学位論文要旨



No 121468
著者(漢字) 小西,毅
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ツヨシ
標題(和) 大腸癌細胞における新規遺伝子の発現とアポトーシス感受性に関する検討
標題(洋)
報告番号 121468
報告番号 甲21468
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2716号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋,孝喜
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 講師 野村,幸世
 東京大学 講師 朝蔭,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

hRFIは、アポトーシス制御蛋白hTID-1をbaitとして用いたtwo-hybrid yeast screening法により単離された新規遺伝子である。hRFIはC末側に、強力な抗アポトーシス蛋白であるXIAPと相同性の高いRing Finger domainを有する。さらに、230-233アミノ酸基にcaspase-3の特異的認識切断配列を有する。これらの構造的特徴から、hRFIはアポトーシス制御に関連した機能を持つことが示唆される。実際に、hRFIを一過性に過剰発現させたHela細胞において、tumor necrosis factor-alpha(TNF-α )処理による細胞死が抑制されることが示されている。しかし、hRFIの発現が細胞のアポトーシスやcaspase活性に及ぼす影響はこれまで直接検討されておらず、その細胞死抑制の機序やアポトーシス抑制作用の有無は未だ不明である。

hRFIの発現は、大腸癌の発生機序の主要な経路と考えられているadenoma-carcinoma sequenceにおいて、正常粘膜から腺腫、癌に進展するに伴い、徐々に増加することが示されている。アポトーシス抑制形質の獲得が癌の発生メカニズムにおいて重要な要素の一つであることを考え合わせると、hRFIはアポトーシス抑制機能を介して、大腸癌の発生、進展に重要な役割を担っている可能性が示唆される。そこで本研究では、hRFIが大腸癌細胞におけるアポトーシス感受性に与える影響について、検討を行った。

方法・結果

hRFIが大腸癌細胞における外因性アポトーシス経路に与える影響

まずhRFIが外因性アポトーシス経路に与える影響を検討した。大腸癌細胞株8種類におけるhRFI蛋白の発現をWestern blottingにより検討したところ、hRFI蛋白はすべての大腸癌細胞株において発現していたが、その発現量は細胞ごとにさまざまであった。これらの大腸癌細胞株の中で比較的hRFIの発現量が少なく、かつ文献的にTNF-αによるアポトーシスへの感受性が高いことが知られているHCT116を用いて、hRFIを過剰発現した安定細胞株(HCT116/hRFI)と、LacZを用いたコントロール安定細胞株(HCT116/LacZ)を作製した。MTS assayによる細胞増殖の測定、フローサイトメトリーによる細胞周期の測定では、2つの細胞株における差は認めなかった。次に、TNF-αとCHXによりアポトーシスを誘導し、nuclear staining assayによるアポトーシスの形態学的観察、およびAnnexinV-FITCとPIによる染色後、フローサイトメトリーによるアポトーシス率の解析を行った。この結果、HCT116/hRFIではHCT116/LacZに比べて有意にアポトーシスが減少していた。さらに、TRAILを用いた実験でも、同様にHCT116/hRFIにおいてアポトーシスは抑制されていた。次に、TNF-αとCHXを用いてアポトーシスを誘導し、各細胞におけるcaspase-3、-8、-9活性を測定したところ、HCT116/hRFIではHCT116/LacZに比べてcaspase-3、-8、-9活性のすべてが抑制されていた。最後に、アポトーシス感受性の差異が安定株作製過程で偶然生じたclonal effectである可能性を否定するため、hRFIに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いてHCT116/hRFIにおけるhRFIの過剰発現を再抑制し、hRFIによるアポトーシス抑制効果が消失するか検討を行った。この結果、hRFIをアンチセンスした細胞ではコントロールに比べて有意にアポトーシスが増加し、アポトーシス感受性が回復した。

hRFIが大腸癌細胞における内因性アポトーシス経路に与える影響

次に、大腸癌の治療において広く使用されている5-fluorouracil(5-FU)を用いて、hRFIが内因性アポトーシス経路に与える影響とその機序を検討した。hRFI発現レベルの異なる2種類のhRFI過剰発現安定株(HCT116/RFI-high、HCT116/RFI-low)と、1種類のコントロール(HCT116/LacZ)を作製した。5-FUを用いてアポトーシスを誘導し、1)と同様にアポトーシス率の解析を行ったところ、hRFI 発現量の多い細胞ほど有意にアポトーシスが減少していた。48時間の5-FU処理に対するIC50値を計算したところ、HCT116/RFI-high、HCT116/RFI-lowのIC50値は、HCT116/LacZの各々約4倍、2.5倍であった。次に、hRFIが内因性アポトーシス経路に与える影響を検討するため、5-FU処理前後の細胞質分画抽出液を採取し、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームC放出量をWestern blottingにより測定した。この結果、hRFI発現量が多い細胞ほどチトクトームC放出が抑制されていた。さらにチトクロームC放出よりも下流の反応であるcaspase-9、caspase-3の活性を測定したところ、hRFI発現量の多い細胞ほどcaspase-9、caspase-3の活性が抑制されていた。hRFIによるアポトーシス抑制作用の機序を解明するため、各細胞株におけるIAPファミリー、bcl-2ファミリーの発現をWestern blottingにより比較したところ、hRFIの過剰発現細胞株ではBcl-2とBcl-xL蛋白の発現が特異的に増加していた。また、real-time PCRanalysisの結果、Bcl-2、Bcl-xLの発現増加はmRNAレベルにおいても認められた。一方、他のbcl-2ファミリー蛋白(BaX、Bak、Bad、Bid、Mcl-1)およびIAPファミリー蛋白(XIAP、cIAP-1、cIAP-2、Survivin)の発現には変化を認めなかった。そこで、hRFIの過剰発現によるBcl-2、Bcl-xLの特異的発現増加の機序を解明するため、各細胞株の核分画抽出液を採取し、Bcl-2、Bcl-xLの転写調節因子であるNF-κBファミリーのDNA結合活性を測定しところ、hRFIの発現増加に伴い、p50とRelA(p65)の結合活性が亢進していた。さらに、NF-κB活性の亢進がhRFI過剰発現株におけるアポトーシス抑制作用の鍵であるのか解明するため、各細胞株をNF-κB阻害剤Bay11-7085で処理した後、5-FUに対するアポトーシス感受性を比較したところ、hRFI過剰発現株における5-FUに対するアポトーシス抵抗性は消失し、細胞株間の差は認めなくなった。また、Bcl-2、Bcl-xLのmRNA発現量の変化をreal-time PCR analysisを用いて検討したところ、5-FU処理によって各細胞株のBcl-2、Bcl-xLのmRNA発現量は増加し、その発現量は5-FU処理後もhRFI発現量とともに亢進していたが、Bayll-7085の添加によって、hRFI過剰発現株におけるBcl-2、Bcl-xLのmRNA発現の亢進は消失し、細胞株間における差は認めなくなった。これらの結果から、hRFIによるアポトーシス抑制作用、およびBcl-2、Bcl-xLのmRNA発現の亢進は、NF-κB活性に依存していることが示された。最後に、大腸癌の治療において臨床上使用される頻度の高いシスプラチン(CDDP)、イリノテカン(CPT-11)を用いてアポトーシスを誘導し、同様にアポトーシス率およびcaspase-3活性を検討したところ、hRFI過剰発現細胞では、アポトーシス、caspase-3活性とも抑制されていた。

考察

本研究では、大腸癌細胞HCT116にhRFIを過剰発現させた結果、TNF-αによるアポトーシスが抑制され、かつこのアポトーシス抑制にはcaspase-3、-8、-9活性の抑制が伴っていた。さらに、TRAILによるアポトーシスも抑制されたことから、hRFI過剰発現によるアポトーシス抑制作用はTNF-αに特異的なものではなく、death receptorの刺激による外因性アポトーシス経路全般におけるものであることが示唆された。最後に、過剰発現したhRFIのアンチセンスにより、アポトーシス感受性が回復されたことから、hRFI過剰発現株におけるアポトーシス抑制はclonal effectによるものではなく、真にhRFIのアポトーシス抑制効果によるものであることが確認された。本研究は、hRFIのアポトーシス抑制作用を大腸癌細胞において示した初めての研究である。大腸癌のadenoma-carcinoma sequenceにおける段階的なhRFI蛋白発現の増加を考え合わせると、hRFIはアポトーシス抑制作用を介して大腸癌の発生に重要な役割を担っていることが示唆される。したがって、hRFIは大腸癌発生予防における遺伝子治療の新しい標的、あるいは、大腸癌高危険群患者のスクリーニング検査の新しいマーカーとして、応用される可能性がある。

大腸癌細胞において5-FUは、主に内因性アポトーシス経路によりアポトーシスを誘導することが知られている。内因性アポトーシス経路では、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームC放出に続いてcaspase-9の活性化がおこり、さらにcaspase-3の活性化へと反応が進んでいく。本研究では、hRFIの過剰発現により、5-FUで処理された大腸癌細胞におけるこれらすべての段階が抑制されていることが示された。したがって、hRFIは大腸癌細胞における内因性経路アポトーシスを抑制すると考えられる。一方、hRFIの過剰発現細胞ではBcl-2とBcl-xLの発現が特異的に亢進しており、これらの発現の亢進は5-FUで処理された後も維持されていた。Bcl-2とBcl-xLは内因性アポトーシス経路の重要な抑制分子として知られており、さまざまな抗癌剤に対する感受性を決定する。これらを踏まえて本研究の結果を解釈すると、hRFI過剰発現細胞におけるミトコンドリア経路アポトーシスの抑制を介した5-FU耐性の誘導機序として、Bcl-2とBcl-xLの発現亢進が関与していると推測される。

転写因子NF-κBは、大腸癌細胞において5-FUを含むさまざまな抗癌剤に対するアポトーシス耐性を誘導し、特にBcl-2、Bcl-xLの転写制御において重要な役割を果たしていることが知られている。本研究の結果、hRFI過剰発現細胞ではp50とRelA(p65)の活性が特異的に亢進していることが示された。さらに、NF-κB阻害剤によって、hRFI過剰発現細胞におけるアポトーシス抑制やBcl-2、Bcl-xLの発現亢進は消失した。これらの結果から、hRFIはNF-κB活性の制御分子であり、また、NF-κBの活性化が、hRFIによる内因性アポトーシス経路の抑制やBcl-2、Bcl-xLの発現誘導の主要な機序であることが示唆された。

最後に、本研究の結果、hRFIの過剰発現は5-FUだけではなく、CPT-11、CDDPに対する多剤アポトーシス感受性を抑制することが示された。大腸癌組織や大腸癌細胞株におけるhRFIの広汎な発現を考え合わせると、hRFIは大腸癌における多剤抗癌剤感受性を決定する可能性があり、化学療法感受性の新規マーカー、あるいは遺伝子治療の新規標的として応用される可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒト大腸癌細胞のアポトーシス制御において重要な役割を演じていると考えられる新規遺伝子hRFIの機能を明らかにするため、ヒト大腸癌細胞株を用いた実験系でhRFIの発現が外因性アポトーシス経路および内因性アポトーシス経路に及ぼす影響の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

8種類の大腸癌細胞株におけるhRFI蛋白の発現をWestern blottingにより解析し、hRFIが全ての大腸癌細胞株において様々なレベルで発現していること、および、それらのうちHCT116細胞では比較的発現が少ないことが示された。

HCT116にhRFIをtransfectionし強制過剰発現させた安定細胞株1つと、コントロールとして同様にLacZをtransfectionさせた安定細胞株1つを作製したところ、hRFIの過剰発現によって通常培養条件下における細胞増殖や細胞周期は影響を受けなかった。しかし、TNF-αおよびTRAILにより外因性アポトーシスを誘導したところ、いずれの薬剤を用いた場合もhRFI過剰発現細胞株では外因性アポトーシスが抑制されることが示された。さらに、hRFI過剰発現細胞株におけるアポトーシス抑制は、caspase-8、-9、-3の活性化の抑制を伴っていることが示された。これらの結果が安定細胞株作製の過程で生じうるclonal effectではなく、真にhRFIのアポトーシス抑制作用によるものであることを検証するため、hRFIに特異的なアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いてhRFI過剰発現細胞株におけるhRFIの発現を再抑制し、TNF-αに対するアポトーシス感受性を検討したところ、hRFIの再抑制に伴ってTNF-αに対するアポトーシス感受性が再び回復することが示された。

HCT116にhRFIを異なるレベルで強制発現させたhRFI過剰発現安定細胞株2つと、コントロールとして同様にLacZをtransfectionさせた安定細胞株1つを作製し、5-FUを用いてアポトーシスを誘導したところ、hRFIの過剰発現レベルに伴って、5-FUによるアポトーシスが抑制されることが示された。さらに各細胞の5-FUに対するIC50値を測定したところ、hRFIの発現に伴ってアポトーシスだけではなく実際に臨床上問題となる5-FUの細胞増殖抑制効果を低減させることが示された。また、hRFI過剰発現細胞では、5-FUによる内因性アポトーシス経路の誘導過程であるミトコンドリアからのチトクロームC放出、caspase-9、-3の活性化がすべて抑制されていた。

hRFIによる内因性アポトーシス経路の抑制の機序を解明するため、IAPfamily、Bcl-2 familyに属するアポトーシス制御蛋白の各細胞株における発現をWestern blottingを用いて解析したところ、hRFIの過剰発現に伴ってBcl-2、Bcl-xL蛋白の発現が特異的に増加していることが示された。さらにReal-time PCRを用いた解析によって、Bcl-2、Bcl-xLの発現増加が蛋白レベルだけでなくmRNAレベルでも誘導されていることが示された。

hRFI発現によるBcl-2、Bcl-xLの発現増加の機序を解明するために、各細胞株の核抽出物におけるNF-κBファミリー各ポリペプチドのDNA結合活性を測定したところ、hRFIの過剰発現に伴ってp50、RelA(p65)の特異的活性化が誘導されていることが示された。さらに、NF-κB阻害剤Bayll-7085を用いてNF-κB活性を阻害した条件下で各細胞株に5-FUを用いてアポトーシスを誘導したところ、hRFI過剰発現株におけるアポトーシス抵抗性は消失したことから、hRFIによるアポトーシス抑制作用はNF-κB活性に依存することが示された。さらに、同様にNF-κB活性を阻害した条件下で各細胞株におけるBcl-2、Bcl-xLのmRNA発現量をreal-time PCR analysisにより検討したところ、hRFI過剰発現株におけるBcl-2、Bcl-xLのmRNA発現の亢進は消失したことから、hRFIによるBcl-2、Bcl-xLの発現亢進はNF-κB活性に依存することが示された。

CDDP、CPT-11を用いてアポトーシスを誘導したところ、hRFI過剰発現株ではcaspase-3活性およびアポトーシスが抑制されていることが示された。

以上、本論文はヒト大腸癌細胞HCT116において、hRFI遺伝子が外因性アポトーシス経路の誘導を抑制すること、hRFI遺伝子がNF-κB活性の亢進を介してBcl-2、Bcl-xLの発現を克進し5-FUによる内因性アポトーシス経路の誘導を抑制すること、hRFI遺伝子によるアポトーシス抑制作用は5-FU特異的ではなく多剤抗がん剤に対するものであることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、新規遺伝子hRFIの大腸癌におけるアポトーシス制御作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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