学位論文要旨



No 121481
著者(漢字) 松山,順太郎
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,ジュンタロウ
標題(和) 超音波エコートラッキング法を用いた骨癒合判定装置の開発
標題(洋)
報告番号 121481
報告番号 甲21481
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2729号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 米原,啓之
 東京大学 助教授 青木,茂樹
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

骨折の治療において重要な要件は、骨癒合過程をいかに適確に診断し、正常な骨癒合が進む方向へと導いていくかということである。現在、臨床において骨癒合は主にレントゲンの画像情報を基に診断されている。レントゲン画像は、骨折部を含めた骨全体の投影像とともに骨折部に形成された仮骨を透過性が低下した領域として描画することが出来るため、この仮骨の量と濃度の変化を骨癒合の判断材料としている。しかし、レントゲン画像による情報は、仮骨の形態変化を見ているに過ぎず、骨折部の強度を評価していないため、骨癒合の評価は結局のところ主観的判断によるところが大きい。その結果、不適確な判断により早期の荷重負荷を行い、再骨折を来たす症例が実際に少なからず存在している。また一方で骨癒合判定が慎重になるあまり、患肢に長期の免荷(荷重を加えないこと)を強いることにより、正常な骨代謝を阻害し骨萎縮を来たしてしまうこともある。つまり、現状において行われている骨癒合の診断法は決して十分であるとは言えない。この問題点は近代早期より指摘されており、現在まで多くの骨癒合の判定法が研究開発されてきた。しかし、既存の骨癒合判定法は侵襲的であるものや精確性が十分でない、若しくは測定対象が限定されるなど問題点があり、骨癒合判定法として汎用されていない。現状において骨癒合判定法として求められる要件は(1)精確な定量評価(2)強度の類推が可能(3)非侵襲に評価可能(4)汎用性があることであり、これらをすべて満たす測定法は存在していない。

我々はこれらの問題点を克服し、非侵襲かつ定量的な骨癒合判定の可能な新たな測定法を開発した。骨は荷重に対し変形を起こすが、その際、粘弾性体である骨は、荷重に対する変形(歪)の可逆性・非可逆性・時間依存性によって弾性・塑性・粘性といった様々な力学特性を示す。よって、この変形(歪)を定量的に検出することにより、骨の力学的特性が評価できる。我々は、この骨の変形を非侵襲・非接触に検出するため超音波を用いた。超音波は非侵襲に骨表面の画像を取得することが可能である。骨(骨表面)の荷重にともなう変形を精確に計測を行うためにエコートラッキンク、(ET)法を用いた。エコートラッキング法は、組織からのRF (Radio Frequency)エコー信号の位相を検出して、超音波の波長以下の精度で組織の微小変位を計測する技術であり、臨床で血管径の計測法として確立している手法である。我々の最終目標は、生体における骨の荷重変形測定を精確且つ定量的に行い、骨癒合判定を可能にする診断装置を開発することである。この目的のために骨の力学的特性である弾性・粘性・塑性を超音波エコートラッキンク、法にて非侵襲に検出する方法を基礎的実験により開発し、臨床測定を行うことで有用性を検討した。

基礎実験では骨表面計測用に改良を行ったET測定装置にて金属平板の変位を測定し、これを接触式変位センサーとの同時測定を行い2.6μmの精度が実証された。また、実際の骨の変形が精確に測定可能か検証するために動物骨の両端固定3点曲げ試験を行った。荷重による骨の変位をET法と歪ゲージにて同時測定を行いその結果、両者に強い相関(R=0.999)が見られた。さらにET法を1点の変位計測から同時複数点の変位計測を可能にすることで骨の変形量として算出する測定法の改良を行った。超音波プローブ長軸上の40mmのスパンに10mm間隔に5点のET計測点を設けB画像上にて測定部位を設定可能なものとした。測定5点をスプライン曲線で補間しこの曲線と第1点から5点を結ぶ直線との距離を40mmのスパンで除したものをETストレイン(ETS)と定義し評価した。この複数点計測により骨の変形が検出可能か検証するために豚腰骨の両自由端3点曲げ試験を行った。骨軸上に設定したETによる5点の変位量から算出した変形量(ETS)と、同じく骨軸上に貼付した歪ゲージの歪量は両者に強い相関(R=0.998)が見られた。ET測定による粘性評価の基礎実験として模擬骨を用いた骨折モデルを作成した。骨折部に骨癒合過程の仮骨と同等の粘性を持つ5つの粘性体をそれぞれ介在させET装置により骨折モデルの粘弾性測定を行った。両自由端による3点曲げを正弦波にて行い荷重周期と模擬骨表面のET変位計測周期からET計測における粘性値を算出した。その結果、粘弾性測定装置により計測した介在させた粘性体の粘性値との間で強い相関(R=0.9406)が見られた。これらの基礎実験により骨計測用に改良されたET装置が骨癒合過程の骨の変形を検出するのに十分な精度を有することを明らかにし、臨床における剛性・粘性測定の可能性を示した。

本装置を用い、腰骨骨折患者に対し骨癒合の判定を行った。創外固定器による治療を行っている症例に対してプローブを創外固定器に固着し測定を行った。座位の状態から膝上から腰骨に対し徒手的に縦圧縮荷重100Nを加え腰骨表面の荷重による変形をET複数点計測により変形量(ETS)を算出し評価した。測定は2から4週の間隔にて創外固定器抜去まで経時的に行った。 5例7肢の測定を行ったところすべての症例において経時的に変形量が減少しており骨癒合過程を定量的に評価可能であった。最終測定時にはいずれの症例も500ETS以下でありその後2ヶ月以内にすべての症例で創外固定器の抜去が可能でありその後の再骨折も無かった。これらの測定により、創外固定器症例においてET剛性測定が骨癒合の進行を定量評価可能であるだけでなく最終的な抜去時期の指標となりえることを示していた。

創外固定器抜去創外固定器による治療以外の症例(保存療法・内固定療法)ではプローブは骨に対し固定できないため下腿の近位・遠位を下腿形状に採型可能な治具を用い固定し測定を行った。固定した下腿の骨折部近傍において25Nの荷重を荷重計により加え、これによる骨の変形を3関節アームで外部から保持したプローブにより測定した。プローブは骨折部の近位・遠位の2箇所に設置しそれぞれ5点の複数点計測を行い近位・遠位骨片の傾斜角を測定した。この傾斜角は5点の変位点の直線回帰により算出した直線の変位量から変形角度(ET変形角)として算出し評価した。ET変形角の経時変化を同様の固定にて計測した健側肢と比較し骨癒合を定量評価した。測定対象は8名9肢で治療法の内訳は、保存療法が2例2肢、手術療法は6例7肢(髄内釘:4肢、プレート:1肢、腸骨移植と螺子固定:1肢、創外固定抜去後:1肢)であった。2〜6週間隔で測定を実施し、測定期間は平均26.2週で測定回数は平均6.7回であった。保存療法を行いレントゲン上、正常な骨癒合が進行した症例ではET変形角は経時的に指数関数様に減少し、骨癒合を定量評価可能であった。髄内釘手術後5年の経過でレントゲン上、偽関節の様態を示す症例のET計測では、健常側の5倍以上のET変形角を示し、経時測定でも明らかな減少はなく、骨癒合不全であることが診断可能であった。いずれの症例においても傾斜角による定量評価は可能であった。

ET計測により非侵襲に骨癒合の進行と遷延が定量診断可能であった。骨強度との関係については今後明らかにしていく必要があるが、今後骨折治療後の許容荷重量の決定・固定材料抜去時期を判断する診断法としてまた、骨癒合促進治療の治療効果判定法として応用可能であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体における骨の荷重変形測定を正確且つ定量的に行い骨の力学的特性を検出し、骨癒合判定を可能にする診断装置を開発することを目的としたもので、下記の結果を得ている。

基礎実験において骨計測用に改良されたエコートラッキング装置が骨癒合過程の骨の変形を検出するのに十分な精度を有することを明らかにし、臨床における剛性・粘性測定の可能性を示した。

臨床では創外固定器症例においてプローブを創外固定器に固着されることで仮骨部分を直接計測し定量評価することが可能であった。その結果、剛性については骨癒合に伴う定量的な経時変化を検出し、粘性についても定性的ではあるが経時変化を検出可能であった。塑性は断片的ではあるが、症例ごとの仮骨部の定量評価をすることが可能であった。

創外固定器使用症例以外の臨床症例では、3点曲げ計測法を用いギプスによる保存療法例、髄内釘とプレートによる内固定手術療法例において、剛性の定量評価を可能とし骨癒合の進行と遷延が判断可能であった。また、エコートラッキング測定を行うことで骨折の癒合経過を把握出来、無用なレントゲン撮影を一部省略可能であった。既存の骨癒合判定法において非侵襲に骨の力学的特性を高精度に定量評価出来たものはなくこのET測定により初めて測定が可能となった。

以上、本論文は超音波エコートラッキング法を用い、生体における骨の荷重変形測定を行い、臨床測定で初めて非侵襲に生体骨の力学的特性を高精度に定量評価することに成功した。本研究は骨折治療の臨床において骨癒合の進行と遷延を判断可能な新たな診断方法として今後の重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク