学位論文要旨



No 121480
著者(漢字) 疋田,温彦
著者(英字)
著者(カナ) ヒキタ,アツヒコ
標題(和) RANKL可溶化の分子メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 121480
報告番号 甲21480
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2728号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 星,和人
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 講師 井上,聡
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

骨組織は身体内最大のカルシウム貯蔵庫として生体の恒常性(ホメオスターシス)維持に重要な役割を果たしている。骨リモデリングとは、破骨細胞による急速な骨吸収と、それに引き続く骨芽細胞による緩徐な骨形成の過程である。骨吸収が相対的に骨形成を上回ると骨粗鬆化が生じ、逆に骨形成が骨吸収を上回ると大理石骨病となる。

骨芽細胞、破骨細胞は骨代謝におけるメインプレイヤーである。全身の骨量が骨形成と骨吸収の厳密なバランスにより保たれていることから、以前よりこれらの細胞は相互の活性を調節しながら働いていると考えられていたが、その調節機構に関わる分子の実態は長らく謎のままであった。

しかし、1990年代の後半に破骨細胞分化に不可欠なサイトカインであるreceptor activatorof NF-κB ligand(RANKL)がほぼ同時期に複数のグループにより同定された事により、骨代謝分野における分子生物学的研究は急速な進歩を遂げたRANKLはtumor necrosis factor(TNF)リガンドファミリーに属する2型膜タンパクであり、活性化したT細胞に発現して樹状細胞の生存を促進するサイトカインとして同定されたRANKLは骨吸収因子刺激で骨芽細胞、骨髄ストローマ細胞に、T細胞レセプター刺激でT細胞に発現するRANKLは破骨細胞前駆細胞である単球・マクロファージ系細胞膜上に存在するRANKに結合しそれを活性化する。RANKLと結合したRANKは、アダプター分子であるTNF receptor-associated factor(TRAF)6を介してNF-κB、ERE、JNK、NFATclなどを活性化し、破骨細胞の分化・活性化を促進し、細胞死を抑制する。正常な骨組織の発達におけるRANKLの重要性は様々な遺伝子改変マウスにより確認されている。RANKLあるいはRANK欠損マウス、あるいは生理的なRANKLの阻害因子であるosteoprotegerin(OPG)の過剰発現マウスは成熟破骨細胞の欠損により重篤な大理石骨病を示す。一方、OPG欠損マウスでは破骨細胞分化が促進した結果、重篤な骨粗鬆症を引き起こす。

膜タンパクが細胞外で切断され、周囲の組織あるいは全身に放出される過程はectodomain sheddingと呼ばれる。RANKLも膜タンパクとして合成された後、何らかのタンパク切断酵素により切断され、可溶型RANKLに変換されることが報告されているが、RANKL切断の生理的・病的意義は未だ明らかにはされていない。

これまでいくつかのタンパク切断酵素がRANKL切断活性を持つとされてきたが、未だ生理的・病的に意義のあるRANKL切断酵素は同定されていない。a disintegrin and metalloproteinase domain family(ADAM)17あるいはADAM19欠損マウスの胚線維芽細胞のRANKL切断活性は野生型細胞と差が無いmatrix metalloproteinase 14(MMP14あるいはmembrane-type 1 matrix metalloproteinase、MT1-MMPとも呼ばれる)もRANKLを切断し得るが、その切断部位はこれまでに報告されている部位とは異なっている。これらの結果から、RANKL切断にはこれまでに報告されているもの以外の分子が関わっている可能性が示唆される。

RANKL切断を直接あるいは間接的に調節する分子を同定するために、申請者は新しいスクリーニング系を確立した。

方法

secreted placental alkaline phosphatase(SEAP)とRANKLのstalk region、膜貫通ドメイン、細胞内ドメイン(truncated RANKL、tRANKL)の融合タンパクを発現するベクター(tRANKL-SEAP)を作成した。このプラスミドとヒトMMP14発現ベクターを293T細胞に共発現すると、培養上清中のアルカリフォスファターゼ活性の上昇が認められた。このアッセイ系を用いて、マウス骨髄ストローマ細胞株ST2のcDNAライブラリーについてRANKL切断活性を持つ分子のスクリーニングを行った。

結果、考察

スクリーニングした100、000クローンから9つのポジティブクローンが同定された。これらのcDNA断片のシークエンスを同定することにより、ポジティブクローンの1つがCa2+-promotedRas inactivator(CAPRI)の新しいスプライスバリアント(ΔCAPRI)である事が分かった。CAPRIは本来Rasシグナル系の抑制因子であるRasGAPの一つとして同定された分子であり、Arg473Ser変異によりCAPRIのRasGAP活性は減少し、ATPあるいはionomycinによるErkのリン酸化は亢進することが報告されている。ΔCAPRIはRasGAPドメイン内においてArg473を含む1エクソン(138-bp)を欠損しているが、この部分はCAPRIのFLR motifがRasGTPaseの活性部分であるargiinine-finger loopを安定化している部分でもある。以上のことから、ΔCAPRIはArg473Ser変異体と同様に優性阻害型として働き、Rasの活性を促進する可能性が考えられた。その他の幾つかのポジティブクローンには既に切断活性を持つ事が報告されているMMP14が含まれていた。RT-PCRによりΔCAPRIはマウス骨芽細胞および破骨細胞に発現していることが示されたが、その発現量はwtCAPRIに比して低かった。

tRANKL-SEAPと野生型CAPRI(wtCAPRI)を同時にトランスフェク卜した293T細胞の培養上清は低いアルカリフォスファターゼ活性しか示さなかったが、ΔCAPRIの過剰発現により培養上清へのtRANKL-SEAPの放出は有意に促進された。しかしwtCAPRIを同時に発現させることにより切断は抑制され、ΔCAPRIとwtCAPRIは拮抗する働きを持つことが示唆された。ΔCAPRIによる全長RANKLの切断亢進はウエスタンブロッティングで示された。以上の結果から、293T細胞においてΔCAPRIの発現により膜結合型RANKLの切断が増加する事が示唆された。同様に骨芽細胞系の細胞株であるSaOS2細胞においても、ΔCAPRIの過剰発現によりRANKLの切断が亢進した。

wtCAPRIは細胞内Ca2+濃度の上昇によりC2ドメイン依存性に迅速に細胞膜へと移動し、RasGAP活性を上昇させRas/Mek/Erkシグナル系を抑制するが、ΔCAPRIも、NIH3T3あるいは293T細胞においてCa ionophoreであるionomycin刺激後に細胞膜へと移動する事が細胞免疫染色および細胞画分の分析により示された。wtCAPRIを過剰発現させた293T細胞ではErkの活性化が抑制される一方、ΔCAPRIの過剰発現によりionomycinによるErkのリン酸化が増強された。この結果からΔCAPRIはRasシグナル系を活性化することが明らかになった。

恒常活性型Ras(RasCA)の過剰発現により293T細胞におけるRANKL切断は有意に亢進した。ΔCAPRIにより促進したRANKL切断は、優性阻害型Ras (RasDN)の共発現により有意に抑制された。しかしながら興味深い事に、293T細胞において恒常活性型Mekl(MekcA)によるErk活性の上昇は培養上清中のアルカリフォスファターゼ活性を増加させなかった。これらの結果はRasの活性化がRANKLの切断に重要な役割を果たすこと、その下流ではMek-Erk以外のシグナル伝達系が関与している可能性が示唆された。RANKL切断を調節しているRas下流のシグナル系を明らかにするために更なる検討が必要と考えられた。

293T細胞から抽出したmRNAに対するリアルタイムPCRにより、ΔCAPRIはMMP14の発現量を増加させるが、同時にRasDNを共発現させると発現上昇が有意に抑制される事、RasCAはMMP14の発現量を増加させるが、MekCAはMMP14の発現量に影響を与えない事が示された。この結果より、ΔCAPRIはMMP14の発現上昇を介してRANKL切断を亢進させる事が示唆された。MMP14に対するsiRNAはSaOS2細胞において内在性のMMP14の発現を抑制し、ΔCAPRIにより亢進したRANKLの切断を阻害した。

MMP13欠損マウスは骨梁の増加などの骨格系の異常を示すことが最近報告されたが、MMP13を過剰発現しても培養上清中のアルカリフォスファターゼ活性の上昇はごくわずかであり、MMP13のRANKL切断活性はMMP14に比較してきわめて弱く、MMP13が生理的・病的なRANKLsheddingに関与している可能性は低いと考えられた。

総括

申請者はRANKL切断に関わる分子に対する新しいライブラリースクリーニング法を確立し、CAPRIのスプライスバリアントであるΔCAPRIをその候補の一つとして同定した。ΔCAPRIはRasシグナル系を活性化し、Mek-Erk系とは独立のシグナル伝達系を介してMMP14の発現増加を促し、RANKL切断を引き起した。本研究からA/wtCAPRI-Ras-MMP14系がRANKL切断において重要な役割を果たす事が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は破骨細胞の分化および成熟に必須の膜タンパクであるreceptor activator of NF-κBligand(RANKL)の切断に関連する分子を同定し、切断の生理学的、病理学的意義を明らかにするためのスクリーニングを行い、得られた分子についての解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

RANKL切断を簡便に検出するため、RANKLの細胞内ドメインから切断を受ける部位であるstalk regionまでの部分とsecreted placental alkaline phosphatase (SEAP)の融合タンパクを発現するプラスミドを作成した。これを用いてマウス骨髄ストローマ系の細胞株であるST2細胞のcDNAライブラリーのスクリーニングを行い、9つのポジティブクローンを得た。そのうち比較的高い活性を持つものとして、matrix metalloproteinase 14(MMP14)、Ca -promoted Ras inactivator (CAPRI)の新しいスプライスバリアント、ΔCAPRIが同定された。

ΔCAPRIはwtCAPRIとともに骨芽細胞に発現していることが示されたが、wtCAPRIに比してその発現量は低かった。ΔCAPRIは293T細胞、SaOS2細胞においてRANKL切断を促進したが、wtCAPRIはそれを促進せず、また、ΔCAPRIのRANKL切断促進作用はwtCAPRIを同時に発現させることにより抑制された。この結果より、ΔCAPRIはwtCAPRIと拮抗する働きを持つことが示唆された。

ΔCAPRIはwtCAPRIと同様に、細胞内カルシウムイオン濃度の上昇により細胞膜へと移動した。また、wtCAPRIはRasの下流分子であるERKの活性化を阻害したが、ΔCAPRIは逆に促進した。この結果より、ΔCAPRIはwtCAPRIとは逆にRasシグナル系を活性化することが示された。

293T細胞においてΔCAPRIはRANKL切断を亢進したが、ドミナントネガティブ型Rasを同時に発現させることにより抑制された。恒常活性型Rasの発現によりRANKL切断は亢進したが、Rasの下流シグナル分子であるMekの恒常活性型を発現させてもRANKL切断は亢進しなかった。この結果から、ΔCAPRIはRasシグナルの活性化を通じてRANKL切断を促進していると考えられた。

293T細胞においてΔCAPRIは、今回クローニングされた唯一のプロテアーゼであるMMP14の発現量を上昇させたが、ドミナントネガティブ型Rasを同時に発現させることにより抑制された。恒常活性型Rasの発現によりMMP14の発現量は上昇したが、恒常活性型Mekを発現させてもMMP14の発現量は上昇しなかった。また、SaOS2においてΔCAPRIはRANKL切断を亢進したが、MMP14のRNAinterference plasmidを同時に導入することにより切断は抑制された。この結果から、ΔCAPRIはRasシグナルの活性化を通じてMMP14の発現を上昇させ、RANKL切断を促進していると考えられた。

MMP14と同じくその欠損マウスが骨変化を生じることが報告されているMMP13についてもRANKL切断を検討したが、明らかな活性は見られなかった。

以上、本論文はST2 cDNAライブラリーに対する新しいスクリーニング法を用いてRANKL切断関連分子としてMMP14、およびCAPRIの新しいスプライスバリアントであるΔCAPRIをクローニングし、Δ/wtCAPRI-Ras-MMP14系がRAKNL切断に重要な働きを持つことを明らかにした。本研究はこれまでほとんど未知に等しかったRAKNL切断機構およびその生理学的、病理学的意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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