学位論文要旨



No 121470
著者(漢字) 宮原,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ミヤハラ,タクヤ
標題(和) 内膜肥厚抑制・ステント内再狭窄抑制に関する研究 : 炎症性シグナル伝達系に着目して
標題(洋)
報告番号 121470
報告番号 甲21470
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2718号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本,眞一
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 小宮根,真弓
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

バルーン拡張術やステント留置術などの血管内治療後に生ずる再狭窄のメカニズムを解明し、その予防法を開発することは、動脈硬化性疾患を治療する上で重要な課題となっている。最近の報告では動脈硬化性疾患と炎症反応との関係が注目されており、本研究ではその炎症性シグナル伝達系の中でCD40シグナル伝達系に着目した。この伝達系は、TNFreceptor-associated factor(TRAF)という細胞内の仲介蛋白を介してnuclear factor κB(NFκB)などの転写因子を活性化するが、この活性化は平滑筋細胞の増殖や炎症細胞の浸潤など内膜肥厚の形成や動脈硬化の進展過程に関与すると報告されている。その仲介蛋白の中でTRAF6はNFκBとextracellular signal-regulated kinasel/2(ERK1/2)の共通のtransducerであるだけでなく、TNF receptor superfamilyとToll-like receptor/interleuki-1 receptor(TLR/IL-1R)superfamilyの両シグナル伝達系に関与する唯一のTRAF蛋白であり、その中でTLR4もまた内膜肥厚に関与すると報告されている。これらの知見から、TRAF6を介するシグナル伝達系は動脈硬化性疾患の治療のあらたなターゲットになり得ると考えた。

【目的】

本研究の目的は、ウサギの頚動脈を用いたバルーン擦過とステント留置による再障害モデルを作製し、肥厚内膜内の血管平滑筋細胞においていかなるシグナル伝達系が関与しているかを検討し、さらに内膜細胞増殖に関係すると考えられるシグナル伝達系を抑制することで、内膜肥厚やステント内再狭窄がinvivoで抑制されるか検討することである。本研究ではステント内再狭窄における炎症反応の役割に注目しているが、血管壁への遺伝子導入による炎症性シグナル伝達系の遺伝子レベルでの制御を検討する点に本研究の特徴がある。従来、CD40やNFκBの選択的阻害により内膜肥厚を抑制する報告はあるが、TRAFに着目し、electroporation法を用いた導入法で内膜肥厚抑制を試みた報告は過去にはみられない。本研究で用いた再障害モデルは、臨床における動脈硬化性病変へのステント留置に近似したモデルであり、ステント内再狭窄抑制のメカニズム解明につながることを目標とする。

【方法と結果】

TRAF6は、本来NH2末端を介してNFκBなどの転写因子を活性化しているが、本研究ではこのNH2末端のRING fingerとzinc fingersを欠損したdeletion mutantをdominant negative (DN)として用いた。TRAF6 DN plasmid(pME-FLAG-T6ARZ5)とその対照群としてTRAF6 DN配列を含まないcontrol plasmid(pME-FLAG)とを用い、内膜肥厚とステント内再狭窄に関して両群間の比較・検討を行った。

実験には普通飼料で飼育した日本白色ウサギ(雄、2.5〜3.0kg)を用いた。内膜肥厚の検討にはウサギ頚動脈のバルーン障害モデルを、またステント内再狭窄の検討には臨床における動脈硬化性病変へのステント留置に近似したモデルとしてウサギ頚動脈の肥厚内膜へのステント留置モデルを用いた。麻酔はxylazineとketamineの筋注で行い、頚部正中切開にて左頚動脈を露出した。バルーン障害は2Fr Fogarty balloon catheterで総頸動脈を3回擦過することにより行い、またステント留置は3mm径のPalmaz-SchatzTM stentをPTCA balloon catheterを用いて総頸動脈へデリバリーした。血管壁への遺伝子導入法にはelectroporation法を用いたが、この導入法には抗原性や細胞毒性などがなく、特定部位への導入が可能で、さらに繰り返し施行可能であることなどの特徴がある。本研究ではelectric pulse generator(Elctro Square Porator ECM830、BTX)を用い、400μg/mlのplasmid DNAを血管内腔に充填し、20分間incubate後に電極で血管を挟み込み、電圧30V、電圧負荷時間20ms、パルス10回の条件下でプラスミドを導入した。

TRAF6 DN導入の2日後に、プラスミドに組み込まれたFLAGtagに対するモノクローナル抗体で免疫染色を行ったところ、electroporation法によりTRAF6 DNを含むプラスミドが血管壁へ導入されることが確認された。また、gel-mobility shiftassay法でプラスミド導入/バルーン障害6時間後のNFKB活性を評価したところ、TRAF6 DN導入後のNFKB活性は抑制されており、導入されたTRAF6 DNがinvivoでこのシグナル伝達系に作用していることが確認された。

TRAF6 dominant negative導入による内膜肥厚抑制の検討

プラスミド導入/バルーン障害7日後の内膜肥厚を新生内膜/中膜面積比(NI/Mratio)で評価したところ、TRAF6 DNの導入によりバルーン障害後の内膜肥厚の形成が抑制された。そのメカニズムの解明として、細胞増殖、炎症細胞の浸潤、内膜細胞数、さらにapoptosisなどに関して検討を行ったBrdUの取り込み率(BrdU labeling index)により細胞増殖を評価したところ、TRAF6 DNにより内膜および中膜細胞増殖が抑制された。マクロファージに対するモノクローナル抗体(RAM11)で免疫染色を行ったところ、TRAF6 DNによりバルーン障害2日後の内膜へのマクロファージの浸潤も抑制された。走査型電子顕微鏡にてバルーン障害後4日目の内膜細胞を観察したところ、TRAF6 DNにより内膜細胞数が有意に抑制された。また、バルーン障害2日後の中膜細胞のapoptosisの評価はTUNEL染色およびラジオアイソトープを用いたDNA fragmentationの観察の2つの手法を用いて行ったが、TRAF6 DNによりapoptosisは有意に促進された。さらにNFκBとともにTRAF6のtransducerであり、また中膜細胞増殖に関与することが知られているERKl/2活性に関してin-gel kinase assay法で評価したところ、TRAF6 DNの導入によりバルーン障害2時間後のERK1/2活性も抑制されることが確認された。

これらの結果を踏まえ、内膜肥厚に続いてステント内再狭窄に対するその影響に関して検討を行った。

TRAF6 dominant negative導入によるステント内再狭窄抑制の検討

バルーン障害28日後の内膜肥厚が形成された血管壁に対して、プラスミド導入とステント留置を行った。導入後にプラスミドに組み込まれたFLAGtagに対するモノクローナル抗体で免疫染色を行ったところ、electroporation法により内膜肥厚を伴う血管に対しても肥厚内膜から中膜にかけてプラスミドが導入されることが確認された。

ステント留置後の経時的変化を観察するために、プラスミド導入/ステント留置後3、7、14日目に標本を採取し、ステント内内膜肥厚を評価した。その結果、TRAF6 DNの導入により内膜面積および内膜細胞数の経時的な増加はコントロール群に比較して有意に抑制され、さらに細胞密度は上昇した。つまり、TRAF6 DNがステント内内膜肥厚形成の抑制に関与することが示唆された。そのメカニズムの解明として、細胞増殖、炎症細胞の浸潤、細胞外マトリックスの蓄積、さらにプロテアーゼの活性などに関して検討を行った。BrdUの取り込み率により細胞増殖を評価したところ、TRAF6 DNにより内膜および中膜の細胞増殖が抑制された。マクロファージに対するモノクローナル抗体(RAM11)で免疫染色を行ったところ、TRAF6 DNによりステント内内膜へのマクロファージの浸潤も抑制された。また、TUNEL染色により内膜細胞のapoptosisの評価も行ったが、前実験と同様にTRAF6 DNによりapoptosisは促進される傾向にはあるものの、両群間に有意差はみられなかった。走査型電子顕微鏡によりステント留置後の内腔側を観察したところ、TRAF6 DNにより白血球の内腔側への付着は抑制されており、また透過型電子顕微鏡により肥厚内膜内の細胞外マトリックスを観察したところ、プロテオグリカンの蓄積は抑制される傾向にあった。内膜肥厚の形成過程においてはさまざまなプロテアーゼが活性化されることが報告されているが、mattrix metalloproteinase(MMP)-9とplasminogen activator(PA)活性をzymographyで評価したところ、TRAF6 DNによりそれらのプロテアーゼ活性はともに抑制された。

【結語】

本研究では、炎症や免疫反応などに関与するシグナル伝達系の仲介蛋白であるTRAF6に着目し、そのdominantnegativeをプラスミドに組み込み、in vivo electroporation法を用いてウサギ頚動脈へ導入することにより、内膜肥厚ならびにステント内再狭窄に対するその抑制効果が確認された。その過程には、白血球やマクロファージなどの炎症細胞の浸潤、細胞増殖、さらに細胞外マトリックスの蓄積などのさまざまな要素が関与していることが示唆された。以上、動物モデルを用いてTRAF6 DN導入による内膜肥厚抑制ならびにステント内再狭窄抑制の効果とそのメカニズムの一端を解析したが、この検討が実際の臨床現場において動脈硬化病変の治療やステント内再狭窄予防に対するあらたな戦略のひとつとなることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、炎症性シグナル伝達系のひとつであるCD40シグナル伝達系の仲介蛋白であるTNF receptor-associated factor(TRAF)に着目し、TRAF6のdominant negative (TRAF6 DN)をelectroporation法を用いてウサギ頚動脈へ導入することで、内膜肥厚やステント内再狭窄がin vivoで抑制されるか検討したものであり、下記の結果を得ている。

Electroporation法によりTRAF6DNを含むプラスミドを血管壁へ導入した。CD40シグナル伝達系ではTRAFを介してnuclear factor κB (NFκB)などの転写因子が活性化されることが知られているが、実際TRAF6DNを導入することでバルーン障害後のNFκB活性は抑制され、導入されたTRAF6 DNがin vivoでこのシグナル伝達系に作用していることが確認された。さらに、NFκBとともにTRAF6のtransducerであり、また中膜細胞増殖に関与することが知られているextracellular signal-regulated kinasel/2(ERKl/2)に関しても、TRAF6DNの導入によりバルーン障害後のその活性が抑制された。

ウサギ頚動脈のバルーン障害による内膜肥厚モデルを用いた検討で、TRAF6 DNの導入によりバルーン障害7日後の新生内膜/中膜面積比が抑制された。つまりTRAF6DNが内膜肥厚形成の抑制に関与することが示唆された。TRAF6DNの導入により内膜肥厚の形成が抑制されたメカニズムとして、バルーン障害後の中膜細胞増殖の抑制、内膜細胞数やその増殖の抑制、マクロファージ浸潤の抑制、さらに中膜細胞のapoptosisの促進などの要素の関与が示唆された。

バルーン障害後の肥厚内膜へのステント留置による再障害モデルを用いた検討で、TRAF6 DNの導入によりステント留置3、7、14日後のステント内内膜の内膜面積および内膜細胞数の経時的な増加は有意に抑制され、さらに細胞密度は上昇した。つまりTRAF6 DNがステント内内膜肥厚形成の抑制に関与することが示唆された。TRAF6 DNの導入によりステント内内膜肥厚の形成が抑制されたメカニズムとして、白血球やマクロファージなどの炎症細胞浸潤の抑制、内膜細胞増殖の抑制、細胞外マトリックス蓄積の抑制、さらにmatrix metalloprotenase(MMP)-9やplasminogen activator(PA)などのプロテアーゼ活性の抑制などの要素の関与が示唆された。

以上、動物モデルを用いてTRAF6DN導入による内膜肥厚抑制ならびにステント内再狭窄抑制の効果とそのメカニズムの一端を解析した。本研究ではステント内再狭窄における炎症反応の役割に注目しているが、血管壁への遺伝子導入による炎症性シグナル伝達系の遺伝子レベルでの制御を検討する点に本研究の特徴があり、本研究で用いた再障害モデルは臨床における動脈硬化性病変へのステント留置に近似したモデルである。本研究は、内膜肥厚やステント内再狭窄のメカニズムの解明、および実際の臨床現場における動脈硬化病変の治療やステント内再狭窄の予防に対するあらたな戦略の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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