ独立因子であった。

【考察および結論】

グラフト肝再生は術後早期に急速に再生が起き、多変量解析によれば、急性拒絶反応が術後早期の肝再生の有意な因子になることが示された。移植時のグラフト対標準肝容積比が3、12ヶ月後の肝再生率と相関しており、移植時の容積が小さいグラフトほど再生率が高いことが証明された。我々のグラフト選択基準に従うと、グラフトの種類(左肝、右肝、中肝静脈の再建、非再建)にかかわらず対標準肝容積比において最終的に元来の肝容積の約90%に達する再生が期待でき、術後成績はグラフトの種類により差を認めないことから、我々のグラフト選択基準の妥当性が示唆された。

右肝グラフトにおける中肝静脈の還流を犠牲にした場合、右内側領域のみならず、右外側領域、右肝グラフト全体の再生が障害される。このような肝再生の障害は、静脈還流がない領域において、求肝性門脈血流が減少することによると考えられる。中肝静脈非再建グラフトは、レシピエントにとって十分体積的に余裕があるときのみ選択すべきであると考えられる。

術後早期の再生不良を伴う症例はグラフト不全や難治性腹水に陥りやすいと考えられる。部分肝移植後の良好な肝再生、術後成績を得るためには、適切な肝容積評価に基づいたグラフト選択と静脈還流の再建基準の設定が必須であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

成人間生体部分肝移植術においてはドナーの負担を最小限にとどめつつ、レシピエントの良好な術後回復に十分な容積のグラフトを得ることが最大の問題となる。従って移植後のグラフトの再生を正確に認識することは必須である。本研究は生体部分肝移植術後のグラフトの再生過程をCT volumetryに基づいたグラフト容積の経時的推移により評価、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

世界的にはより大きいグラフト容積を確保できる右肝グラフトの使用が主流となっているが、近年右肝切除におけるドナーの合併症率、死亡率が高いことが報告されている。本研究ではレシピエントの標準肝容積の40%を満たすという条件を満たせば、左肝グラフトでもグラフト容積、術後成績において右肝グラフトと同等の結果が得られることが示された。すなわち、グラフト摘出時には右肝グラフトが有意に大きいものの、移植後12ヶ月には左肝、右肝グラフト双方とも標準肝容積の約90%でプラトーに達した。従って、適切な術前肝容積評価に基づけば、ドナーにかかる負担がより小さい左肝グラフト採取を第一選択とすることの妥当性が証明された。

右肝グラフト採取に際しては、ドナー残肝への負担を最小限とするため、ドナー残肝の左内側領域と右肝グラフトの右内側領域双方を還流する中肝静脈をドナー側に残し、グラフトの中肝静脈領域の還流を犠牲とすることが多い。本研究では中肝静脈還流を温存した場合と犠牲にした場合で右肝グラフトの肝再生と術後成績を比較した結果、成績には差を認めないものの、中肝静脈還流を犠牲にした群では中肝静脈還流領域すなわち右内側領域だけではなく、右肝グラフト全体の肝再生が障害されることが証明された。従って、部分肝移植後の良好な肝再生を得るためには静脈還流を温存することが重要な因子であることが示された。

多変量解析により移植後早期のグラフトの再生に対しては急性拒絶反応が有意な因子であることが示された。一方、移植時のグラフト対標準肝容積比が3、12ヶ月後の肝再生率と相関しており、移植時の容積が小さいグラフトほど再生率が高いことが証明された。

以上、本論文は、適切な肝容積評価に基づいたグラフト選択基準を設けることによりグラフトの種類(左肝、右肝、中肝静脈の再建、非再建)にかかわらず対標準肝容積比において最終的に元来の肝容積の約90%に達する再生が期待でき、術後成績はグラフトの種類により差を認めないこと、良好なグラフト再生には静脈還流の温存が必須であることを証明した。本研究により部分肝移植後の良好な肝再生、術後成績を得るためには、適切な肝容積評価に基づいたグラフト選択と静脈還流の再建基準の設定が必須であることが示され、今後の成人間生体部分肝移植に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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