学位論文要旨



No 121467
著者(漢字) 大西,達也
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,タツヤ
標題(和) 門脈血および末梢血のテロメラーゼ活性測定による大腸癌の遠隔臓器転移予測
標題(洋)
報告番号 121467
報告番号 甲21467
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2715号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

緒言

癌細胞の血液中への流出は、転移巣を形成する重要なステップであり、血管内を循環する腫瘍細胞を同定することは、血行性による遠隔転移を予測する上で有用な方法と考えられる。これまで、血液中の癌細胞を同定する試みが多くなされ、特に大腸癌においては、解剖学的理由から末梢血のみならず門脈血中の癌細胞を同定する方法も行われてきた。近年では癌細胞が特異的に発現するとされる蛋白や酵素のRT-PCR法を用いた測定が、優れた感度をもつ検出法として導入されるようになった。具体的には、carcinoembyonic antigenやサイトケラチン19、サイトケラチン20、guanylyl cyclase CがRT-PCR法により大腸癌患者の末梢血、門脈血において検出されたと報告されている。しかし、これらのマーカーはいずれも少数ながら健常者においても検出されることが報告されている。

テロメラーゼは触媒サブユニットTERTと逆転写のための鋳型RNA部分、さらに安定化のための蛋白からなる逆転写酵素である。正常細胞においては細胞分裂ごとに染色体末端のテロメアと呼ばれるTTAGGGという塩基配列の繰り返し部分が短縮する結果、細胞死に至る。それに対してテロメラーゼ活性を持つ細胞は鋳型RNAからテロメアが連続的に逆転写されてDNA末端が伸長されることにより細胞の不死化に寄与すると言われている。テロメラーゼは悪性腫瘍の大部分に発現している一方、生殖細胞や活性化リンパ球にもわずかながら発現している。最近、乳癌患者における末梢血中の腫瘍細胞の同定法として、リンパ球を除いた上でテロメラーゼ活性を測定する方法が紹介されたが、現在まで健常者の血液ではテロメラーゼ活性が検出されていない。故に、テロメラーゼは最も優れた癌細胞特異性を示すマーカーとして、大腸癌患者においても血液中の癌細胞の同定や遠隔転移の予測に用いられうると考えられた。

本研究では、大腸癌患者において腫瘍のドレナージ血管である門脈、および末梢血管から採血を行い、癌細胞由来のテロメラーゼ活性を測定して従来の臨床病理学的因子との相関を解析し、遠隔転移の予測が可能かどうかを検討した。

方法

対象

東京大学医学部附属病院大腸肛門外科で2001年11月から2004年1月に手術された原発性大腸癌134症例を対象とし、健常人6人を対照群とした。

採血方法

開腹時の門脈血採血については、腫瘍のドレナージ血管のうち腸間膜にある辺縁静脈より中枢側にて10ccを採取し、同時に末梢静脈からも10ccの採血を行った。健常人からは末梢静脈より採血10ccを行った。

Immunomagnetic sortingによる上皮細胞の回収

Ficoll-Paqueを用いて採血検体から上皮細胞を含む層を分離し、磁気ビーズを付加した抗human epithelial antigen (HEA)抗体と反応させた。これを磁石に装着させたMACSカラム(MiltenyiBiotecGmbH)に通し、カラムを磁石から外すことで上皮細胞を回収した。

TRAPassay

TRAP assayによるテロメラーゼ活性測定はTeloTAGGG Telomerase PCR ELIZA PLUS kit (Roche Diagnostics GmbH、Manheim、Germany)を用いて行った。

回収した上皮細胞を50μlの蛋白溶解液を用いて蛋白成分を抽出した。うち上澄み3μ1にビオチン標識した5'側プライマーを加え、25℃30分の逆転写反応を行ってtelomericrepeatを複製した。次に3'側プライマーを加えてPCRした(94℃30秒、50℃30秒、72℃90秒を30サイクル)。反応液のうち2.5μ1をstreptavidinでコートされた96穴プレートに移し、denatureを行い、digoxigeninでラベルされたtelomeric repeatを標的とするプローブと反応させた。最後に、horse raddish peroxidaseが触媒する発色反応を分光光度計で測定し、450nmでの吸光度を求めた。コントロールテンプレート(TTAGGGの8回繰り返し配列)を基質としてPCR反応を行って得られる450nmでの吸光度も測定し、これに対する検体の相対的なテロメラーゼ活性RTA(relative telomerase activity)を算出し、この値を解析に用いた。

結果

臨床病理学的背景

対象患者134例の平均年齢は65.3歳、男性78例、女性56例であった。腫瘍の深達度はTNM分類におけるT≧3が100例、T≦2が33例だった(TXが1例)。39症例(29.1%)に同時性又は異時性の遠隔転移が認められた(24例肝転移、12例肺転移、9例が遠隔リンパ節転移、重複例あり)。肉眼的治癒切除を行った症例で術後再発を示した症例は計31例(24.4%)であった。

RTAと臨床病理学的因子(遠隔転移を除く)

健常人の末梢血RTAは0-32.7%の分布を示し、以降はこの最大値32.7をカットオフ値として採用し、それより高いものをRTA陽性、低いものを陰性とした。対象患者134例のRTAの平均値は門脈血で38.3%、末梢血で43.2%であった。50例(37.6%)が門脈血RTA陽性を示し、37例(27.8%)が末梢血RTA陽性と判定された。

門脈血、末梢血双方のRTAと相関が認められたのは腫瘍の深達度(それぞれp=0.0010、p=0.0007)、術中に切除された局所リンパ節転移(それぞれp

RTAと遠隔転移

同時性、異時性の双方を含む転移全般においては転移陽性例の門脈血RTAは平均83.3%、末梢血RTAは平均108.6%であり、陰性例(それぞれのRTA平均値が19.5%、16.4%)よりも高値を示した(共にp<0.0001)。臓器別では肝転移陽性例の門脈血RTAは平均77.4%、末梢血RTAは平均113.0%であり、陰性例(それぞれ29.7%、28.0%)よりも高値を示した(共にp<0.0001)。同様に肺転移陽性例の門脈血RTAは平均63.8%、末梢血RTAは平均70.8%であり、陰性例(門脈血RTAの平均35.8%、末梢血RTAの平均40.5%)よりも高値を示した(各々p=0.011、p=0.012)。

さらに同時性と異時性に分類してRTAとの相関を検討した。門脈血RTAと有意な相関を示した項目は同時性肝転移(p=0.049)、異時性肝転移(p=0.0055)であり、末梢血RTAと有意な相関を示した項目は異時性肝転移(p=0.0037)(いずれも転移陽性群でRTA高値)であった。

RTAと予後

Kaplan-Meier法による生存曲線による比較では、門脈血RTA陽性例は陰性例に比較して有意に低い3年無再発生存率を示した(陽性50.8%vs.陰性85.3%;p<0.0001)。同様に末梢血RTAについても同様の結果が得られた(陽性499%vs.陰性80.8%;p=0.0001)。Coxregressionhazardmodelを用いた多変量解析では、門脈血RTA陽性(hazardratio;2.91、p=0.038)および局所リンパ節転移(hazard ratio;3.27、p=0.012)が術後再発の有無に影響を及ぼす因子であると判定された。再発に対する陽性適中率は門脈血のRTA陽性が41%、局所リンパ節転移陽性が43%であった。

考察

本研究は大腸癌手術患者における門脈血、末梢血のテロメラーゼ活性と臨床病理学的因子や遠隔転移との関係を示した初めての研究である。本研究におけるテロメラーゼ活性測定法の感受性は、門脈血RTA陽性が37.6%、末梢血RTA陽性が27.8%であり、以前に報告された方法とほぼ同様の検出率であった。一方で健常人の採血検体を基準にテロメラーゼ活性のカットオフ値を設定したので、特異性は100%となる。従って総合的には本法が、現在のところ最も優れた血中の癌細胞の検出方法の1つと考えられた。

血液のテロメラーゼ活性と腫瘍の深達度、局所リンパ節転移、病期が相関するという今回の結果は、原発巣での高いテロメラーゼ活性が、転移、病期、予後不良と相関するという過去の報告と矛盾しない。門脈血のテロメラーゼ活性が静脈侵襲と相関するという結果、同時性、異時性肝転移と相関するという結果はseedandsoiltheoryに合致する。一方、末梢血テロメラーゼ活性は特に異時性肝転移との相関が強く認められた。この結果は全身を循環する癌細胞が、後に肝にトラップされて異時性肝転移が顕在化する可能性を示唆している。術後再発例では門脈血、末梢血ともRTAが高値であったが、これは癌細胞が様々なルートで再発巣を形成しうることを示唆しており、最終的に生命予後の低下につながると考えられた。

本研究の多変量解析では、再発に相関する独立因子は門脈血のテロメラーゼ活性陽性と手術時のリンパ節転移の存在であった。従って門脈血のテロメラーゼ活性は、将来の再発全般を予測するという点で末梢血のテロメラーゼ活性よりも優れ、他の臨床病理学的因子にも勝る指標となることが示された。通常なら補助化学療法の対象とならないような比較的早い病期に分類される患者から門脈血のテロメラーゼ活性が高い患者を選別して術後療法を加えることにより本当に予後が改善するかは、今後の興味深い研究課題である。

審査要旨 要旨を表示する

癌細胞の血液中への流出は、転移巣を形成する重要なステップであり、血管内を循環する腫癌細胞を同定することは、血行性による遠隔転移を予測する上で有用な方法と考えられる。本研究では、大腸癌患者において腫瘍のドレナージ血管である門脈、および末梢血管から採血を行い、癌細胞由来のテロメラーゼ活性を測定して従来の臨床病理学的因子との相関を解析し、遠隔転移の予測が可能かどうかを検討し、以下の結果を得ている。

対象患者の37.6%が門脈血テロメラーゼ活性陽性を示し、28.0%が末梢血テロメラーゼ活性陽性と判定された。 門脈血、末梢血双方のテロメラーゼ活性と相関が認められたのは腫瘍の深達度、術中に切除された局所リンパ節転移、病期であった。

同時性、異時性の双方を含む転移全般においては転移陽性例の門脈血テロメラーゼ活性、陰性例よりも高値を示した。臓器別では肝転移陽性例の門脈血テロメラーゼ活性は、陰性例よりも高値を示した。同様に肺転移陽性例の門脈血テロメラーゼ活性は、陰性例よりも高値を示した。

同時性と異時性に分類してテロメラーゼ活性との相関を検討したところ、門脈血および末梢血テロメラーゼ活性と有意な相関を示した項目は同時性肝転移異時性肝転移、同時性肺転移(いずれも転移陽性群でテロメラーゼ活性高値)であった。

Kaplan-Meier法による生存曲線による比較では、門脈血および末梢血テロメラーゼ活性陽性例は陰性例に比較して有意に低い3年無再発生存率を示した。多変量解析では、門脈血テロメラーゼ活性陽性および局所リンパ節転移が術後再発の有無に影響を及ぼす因子であると判定された。

本研究は大腸癌手術患者における門脈血、末梢血のテロメラーゼ活性と臨床病理学的因子や遠隔転移との関係を示した初めての研究である。本研究は大腸癌患者の血行性転移のメカニズムの解明や術後療法の適応診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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