学位論文要旨



No 121476
著者(漢字) 大庭,伸介
著者(英字)
著者(カナ) オオバ,シンスケ
標題(和) 骨再生を目的とした新規遺伝子治療法の開発に関する実験的研究 : 骨形成性シグナル経路の最適化とpolyplex nanomicelleを用いた遺伝子導入による骨再生
標題(洋)
報告番号 121476
報告番号 甲21476
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2724号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
 東京大学 客員助教授 小山,博之
 東京大学 教授 大友,邦
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

骨組織は哺乳類において多彩かつ重要な役割を果たしている。したがって、種々の疾病、先天異常あるいは外傷による骨組織の異常・喪失は、QOLの著しい低下を来す。従来、不可逆性の骨欠損に対しては主に骨移植あるいは人工物による修復が行われてきた。しかし、骨移植はドナー不足と免疫拒絶が大きな問題であり、人工物は安全性・耐久性・機能性において未だ骨組織に劣るため、共に限界が見え始めている。すなわち、不可逆性骨欠損の治療に関しては、量(ドナー数)と質(安全性・耐久性・機能性)という多くの場合相反する2つの要件を満足させることが急務である。

こうした問題を解決するため、組織工学の手法を利用した再生医療が脚光を浴びている。再生医療に重要な要素として、1993年にVacantiらが指摘した「細胞源・足場・シグナル」が挙げられる。近年の骨再生医療においては、幹細胞を細胞源とし、生分解性の足場材料と組み合わせてこれらを骨欠損部へ移植する細胞移植の有効性が示されている。

しかしながら細胞移植による骨再生医療においては、量と質を満足させるような理想的な細胞源を完全に確保できておらず、また細胞移植に伴う医療費とリスクの問題が未だ解決されていない。したがって、骨再生医療における細胞以外の2要素(シグナル・足場)からアプローチすることで、細胞移植にとって変わる新しい骨再生システムを開発することが必要であると考えられる。

これまでに報告された足場材料のうち骨伝導能を有する材料は存在するが、骨誘導能を有する材料は未だない。それは、これらの材料がその周囲に骨形成を誘導するのに十分なシグナル経路を活性化しないためであると考えられる。骨形成性シグナル経路に関しては近年、発生工学的・分子細胞生物学的手法を用いて多くの知見が得られている。これまで骨形成に関連すると報告された数多くのシグナル分子・転写因子のうち、特にBMPs(bone morphogenetic proteins)、Hhs(Hedgehogs)、Wnts、IGF-1(Insulin-like growth factor-1)、Runx2(Runt-related transcription factor2)といった分子は、正常な骨形成に必要不可欠な因子であることが明らかにされている。これらのシグナル経路は協調して骨形成を進めていく可能性が高いと考えられるが、現在までに効率的に骨芽細胞分化を誘導するシグナル経路の組合せは明らかにされていない。したがって、骨形成性シグナル経路の組合せに関する網羅的な検討から、これらを最適化し、最適化された骨形成性シグナル経路を遺伝子導入によって生体内で安全に活性化させるシステムを開発することで、細胞移植を行うことなく骨再生が誘導されるのではないかと考え本研究を行うこととした。

【結果】

最適化骨形成性シグナル経路のスクリーニングの候補としてBMPシグナル・Hhシグナル・Runx2シグナル・Wntシグナル・IGF-1シグナルの5種の骨形成性シグナル経路を選択した。それぞれのシグナルを活性化あるいは抑制するアデノウィルスベクターを用意し、これら全ての組合せ(35=243通り)をCollalGFP-ES細胞に導入し、GFPの蛍光を指標にして、無血清培地で1週間以内に骨芽細胞分化を誘導する組合せのスクリーニングを行った。CollalGFP-ES細胞とは、骨芽細胞特異的に発現するラットI型コラーゲンの2.3kb断片とEGFP(enhanced green fluorescence protein)遺伝子を組み合わせたトランスジーンをもつES細胞で、骨芽細胞分化をGFPの蛍光のみを指標にモニタリングできる。スクリーニングの結果、無血清培地で1週間以内に骨芽細胞分化を誘導する最小のシグナルユニットはBMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)であった。

骨芽細胞分化マーカー遺伝子の発現と石灰化の検討から、caALK6+Runx2の導入はマウスES細胞・ヒト間葉系間質細胞・ヒト皮膚線維芽細胞・NIH3T3細胞(マウス胎仔線維芽細胞由来細胞株)・HeLa細胞(ヒト子宮頸癌由来細胞株)において1週間程度で強力に骨芽細胞分化を誘導することが明らかとなった。以上より、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せは、幹細胞のみならず終末分化した非骨芽系細胞からの骨芽細胞分化においても、最適化骨形成性シグナル経路の条件を満たす最小のシグナルユニットであると考えられた。

次に、core binding factorβ(Cbfb)との複合体形成によってRunx2の転写活性化能は著しく上昇することから、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せによる協調作用をCbfbに着目して明らかにすることを試みた。Cbfb欠損マウス由来の細胞にcaALK6+Runx2を導入しても骨芽細胞分化は誘導されなかった。またNIH3T3細胞において、caALK6+Runx2により誘導される骨芽細胞分化はCbfbを併せて導入することによって増強した。以上より、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せによる骨芽細胞分化誘導において、Cbfbは必須の因子であり、2つのシグナルによって制御されていることが示唆された。そこで、その分子機序に関する検討を行った。

Runx2あるいはcaALK6+Runx2の導入によって、mRNAの発現レベルが変化することなく細胞内の内因性Cbfb蛋白の発現が著しく増加した。内因性Cbfb蛋白の発現はユビキチンプロテアソーム阻害剤の添加によって、Runx2あるいはcaALK6+Runx2によって誘導されるレベルまで回復したが、Runx2導入群、caALK6+Runx2導入群においては変化しなかった。以上より、Runx2がCbfbをユビキチンプロテアソーム系による分解から保護すると考えられた。

また、caALK6+Runx2を導入した場合にのみRunx2とCbfbは複合体を形成し、共にosteocalcinプロモーター上へ誘導されていた。したがって、BMPシグナルの活性化によってRunx2とCbfbの複合体形成が促進され、転写活性の高いRunx2-Cbfb複合体がosteocalcinプロモーター上へ誘導されると考えられた。以上より、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せによる協調的な骨芽細胞分化誘導は、Runx2によるCbfbの安定化と、BMPシグナルによるRunx2-Cbfb複合体の形成促進及び複合体のDNA上への誘導を介すると考えられた。

最後にマウス頭蓋部に作製した直径4mmの臨界骨欠損モデルを用いて、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せのin vivoにおける骨再生誘導能に関して検討した。アデノウイルスを用いたin vitro遺伝子導入により2つのシグナルを活性化させた皮膚線維芽細胞シートを臨界骨欠損部へ移植すると、術後4週で有意な骨再生が誘導された。また、リン酸カルシウムペーストとアデノウィルスベクターからなる骨再生用インプラント体を用いた局所遺伝子導入によって、臨界骨欠損部周囲の細胞においてBMPシグナルとRunx2シグナルの組合せを活性化させることで細胞を移植することなく骨再生が誘導された。そこで免疫原性の高いウイルスベクターに代わって、静電相互作用によりポリエチレングリコール(PEG)-ポリカチオンブロック共重合体とプラスミドDNAによって形成されるpolyplex nanomicelleを用いた遺伝子導入による骨再生を検討した。polyplex nanomicelleは生体内において安定であるため遺伝子導入効率が高いが、生体への為害性は少ないとされている。リン酸カルシウムペーストとpolyplex nanomicelleからなる骨再生用インプラント体を用いた臨界骨欠損部周囲への遺伝子導入によっても、細胞を移植することなく術後4週で有意な骨再生が誘導されることが示された。

【まとめ】

本研究は、従来にないGFPの蛍光発現を指標にしたinvitro骨芽細胞分化判定法を用い、5種類の骨形成性シグナル経路の組合せの網羅的な検討から、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せが最適化骨形成性シグナル経路であることを明らかにした。またこの組合せはRunx2によるCbfbの安定化と、BMPシグナルによるRunx2-Cbfb複合体の形成促進及び複合体のDNA上への誘導を介して骨芽細胞分化を協調的に誘導することが示された。さらにこの組合せはinvivo骨再生においても有効であり、この2つのシグナルを遺伝子導入によって骨欠損部周囲の細胞で活性化させることで、細胞移植を用いることなく骨再生を誘導することが可能であることが示された。本実験で遺伝子導入に用いたpolyplex nanomicelleとリン酸カルシウムペーストからなる骨再生用インプラント体は骨誘導性人工材料であり、細胞移植に伴うリスクとコストを軽減させる基盤技術となりうることが示唆された。さらには既存の医療用インプラント表面への骨誘導性インターフェースの付与への応用にもつながると考えられた。したがって、本研究で得られた知見は今後の骨再生医療の発展に寄与するものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨形成性シグナル経路の最適化を行い、最適化された骨形成性シグナル経路を遺伝子導入によって生体内で安全に活性化させ、骨再生を誘導するシステムの基盤技術の開発を目指して行われたものであり、下記の結果を得ている。

BMPシグナル・Hhシグナル・Runx2シグナル・Wntシグナル・IGF-1シグナルの5種の骨形成性シグナル経路を活性化あるいは抑制する遺伝子の全組合せをCollalGFP-ES細胞に導入し、GFPの蛍光を指標にして、無血清培地で1週間以内に骨芽細胞分化を誘導する組合せのスクリーニングを行った。無血清培地で1週間以内に骨芽細胞分化を誘導する最小のシグナルユニットはBMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)であった。さらにこの組合せはマウスES細胞・ヒト間葉系間質細胞・ヒト皮膚線維芽細胞・NIH3T3細胞・HeLa細胞において1週間程度で強力に骨芽細胞分化を誘導した。以上より、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)は、幹細胞のみならず終末分化した非骨芽系細胞からの骨芽細胞分化においても、最適化骨形成性シグナル経路の条件を満たす最小のシグナルユニットであることが示された。

次に、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)による協調作用のメカニズムをcore binding factor β(Cbfb)に着目して明らかにすることを試みた。Cbfbの機能喪失・機能亢進の実験より、この組合せによる骨芽細胞分化誘導においては、それぞれのシグナルによってCbfbが制御されていることが示唆された。その分子機序についてCbfbのmRNA発現量・蛋白発現量、及びCbfbとRunx2の複合体形成とそのDNA上への誘導に関して解析を行った。その結果、Runx2がCbfbをユビキチンプロテアソーム系による分解から保護することが示された。また、caALK6+Runx2を導入した場合にのみRunx2とCbfbは複合体を形成し、共にosteocalcinプロモーター上へ誘導されることが示された。以上より、BMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)による協調的な骨芽細胞分化誘導は、Runx2によるCbfbの安定化と、BMPシグナルによるRunx2-Cbfb複合体の形成促進及び複合体のDNA上への誘導を介すると考えられた。

アデノウイルスベクターを用いたin vitro遺伝子導入によりBMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)を活性化させた皮膚線維芽細胞シートをマウス頭蓋部の臨界骨欠損部へ移植すると、術後4週で有意な骨再生が誘導された。また、リン酸カルシウムペーストとアデノウイルスベクターからなる骨再生用インプラント体を用いた局所遺伝子導入によって、臨界骨欠損部周囲の細胞においてBMPシグナルとRunx2シグナルの組合せ(caALK6+Runx2)を活性化させることで細胞を移植することなく骨再生が誘導された。さらに、免疫原性の高いウイルスベクターに代わってpolyplex nanomicelleを用いた遺伝子導入による骨再生を検討した。リン酸カルシウムペーストとpolyplex nanomicelleからなる骨再生用インプラント体を用いた臨界骨欠損部周囲への遺伝子導入によっても、細胞を移植することなく術後4週で有意な骨再生が誘導されることが示された。

以上、本研究は従来にないGFPの蛍光発現を指標にしたin vitro骨芽細胞分化判定法と分子生物学的手法を用いて、in vitroにおいて骨形成性シグナル経路の最適化を行い、さらにその作用メカニズムを明らかにした。また最適化されたシグナル経路が骨再生に有効であることも示した。さらにpolyplex nanomicelleを用いた遺伝子導入の骨再生への応用に関しては従来に報告がなく、本研究が最初の試みである。本研究は今後の骨再生医療の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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