学位論文要旨



No 121469
著者(漢字) 保坂,晃弘
著者(英字)
著者(カナ) ホサカ,アキヒロ
標題(和) 薬剤徐放性マイクロスフィアを用いた血管新生療法に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 121469
報告番号 甲21469
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2717号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本,眞一
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 門野,岳史
内容要旨 要旨を表示する

血管外科領域における手術手技やインターベンション技術の進歩は目覚しく、閉塞性末梢動脈疾患に伴う重症の虚血肢に対しても、良好な予後が期待できるようになってきた。しかし、広範囲動脈閉塞例や末梢型動脈閉塞例など、血行再建が不可能であり、かつ従来の薬物治療では十分な効果が得られない症例は、今なお存在し、治療に難渋することも少なくない。近年、閉塞性動脈疾患に対する新しい治療法として、血管新生療法が注目を集めている。これは、虚血部位に血管増殖因子を作用させることによって側副血行路の発達を促し、血流改善を目指す試みである。現在、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor、VEGF)や塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor、bFGF)、肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor、HGF)などを用いた臨床試験が行われているが、これまでのところ十分なエビデンスに基づいた手法は確立していない。

血管増殖因子のデリバリーの方法としては、増殖因子蛋白の直接投与と、増殖因子遺伝子の導入の2種類が主に研究されている。しかし、前者については、高濃度の増殖因子が全身を循環する可能性があるため、急性期の副作用として一過性の血圧低下、慢性期の副作用として腫癌の増殖、糖尿病性網膜症の増悪などの副作用を考慮する必要があり、また、多くの増殖因子は体内で速やかに分解、代謝されるため、虚血部位に長時間作用させることが難しい。一方、後者の遺伝子導入についても、現時点では遺伝子導入の効率、安全性、倫理的な問題など、未解決な課題が多い。理想的には、増殖因子を作用させるべき部位に留まり、増殖因子蛋白をその局所へ一定期間放出した後に消失するようなデリバリーシステムが求められる。このようなシステムの実現を可能にするものとして、酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィア(acidic gelatin hydrogel microsphere、AGHM)に着目した。

AGHMは、牛の骨のコラーゲンを水酸化カルシウムで処理して得たゼラチン(分子量約10万)に、グルタルアルデヒドを加えて重合・ゲル化して作成する。bFGF溶液を加えると、bFGFは活性を保ったままAGHM内に包含される。これを生体内に投与すると、AGHMは生体内の加水分解酵素によって徐々に分解され、同時にbFGFが徐放される。含水率95%のAGHMは、生体投与後約2週間で完全に分解され、この間にbFGFを徐々に放出する。

血流の豊富な側副血行路を発達させるためには、側副血流の供給源となりうる十分な流量を有する血管に、直接血管増殖因子をデリバリーするシステムが、最も効率的であると考えた。このような背景から、bFGF含有AGHMの経動脈的投与による血管新生療法を考案するにいたった。すなわち、bFGFを含んだ適度な大きさのAGHMを、虚血部の中枢側より経動脈的に投与することにより、虚血部近傍の細小動脈や毛細血管床に物理的にトラップさせ、その局所で徐放されたbFGFが血管に直接作用して血管新生を誘導し、虚血部への側副血行路の発達を促すという想定である。本研究では、第一段階としてAGHM経動脈的投与の安全性を検討し、第二段階として、実際にbFGFを浸透させたAGHMをウサギ下肢慢性虚血モデルに投与し、in vivoでの血管新生効果を検証した。

動物モデルとして、体重3-3.5kgの雄性日本白色ウサギを用いた。麻酔後、左下腹部から大腿部にいたる切開を加え、外腸骨動脈から大腿動脈全長にわたり切除した。慢性虚血状態は術後3週間で完成する。動脈切除の3週間後、麻酔下に総頚動脈を露出し、同部より3Fr造影用カテーテルを挿入する。カテーテルの先端を左内腸骨動脈の中枢部に位置させ、そこから3mgのAGHMをPBSに懸濁した状態で注入した。急激な注入は塞栓の原因となるため、ゆっくりと約1分をかけて注入した。

毛細血管径より小さい径の粒子を投与すれば、薬剤が全身にまわる可能性が生じ、また粒子径が過大であれば、虚血部より中枢の血管で塞栓症を起こして虚血を増悪させる可能性がある。投与するAGIMの至適サイズを検討するため、平均径10、29、59μmのAGHM3mgに125IでラベルしたbFGFを浸透させ、その粒子をラビット下肢慢性虚血モデルに投与し、投与5時間後の粒子の体内分布を調べた。両下肢の筋肉と皮膚、肝臓、肺、心臓、脾臓、腎臓、精巣を採取し、それぞれの放射活性をカウントし、それらの値の合計に対する各臓器のカウント数の比を計算した。径10μmの粒子を用いた場合、患肢には約50%の放射活性しか留まらなかったが、径29、59μmの粒子を投与した場合は、両者ほぼ同様の分布を示し、患肢に約80%の集積を認めた.次に、平均径29、59、75μmのAGHM3mgをウサギ下肢慢性虚血モデルに投与し、その直後にcalf blood pressure ratioおよび両下肢血流比を測定して、虚血肢の血流増悪をきたすか否かを検討した。平均径29μmのAGHMを用いた場合は、両指標とも投与前後で有意な変化を認めなかったが、平均径59および75μmのAGHMを用いた場合は、両指標とも投与後に有意に低下し、虚血肢の血流の増悪が示唆された。以上の結果より、径29μmのAGHMは、虚血部で多くが捕捉され、しかも虚血部より中枢側の動脈で塞栓症をおこすリスクの少ない粒子として、比較的安全に経動脈的投与が可能であると考えられた。

続いて、ウサギ下肢虚血モデルに対し、平均径29μmのbFGF含有AGHMを経動脈的に投与し、4週間後に側副血行路の発達の程度を評価した。対照として、PBS含有AGHMを経動脈的に投与した群、bFGF含有AGHMを大腿に筋肉内投与した群、PBS含有AGHMを筋肉内投与した群について、同様に投与4週後に虚血肢の血流を評価した。側副血行路の発達の指標としては、calf blood pressure ratio、左内腸骨動脈血流量、左内腸骨動脈造影に基づくangiographic score、側副路コンダクタンス、capillary density、 SMC-positive vessel densityを測定した。いずれの指標でも、bFGF含有AGHMを経動脈的に投与した群で、他群に比し有意に良好な側副血行路の発達が示唆された。bFGF含有AGHMを筋肉内投与した群でも、PBS含有AGHMを投与した群と比較して虚血肢の血流の改善を認めたが、経動脈的投与がより有効であった。

以上の結果より、平均径29μmのbFGF含有AGHMの経動脈的投与は、安全かつ効率的に側副血行路の発達を促すことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、新しい血管新生療法の手法として、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor、bFGF)を含有した酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィア(acidicgelatinhydrogel microsphere、AGHM)に着目し、その経動脈的投与法の安全性および血管新生効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

平均径10、29、59μmのAGHM3mgに125IでラベルしたbFGFを浸透させ、その粒子をラビット下肢慢性虚血モデルに投与し、投与5時間後の粒子の体内分布を調べた。両下肢の筋肉と皮膚、肝臓、肺、心臓、脾臓、腎臓、精巣を採取し、それぞれの放射活性をカウントし、それらの値の合計に対する各臓器のカウント数の比を計算した。径10μmの粒子を用いた場合、患肢には約50%の放射活性しか留まらなかったが、径29、 59μmの粒子を投与した場合は、両者ほぼ同様の分布を示し、患肢に約80%の集積を認めた。

平均径29、59、75μmのAGHM3mgをウサギ下肢慢性虚血モデルに投与し、その直後にcalf blood pressure ratioおよび両下肢血流比を測定して、虚血肢の血流増悪をきたすか否かを検討した。平均径29μmのAGHMを用いた場合は、両指標とも投与前後で有意な変化を認めなかったが、平均径59および75μmのAGHMを用いた場合は、両指標とも投与後に有意に低下し、虚血肢の血流の増悪が示唆された。

ウサギ下肢虚血モデルに対し、平均径29μmのbFGF含有AGHMを経動脈的に投与し、4週間後に側副血行路の発達の程度を評価した。対照として、PBS含有AG旺Mを経動脈的に投与した群、bFGF含有AG江Mを大腿に筋肉内投与した群、PBS含有AGHMを筋肉内投与した群について、同様に投与4週後に虚血肢の血流を評価した。側副血行路の発達の指標としては、calf blood pressure ratio、左内腸骨動脈血流量、左内腸骨動脈造影に基づくangiographic score、側副路コンダクタンス、capillary density、SMC-positive vessel densityを測定した。いずれの指標でも、bFGF含有AGHMを経動脈的に投与した群で、他群に比し有意に良好な側副血行路の発達が示唆されたbFGF含有AGHMを筋肉内投与した群でも、PBS含有AGHMを投与した群と比較して虚血肢の血流の改善を認めたが、経動脈的投与がより有効であった。

以上、本研究では、平均径29μmのbFGF含有AGHMの経動脈的投与により、安全かつ効率的に側副血行路の発達が促されることが示された。bFGF含有AGHMを経動脈的に投与する方法については、これまで検討されたことがなく、本論文は新しい血管新生療法の手法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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