学位論文要旨



No 121482
著者(漢字) 山川,聖史
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,キヨフミ
標題(和) 膜結合型プロスタグランジンE2合成酵素-1(mPGES-1)の生体内における骨代謝調節機構
標題(洋)
報告番号 121482
報告番号 甲21482
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2730号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 戸,毅
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

アラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)を介して産生される生理活性物質プロスタノイド(プロスタグランジン(PG)D2、PGE2、PGF2、PGI2、トロンボキサン(TX)A2)は、生体の恒常性の維持や様々な病態形成に関与している。なかでもPGE2は骨組織において最も多量に存在し、骨代謝に重要な働きをしている。PGE2は以下の経路により合成される。細胞の膜リン脂質から酵素であるホスホリパーゼA2がアラキドン酸を切り出し、そのアラキドン酸を基に酵素であるCOXによってPGG2、PGH2が産生される。そのPGH2を共通の中間体として、各プロスタノイド特異的な合成酵素により合成される。PGE2産生の最終段階を触媒するPGE2合成酵素(prostaglandin E synthase:PGES)が同定されたのは比較的最近で、現在3種類が同定されている。1)広範な臓器に恒常的に発現している細胞質型(cytosolic)のcPGES、2)炎症刺激等により誘導されてくる膜結合型(membrane-bound)のmPGES-1、3)もうひとつの膜結合型のmPGES-2である。各PGESは上流のCOXと機能的に連関しており、cPGESはCOX-1とともに構成的に発現し、迅速な反応を要する生体の恒常性の維持に働く。一方、mPGES-1はCOX-2とともに炎症性の刺激などにより誘導されてくる酵素で、主に病態形成に関与している。mPGES-2はCOX-1、COX-2の両方と連関するが、恒常的に発現している。現在、解熱・消炎鎮痛剤として最も汎用されている薬剤に非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)があるが、その作用機序はCOXの活性阻害によるプロスタノイド産生阻害である。従来のNSAIDsに胃腸障害などの副作用が多い理由として、COX-1とCOX-2を非選択的に阻害してしまうため、構成的に発現し生体の恒常性維持に必要なプロスタノイドをも抑制するからであると考えられている。実際、COX-2選択的阻害剤が開発され、欧米ではその有効性と胃腸障害などが少ないことが示されている。しかし、COX-2阻害剤にも問題はあり、COX-2の阻害による腫瘍治癒の遅延、COX-2ノックアウト(KO)マウスでの腎障害、雌の不妊症などが示されている。また、COX-2阻害剤による脳卒中や心筋梗塞などの心血管イベントの増加が最近問題になっている。これらの問題は、PGE2のみならず、他のプロスタノイド産生をも広範に抑制するためと考えられる。従って、COX-2の下流に位置し、誘導性に産生されてくるPGE2のみを抑えるmPGES-1の阻害剤が非常に有望視されている。

骨代謝におけるPGE2の役割に関しては、骨形成と骨吸収の両方がある。PGE2は4種類あるPGE2レセプター(EP)の中のEP2とEP4を介して破骨細胞形成を促進する。逆に、PGE2投与により動物での骨形成は増加し、EP2やEP4のagonistが骨形成促進剤として開発されつつある。また、NSAIDsやCOX-2阻害剤投与による動物の骨折治癒阻害や、COX-2KOマウスの骨折治癒阻害の報告がある。

mPGES-1のinvitroでの骨吸収への関与に関してはSaegusaらの報告があり、プロスタノイドの中でPGE2のみが強い骨吸収活性を持つこと、マウス骨芽細胞培養系に骨吸収性サイトカインのIL-1αなどを加えると、PGESの中でmPGES-1の発現のみがCOX-2とともに誘導されたこと、IL-1αによる破骨細胞形成亢進がmPGES-1 antisense oligonucleotideにより抑制されたことを示している。このことから、mPGES-1は骨吸収性病態において重要な働きをしていることが示唆される。

2002年にUematsuらはmPGES-1KOマウスを作製し、免疫反応における解析の報告を行っているが、骨組織に関しての解析は全く行っていない。本研究の目的は、mPGES-1KOマウスの骨組織を解析することで、生体内の骨組織におけるmPGES-1の役割を明らかにすることである。まずは、mPGES-1KOマウスの生理的条件下での骨組織を野生型(WT)と比較し、続いて、様々な病的条件下での比較を関節リウマチモデル、閉経後骨粗鬆症モデル、不動性骨粗鬆症モデル、骨折モデルを作成して行った。

大阪大学より供与されたmPGES-1KOマウスを飼育・繁殖させたところ成長障害はなく、8週齢雄の骨格・大腿骨・脛骨・腰椎のX線、骨密度(BMD)においてもWTと有意な差はなかった。脛骨近位での骨組織形態計測も行ったが、骨形成、骨吸収の指標ともWTとKOの間に有意な差はなく、その他の臓器にも大きな異常は見られなかった。

生理的状態では骨組織に異常はみられなかったため、まずは、炎症および炎症性骨吸収モデルとしてII型コラーゲン抗体投与による関節リウマチモデルを作成した。WTにII型コラーゲン抗体を腹腔内投与(dayO)後、day2にboosterとしてLipopolysaccharide(LPS)を投与したところday4頃から四肢が腫れ始め、day7頃にピークに達し、その後、3日毎にLPSを追加投与することでday28まで炎症は持続し、四肢関節に骨破壊が観察された。炎症の臨床評価として手足の腫れ具合を関節炎スコア(合計12点)にて評価したところ、WTが8点近くまで達したのに対し、KOではその半分程度に抑制された。膝関節部の組織像では、WTでみられた関節軟骨の変性・破壊がKOでは抑制され、膝関節周囲のBMDはWTに比べてKOでは約40%の抑制がみられた。また、中手骨部のX線ではWTで明らかだった骨破壊・骨膜反応がKOではみられず、TRAP染色像および骨組織形態計測での骨吸収の指標が、WTの半分程度に減少していた。Day6での両手足組織中のPGE2産生量は、著明な産生亢進がみられたWT発症群に対し、KOでは半分程度に抑制されていた。また、mPGES-1蛋白の発現は、関節炎の発症に伴いCOX-2の発現亢進とともに誘導されていたが、mPGES-2やcPGESの発現は不変であった。破骨細胞形成・活性化に重要なRANKLのmRNA発現は、発症に伴いWTで亢進していたが、KOでは対照群と同程度に抑制されていた。

次に、閉経後骨粗鬆症モデルとして卵巣摘出モデルを作成した。術後4週で脛骨のBMDを術前と比較したところ、卵巣摘出に伴ってBMDの減少がみられたが、その減少率にWTとKOで有意な差はなかった。

続いて、不動性骨粗鬆症モデルとして尾部懸垂モデルを作成した。懸垂後4週で脛骨のBMDを地上対照群と懸垂群の間で比較し、そのBMDの減少率をWTとKOで比較したが、有意な差はみられなかった。腰骨の骨組織形態計測でもWTとKOの間には有意な差はなかった。

最後に、骨折モデルとして腰骨骨折モデルを作成した。WTでは、X線上、術後1週でわずかに仮骨を認め、2週後には旺盛な仮骨の形成がみられ、3週後には全例骨癒合した。術後1週の組織切片でのmPGES-1蛋白の発現は骨折部の軟骨組織および骨膜近傍の線維性骨にみられた。経時的に骨折部での3種類のPGESのmRNA発現を調べたところ、mPGES-1のみに術後1週をピークに2倍以上の発現亢進がみられた。KOではX線上WTでみられたような仮骨形成に乏しく、10匹中の半分が術後3週でも骨癒合していなかった。骨密度測定器を用いて仮骨面積と仮骨骨量を定量化したところ、WTに比べてKOでは半分程度に低下していた。組織学的にも骨折後初期から軟骨組織がWTより著明に小さかったが、KOで軟骨組織が後期まで残存しているわけではなかった。仮骨部軟骨組織細胞の性質を評価するために細胞増殖を示すBrdU、肥大化軟骨細胞を示すX型コラーゲンとアポトーシスを示すTUNELに対する免疫染色を行ったところ、KOではWTに比較しBrdU陽性細胞の数が少なかった。X型コラーゲン、TUNELに対してはKOではその範囲が小さかったものの、WT、KOの染色の割合に差はみられなかった。さらに、マウスの肋軟骨より採取した初代軟骨細胞の培養系で細胞増殖アッセイを行ったところ、KOでは細胞の増殖がWTに比較し抑制されていた。従って、KOでの骨折治癒の阻害は、骨折後早期の軟骨細胞の増殖が阻害されたためと考えられた。さらに、mPGES-1の骨折治癒への関与を確認するため、術後2日目にKOの骨折部にmPGES-1アデノウイルスを局所注射したところ、KOで抑制されていた仮骨の形成が回復した。

以上より、mPGES-1KOマウスでは、骨組織を含めて生理的状態に異常はないが、関節リウマチモデルでは炎症と炎症に伴う関節破壊が抑制され、腰骨骨折モデルでは仮骨形成の抑制による骨折治癒阻害が見られた。従って、mPGES-1は、生理的状態には大きな影響を与えずに、病的負荷のかかった状態である炎症性骨吸収および骨折治癒に関与することが示された。

すでに、mPGES-1KOマウスの解析から、mPGES-1が炎症・疼痛・発熱に関与することは明らかにされており、COX-2阻害剤と同等の効果を持ちながら、より副作用が少ない理想的な解熱・消炎鎮痛剤になる可能性が高いことが示されている。本研究から、mPGES-1阻害剤は炎症性骨吸収阻害剤としても有望であることが明らかとなり、その開発が待たれるところである。しかし、骨折患者への投与は慎重に行った方がよいことが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は3種類同定されているプロスタグランジンE2合成酵素(PGES)のうち、炎症等の刺激により誘導され、同様に誘導性の酵素であるCOX-2と機能的に連関する膜結合型PGES-1(mPGES-1)の生体内における骨代謝への関与を明らかにするため、大阪大学で作製され、供与されたmPGES-1ノックアウトマウス(KO)の骨組織に関する生理的状態および病的負荷モデルの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

mPGES-1KOに成長障害はなく、8週齢雄の骨格・大腿骨・脛骨・腰椎のX線、骨密度(BMD)においてもWTと有意な差はなかった。脛骨近位での骨組織形態計測も行ったが、骨形成、骨吸収の指標ともWTとKOの間に有意な差はなかった。生理的な状態ではmPGES-1 KOには骨組織も含めて主要臓器に異常はみられなかった。

炎症および炎症性骨吸収モデルとしてII型コラーゲン抗体投与による関節リウマチモデルを作成した。炎症の臨床評価としての関節炎スコアは、KOではWTの半分程度に抑制された。膝関節部の組織像では、WTでみられた関節軟骨の変性・破壊がKOでは抑制され、膝関節周囲のBMDの減少率もKOはWTに比べて抑制されていた。また、中手骨部のX線ではWTで明らかだった骨破壊・骨膜反応がKOではみられず、骨組織形態計測での骨吸収の指標が、WTの半分程度に減少していた。Day6での両手足組織中のPGE2産生量はWTで著明に亢進していたのに対し、KOでは半分程度に抑制されていた。mPGES-1蛋白の発現は、関節炎の発症に伴いCOX-2の発現亢進とともに誘導されていたが、mPGES-2やcPGESの発現は不変であった。RANKLのmRNA発現も発症に伴いWTで亢進していたが、KOでは対照群と同程度に抑制されていた。mPGES-1は関節炎モデルにおいて重要な役割を果たしていることが示された。

閉経後骨粗鬆症モデルとして卵巣摘出モデルを作成した。術後4週で腰骨のBMDを術前と比較したところ、卵巣摘出に伴ってBMDの減少がみられたが、その減少率にWTとKOで有意な差はなかった。

不動性骨粗鬆症モデルとして尾部懸垂モデルを作成した。懸垂後4週で脛骨のBMDを地上対照群と懸垂群の間で比較し、そのBMDの減少率をWTとKOで比較したが、有意な差はみられなかった。腰骨の骨組織形態計測でもWTとKOの間には有意な差はなかった。

骨折モデルとして脛骨骨折モデルを作成した。経時的にWT骨折部での3種類のPGESのmRNA発現を調べたところ、mPGES-1のみが術後1週をピークに2倍以上に発現が亢進した。術後1週の組織切片でのmPGES-1蛋白の発現は骨折部の軟骨組織および骨膜近傍の線維性骨にみられた。X線および組織切片上、1週から2週後にかけて軟骨組織を主とした旺盛な仮骨の形成がみられ、3週後には全例骨癒合したWTに比べ、KOマウスは仮骨形成に乏しく、10匹中の半分が術後3週でも骨癒合していなかった。骨密度測定器を用いて仮骨面積と仮骨骨量を定量化したところ、WTに比べてKOでは半分程度に低下していた。仮骨部軟骨組織細胞の性質を免疫染色を用いて検討したところ、細胞増殖を示すBrdU陽性細胞の数がKOではWTに比較し減少していた。肥大化軟骨細胞を示すX型コラーゲンとアポトーシスを示すTUNEL染色では、KOでその陽性範囲が小さかったものの、WT、KOの染色の割合に差はみられなかった。さらに、マウスの肋軟骨より採取した初代軟骨細胞の培養系で細胞増殖アッセイを行ったところ、KOでは細胞の増殖がWTに比較し抑制されていた。さらに、術後2日目にKOの骨折部にmPGES-1アデノウイルスを注入したところ、抑制されていた仮骨の形成がWTと同程度に回復した。従って、mPGES-1は骨折後早期での軟骨細胞の増殖に関与することで骨折治癒において重要な働きをしていることが示された。

以上、本論文はmPGES-1 KOマウスの生理的状態および各種病態モデルを解析することで、生体内の骨組織におけるmPGES-1の役割を明らかにした。mPGES-1阻害剤は、COX-2阻害剤に替わる理想的な消炎鎮痛剤として期待されている。本研究はその阻害剤の骨関連疾患への応用の可能性および問題点提起に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク