学位論文要旨



No 121466
著者(漢字) 朝蔭,正宏
著者(英字)
著者(カナ) アサカゲ,マサヒロ
標題(和) 抗血管新生療法に関する基礎研究 : プラバスタチンおよびスルフォラファンの内皮細胞に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 121466
報告番号 甲21466
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2714号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 助教授 武内,巧
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

腫瘍の増殖、進展には腫瘍血管新生の誘導が必要不可欠である。血管新生なくしては、固形腫瘍は2-3mm3以上に増殖できず、虚血状態に陥った腫瘍細胞が血管新生因子を分泌する。血管新生因子が分泌されると、癌細胞の周囲に新生血管が誘導され、腫瘍細胞に栄養源および酸素を供給するようになる。また、癌細胞の遠隔臓器への転移もこの新生血管を介する機序によるものと考えられている。腫瘍血管新生に関する上記の特徴および研究成果を踏まえ、癌の新たな治療法として血管新生を標的とした治療法が近年注目されるようになってきた。同治療は、抗癌剤の治療標的である癌細胞の撲滅ではなく、癌を「兵糧攻め」にすることにより腫瘍組織の縮小、あるいは腫瘍を休眠状態に追い込むことを意図するものである。癌細胞を標的とする既存の主な抗腫瘍薬の作用機序は、DNA合成阻害、分裂阻害等であるため、細胞周期の短い正常細胞にも薬理作用を及ぼす結果、副作用の発現が重大な問題となることも少なくない。一方、抗血管新生薬は、新生血管内皮細胞を標的とするため、正常内皮細胞や他の正常細胞への影響は少なく、副作用の可能性も低いことが予想される。また、抗腫瘍薬の多くは臓器特異性であり、一部の腫瘍にしか効果が期待できないことが一般的であるが、抗血管新生療法薬は新生血管内皮細胞を標的とするため、多くの固形腫瘍に対して効果を発揮しうる汎用的な治療法になる可能性がある。

癌治療の標的を癌細胞そのものから新生血管の内皮細胞へ移行することは、次のような理由によって有意義である。すなわち、(1)血管内皮細胞は、血管内腔を一層に覆って存在し、血流と常に接触している細胞であるため、腫瘍細胞と異なり、血管内投与による薬剤のデリバリーが確実に得られること。(2)癌細胞に比較し、内皮細胞の数は極端に少ないため、少ない量の薬剤で十分な効果が期待できること。また、一部の内皮細胞が破壊されることによって血管内に血栓形成が誘導される機序による相乗効果が期待されるため、全ての内皮細胞を破壊する必要はないと考えられること。(3)正常細胞である内皮細胞では遺伝子変異がほとんど起こらないため、癌細胞のように治療耐性を獲得することは稀であること。

本研究でも、血管新生阻害という治療法に注目し、新たな血管新生阻害薬を解明するためのin vitroの系を確立し、既に他の目的で臨床応用されている薬剤や新たな抗血管新生作用を有する物質を検討、評価することを目的とした。本研究に用いたin vitroの系は、ヒト臍帯静脈内皮細胞であるHUVECs(Human umbilical vein endothelial cells)をモデルとしており、HUVECsの増殖能、運動能、浸潤能などに及ぼす薬剤の影響をしらべるものである。HUVECsをモデルとする系を研究に用いた理由は、胎児由来の内皮細胞であるHUVECsが、腫瘍新生血管内皮細胞と様々な面で類似していることが、これまでの当科の研究の実績から明らかになっているためである。

そこで、本研究では上記のin vitroの系を用い、第一章では、既に広く臨床応用されている抗高脂血症薬であるプラバスタチンの抗血管新生作用について、第二章では、抗腫瘍作用を有することから注目されている植物抽出物であるスルフォラファンに関する検討を行った。

方法・結果

ヒト腰帯静脈内皮細胞に及ぼすプラバスタチンの影響

HMG-CoA還元酵素阻害薬であるプラバスタチンは、濃度依存的にHUVECsの増殖を抑制した。その効果がコレステロール合成阻害作用によることを確認するために、メバロン酸の下流生成物であるファルネシルピロフォスファターゼとゲラニルゲラニルピロフォスファターゼをプラバスタチンと同時に添加すると、後者は明らかにプラバスタチンの作用が拮抗された。増殖抑制のメカニズムを調べたところ、それはアポトーシス誘導によるものではなく、細胞周期のG1期からS期へのprogressionを阻害であることが確認された。細胞周期関連蛋白の発現を検討すると、Rb蛋白の発現が低下し、特にリン酸化Rb蛋白の発現が低下していた。また、CDK2,cyclin D,cyclin E発現も減少し、G1 arrestを支持する結果であった。次に、HUVECsと細胞外基質の相互作用に注目し、基底膜及び間質を構成する主な細胞外基質であるコラーゲン、フィブロネクチン及びラミニンに対する接着能を検討した。プラバスタチンは、濃度依存的にHUVECs のコラーゲン及びラミニンに対する接着性を低下させた。ゼラチンザイモグラフィーによるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の発現は変化しなかったが、マトリゲル上での管腔形成能はプラバスタチンの濃度依存性に抑制された。

新生血管内皮細胞に及ぼす植物抽出物スルフォラファンの影響

次に、新生血管に及ぼすブロッコリー抽出物であるスルフォラファンの影響について検討を行った。スルフォラファンの濃度依存的にHUVECsの増殖抑制が認められ、アポトーシス誘導によるものであることが確認された。Caspase阻害剤の添加によりHUVECs増殖抑制作用は消失し、casapase-9inhibitorの方がcasapase-8inhibitorより強い効果を示した。ミトコンドリア経路のアポトーシス関連蛋白質発現をみるとアポトーシス促進因子Baxの発現は増加し、逆にアポトーシス抑制因子Bcl-2の発現は減少した。また、スルフォラファンの濃度依存性にHUVECsの管腔形成が抑制されたが、MMPの産生は変化しなかった。

考察

血管新生が発達するためには、内皮細胞の増殖だけでなく、細胞外基質への接着、遊走、浸潤、管腔形成などの過程を経て成り立つ。抗高脂血症薬であるプラバスタチンはHUVECsのG1 arrestによる増殖抑制をきたし、その増殖抑制はCDK2,cyclin D,cyclin Eの発現低下、Rb蛋白のリン酸化抑制が関与していると考えられた。諸家の報告ではCDKIであるp21の発現増加という報告もあるが今回の検討ではp21の発現変化はみられなかった。また、プラバスタチンは血管新生のもう一つの重要な過程である、HUVECsの細胞外基質への接着を抑制した。細胞外基質と接着することにより細胞内シグナル伝達経路が刺激され、様々な細胞応答が誘導されることが知られており、プラバスタチンによる接着抑制作用は、HUVECsの様々な機能に抑制的に働いている可能性が考えられる。内皮細胞はコラーゲンおよびラミニンに強く接着するが、プラバスタチン濃度依存性に接着を抑制した。さらにプラバスタチンはHUVECs のマトリゲル上での管腔形成能を抑制したが、MMP産生には影響を及ぼさなかった。したがって、プラバスタチンは内皮細胞の増殖抑制、細胞外基質への接着および管腔形成の抑制という、血管新生における重要なステップの3つを抑制することが実証され、抗血管新生薬としての臨床応用も期待される。

一方、ブロッコリー由来のスルフォラファンは、ある種の癌細胞に対して増殖抑制作用を有することが確認されているが、血管新生作用に及ぼす影響についてはいまだ検討されてなかった。スルフォラファンはHUVECsの増殖を抑制し、それはcasapase-9優位なアポトーシスによるものであった。また、アポトーシス促進蛋白であるBaxはスルフォラファン濃度依存性に発現が増強し、ミトコンドリアからチトクロームCの放出を阻害するアポトーシス抑制蛋白であるBcl-2の発現は減少していた。これはスルフォラファンによる癌細胞のアポトーシス誘導の機序と一致するものであった。また、スルフォラファンの濃度依存性にHUVECsの管腔形成能も抑制されたが、MMP産生能に変化はみられなかった。これまで癌細胞の抑制作用が注目されていたスルフォラファンは、本研究によって血管新生抑制作用も併せ持つことが明らかとなり、複合的な抗腫瘍薬として今後期待される。

本研究で使用したin vivoモデルを用いて、既に臨床で用いられている様々な薬剤や、植物抽出物などが血管新生の様々なステップに及ぼす影響について検討することが可能であり、今後、抗血管新生薬として有望な薬剤、物質をスクリーニングし、新たな抗血管新生薬の発見につながる可能性が期待される。抗血管新生作用を有する多くの薬剤、物質が検索されることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌治療方のなかで血管新生阻害という治療法に注目して、新たな血管新生阻害薬を解明するためのin vitroの系を確立し、既に他の目的で臨床応用されている薬剤や新たな抗血管新生作用を有する物質を検討、評価することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

ヒト臍帯静脈内皮細胞に及ぼすプラバスタチンの影響

HMG-CoA還元酵素阻害薬であるプラバスタチンは、濃度依存的にヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVECs)の増殖を抑制した。その効果がコレステロール合成阻害作用によることを確認するために、メバロン酸の下流生成物であるファルネシルビロフォスファターゼとゲラニルゲラニルピロフォスファターゼをプラバスタチンと同時に添加すると、後者は明らかにプラバスタチンの作用が措抗された。増殖抑制のメカニズムを調べたところ、それはアポトーシス誘導によるものではなく、細胞周期のG1期からS期へのprogressionを阻害であることが確認された。細胞周期関連蛋白の発現を検討すると、Rb蛋白の発現が低下し、特にリン酸化Rb蛋白の発現が低下していた。また、CDK2,cyclin D,cyclin E発現も減少し、G1 arrestを支持する結果であった。次に、HUVECsと細胞外基質の相互作用に注目し、基底膜及び間質を構成する主な細胞外基質であるコラーゲン、フィブロネクチン及びラミニンに対する接着能を検討した。プラバスタチンは、濃度依存的にHUVECsのコラーゲン及びラミニンに対する接着性を低下させた。ゼラチンザイモグラフィーによるマトリックスメタロブロテアーゼ(MMP)の発現は変化しなかったが、マトリゲル上での管腔形成能はプラバスタチンの濃度依存性に抑制された。

ヒト臍帯静脈内皮細胞におよぼす植物抽出物スルフォラファンの影響

次に、新生血管に及ぼすブロッコリー抽出物であるスルフォラファンの影響について検討を行った。スルフォラファンの濃度依存的にHUVECsの増殖抑制が認められ、アポトーシス誘導によるものであることが確認された。Caspase阻害剤の添加によりHUVECs増殖抑制作用は消失し、casapase-9inhibitorの方がcasapase-8 inhibitorより強い効果を示した。ミトコンドリア経路のアポトーシス関連蛋白質発現をみるとアポトーシス促進因子BaXの発現は増加し、逆にアポトーシス抑制因子Bcl-2の発現は減少した。また、スルフォラファンの濃度依存性にHUVECsの管腔形成が抑制されたが、MMPの産生は変化しなかった。

以上、本論文は既に広く臨床で用いられている薬品や、植物抽出物がinvitroにおいて抗新生血管作用をもつことを明らかにした。本研究は癌の抗新生血管療法に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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