学位論文要旨



No 121475
著者(漢字) 山岡,尚世
著者(英字)
著者(カナ) ヤマオカ,ヒサヨ
標題(和) インプラント型再生軟骨の作製を目指した足場素材の検討
標題(洋)
報告番号 121475
報告番号 甲21475
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2723号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 助教授 米原,啓之
 東京大学 講師 竹内,直信
内容要旨 要旨を表示する

目的

再生医療は各臓器で近年盛んに研究されているが、なかでも軟骨再生の分野は比較的臨床応用が進んでいる。現在、軟骨欠損部にゲル状の自家軟骨細胞塊を投与する治療法が、美容外科あるいはスポーツ外傷外科などにおいて、すでに臨床応用されている。しかし、適応できる疾患は限られており、主要な軟骨疾患である小耳症、口唇口蓋裂、変形性関節症などの治療に軟骨再生医療を適応するためには、力学的強度を有し、三次元形態を呈するインプラント型の再生軟骨を開発する必要がある。

一方、インプラント型再生軟骨を作製するためには、播種する細胞の機能を高め、かつ組織全体の肉眼形状を支持できる、臨床に応用可能な足場素材システムを構築することが要件である。現在まで、軟骨再生医療においては2種類の足場素材を使用する試みが行われてきた。第1はハイドロゲル型の足場素材である。ハイドロゲル型足場素材は、細胞との混和が可能であり、軟骨細胞に特有な三次元環境を提供できる点で、利点がある。しかし、ハイドロゲル自体は力学的強度を欠くため、ハイドロゲルに三次元的な形状を付与することは困難である。もうひとつは多孔体型足場素材である。多孔体型の足場は、再生組織への力学的強度や形状の付与においては優れているが、気孔のサイズが小さくなるほど、細胞懸濁液の足場内への浸潤が困難になり、反対に、気孔サイズが大きくなると、軟骨細胞は気孔内壁に付着するのみで理想的な三次元環境を成さないなどの欠点がある。

本研究では、臨床に応用可能なインプラント型再生軟骨用足場素材システムを構築することを目的として、まず、軟骨細胞に三次元環境を提供できるハイドロゲル型足場素材について、現在、または近い将来に臨床的に利用可能な材料を比較検討し、さらに、ハイドロゲルを用いたペレット型再生軟骨に三次元形状を付与する目的で多孔体型足場素材との併用を試み、その有用性とハイドロゲルと併用する多孔体足場素材の条件を検討した。

方法

ヒト耳介軟骨より単離した軟骨細胞を実験に供した。ハイドロゲル型の足場素材は、それぞれ、動物、植物、合成ペプチド由来のものとして、アテロペプチドコラーゲン、アルジネート、PuraMatrixTMを選択し、ペレット型再生軟骨(2xlO5細胞/20μ10.5%ゲル)を作製した。対照としてはハイドロゲルを用いずに、同数の軟骨細胞を凝集させたものを用いた。ペレット型再生軟骨は基礎培地(DMEM/F12)あるいはそれに、BMP-2およびinsulinを添加した培地で培養し、それぞれの特性を、分子生物学的、生化学的、組織学的に評価した。さらに、ペレット型再生軟骨の形状保持のために多孔体型足場素材を併用した。多孔体には、骨接合具の原料であるポリ乳酸(PLLA)を多孔化したもの(孔径約500μm)、現在医療用材料として供給されているコラーゲンスポンジ(孔径約100μm)、乳酸カプロラクトン共重合体(P(LA/CL))50:50多孔体(孔径約50μm)、乳酸カブロラクトン共重合体(P(LA/CL))75:25多孔体(孔径約50μm)を用いた。多孔体に、軟骨細胞(106細胞)とアテロペプチドコラーゲン(100μm)あるいは同体積の基礎培地(DMEM)の混和物を投与し、インプラント型再生軟骨を作製した。作製したインプラント型再生軟骨のin vitroでの形態変化を評価するとともに、ヌードマウスの背部皮下に移植し、in vivoでの形状変化、生化学的、組織学的特性を評価した。

結果と考察

それぞれのハイドロゲル中で軟骨細胞の高密度培養を行い、ペレット型再生軟骨を作製したところ、ハイドロゲルを使用しないペレット型再生軟骨と比較して、いずれのハイドロゲルでもII型コラーゲンのmRNAの発現が増加した。さらにinsu1inおよびBMP-2の刺激により軟骨細胞の基質産生を促進させたところ、アテロペプチドコラーゲンではII型コラーゲンが、アルジネートではグリコサミノグリカンが顕著に集積した。アテロペプチドコラーゲン中の軟骨細胞では、β1インテグリンの発現が増加しており、豊富な細胞基質シグナル伝達が示唆された。一方、n-カドヘリンの発現はアルジネートでは低く、個々の細胞の孤立性が保たれることにより軟骨細胞の活性が維持されている可能性が示唆された。PuraMatrixTM中での基質合成は他と比較して少量であり、ゲル化後のヤング率も最も低く、ゲル化能および細胞と基質の支持能に改善の余地があることが示唆された。基質産生能が高く、また組織欠損補填剤としての臨床実績を考慮すると、現時点ではハイドロゲル型足場素材としては、アテロペプチドコラーゲンが第一選択と考えられた。

しかし、アテロペプチドコラーゲンを用いたペレット型再生軟骨をin vitroにおいて培養すると、4週間で約70%まで収縮し、アテロペプチドコラーゲンゲルのみでは形状保持が困難であることが明らかとなった。そのため、細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物をPLLA多孔体型足場に投与し、形状変化を追跡したところ、長期にわたり形状保持が良好であった。そのため、細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物を多孔体型足場に投与することによりインプラント型再生軟骨の作製が可能であると思われた。

さらに、細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物と併用する際の多孔体型足場素材の条件を検討するため自作のPLLAに加え、現在医療用材料として提供されているコラーゲンスポンジ、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25を使用し、インプラント型再生軟骨を作製した。コラーゲンスポンジは、細胞やアテロペプチドコラーゲンの投与の有無に関わらず、液体に浸漬しただけで50〜60%に縮小してしまい、初期形態を保つことが困難であった。一方、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25はいずれも、移植後も形状が保たれており、ほとんど収縮は見られなかった。PLLAも形状が保たれており、ほとんど収縮は見られず、むしろ、PLLAに細胞・アテロペプチドコラーゲン混合物を投与したものは約5%微増していた。生化学的には、コラーゲンスポンジおよびPLLAによるインプラント型再生軟骨では、グリコサミノグリカンとII型コラーゲンの顕著な蓄積が見られた。しかし、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25においては、ほとんど見られなかった。また、組織学的に検討すると、コラーゲンスポンジはサイズが保たれなかったものの、中心部までメタクロマジーが観察され、またPLLAでは、他の多孔体型足場に比べ、最も豊富なメタクロマジーが観察された。一方、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25でいずれも辺縁部のみにメタクロマジーがみられ、軟骨細胞が辺縁部にとどまり、中心部まで十分に細胞が浸透していないことが示された。インプラント型再生軟骨を作製する上では、多孔体内部に粘調な細胞・アテロコラーゲン混和物を浸透させることが必須である。そのため、孔径の大きいコラーゲンスポンジやPLLA多孔体が有利であったと思われる。培養や移植の間に受ける外力に抗するためには十分な剛性が必要であるが、剛性は逆に、細胞・アテロコラーゲン混和物の浸透を困難にさせる。そのためにも500μm程度の十分に大きな孔径を有する剛体の多孔体が必要であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、臨床に応用可能なインプラント型再生軟骨用足場素材システムを構築することを目的として、軟骨細胞に三次元環境を提供できるハイドロゲル型足場素材について、現在、または近い将来に臨床的に利用可能な材料を比較検討し、さらに、ハイドロゲルを用いたペレット型再生軟骨に三次元形状を付与する目的で多孔体型足場素材との併用を試み、その有用性とハイドロゲルと併用する多孔体足場素材の条件を検討して、下記の結果を得ている。

アテロペプチドコラーゲン、アルジネート、PuraMatrixTMの各種ハイドロゲル中で軟骨細胞の高密度培養を行い、ペレット型再生軟骨を作製したところ、ハイドロゲルを使用しないペレット型再生軟骨と比較して、いずれのハイドロゲルでもII型コラーゲンのmRNAの発現が増加した。さらにinsulinおよびBMP-2の刺激により軟骨細胞の基質産生を促進させたところ、アテロペプチドコラーゲンではII型コラーゲンが、アルジネートではグリコサミノグリカンが顕著に集積した。アテロペプチドコラーゲン中の軟骨細胞では、β1インテグリンの発現が増加しており、豊富な細胞基質シグナル伝達が示唆された。一方、n-カドヘリンの発現はアルジネートでは低く、個々の細胞の孤立性が保たれることにより軟骨細胞の活性が維持されている可能性が示唆された。PuraMatrixTM中での基質合成は他と比較して少量であり、ゲル化後のヤング率も最も低く、ゲル化能および細胞と基質の支持能に改善の余地があることが示唆された。基質産生能が高く、また組織欠損補填剤としての臨床実績を考慮すると、現時点ではハイドロゲル型足場素材としては、アテロペプチドコラーゲンが第一選択と考えられた。

アテロペプチドコラーゲンを用いたペレット型再生軟骨をin vitroにおいて培養すると、4週間で約70%まで収縮し、アテロペプチドコラーゲンゲルのみでは形状保持が困難であることが明らかとなった。そのため、細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物をPLLA多孔体型足場に投与し、形状変化を追跡したところ、長期にわたり形状保持が良好であった。そのため、細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物を多孔体型足場に投与することによりインプラント型再生軟骨の作製が可能であると思われた。

細胞・アテロペプチドコラーゲン混和物と併用する際の多孔体型足場素材の条件を検討するため自作のPLLAに加え、現在医療用材料として提供されているコラーゲンスポンジ、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25を使用し、インプラント型再生軟骨を作製した。コラーゲンスポンジは、細胞やアテロペプチドコラーゲンの投与の有無に関わらず、液体に浸漬しただけで50〜60%に縮小してしまい、初期形態を保つことが困難であった。一方、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25はいずれも、移植後も形状が保たれており、ほとんど収縮は見られなかった。PLLAも形状が保たれており、ほとんど収縮は見られず、むしろ、PLLAに細胞・アテロペプチドコラーゲン混合物を投与したものは約5%微増していた。生化学的には、コラーゲンスポンジおよびPLLAによるインプラント型再生軟骨では、グリコサミノグリカンとII型コラーゲンの顕著な蓄積が見られた。しかし、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25においては、ほとんど見られなかった。また、組織学的に検討すると、コラーゲンスポンジはサイズが保たれなかったものの、中心部までメタクロマジーが観察され、またPLLAでは、他の多孔体型足場に比べ、最も豊富なメタクロマジーが観察された。一方、P(LA/CL)50:50、P(LA/CL)75:25でいずれも辺縁部のみにメタクロマジーがみられ、軟骨細胞が辺縁部にとどまり、中心部まで十分に細胞が浸透していないことが示された。インプラント型再生軟骨を作製する上では、多孔体内部に粘調な細胞・アテロコラーゲン混和物を浸透させることが必須である。そのため、孔径の大きいコラーゲンスポンジやPLLA多孔体が有利であったと思われる。培養や移植の間に受ける外力に抗するためには十分な剛性が必要であるが、剛性は逆に、細胞・アテロコラーゲン混和物の浸透を困難にさせる。そのためにも500μm程度の十分に大きな孔径を有する剛体の多孔体が必要であると考えられた。

以上、本論文は、軟骨再生医療の適応を拡大する上で必要なインプラント型再生軟骨を作製するための足場素材について、素材と構造という点から検討を加え、最適化を図った。本研究は、系統的に検討されていなかった軟骨再生用の足場素材に科学的な洞察をあたえ、軟骨再生医療学の発展に貴重な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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