学位論文要旨



No 121487
著者(漢字) 舒,海華
著者(英字)
著者(カナ) ジョ,カイカ
標題(和) 修治ブシのモルヒネ耐性抑制効果に関する研究
標題(洋) Study on Inhibitory effects of processed Aconiti tuber on morphine tolerance
報告番号 121487
報告番号 甲21487
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2735号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 講師 鎭西,美栄子
 東京大学 講師 矢島,直
内容要旨 要旨を表示する

ブシはキンポウゲ科(Ranunculaceae)トリカブト属(Aconitum)の植物Ranunculaceae Aconitum carmichaeli Debeauxの塊根(tuber)から調製され、鎮痛、新陳代謝の賦活、利尿および強心などの作用を生かし、古くから中国や日本において単独で使用されるとともに、牛車腎気丸、八味地黄丸等などの代表的漢方処方に配合使用されてきた重要な生薬である[1]。最近ブシを一定条件で減毒加工して、各種疾患による痛みに対して有用性の高いツムラ修治ブシ末N(TJ-3022)(processed Aconitiuber:PAT)が開発され臨床に供されている。修治ブシは、その成分として、活性の高いジエステル・アルカロイド(diesteralkaloids)-メサコニチン(mesaconitine)、アコニチン(aconitine)、ヒパコニチン(hypaconitine)など-と、活性の低いモノエステル・アルカロイド(monoester alkaloids)-ベンゾイルメサコニン(benzoylmesaconine)、ベンゾイルアコニン(benzoylaconine) 、ベンゾイルヒパコニン(benzoylhypaconine)など-を含有する。その中で、メサコニチンが修治ブシの鎮痛抗炎症作用の主成分であるとされている[1]。また、修治ブシは、内因性ペプチドのカッパオピオイド受容体作動物質であるdynorphinの脊髄内遊離を増加させ、間接的にカッパオピオイド受容体を活性化することによって鎮痛作用を発揮することが示唆されている[2]。一方、代表的なミューオピオイド受容体作動薬であるモルヒネは強力な鎮痛作用を発揮する一方で鎮痛耐性や依存性を生じることが従来から問題視されてきたが、鎮痛量のモルヒネと鎮痛作用を発揮しない低用量(subanalgesic dose)のカッパオピオイド受容体作動薬を併用すると、モルヒネ連用時の鎮痛耐性や依存性の形成が抑制されることが明らかになってきた[3]。そこで我々はsubanalgesic d。seの修治ブシとその構成アルカロイド成分の、モルヒネ耐性に対する効果と、その効果の機序に関して検討を行った。

マウスを使用した本研究は3部分よりなり、第1部では修治ブシ、およびその成分アルカロイドの、モルヒネ鎮痛耐性発生に対する予防・治療効果を検討した。第2部では修治ブシのモルヒネ鎮痛耐性発生の予防・治療効果の機序を検討した。第3部では修治ブシのモルヒネ鎮痛耐性発生の予防・治療効果の特徴を、動物実験で使用される代表的な選択的カッパオピオイド受容体作動薬であるU50488H、およびN-methtyl-D-aspartate(NMDA)受容体拮抗薬であるMK-801のそれと比較した。

第1部

マウスにモルヒネ(10mg/kg)を1日1回連続7日間皮下投与し、毎日薬物投与後60分に尾圧迫法(tail pressure test)による機械的侵害受容閾値(mechanical nociceptive threshold)を用いてその鎮痛効果を測定した。他の群では、モルヒネ連用開始初日から、subanalgesic doseの修治ブシ(0.1または0.3g/1kg)、そのアルカロイド成分のメサコニチン、アコニチン、ヒパコニチン、その3成分混合剤、あるいはmonoester alkaloidsのみ含有している高温処理の修治ブシH(processed AconitituberH:PATH)の経口投与を併用した。これを1日1回連続7日間継続し、モルヒネ鎮痛耐性形成に及ぼす影響を検討した。また一旦完成されたモルヒネ鎮痛耐性に対する修治ブシの作用を検討するために、7日間モルヒネを連用して鎮痛耐性が形成された後に、8日目からsubanalgesic doseの修治ブシ(0.1または0.3g/kg/day)の併用を開始し、これを7日間継続してモルヒネの鎮痛耐性に及ぼす影響を検討した。

実験の結果、蒸留水を併用した対照群ではモルヒネの反復皮下投与によって鎮痛耐性が生じて5日目にその鎮痛効果が消失したのに対し、subanalgesic doseの修治ブシはモルヒネの耐性発生を用量依存性に抑制しその鎮痛効果を温存した。また修治ブシを成分ごとに分析した結果、メサコニチンがモルヒネ耐性抑制効果を最も強く発揮する成分であるが、それ以外にアコニチン、ヒパコニチン、および低活性のモノエステル・アルカロイドもこの耐性抑制効果に寄与していることが判明した。すなわち、修治ブシのモルヒネに対する効果は、メサコニチンを始めとする構成アルカロイド成分の総合作用で発揮されると考えられた。また、モルヒネ耐性が完成された後に修治ブシの併用を開始すると、投与開始後3日目からモルヒネ耐性がリバースされることも判明した。

非ペプチド性の選択的カッパオピオイド受容体の作動薬は、ヒトに投与した場合、嗜眠、不快感、および精神異常惹起作用など煩わしい副作用を高率に生じるため、ヒトへの臨床使用がなかなか実用化していない[4]。一方、修治ブシはその鎮痛作用へのカッパオピオイド受容体の関与が推定されているにもかかわらず[2]、このような副作用を発現せず広く臨床使用されている[1]。この点からも、修治ブシのモルヒネ耐性形成予防・治療作用は、高い臨床応用性が期待できると考えられる。

第2部

修治ブシのモルヒネ耐性に対する抑制効果の機序を検討した。マウスに対してモルヒネ(10mg/kg:皮下投与)とsubanalgesicdoseの修治ブシ(0.3g/kg:経口投与)の併用を毎日1回12日間行った。他の群では、併用投与の6日目あるいは10日目に、選択性ミューオピオイド受容体拮抗薬のclocinnamox mesylate(C-CAM)(0.5mg/kg:皮下投与)、あるいは選択性のカッパオピオイド受容体拮抗薬のnor-binaltorphimine (nor-BNI) (5mg/kg:皮下投与).の前投与を行った。また、C-CAMおよびnor-BNIそれぞれの、モルヒネ10mg/kgおよび鎮痛量の修治ブシ2g/kgそれぞれに対する鎮痛作用拮抗効果も検討した。

第1部の結果と同様、subanalgesicdoseの修治ブシの併用によってモルヒネの鎮痛作用が維持された。このモルヒネと修治ブシの併用によって維持された鎮痛作用は、6日目、10日目ともC-CAMの前投与により完全にしかし可逆的に括抗され、また、nor-BNI.の前投与によってもほぼ完全にしかし可逆的に拮抗された。C-CAMは修治ブシの鎮痛作用は拮抗しないが、モルヒネ単独の鎮痛作用と、修治ブシとモルヒネ併用投与による鎮痛作用の両者を拮抗したNor-BNIは鎮痛量の修治ブシ単独の鎮痛作用と、subanalgesic doseの修治ブシとモルヒネ併用投与による鎮痛作用は拮抗したが、モルヒネ単独の鎮痛作用は拮抗しなかった。

以上の結果から修治ブシがカッパオピオイド受容体を介してモルヒネ耐性の発生を抑制し、その結果としてミューオピオイド受容体由来のモルヒネ鎮痛が維持されることが示唆された。

Omiyaらはラットの脊髄にanti-dynorphin antiserumやnor-BNIを投与して修治ブシの鎮痛作用が抑制されることを見出し、その結果から修治ブシは内因性カッパオピオイド受容体作動物質であるdynorphinの脊髄内遊離を増加させ、それがカッパオピオイド受容体を活性化することにより鎮痛効果を発揮すると推測した[2]。修治ブシのモルヒネ耐性抑制効果も同様に、脊髄のdynorphinを介したカッパオピオイド受容体活性化作用を通して発揮されると類推できる。前記のように、非ペプチド性の選択的カッパオピオイド受容体作動薬は、ヒトにおいて精神作用など厄介な副作用を高率に生じるのに反して[4]、内因性ペプチド性の選択的カッパオピオイド受容体作動物質であるdynorphinは、ヒトにおいてもこのような副作用を発現しない[5]。修治ブシが、カッパオピオイド受容体を介して鎮痛効果を発揮する薬物でありながら、他の選択的カッパオピオイド受容体作動薬と異なり精神的副作用を生じないという事実は、dynorphinの脊髄遊離を通して間接的にカッパオピオイド受容体に作用するという、修治ブシの薬理学的特性に由来している可能性が考えられる。

第3部

修治ブシのモルヒネ鎮痛耐性発生の予防・治療効果の特徴を、選択的カッパオピオイド受容体作動薬であるU50488H、およびNMDA受容体拮抗薬であるMK-801のそれと比較したNMDA受容体拮抗薬のモルヒネ耐性形成予防作用は知られており、実際にケタミンなどがその目的で臨床応用され一定の効果をあげている[6]。モルヒネ10mg/kg皮下投与を、それぞれsubanalgesic doseの修治ブシ(0.3g/kg:経口投与)、U50488H (3mg/kg :腹腔内投与)、MK-801 (0.lmg/kg:腹腔内投与)と併用投与した。これを毎日1回14日間継続し、それぞれの薬物のモルヒネ鎮痛耐性形成に及ぼす影響を検討した。また一旦獲得されたモルヒネ鎮痛耐性に対する各薬物の効果を検討するために、7日間モルヒネを連用して鎮痛耐性が完成された後に、8日目から修治ブシ、U50488H、MK-801のそれぞれをモルヒネと7日間併用投与した。

修治ブシと同様、U50488Hはモルヒネ耐性の形成を予防するのみならず、一旦完成されたモルヒネ耐性をリバースできた。一方、MK-801は耐性の形成を予防できたものの、一旦形成されたモルヒネ耐性はリバースできなかった。

NMDA受容体拮抗薬MK801におけるこれらの結果は過去の報告と一致する[7]。一旦完成したモルヒネ耐性をリバースできる点において、修治ブシのモルヒネ耐性抑制作用は、耐性をリバースできない他薬たとえばNMDA受容体拮抗薬のMK801などのそれより有用性が高い可能性があると考えられた。

結論として、修治ブシはモルヒネ耐性の形成を抑制でき、一旦形成されたモルヒネ耐性もリバースできる。その主成分はメサコニチンであるが、その他の成分アルカロイドもこの活性に関与する。修治ブシのモルヒネ耐性の抑制効果はカッパオピオイド受容体を介するものである。他の選択的カッパオピオイド受容体作動薬がヒトにおいて精神的副作用が頻発して臨床使用に適さないのに比し、修治ブシはそのような副作用を有せずすでに広く臨床使用されている。また一旦形成されたモルヒネ耐性もリバースできるという利点も有しているので修治ブシはモルヒネ耐性の予防だけではなく治療にも有用性が高いと考えられる。以上の結果より、修治ブシは、短期間または長期間モルヒネの投与を受ける患者において、その鎮痛耐性形成の予防と治療目的で併用を試みる価値があると考える。

Taki,M. et al. Natural Medicines 52,343-352.Omiya,Y,et.Al. 1999. Jpn. J. ofPharaiacol. 79,295-301.Pan,,Z.Z.,1998. Trends Pharmacol Sci. 19,94-98.Walsh,S.L. et al. Psychopharmacol.157,151-162.Greenwald M.K. et si. J Pharmacol Exp Ther. 281,1154-1163.Subramaniam,K. et al. (2004) Anesth Analg. 99,482-495.Trujillo,K.A. (2000)Psychopharmacol.(Berl.)151,121-141.
審査要旨 要旨を表示する

本研究は、マウスを使用して、subanalgesic doseの漢方薬修治ブシとその構成アルカロイド成分のモルヒネ耐性に対する効果と、その効果の機序に関して検討を行い、下記の結果を得ている。

マウスに尾圧迫法(tail pressure test)による機械的侵害受容閾値(mechanical nociceptive threshold)を用いてモルヒネや他薬の鎮痛効果を測定して、モルヒネ鎮痛耐性の発生を評価し、修治ブシ、およびその成分アルカロイドの、モルヒネ鎮痛耐性発生に対する予防・治療効果を検討した。蒸留水を併用した対照群ではモルヒネ(10mg/kg)の反復皮下投与によって鎮痛耐性が生じて、5日目にその鎮痛効果が消失したのに対し、subanalgesicdoseの修治ブシ(0.1g/kgと0.3g/kg:経口投与)はモルヒネの耐性発生を用量依存性に抑制しその鎮痛効果を温存した。修治ブシを成分ごとに分析すると、メサコニチンがモルヒネ耐性抑制効果を最も強く発揮する成分であるが、それ以外にアコニチン、ヒパコニチン、および低活性のモノエステル・アルカロイドもこの耐性抑制効果に寄与していることが判明した。また、モルヒネ耐性が完成された後に修治ブシの併用を開始すると、投与開始後3日目からモルヒネ耐性がリバースされることも判明した。

修治ブシのモルヒネ耐性に対する抑制効果の機序について、選択性ミューオピオイド受容体拮抗薬のclocinnamox mesylate(C-CAM)(0.5mg/kg:皮下投与)、あるいは選択性のカッパオピオイド受容体拮抗薬のnor-binaltorphimine (nor-BNI)(5mg/kg:皮下投与)の前投与を行い、C-CAMおよびnor-BNIそれぞれの、モルヒネ10mg/kg、鎮痛量の修治ブシ2g/kg、及び修治ブシ0.3g/kgとモルヒネ1Omg/kgの併用によるそれぞれの鎮痛作用の拮抗効果を検討した。C-CAMは修治ブシの鎮痛作用は拮抗しないが、モルヒネ単独の鎮痛作用と、subanalgesic doseの修治ブシとモルヒネ併用投与による鎮痛作用の両者を拮抗した。Nor-BNIは鎮痛量の修治ブシ単独の鎮痛作用と、subanalgesic doseの修治ブシとモルヒネ併用投与による鎮痛作用を拮抗したが、モルヒネ単独の鎮痛作用は拮抗しなかった。以上の結果から修治ブシがカッパオピオイド受容体を介してモルヒネ耐性の発生を抑制し、その結果としてミューオピオイド受容体由来のモルヒネ鎮痛が維持されることが示唆された。

修治ブシのモルヒネ鎮痛耐性発生の予防・治療効果の特徴を、選択的カッパオピオイド受容体作動薬であるU50488H、およびNMDA受容体拮抗薬であるMK-801のそれと比較した。修治ブシと同様、U50488Hはモルヒネ耐性の形成を予防するのみならず、一旦完成されたモルヒネ耐性をリバースできた。一方、MK-801は耐性の形成を予防できたものの、一旦形成されたモルヒネ耐性はリバースできなかった。NMDA受容体拮抗薬MK801におけるこれらの結果は過去の報告と一致する。一旦完成したモルヒネ耐性をリバースできる点において、修治ブシのモルヒネ耐性抑制作用は、耐性をリバースできない他薬例えばNMDA受容体拮抗薬のMK801のそれより有用性が高い可能性が示された。

以上、本論文は世界で始めてマウスにおいて、修治ブシはモルヒネ鎮痛耐性を抑制できることと、そのモルヒネ耐性の抑制効果はカッパオピオイド受容体を介するものであることを報告した。他の選択的カッパオピオイド受容体作動薬がヒトにおいて精神的副作用が頻発して臨床使用に適さないのに比し、修治ブシはそのような副作用を有せずすでに広く臨床使用されている。また一旦形成されたモルヒネ耐性もリバースできるという利点も有しているので修治ブシはモルヒネ耐性の予防だけではなく治療にも有用性が高いと考えられる。本研究の結果より、修治ブシは、短期間または長期間モルヒネの投与を受ける患者において、その鎮痛耐性形成の予防と治療目的で併用を試みる価値があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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