学位論文要旨



No 121477
著者(漢字) 藤原,夕子
著者(英字)
著者(カナ) フジハラ,ユウコ
標題(和) 血管新生の促進による皮弁生着向上効果の検討
標題(洋)
報告番号 121477
報告番号 甲21477
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2725号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 朝戸,裕貴
 東京大学 教授 米原,啓之
 東京大学 講師 朝蔭,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

緒言

組織再建において皮弁移植術は最も重要な手術法の一つであり、出来るだけ安全で確実な皮弁の移動が望まれる。そのため、作製した皮弁の壊死を予防し生着面積を向上させるため、これまで数多くの努力がなされてきた。最近では、血管新生療法を皮弁生着向上に利用した実験報告が注目を集めている。血管新生療法とは、「血管新生を誘導することにより、側副血行路の発達を促し虚血部に対する血行を改善する治療法」であり、もともとは虚血性心疾患や重症虚血肢の領域で研究されてきた方法である。皮弁の領域においても、血管新生療法を利用して皮弁の局所循環を改善することができれば皮弁の生着向上が期待できるため、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:bFGF)や血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)などの血管新生因子を利用した研究が行われるようになった。これまでの研究により、虚血皮弁モデルにおける血管新生療法の有用性が明らかになりつつあるが、血管新生療法の選択や用いる血管新生因子の種類およびその投与部位などに関して、更なる検討が必要であると考えられている。

これまで、虚血皮弁モデルのrecipient bed(皮弁下床)に遺伝子導入法や徐放性DDS製剤を用いてbFGFを投与し、皮弁の生着が向上するかを検討した報告はない。そこで本研究では、プラスミド筋注による遺伝子導入法にエレクトロボレーションを併用する方法(第II章)と徐放性DDS製剤の酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィアー(acidic gelatin hydrogel microspheres:AGHMs)を用いる方法(第III章)の2つのアプローチ法を用いて、ラット虚血皮弁のrecipient bedにbFGFを投与し、皮弁生着向上に対する効果を検討した。

bFGFの遺伝子導入によるラット皮弁生着向上効果の検討

エレクトロボレーション法とは

本研究では、ラット虚血皮弁モデルにbFGF遺伝子を導入する方法として、プラスミドDNAの筋注にエレクトロボレーションを併用する方法を用いた。プラスミドDNAの筋注による遺伝子導入法は、筋細胞が周囲の外来性遺伝子を自発的にとりこみ、その遺伝子を発現することができるという特色を利用している。この方法は比較的安全な方法であるが、遺伝子導入効率が低いという欠点を有するため、本研究ではエレクトロボレーション法を併用した。エレクトロボレーション法とは、電気刺激により細胞膜に一時的に穴を開け、外来性遺伝子の取り込みを増加させることにより遺伝子導入効率を高める方法である。

方法

200-250gオスSDラットの右側僧帽筋胸部及び広背筋背部に、コントロールプラスミドpCAZ3もしくはシグナル配列付ヒトbFGF遺伝子を組み込んだ発現プラスミドpCAcchbFGFcs23を筋注し、エレクトロボレーションを施行することにより遺伝子を導入した。実験群としては、pCAZ3筋注群(LacZ-E-)、pCAcchbFGFcs23筋注群(FGF-E-群)、pCAZ3筋注にエレクトロボレーションを併用した群(LacZ-E+群)、pCAcchbFGFcs23筋注にエレクトロボレーションを併用した群(FGF-E+群)の4群で実験を行った。遺伝子導入を行った2日後に、深腸骨回旋動脈を血管茎とするaxial型の皮弁を作製し、さらにその7日後に、皮弁壊死率、皮弁血管造影、組織学的評価を用いて皮弁生着に関する評価を行った。

結果

FGF-E+群の壊死面積は、他の3群に比較し有意に小さかった。また、FGF-E+群は、他の3群に比較して有意に高い血管造影スコアを示し、皮弁肉様膜内の血管密度の増加を認めた。LacZ-E-群、FGF-E-群、LacZ-E+群の間では有意差は認められなかった。

酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィアーを用いたbFGFタンパク徐放によるラット皮弁生着向上効果の検討

酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィアーとは

酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィアー(acidic gelatin hydrogel microspheres:AGHMs)は、局所にbFGFを持続投与するために開発された材料である。bFGFタンパクを含ませたAGHMsを生体に投与すると、AGHMsは徐々に溶解しながら含有していたbFGFを放出するため、局所に持続的にbFGFを投与することが可能になる。

方法

200-250gオスSDラットの右側背部に、深腸骨回旋動脈を血管茎とするaxial型の皮弁を挙上した。その後実験群を8つに分類し、皮弁頭側recipientbedの筋膜下1mm(右側僧帽筋胸部及び広背筋背部)に(1)300μ1 PBS(PBS群)、(2)bFGF 15μg in 300μ1 PBS(FGF15群)、 (3)bFGF 50μg in 300μ1 PBS(FGF50群)、(4)bFGF 150μg in 300μ1 PBS(FGF150群)、(5)PBS含有AGHMs in 300μ1 PBS(PBS-AGHMs群)、(6)bFGF15μg含有 AGHMs in 300μ1 PBS(FGF15-AGHMs群)、(7)bFGF 50μg含有AGHMs in 300μ1 PBS (FGF50-AGHMs群) 、(8)bFGF 150μg含有AGHMs in 300 μ1 PBS (FGF150-AGHMs群)のいずれかの溶液を筋注後、皮弁を元の位置に縫合した。皮弁作製後7日目に、皮弁壊死率、皮弁血管造影、組織学的評価を用いて皮弁生着に関する評価を行った。

結果

FGF150-AGHMs群とFGF50-AGHMs群では、コントロールのPBS-AGHMs群に比較し有意に皮弁壊死率が減少していた。AGHMsを使用しなかった群では、有意に皮弁壊死率が減少した群はなかった。また、FGF150-AGHMs群では、FGF150群よりも有意に皮弁壊死率が減少していた。

血管造影に関してはFGF150-AGHMs群が、PBS-AGHMs群及びFGF15-AGHMs群に比較し有意に血管量の増加を示したAGHMsを使用しなかった群では、有意に血管量が増加した群はなかった。またFGF150-AGHMs群は、FGF150群よりも有意に血管量が増加していた。

血管密度に関しては、FGF150-AGHMs群において、PBS-AGHMs群及びFGF15-AGHMs群に比較し有意に肉様膜内血管密度が増加していた。AGHMsを使用しなかった群では、有意に血管密度が増加した群はなかった。またFGF150-AGHMs群では、FGF150群よりも有意に血管密度が増加していた。

考察

本研究では、ラット虚血皮弁の血行を改善し生着を向上させることを目的として、bFGFを2つの手法を用いてデリバリーした。ひとつはプラスミドDNAの筋注にエレクトロボレーションを併用する遺伝子導入法、もう一つはタンパク徐放システムであるAGHMsを利用する方法である。プラスミド筋注法は、比較的安全で簡便な方法であるが遺伝子導入効率が低いという欠点があるため、本研究ではエレクトロボレーション法を併用した。bFGFプラスミドの筋注にエレクトロボレーションを併用した時のみ皮弁の生着が有意に向上しており、エレクトロボレーションの有効性が示唆された。一方のbFGF含有AGHMsは、重症虚血肢や虚血性心疾患に利用した場合、側副血行路が形成され虚血組織の血流が改善することが報告されている。本研究の結果から、虚血皮弁モデルにおいてもAGHMsを利用したbFGF投与が有効であることが示唆された。

血管新生因子の投与部位に関しては、recipient bedを選択した。虚血皮弁モデルに血管新生因子を用いたこれまでの実験では、皮弁内を投与部位に選択した報告が多い。一方、recipient bedは皮弁の生着に重要な働きを果たすと考えられているものの、血管新生因子の投与部位に利用した報告はほとんどなかった。本研究において、recipient bedへの血管新生因子の投与が皮弁生着を向上させたことから、recipientbedが血管新生因子投与部位の選択肢のひとつとして適切であることが示唆された。

また、血管新生因子としてはbFGFを選択した.血管新生にはvasculogenesis、angiogenesis、artenogenesisの3つの過程があることが知られている。Recipient bedと皮弁間に新しい血管構築を引き起こすにはangiogenesisによりrecipient bedと皮弁間に微小血管網を形成し、その後arteriogenesisにより機能する血管に成熟していくという2つの過程が必要になると思われる。これまで、bFGFとVEGFが血管新生因子として最もよく使用されてきたが、VEGFは主にangiogenesisに効果的であるため、angiogenesisとarteriogenesisの両方を促進するbFGFの方が、より本研究に適切な血管新生因子であると考えられる。

結語

ラット虚血皮弁モデルのrecipient bedに対し、bFGFプラスミドDNAの筋注にエレクトロボレーションを併用した遺伝子導入法とAGHMsを用いたbFGFタンパク徐放システムの2つの方法を利用することにより、皮弁の生着が向上することが示された。

審査要旨 要旨を表示する

組織再建において皮弁移植術は最も重要な手術法の一つであり、これまで皮弁の生着を向上させるため様々な試みがなされてきた。最近では、血管新生療法を皮弁生着向上に応用した報告が注目を集めているが、血管新生療法の選択や用いる血管新生因子の種類およびその投与部位などの条件に関して更なる検討が必要である。本研究ではラット虚血皮弁モデルに新しい血管新生療法を利用し、皮弁生着向上に対する効果を検討した。以下に研究結果の要点を示す。

プラスミド筋注にエレクトロボレーションを併用して、ラット虚血皮弁モデルのrecipient bedにbFGF遺伝子を導入したところ、LacZプラスミドの筋注群、bFGFプラスミドの筋注群およびLacZプラスミドの筋注にエレクトロボレーションを併用した群に比較して有意に皮弁の生着向上、血管量および血管密度の増加を認めた。このことから、bFGFプラスミドの筋注にエレクトロボレーションを併用した遺伝子導入法の虚血皮弁モデルにおける有用性が示唆された。

酸性ゼラチンハイドロゲルマイクロスフィアー(acidic gelatin hydrogel microspheres:AGHMs)にbFGFタンパク150μgを含有させ、ラット背部虚血皮弁モデルのrecipient bedに投与したところ、bFGFタンパク150μgのみを投与した群およびPBS溶液を含有させたAGHMsを投与した群に比較して有意に皮弁の生着向上、血管量および血管密度の増加を認めた。このことから、AGHMsを利用したbFGFタンパクの持続投与が皮弁の生着向上に有効であることが示唆された。

虚血皮弁モデルrecipientbedの筋組織にbFGFタンパクを投与することにより、内因性VEGFの発現が上昇することがノーザンプロットにより示された。このことからbFGFは内因性VEGFの発現を制御しており、bFGFの投与による治療効果は、bFGFとその刺激により発現が増加した内因性VEGF作用も含まれる可能性が示唆された。

プラスミドを利用した遺伝子導入法やAGHMsを利用したタンパク徐放システムを用いて、虚血皮弁モデルのrecipient bedへ血管新生因子を投与することにより皮弁生着が向上したことから、recipient bedも血管新生因子投与部位の選択肢の一つとして適切であることが示唆された。

以上、ラット虚血皮弁モデルのrecipient bedに対し、(1)bFGF発現プラスミドの筋注にエレクトロボレーションを併用した遺伝子導入法と(2)AGHMsを用いたbFGFタンパク徐放システムの2つの方法を利用することにより、皮弁の血行が改善され皮弁の生着が向上することが示された。本研究は今後皮弁生着向上法のさらなる解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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