学位論文要旨



No 121471
著者(漢字) 鑑,慎司
著者(英字)
著者(カナ) カガミ,シンジ
標題(和) CCL27トランスジェニックマウスの解析
標題(洋)
報告番号 121471
報告番号 甲21471
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2719号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 竹内,直信
 東京大学 講師 小宮根,真弓
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

皮膚は人体の最外層を形成する臓器である。外界との境界であるバリアとして機能するとともに、外界との間で免疫応答をする器官でもある。表皮、真皮、皮下組織に分けられ、表皮はケラチノサイトよりなり、ランゲルハンス細胞、メラノサイトを含む。真皮は線維芽細胞、血管内皮細胞、樹状細胞、肥満細胞などからなる。さらに炎症時にはリンパ球、マクロファージ、好酸球、好中球などが浸潤する。これらの細胞は互いにサイトカインやケモカインを産生して相互に作用する。ケラチノサイトは分化しながら上昇し、基底層、有棘層、顆粒層、角層となって最後は垢として脱落する。ランゲルハンス細胞は表皮に存在する樹状細胞の一種で、強力な抗原提示能を有する。皮膚で抗原を取り込み、処理して、所属リンパ節でナイーブT細胞に抗原提示し、感作リンパ球を生み出す。

ケモカインは免疫および炎症反応において、様々な白血球の遊走や活性化を司っているペプチドの一群である。免疫や炎症反応の起きている場所への各種の白血球の選択的動員は、それぞれの種類の白血球に選択的に受容体が発現していることによる。ここでCD4helperT細胞はサイトカイン産生プロファイルによって2つに分けられる。Thl細胞はIFN-γやIL-2を産生し、細胞性免疫に関与している。一方、Th2細胞はIL-4,IL-5,IL-6,IL-10およびIL-13を産生し、液性免疫やアレルギー疾患に関与している。そしてThl 細胞とTh2細胞はそれぞれ異なったケモカイン受容体を発現している。

Cutaneous T cell-attracting chemokine (CTACK) /CC chemokine ligand (CCL) 27はCCケモカインの一つで、CC chemokine receptor(CCR) 10のリガンドである。CCL27は表皮のケラチノサイト、真皮の血管内皮細胞や細胞外マトリックスに発現しているが、そのmRNAはケラチノサイトのみに認められる。アトピー性皮膚炎患者および尋常性乾癖患者においては、末梢血および表皮ケラチノサイトのCCL27発現量が増加しているという報告や、CCL27とCCR1Oの相互作用がアレルギー性接触性皮膚炎、Toxic epidermal necrolysis(TEN)型薬疹、スティーブンス・ジョンソン症候群に関与する可能性を示唆する報告がある。さらに、マウスにCCL27を皮下注射すると注射部位にリンパ球が遊走される一方で、CCL27とCCR1Oの相互作用を減弱するとリンパ球の遊走が減少し、皮膚の炎症が緩和するとの報告がある。これらのことより、CCL27は病変部にCCR1O陽性細胞を遊走させることにより、皮膚炎の発症に重要な役割を果たしていると考えられる。

Contact hypersensitivity(CHS)(臨床的にはアレルギー性接触性皮膚炎)はある個体がある物質に感作された場合、その同じ個体が再び同じ物質に接触した場合に起こる反応である。初めて接触し、準備状態を作る感作相と、再び接触して炎症が起こる惹起相に分けられる。感作相では表皮に存在するランゲルハンス細胞が抗原を取り込み、処理しながら所属リンパ節まで遊走し、ナイーブT細胞に抗原提示を行い、感作T細胞を誘導する。惹起相では感作リンパ球が遊走し、抗原提示を受けて活性化し、炎症を引き起こす。感作物質と惹起方法によってThl型とTh2型の反応が起きる。

これらのことを背景にして、本研究ではケラチノサイトによって産生されるCCL27の意義を明らかにするため、表皮基底層に発現するkeratin 14のプロモーター支配下に、表皮でmurine CCL27(mCCL27)を恒常的に強発現するトランスジェニック(transgenic=Tg)マウスを作成した。 OxazoloneによるThl型のCHS、fluorescein isothiocyanate (FITC)によるTh2型のCHS、 croton oilによる一次刺激を行い、種々の解析を加えた。

Tgマウスは、human keratin 14 promoter/enhancer-mCCL27-human growth hormone遺伝子断片をC57BL/6マウスの受精卵に顕微注入し、仮親のC57BL/6雌マウスの子宮内に戻すことで作製した。作製したTgマウスでは、mCCL27cDNAを含むtransgeneが組み込まれており、表皮ケラチノサイトにおいてmCCL27mRNAが多量に転写され、多量のmCCL27蛋白に翻訳され、産生、分泌されていた。この産生されたmCCL27は抗mCCL27抗体に認識され、その分子量は報告されているものと一致し、CCR10強制発現細胞に対して遊走活性を有していた。これにより、このマウスの系が表皮に生物活性を有するmCCL27蛋白を発現するTgマウスとして機能していることが確認された。Tgマウスで皮膚炎の自然発症はみられなかった。また、crotonoilによる一次刺激では、Tgマウスとnon-Tgマウスで違いはみられなかった。腹部に感作した後に耳介に1回惹起するものをacute CHS、反復惹起するものをchronic CHSと定義した。Oxazoloneではacute CHSもchronic CHSも、Tgマウスとnon-Tgマウスで違いはみられなかった。

FITC acute CHSではTgマウスとnon-Tgマウスで違いはみられなかったが、FITC chronic CHSにおいて、Tgマウスはnon-Tgマウスと比べて耳介がより腫脹し、耳介皮膚に浸潤したリンパ球、好中球、肥満細胞およびCCR10陽性細胞の数が多かった。CCR10陽性細胞は主にリンパ球であり、好中球も散見された。これらのことより、Tgマウスではケラチノサイトによって産生されたmCCL27によって引き寄せられたCCR10陽性細胞がCHSの修飾に関与していることが示唆された。また、肥満細胞の増加も耳介腫脹の増強に関与している可能性がある。

また、FITC chronic CHSにおいては、Tgマウスはnon-Tgマウスよりも耳介皮膚由来ケラチノサイトにおけるIL-4 mRNA発現が増強し、IFN-γ mRNA発現が減弱していた。これはTgマウスではTh2優位な状態に傾いていることを意味する。

さらにIgEはTh2優位な状態のマーカーであるが、FITC chronic CHSではTgマウスはnon-Tgマウスよりも血清IgEが増加した。これはFITCがTh2優位な炎症反応を起こすことと合致しており、ケラチノサイトによって産生されたCCL27がIgE産生を促進していることを示す。CCL27がIL-4やIL-13などのTh2サイトカイン産生を誘導し、B細胞からのIgE産生を促進した可能性がある。また、IgEを介した慢性アレルギー性皮膚炎には好塩基球が必要であり、Th2型反応を誘導すると好塩基球がIL-4を産生することから、FITC chronic CHSに好塩基球が関与している可能性も示唆される。

ところでTh2優位な炎症性皮膚疾患として知られるアトピー性皮膚炎では、慢性の湿疹病変とともに血清IgEが高値であることが多い。FITC chronic CHSの方がFITC acute CHSよりIgEが高値だったことは、様々な抗原に曝露し続けるアトピー性皮膚炎においてIgE値が上昇することを示唆するものかもしれない。また、アトピー性皮膚炎においては特に慢性期に肥満細胞が増加しており、病態に強く関与している。FITC chronic CHSにおいてはTgマウスではnon-Tgマウスよりも肥満細胞が増加していた。CCL27がどのようにして肥満細胞の増加を引き起こすのかは不明であるが、慢性の湿疹病変についてはCCL27が肥満細胞の増加を通しても関与していると考えられる。

これらのことより、CCL27は単独では炎症をひきおこさないが、いったん炎症が起こるとCCR1O陽性Th2細胞を遊走させ、Th2優位な状態を誘導して、炎症を修飾すると考えられる。その際、肥満細胞や血清IgE濃度の増加というアトピー性皮膚炎に似た状態がみられることより、アトピー性皮膚炎の病態にCCL27が関与していることが示唆される。今後研究が進み、アトピー性皮膚炎をはじめとする皮膚疾患の治療に結びつくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は皮膚炎の発症に重要な役割を果たしていると考えられるCCL27の意義を明らかにするため、ケラチノサイトよりCCL27を恒常的に強発現するトランスジェニックマウスを作成した。このマウスにてcontacthypersensitivityを行い、下記の結果を得ている。

トランスジェニックマウスは、human keratin 14 promoter/enhancer-mCCL27-human growth hormone遺伝子断片をC57BL/6マウスの受精卵に顕微注入し、仮親のC57BL/6雌マウスの子宮内に戻すことで作製した。作製したトランスジェニックマウスでは、mCCL27cDNAを含むtransgeneが組み込まれており、表皮ケラチノサイトにおいてmCCL27mRNAが多量に転写され、多量のmCCL27蛋白に翻訳され、産生、分泌されていた。この産生されたmCCL27は抗mCCL27抗体に認識され、その分子量は報告されているものと一致し、CCR1O強制発現細胞に対して遊走活性を有していた。これにより、このマウスの系が表皮に生物活性を有するmCCL27蛋白を発現するトランスジェニックマウスとして機能していることが確認された。

トランスジェニックマウスで皮膚炎の自然発症はみられなかった。また、croton oilによる一次刺激及びoxazoloneによるcontacthypersensitivityではトランスジェニックマウスと正常マウスで違いはみられなかった。

FITCによるcontacthypersensitivityでは、FITCで反復惹起した際にトランスジェニックマウスは正常マウスよりも耳介が腫脹し、耳介皮膚に浸潤したリンパ球、好中球、肥満細胞およびCCR1O陽性細胞の数が多かった。CCR10陽性細胞は主にリンパ球であり、好中球も散見された。これらのことより、トランスジェニックマウスではケラチノサイトによって産生されたmCCL27によって引き寄せられたCCR10陽性細胞がcontact hypersensitivityの修飾に関与していることが示唆された。

また、FITCによるcontacthypersensitivityにおいては、トランスジェニックマウスは正常マウスよりも耳介皮膚由来ケラチノサイトにおけるIL-4mRNA発現が増強し、IFN-μmRNA発現が減弱していた。これはトランスジェニックマウスではTh2優位な状態に傾いていることを意味する。

さらにIgEはTh2優位な状態のマーカーであるが、FITCによるcontacthypersensitivityではトランスジェニックマウスは正常マウスよりも血清IgEが増加した。これはFITCがTh2優位な炎症反応を起こすことと合致しており、ケラチノサイトによって産生されたCCL27がIgE産生を促進していることを示す。CCL27がIL-4やIL-13などのTh2サイトカイン産生を誘導し、B細胞からのIgE産生を促進した可能性がある。また、IgEを介した慢性アレルギー性皮膚炎には好塩基球が必要であり、Th2型反応を誘導すると好塩基球がIL-4を産生することから、FITCによるcontact hypersensitivityに好塩基球が関与している可能性も示唆される。

これらのことより、CCL27は単独では炎症をひきおこさないが、いったん炎症が起こるとCCR1O陽性Th2細胞を遊走させ、Th2優位な状態を誘導して、炎症を修飾すると考えられる。その際、肥満細胞や血清IgE濃度の増加というアトピー性皮膚炎に似た状態がみられることより、アトピー性皮膚炎の病態にCCL27が関与していることが示唆される。

以上、本論文はケラチノサイトよりCCL27を恒常的に強発現するトランスジェニックマウスにおいて、FITCを反復塗布することによるcontact hypersensitivity反応が増強することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、ケラチノサイトによるCCL27産生の意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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