学位論文要旨



No 121463
著者(漢字) 東,真樹
著者(英字)
著者(カナ) アズマ,マサキ
標題(和) 前立腺幹細胞のマトリゲル内における腺管再構築の検討
標題(洋)
報告番号 121463
報告番号 甲21463
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2711号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 助教授 冨田,京一
 東京大学 助教授 小山,博之
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

幹細胞とは自己複製能および多分化能を持つ細胞である。これまでに造血幹細胞・神経幹細胞・生殖幹細胞等の存在が明らかになっておりその研究が進んでいる。男性副生殖器である前立腺にも幹細胞の存在が示唆されており各方面で研究の対象となっている。前立腺癌は近年急増している疾患であり、本邦においてもその対策が急務となっている。前立腺癌の治療の第一選択としては外科的去勢もしくは薬剤(LHRHanalogue)を用いた去勢と抗アンドロゲン剤を用いたcombined androgen blockade(CAB)が行われるが、ある一定の年月の後にCAB無効となるアンドロン抵抗性を獲得する。癌ではない正常の前立腺も男性ホルモン依存的に増殖および退縮を繰り返すため幹細胞の存在が推測されている。前立腺の幹細胞研究は再生医学の観点からの有用性は小さいが、近年は幹細胞と癌細胞の関連性も唱えられており、前立腺幹細胞の研究は前立腺癌の治療に対する新しい知見を与えるだろう。上記のように、前立腺癌はアンドロゲン抵抗性のpopulationを含む。すなわちアンドロゲン遮断下ではdormantな癌細胞のみ残り、なんらかのきっかけを経てactiveな増殖に入る細胞が存在すると考えられる。この性質は幹細胞の性質そのものであり、前立腺幹細胞の研究を通じて前立腺癌についての新しい事実が明らかになるだろう。

前立腺幹細胞の解析系としては従来的には前立腺上皮細胞とマウス胎児のUGMを混合し免疫抑制マウスの腎皮膜下に移植する(subrenal grafting method)という方法が取られる。しかし、subrenal grafting methodは手技的に困難であり、幹細胞の定量としてはgraft の重量を計測するのみで手技的な困難さゆえの"ばらつき"が出てくる可能性が高い。また、この手法では増殖能の高い細胞の存在が明らかにされるだけで、単一の幹細胞が腺管を再構築するということの証明にはならない。そこで我々は手技的に簡便で再現性の高い前立腺幹細胞の解析系としてMatrigel Transplantation methodを考案し、さらに同一移植片内での再構築能の比較を可能にすることで手技的なerrorを回避することを可能にした。さらに、野生型マウスとβactinプロモーター下に緑色蛍光色素であるEGFPを発するマウス(β-actin EGFPマウス)の前立腺細胞を混合移植し、全ての腺管が野生型マウス由来もしくはβ-actin EGFPマウス由来であることを示すことで、前立腺には組織再構築能のある幹細胞が存在することを明らかにした。

【結果】

単一の前立腺幹細胞はMatrigel Transplantationで前立腺腺管を再構築する

6週齢のマウスの前立腺を実体顕微鏡下で取り出し、コラゲナーゼによる化学的処理および注射針を用いた機械的処理にて前立腺細胞を可及的に粉砕した後に44μmのフィルターを用いてsingle cellのみ選択した。足場と成長因子としてのMatrigelと4℃で混和した後にヌードマウスに皮下注射を行った。移植後5日目では細胞集塊が確認されるのみであったが移植後14日目には腺管構造が確認された。28日目には腺管内部にPAS陽性の粘液が確認され、再構築された腺管構造は粘液を産生していることが確認された。移植片の免疫染色ではE-Cadherinとβ-cateninは細胞のbasolateralに局在した。Tight junctionのマーカーであるZO-1は尖部のtight junctionに局在した。Cytokeeratin5は扁平なbasal cellに、Cytokeratin8/18は円柱状のluminal cellに局在した。前立腺のマーカーであるandrogenreceptorはbasal cellおよびluminal cellに局在した。これらのマーカーの発現は前立腺のマーカーの発現と一致し、Matrigel transplantationにより前立腺の単一の細胞から完全な腺管が再構築されることが確認できた。また、再構築された腺管の周囲をSMA陽性のstroma細胞が取り囲んでおり上皮との相互作用の存在が推察された。

再構築された腺管は単一の幹細胞由来である

β-actin EGFPマウスの前立腺細胞と野生型マウス由来の前立腺細胞を混合し移植を行うと全ての腺管が野生型マウス由来もしくはβactin EGFPマウス由来の腺管でありmosaicの腺管は観察されなかった。EGFP陽性の腺管の割合は移植時のEGFP陽性の細胞の割合とほぼ一致した。以上よりMatrigel Transplantationにおいては、単一の前立腺幹細胞が増殖および分化により完全な腺管を再構築すると考えられた。

Matrigel Transplantationは幹細胞の定量に使用できる

幹細胞の解析系としては幹細胞の定量が不可欠でありMatrigel Transplantation methodが幹細胞の定量に応用可能であるかを確認するために、Matrigel Transplantation methodを用いて近位前立腺細胞と遠位前立腺細胞の再構築能の比較を行った。近位前立腺には遠位前立腺と比べて幹細胞がより多く存在するという報告があり、野生型マウス由来およびβ-actin EGFPマウス由来の細胞の混合移植を用いてそのことを確認した。β-actin EGFPマウスの近位前立腺もしくは遠位前立腺細胞4x105個と野生型マウスの前立腺細胞1x106個を混和(EGFPの比率は29%)しMatrigel Transplantationを行った。近位前立腺でのEGFP陽性の腺管のchimerismは44.4±7.9%、遠位前立腺でのEGFP陽性の腺管のchimerismは21.7±10.6%であり、近位前立腺には前立腺幹細胞が多く存在していることが確認された(p<0.01)。この結果からMatrigel transplantationにおける混合移植は前立腺の幹細胞の定量に使えることが確認された。

Mx1-Creトランスジェニックマウスを用いた前立腺の遺伝子改変

Mx1-Creトランスジェニックマウスはインターフェロンに応答してCreが発現するマウスであり、造血幹細胞および肝細胞でCreが高発現することが知られている。他臓器でも発現は見られるが、前立腺とMx1-Creに関する報告はない。Mx1-CreおよびCAG-loxP-CAT-loxP-EGFPのアレルを持つマウスの前立腺上皮細胞が合成2重鎖RNAのPolyinosinic-polycytidylic acid (pi-pC)によるCreの誘導によってEGFP陽性となるため、 Mx1-CreトランスジェニックマウスはpI-pCによる誘導で前立腺上皮にCreが発現することがわかった。今後は癌抑制遺伝子PTEN組織特異的ノックアウトマウスおよびretinoblastoma組織特異的ノックアウトマウスとMx1-Creトランスジェニツクマウスを交配し、pI-pCによるCreの誘導を行った後にMatrigel transplantationを行うことでPTENもしくはretinoblastma遺伝子を欠損する細胞が正常な腺管を再構築するか否か、正常な腺管が再構築されないとするならばなぜされないかを解析したいと考えている。

【まとめ】

前立腺幹細胞の解析系としてのMatrigel transplantation methodを考案し前立腺が単一の幹細胞から腺管を再構築することを証明した。この手法は幹細胞の定量にも応用可能である。またMx1-Creを用いた遺伝子改変を組み合わせることで前立腺幹細胞の遺伝子改変を行うことができる。この手法は前立腺幹細胞研究、ひいては前立腺癌研究に有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はマトリゲルを用いた前立腺の再構築系を確立することにより前立腺に組織恒常性を維持する幹/前駆細胞が存在することを示し、さらに遺伝子改変を行った幹/前駆細胞の腺管再構築を通じて各種癌抑制遺伝子が前立腺の癌化における機能解析を試みたものであり下記の結果を得ている。

6週齢のマウスの前立腺を実体顕微鏡下で取り出し、コラゲナーゼによる化学的処理および注射針を用いた機械的処理にて前立腺細胞を可及的に粉砕した後に44μm のフィルターを用いてsingle cellのみ選択した。足場と成長因子としてのMatrigelと4℃で混和した後にヌードマウスに皮下注射を行った。移植後5日目では細胞集塊が確認されるのみであったが移植後14日目には腺管構造が確認された。28日目には腺管内部にPAS陽性の粘液が確認され、再構築された腺管構造は粘液を産生していることが確認された。移植片の免疫染色ではE-Cadherinとβ-cateninは細胞のbasolateralに局在した。TightjunctionのマーカーであるZO-1は尖部のtight junctionに局在した。Cytokeratn5は扁平なbasal cenllに、Cytokeratin8/18は円柱状の1uminal cellに局在した。前立腺のマーカーであるandrogen receptorはbasal cellおよびIuminalcellに局在した。これらのマーカーの発現は前立腺のマーカーの発現と一致し、Matrigel transplantationにより前立腺の単一の細胞から完全な腺管が再構築されることが確認できた。また、再構築された腺管の周囲をSMA陽性のstroma細胞が取り囲んでおり上皮との相互作用の存在が推察された。これらの結果から単一の前立腺細胞はMatrigel Transplantationで前立腺腺管を再構築することが明らかになった。

β-actin EGFPマウスの前立腺細胞と野生型マウス由来の前立腺細胞を混合し移植を行うと全ての腺管が野生型マウス由来もしくはβ-actin EGFPマウス由来の腺管でありmosaicの腺管は観察されなかった。EGFP陽性の腺管の割合は移植時のEGFP陽性の細胞の割合とほぼ一致した。以上よりMatrigel Transplantationにおいては、単一の前立腺幹/前駆細胞が増殖および分化により完全な腺管を再構築すると考えられた。

幹/前駆細胞の解析系としては幹/前駆細胞の定量が不可欠でありMatrigel Transplantation methodが幹細胞の定量に応用可能であるかを確認するために、Matrigel Transplantation methodを用いて近位前立腺細胞と遠位前立腺細胞の再構築能の比較を行った。近位前立腺には遠位前立腺と比べて幹細胞がより多く存在するという報告があり、野生型マウス由来およびβ-actinEGFPマウス由来の細胞の混合移植を用いてそのことを確認した。β-actinEGFPマウスの近位前立腺もしくは遠位前立腺細胞4x105個と野生型マウスの前立腺細胞1x106個を混和(EGFPの比率は29%)しMatrigel Transplantationを行った。近位前立腺でのEGFP陽性の腺管のchimerismは44.4±7.9%、遠位前立腺でのEGFP陽性の腺管のchimerismは21.7±10.6%であり、近位前立腺には前立腺幹/前駆細胞が多く存在していることが確認された(p<0.01)。この結果からMatrigeltransplantationにおける混合移植は前立腺の幹/前駆細胞の定量に使えることが確認された。

Mxl-Creトランスジェニックマウスはインターフェロンに応答してCreが発現するマウスであり、造血幹細胞および肝細胞でCreが高発現することが知られている。他臓器でも発現は見られるが、前立腺とMxl-Creに関する報告はないMxl-CreおよびCAG-loxP-CAT-loxP-EGFPのアレルを持つマウスの前立腺上皮細胞が合成2重鎖RNAのPolyinosinic-poly-cytidylic acid(pI-pC)によるCreの誘導によってEGFP陽性となるため、Mxl-CreトランスジェニックマウスはpI-pCによる誘導で前立腺上皮にCreが発現することが明らかになった。

以上、本論文はマウス前立腺幹/前駆細胞の再構築系としてのMatrigel transplantationを確立し前立腺には組織再構築能のある幹/前駆細胞が存在することを明らかにした。本研究は単一の前立腺細胞が腺管再構築を行う能力があるということを世界に先駆けて明らかにし、前立腺幹細胞研究および癌幹細胞研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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