学位論文要旨



No 121479
著者(漢字) 釘宮,典孝
著者(英字)
著者(カナ) クギミヤ,フミタカ
標題(和) Glycogen synthase kinase-3βによる骨芽細胞分化制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 121479
報告番号 甲21479
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2727号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 助教授 鄭,雄一
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

近年の分子生物的手法による骨芽細胞分化過程の解明により、骨芽細胞分化はbone morphogenetic proteins(BMPs)、Wnt、Hedgehog(Hh)やインスリン/Insulin-like growth factor(IGF)といった多くのシグナル分子とRunx2やOsterixといった転写因子により複雑に制御されていることが判明してきた。これら遺伝子改変動物の解析により多くの転写因子やシグナル分子の役割が解明されてきたが、しかしながらこれら骨形成に関わる転写因子とシグナル経路間の機能的関連についてはほとんど分かっていないのが現状である。

Glycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)は、元来糖代謝にかかわるセリン/スレオニンキナーゼとして同定されたが、現在では、腫瘍形成、細胞生存や器官形成といった多くの異なった生物的過程に関与していることが分かってきている。この中でも、GSK-3βはWntとインスリン/IGFシグナル経路における重要な分子であり、これらシグナル経路を抑制的に制御している。

Wntは分泌性シグナル分子を介した細胞間相互作用に関わる分子の1つで、形態形成の誘導因子、細胞の極性決定因子、増殖分化の調節因子として機能している.普段GSK-3βはβ-cateninをリン酸化しており、その細胞内レベルを負に制御している。そこに古典的Wntシグナルが活性化されると、 Wntリガンドがその受容体Frizzledと共役受容体であるlow-density lipoprotein receptor-related protein 5(LRP5)やLRP6に結合し、APC、Axinなどを介してGSK-3βは不活性化される。それにより、β-cateninが細胞質に蓄積して、これが核内移行することで標的遺伝子の転写が活性化される。近年古典的Wntシグナル経路は、発生段階のみならず、出生後の骨形成を促進していることが分かってきている。まずLRP5の機能喪失型変異体は、ヒトにおける骨粗鬆症・偽神経膠腫; osteoporosis-pseudoglioma(OPPG)の原因遺伝子であることが解明され、Lrp5ノックアウトマウスは、骨芽細胞の増殖と分化の障害により骨量の低下を示した。一方、その機能亢進型変異体はヒト、マウスにおいて骨量の増加を呈した。以上より、古典的Wntシグナルは骨形成を正に制御していると考えられている。

一方、インスリンは、血糖調節因子である以外に、IGF-1と共に重要な骨代謝調節因子として知られており、それらの同化作用を示す報告が数多く見られるin vitroで、インスリンが、骨器官培養や骨芽細胞培養において細胞増殖やコラーゲン合成を促進すること、またin vivoでは、ストレプトゾトシンによるインスリン分泌不全ラットで急速な骨量減少が見られることが報告されている。一方、IGF-1は成長因子であり、成長ホルモンにより肝臓などより分泌され、骨形成促進能があることが知られている。マウスおよびヒトにおいて血中IGF-1濃度と骨密度との間に有意な正相関が認められている。GSK-3βは、これらWntおよびインスリン/IGFシグナル経路を抑制することから、骨形成を負に制御する可能性が考えられる。今回の研究の目的はGSK-3βの骨形成における役割を解明し、その分子機序を明らかにすることである。

GSK-3βは、グリコーゲン合成酵素をリン酸化することでグリコーゲン合成を阻害するだけでなく、多くの異なった細胞内機能を制御している。これまで述べたように、さまざまな状況証拠からGSK-3βは骨芽細胞分化に対し抑制的に働いていることが予想されるが、GSK-3βの骨形成における生理的な役割はまだ不明であるため、まずGsk-3βヘテロノックアウトマウスの骨の解析をしたGsk-3βヘテロノックアウトマウスは、大きな骨格パターニングの異常はなかったが、骨の放射線学的解析および組織学的解析により、海綿骨と皮質骨とも骨量が増加していることが分かった。一方、成長板における軟骨分化は正常であった。骨形態計測によりGsk-3βヘテロノックアウトマウスの骨代謝は、骨形成と骨吸収が共に亢進している高回転型であることが分かり、これはin vitroの系でも確認された。これらのデータは、生理的な骨芽細胞分化に対してGSK-3βは抑制的に制御していることを示唆する。

ではGSK-3βがどのように骨芽細胞分化に関与しているのであろうか?現在知られている骨芽細胞分化に必須の転写因子のうち最も重要なものの1つはRunx2である。Runx2/Cbfalは、runtドメイン遺伝子ファミリーの一つであり、Runx2ホモノックアウトマウスは骨芽細胞が欠失しており、骨形成が全く生じていなかったため、骨形成に必須の転写因子であるとされている。このように、Runx2は骨芽細胞分化の主要な調節因子であるので、GSK-3βが骨芽細胞分化をRunx2に作用することで制御している可能性について検討した。

in vitroにおけるGSK-3βの機能冗進および機能喪失の実験により、Runx2の転写活性がGSK-3βにより制御されていることが判明した。この制御メカニズムについてRunx2のmRNA発現量、蛋白発現量、細胞内局在やリン酸化に着目したが、GSK-3βシグナルはこれらのどれも変えなかった。またこのGSK-3βとRunx2の関連が生理的なものかを確認するために、Gsk-3βヘテロノックアウトマウスとRunx2ヘテロノックアウトマウスを掛け合わせたところ、Runx2の対立遺伝子が1つ欠損しているために生じている鎖骨頭蓋異形成症を表現型が、Gsk-3βの対立遺伝子を1つ欠失させることや、GSK-3βの選択的阻害剤のリチウムの投与で部分的に救済された。以上より、GSK-3βは生理的なRunx2機能の制御に深く関与していると示唆される。

以上より、骨芽細胞分化においてGSK-3βがRunx2の機能をin vitroとin vivoの両方で抑制していることが分かったが、GSK-3βシグナルはRunx2のmRNA発現量、蛋白発現量、細胞内局在やリン酸化を変えなかった。このことからRunx2シグナルを修飾するGSK-3βの他の標的の存在が示唆される。GSK-3βはc-Jun、c-Fos、JunD、c-Myc、NFATc、cyclin D1、β-cateninやCCAAT/enhancer-binding proteins(C/EBP)といった多くの転写因子をリン酸化し、そして核内での転写過程を制御している。そこで現在知られているGSK-3βの下流分子を検索し、骨芽細胞分化においてRunx2と相互作用する分子を探索することにしたところ、GSK-3βの下流分子の中から、C/EBPβとC/EBPδがRunx2のコアクチベーターとして働くことを解明したGSK-3βシグナルはこれらコアクチベーターの細胞内局在とDNA結合能を制御することで、Runx2による骨芽細胞分化を修飾していることを示した。

本研究において、まずGsk-3pヘテロノックアウトマウスが骨芽細胞分化促進により骨形成能が冗進していることを示した。さらに頭蓋骨由来の骨芽細胞を用いたin vitroの実験で、GSK-3βはRunx2の骨芽細胞分化能を抑制した。このGSK-3βによるRunx2の機能の抑制は直接作用によるものではなく、GSK-3βはRunx2のコアクチベーターの細胞内局在やDNA結合能を制御することで、Runx2による骨芽細胞分化を調節していた。さらにGSK-3βとRunx2はin vivoにおいても遺伝学的に相互作用があり、Gsk-3β遺伝子のヘテロ欠損やGSK-3βの選択的阻害剤であるリチウムを投与することで、Runx2遺伝子のヘテロ欠損による表現型を部分的に救済した。これらのデータにより、GSK-3βは骨形成において骨形成の主要な調節遺伝子であるRunx2の機能を制御する生理的に重要な分子であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨形成作用のあるインスリン/IGFとWntシグナル経路に共通のGsk-3βに着目し、Gsk-3βヘテロノックアウトマウスの骨形成を解析した。さらにその制御メカニズムについて分子生物学的、遺伝学的手法を適用して下記の結果を得ている。

Gsk-3βヘテロノックアウトマウスは、大きな骨格パターニングの異常はなかったが、骨の放射線学的解析および組織学的解析により、海綿骨と皮質骨とも骨量が増加していることが分かった。一方、成長板における軟骨分化は正常であった。骨形態計測によりGsk-3βヘテロノックアウトマウスの骨代謝は、骨形成と骨吸収が共に亢進している高回転型であることが分かり、これはin vitroの系でも確認された。これらのデータは、生理的な骨芽細胞分化に対してGSK-3βは抑制的に制御していることを示唆する。

in vitroにおけるGSK-3βの機能亢進および機能喪失の実験により、Runx2の転写活性がGSK-3βにより制御されていることが判明した。この制御メカニズムについてRunx2のmRNA発現量、蛋白発現量、細胞内局在やリン酸化に着目したが、GSK-3βシグナルはこれらのどれも変えなかった。またこのGSK-3βとRunx2の関連が生理的なものかを確認するために、Gsk-3βヘテロノックアウトマウスとRunx2ヘテロノックアウトマウスを掛け合わせたところ、Runx2の対立遺伝子が1つ欠損しているために生じている鎖骨頭蓋異形成症を表現型が、Gsk-3βの対立遺伝子を1つ欠失させることや、GSK-3βの選択的阻害剤のリチウムの投与で部分的に救済された。以上より、GSK-3βは生理的なRunx2機能の制御に深く関与していると示唆される。

以上より、骨芽細胞分化においてGSK-3βがRunx2の機能をin vitroとin vivoの両方で抑制していることが分かったが、GSK-3βシグナルはRunx2のmRNA発現量、蛋白発現量、細胞内局在やリン酸化を変えなかった。このことからRunx2シグナルを修飾するGSK-3βの他の標的の存在が示唆される。そこで現在知られているGSK-3βの下流分子を検索し、骨芽細胞分化においてRunx2と相互作用する分子を探索することにしたところ、GSK-3βの下流分子の中から、CCAAT/enhancer-binding proteins (C/EBP) βとC/EBP6がRunx2のコアクチベーターとして働くことを解明したGSK-3βシグナルはこれらコアクチベーターの細胞内局在とDNA結合能を制御することで、Runx2による骨芽細胞分化を修飾していることを示した。

以上、本論文は高度な分子生物学的、遺伝学的手法を利用して、骨芽細胞分化におけるGSK-3βの役割を明らかにした。本研究はこれまで知られていなかったGSK-3βの骨形成における役割と鎖骨頭蓋異形成症の治療の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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