学位論文要旨



No 121485
著者(漢字) 尾関,英徳
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,ヒデノリ
標題(和) エンドセリン遺伝子改変マウスによる鰓弓の領域決定機構の解明と内耳発生・再生研究への展開
標題(洋)
報告番号 121485
報告番号 甲21485
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2733号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 教授 井上,貴文
 東京大学 特任助教授 河崎,洋志
 東京大学 講師 稲生,靖
内容要旨 要旨を表示する

研究1

Endothelin-1(ET-1)はその遺伝子欠損マウスが頭部/心臓神経堤細胞に由来する組織に異常を起こすことから、顎顔面および心大血管の形態形成に重要な因子であることが明らかになっている。しかし、その分子メカニズムは十分明らかにされていない。今回その解明に向けて、遺伝子欠損ホモ接合体(ET-1-/-)の構造を詳細に検討した。

ET-1-/-マウス胎生18.5日胚の顎顔面外観を観察すると、下顎の形態は上顎の鏡像形態をとっており、本来上顎のみに存在する洞毛が下顎にも存在した。また骨軟骨染色によると、胎生13.5日胚のET-1-/-マウスではメッケル軟骨は下顎弓に形成されず、18.5日胚では下顎骨とは全く形態の異なる骨格が形成された。その要素を形態学的に解析すると、上顎骨・頬骨・口蓋骨・蝶形骨翼部などの上顎骨に由来する骨が重複して下顎側にも形成され、全体として下顎の上顎化が起こっていると考えられた。

さらに、9.5日胚のwhole-mount in situ hybridizationでは、正常下顎弓に認められるホメオボックス型核転写因子Dlx5およびDlx6の発現が、ET-1-/-マウスの下顎弓では検出されなかった。また、ET-1-/-マウスにおいて、上顎マーカー遺伝子であるPrx2の発現が正常マウスに比較して増加しているのに対し、下顎マーカー遺伝子であるPitxlの発現が消失していた。

以上の結果より神経堤細胞は元来上顎弓としての形質を基底状態としているが、ET-1/ETARシグナル経路を介した上皮一間葉相互作用が、下顎弓としての形質を誘導すると考えられた。すなわち、ETARを発現する頭部/神経堤細胞が鰓弓のET-1発現領域に遊走し、ここでET-1/ETARシグナルによってDlx5およびDlx6の発現誘導を受け、第1、2鰓弓における腹側領域の特異性を獲得することが示唆された。

研究2

Endothelin-1の受容体であるETAR遺伝子プロモーター領域に緑色蛍光蛋白(Green Fluorescent Protein、以下GFP)を連結させたETAR::GFPトランスジェニックマウスの系統を樹立したところ、このうち一系統で内耳形成初期より耳胞腹内側部におけるGFPの異所性発現が認められた。この部位は蝸牛有毛細胞の予定領域とされており、GFPが内耳幹細胞を含む細胞系譜をコードしている可能性が考えられたため、GFP発現細胞の分化過程を解析すると共に、GFP発現に関与していると考えられる遺伝子の同定を試みた。

GFPの発現は、内耳初期発生の開始する胎生8.5日胚より、耳胞腹内側部に認められた。その後、出生後期までのGFP陽性細胞を追跡したところ、出生後9日において外有毛細胞および支持細胞を含む蝸牛感覚上皮に分化し、出生後14日までGFPの発現が持続した。即ち、マウス有毛細胞および一部の支持細胞の分化過程をGFPによって可視化できた。胎生10.5日胚の組織培養においても、蝸牛の形態形成に対応したGFPの発現が可視化できた。内耳発生において、この様な発現動態を示す遺伝子はこれまで報告されていない。

そこで、マウス内耳発生初期段階より有毛細胞および支持細胞に至る分化過程に寄与する新たな遺伝子の同定を目的に、GFPを含む導入遺伝子が挿入された染色体部位を解析した。ゲノムDNA断片クローニングの結果、マウス第13染色体上のMCTP1遺伝子内部における挿入部位を同定することができた。現段階では、GFPの内耳細胞群での発現をコードする遺伝子の特定は完成していないが、今後の検索によりマウスにおける内耳形成に寄与する原因遺伝子の解明に役立つ事が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

研究1

本研究は、顎顔面および心大血管の形態形成に重要な因子であると考えられているEndothelin-1(ET-1)およびその受容体であるETARの分子メカニズムの解明に向けて、遺伝子欠損ホモ接合体(ET-1-/-)の顎顔面構造を詳細に研究したものである。以下の結果を得た。

ET-1-/-マウス胎生18.5日胚の下顎の形態は上顎の鏡像形態をとっており、本来上顎のみに存在する洞毛が下顎にも存在した。また骨軟骨染色によると、胎生13.5日胚のET-1-/-マウスではメッケル軟骨は下顎弓に形成されず、18.5日胚では下顎骨とは全く形態の異なる骨格が形成された。形態学的に解析すると、上顎骨・頬骨・口蓋骨・蝶形骨翼部など、上顎骨に由来する骨が重複して下顎側にも形成され、全体として下顎の上顎化が起こっていると考えられた。

9.5日胚のwhole-mount in situ hybridizationでは、正常下顎弓に認められるホメオボックス型核転写因子Dlx5およびDlx6の発現が、ET-1-/-マウスの下顎弓では検出されなかった。また、ET-1-/-マウスにおいて、上顎マーカー遺伝子であるPrx2の発現が正常マウスに比較して増加しているのに対し、下顎マーカー遺伝子であるPitxlの発現が消失していた。

以上の結果より、マウス鰓弓を形成する神経堤細胞は、元来上顎弓としての形質を基底状態としているが、ET-1/ETARシグナル経路を介した上皮一間葉相互作用が、下顎弓としての形質を誘導すると考えられた。

研究2

ETAR遺伝子プロモーター領域に緑色蛍光蛋白(Green Fluorescent Protein、以下GFP)を連結させたETAR::GFPトランスジェニックマウスの系統を樹立したところ、このうち一系統で内耳形成初期より耳胞腹内側部におけるGFPの異所性発現が認められた。GFPが蝸牛有毛細胞の予定領域をコードしている可能性が考えられた。そのため本研究の後半部位においては、GFP発現細胞の分化過程を解析すると共に、GFP発現に関与していると考えられる遺伝子の同定を試み、以下の結果を得た。

GFPの発現は、内耳初期発生の開始する胎生8.5日胚より耳胞腹内側部に認められた。その後、出生後9日において外有毛細胞および支持細胞を含む蝸牛感覚上皮に分化し、出生後14日までGFPの発現が持続した。すなわち、マウス内耳分化過程をGFPによって可視化できた。

マウス内耳分化過程に寄与する新たな遺伝子の同定を目的に、GFPを含む導入遺伝子が挿入された染色体部位を解析した。ゲノムDNA断片クローニングの結果、マウス第13染色体上MCTP1遺伝子内部における挿入部位を同定することができた。現段階では、GFPの内耳細胞群での発現をコードする遺伝子の特定は完成していないが、今後の検索によりマウスにおける内耳形成に寄与する原因遺伝子の解明に役立つ事が期待される。

以上、研究1ではET-1遺伝子ホモ接合体(ET-1-/-)を用いて、顎顔面構造形態形成におけるET-1とその受容体であるETARの役割を明らかにし、研究2ではETAR::GFPトランスジェニックマウスを用いた内耳発生段階の可視化を提示し、その原因遺伝子解析を試みた。本研究は、ET-1/ETARの分子メカニズム解明、また内耳発生関連遺伝子の解析に大きく寄与できると考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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