学位論文要旨



No 121490
著者(漢字) 前山,悦子
著者(英字)
著者(カナ) マエヤマ,エツコ
標題(和) 在宅緩和ケアを受ける終末期がん患者の療養実態と主介護者の看取りの過程および全般的なQOLに関する研究
標題(洋)
報告番号 121490
報告番号 甲21490
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2738号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 長野,宏一朗
内容要旨 要旨を表示する

緒言

がん対策推進戦略アプローチの一つとしてがんの在宅療養・終末期医療の充実が掲げられている。患者と家族のQOLの向上を目指し、早期退院と退院後の支援、および在宅療養の継続を支援することは在宅緩和ケアの課題である。1994年に「在宅末期医療総合診療料」として、在宅での緩和ケア提供が制度化されたが、専門的な在宅緩和ケアを提供できる施設はいまだ数少ない。従来の終末期がん患者の在宅療養支援に関する研究では、在宅緩和ケアを受けている患者の療養実態や家族の状況に関しては定量的に殆ど把握できていない。

このような現状から、わが国で在宅緩和ケアを専門的に提供する希少な1施設の支援を受ける患者の療養実態と家族の状況やQOLを把握し、現状の問題点と課題を示すことは、わが国の在宅緩和ケアの充実を図る上で意義あるものと考える。 本研究では、患者と家族(以下、主介護者)を継続的に支えるケアの方向性を検討するために、1)在宅緩和ケア開始時の患者の療養実態と主介護者の状況、2)在宅緩和ケア開始早期における患者と主介護者の全般的なQOL値の推移とその関連要因、3)在宅緩和ケア開始時から終末時までの患者の療養実態と主介護者の状況の推移、4)終末時における患者と主介護者の全般的なQOLの実態を明らかにすることを目的とした。なお、「在宅緩和ケア開始早期」は在宅緩和ケア開始から2週間、「終末時」は死亡前2週間以内の時期と定義した。

方法

在宅緩和ケアを専門とする施設(以下、A施設)の支援が開始された患者とその主介護者で、調査への参加同意が書面で得られたものとした。

調査方法は、質問票を用いた訪問面接調査、スタッフからの聞き取り、診療記録調査を行い、調査期間は、2004年1月〜2005年1月であった。在宅緩和ケア開始から原則として2週間おきに患者の死亡まで前向きに調査を実施した。A施設研究倫理委員会からの承認を得た。

調査内容は、1)患者、主介護者の背景、2)在宅緩和ケア開始に至る背景(病状説明等)、3)在宅緩和ケア開始前の医療・介護サービス利用状況、4)患者の状況(身体症状等)、5)主介護者の状況(介護への不安等)、6)患者と主介護者の全般的なQOL値(単一項目による包括的質問で独自作成)とした。

分析は、以下の1から4を実施した。

在宅緩和ケア開始時の患者の療養実態と主介護者の状況

初回調査例を対象に、各調査内容の記述統計を行った後、在宅緩和ケアの依頼があった時点の患者療養場所別(病院/在宅)による医療の関わり方の違いを想定し、各調査内容を在宅緩和ケア依頼時の患者療養場所別で比較した(χ2乗検定、Cochran-Armitage傾向性検定)。

在宅緩和ケア開始早期における患者と主介護者の全般的なQOL値の推移とその関連要因

3回以上調査を行い在宅死した患者を「在宅緩和ケア維持例(以下、維持例)」、2回目調査で在宅死した患者を「在宅緩和ケア短期例(以下、短期例)」の2つに分類し、分析2では「維持例」を対象にした。

全般的なQOL値に関して開始時と2週後の回答を記述した(Wilcoxonの符号付き順位和検定)。さらに、開始時と2週後で2時点間の差を算出し、負の方向への推移を「低下」、変化なしを「維持」、正の方向への推移を「向上」に分類後、全般的なQOLの「低下」と「維持・向上」に関連する要因を検討した(χ2乗検定、Cochran-Armitage傾向性検定)。

在宅緩和ケア開始時から終末時までの患者の療養実態と主介護者の状況の推移

終末時まで訪問調査が可能であった「維持例」「短期例」を対象にした。前者では開始時、2週後、終末時の3時点で、後者では開始時、終末時(2週後)の2時点で推移を記述した(Wilcoxonの符号付き順位和検定)。

終末時における患者と主介護者の全般的なQOLの実態

分析3と同様の対象で終末時の全般的なQOL値を記述した。さらに、訪問面接毎の会話の要点を筆記した記録から、終末時における全般的なQOLに関わる表現内容を質的に分析した。

結果

在宅緩和ケア開始時の患者の療養実態と主介護者の状況(分析1)

調査期間中の在宅緩和ケア開始者163名中、研究適格基準に該当し同意が得られた患者と主介護者90組を研究対象とした。

患者の背景は、女性が47%、平均年齢74.2歳、主介護者は、女性が88%、平均年齢60.4歳、患者との続柄は配偶者が52%であった。在宅緩和ケア開始に至る背景として、予測される余命に関して明確に説明があったのは、患者で4.4%、主介護者で43.3%であった。患者、主介護者双方で在宅療養希望は90%以上であった。

患者の状況として、自立度が高いと考えられる患者は33.3%、治療を要すると評価された身体症状を複数もつ割合は81.1%であった。

主介護者の状況として、介護への不安があると71%が、介護のために夜間起きることがあると34%が回答していた。

在宅緩和ケア開始時の状況を在宅緩和ケア依頼時の患者療養場所別で比較した結果、在宅であったほうが、身体症状に関する問題を多く有していた。

在宅緩和ケア開始早期における患者と主介護者の全般的なQOL値の推移とその関連要因(分析2)

2週後に少なくとも主介護者に2回目調査が可能であった「維持例」44組を対象にした。全体として、患者、主介護者で、開始時から2週後の全般的なQOL値に有意な変化はなかった。個人の変化では、患者では、「向上」は41%、「維持」は21%、「低下」は38%であった。主介護者では、「向上」「維持」ともに32%、「低下」は36%であった。

患者の全般的なQOL値の「低下」に関連していたのは、在宅緩和ケア開始時に「緩和ケア病棟の説明がされている」(P=0.022)、「要介助の数が少ない」(P=0.026)等であった。

主介護者の全般的なQOL値の「低下」に関連していたのは、「患者に配偶者がいる」(P=0.036)、在宅緩和ケア開始時に「要介助の数が多い」(P=0.043)、「身の回りの管理を患者ができないと認識している」(P=0.023)等であった。

在宅緩和ケア開始時から終末時までの患者の療養実態と主介護者の状況の推移(分析3)

終末時まで訪問調査が可能であった「維持例」24組、「短期例」25組を対象にした。「維持例」の結果を示す。

患者のADLは、開始時と比し2週後(P=0.004)、終末時(P<.0001)で有意に低下し、早期から悪化がみられた。治療を要すると評価された身体症状を複数持つものは、各時点で有意な変化はなかったが、終末時では92%と高い割合であった。

主介護者の状況では、患者の状態に関する主介護者の認識について「つらい状況がある」とする割合は、各時点を通して常に約80%以上を示した。夜間3回以上介護のために起きる割合は、開始時と比し2週後(P=0.015)、終末時(P<.0001)の各時点で有意に悪化し、体調についても同様の傾向であった。介護への不安は、開始時に比し2週後で有意に軽減したが(P=0.026)、終末時では再度悪化していた。

終末時における患者と主介護者の全般的なQOLの実態(分析4)

患者で回答があったのは、「維持例」で24例中4例、「短期例」で25例中12例であった。終末時の全般的なQOL値の回答は「維持例」で平均6.3点、「短期例」で平均5.5であった。回答なしの理由は、両例ともに「長い会話は困難」が多かった。

主介護者で回答があったのは、「維持例」で24例中12例、「短期例」で25例中17例であった。終末時の全般的なQOL値の回答は「維持例」で平均4.6点、「短期例」で平均5.9点であった。回答なしの理由は、両例ともに「心理的負担を考慮し質問を控えた」が多かった。

考察

本研究は、わが国で在宅緩和ケアを専門的に提供する希少な1施設の支援を受ける終末期がん患者とその主介護者を対象に、在宅緩和ケア開始から開始早期の状況.および終末時の状況を経時的にとらえようとしたわが国で初めての試みである。在宅緩和ケア推進を具体化する上での問題点や課題を時期別に定量的に明確にし、死の過程にある患者とその主介護者への支援に関していくつかの知見が得られた。

患者への医療や生活支援、および主介護者への不安への対処の必要性が高い中で在宅緩和ケアに移行する状況が示された。在宅緩和ケアが関与しない時期の在宅療養患者の症状緩和の不十分さが示され、外来での症状マネジメントの困難さが推察された。全体として、在宅緩和ケアの紹介の遅れや移行に関する支援の不足が課題にあげられ、在宅緩和ケアへの移行の障害となる要因を同定するとともに、継ぎ目なく緩和ケアが提供されるような体制構築の必要性が示唆された。 在宅緩和ケア開始早期における全般的なQOL値に有意な変化はみられなかったが、全般的なQOL値が「向上」した例があり、在宅緩和ケア導入の肯定的な評価の一つととらえられた。

終末時にむけて、患者のADL低下は在宅緩和ケア開始早期から生じ、多様な身体症状を複数有しながら生活していた。患者の生活や症状の変化に対して、定期的なモニタリングを行い、対応できる体制を整備することが必須であると考えられた。

主介護者の睡眠状況や体調は、終末時だけでなく開始早期から悪化しており、また、介護への不安は開始早期に軽減するが、終末時に再度悪化していた。在宅緩和ケア導入後も、主介護者の体調管理と介護不安への対応の困難さが示唆された。主介護者の休息の確保や介護不安への対応等、医療だけでなく介護・福祉職との協働が課題としてあげられた。

本研究により明確化された問題や課題の解決、個々の多様なニーズに対して、地域を拡大した検討が求められる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、わが国で在宅緩和ケアを専門的に提供する希少な1施設の支援を受ける終末期がん患者と主介護者90組を対象に、在宅緩和ケア開始時から開始早期の状況、および終末時の状況を経時的に記述し、在宅緩和ケア推進を具体化する上での問題点や課題を明確にした。在宅で死を迎える患者とその主介護者への支援に関して以下の知見を得た。

在宅緩和ケア開始時から、痛みや不快、日常生活に問題があると感じる患者は多く、また、主介護者の不安は高かった。患者への医療や生活支援、および主介護者への不安への対処の必要性が高い中で在宅緩和ケアに移行する状況が示された。

在宅緩和ケアが関与しない時期の在宅療養患者の症状緩和の不十分さが示され、外来での症状マネジメントの困難さが推察された。

全体として、在宅緩和ケアの紹介の遅れや移行に関する支援の不足が課題にあげられ、在宅緩和ケアへの移行の障害となる要因を同定するとともに、継ぎ目なく緩和ケアが提供されるような体制構築の必要性が示唆された。

在宅緩和ケア開始早期における全般的なQOL値に有意な変化はみられなかった。だが、個人の変化として、全般的なQOL値が「向上」した例があり、在宅緩和ケア導入の肯定的な評価の一つととらえられた。

終末時にむけて、患者のADL低下は在宅緩和ケア開始早期から生じ、多様な身体症状を複数有しながら生活していた。患者の生活や症状の変化に対して、定期的なモニタリングを行い、対応できる体制を整備することが必須であると考えられた。

主介護者の睡眠状況や体調は、終末時だけでなく開始早期から悪化しており、また、介護への不安は開始早期に軽減するが、終末時に再度悪化していた。在宅緩和ケア導入後も、主介護者の体調管理と介護不安への対応の困難さが示唆された。人の死を在宅で看取った経験のない家族が多い中、患者の死を迎えるための家族の心の準備を支援し、死を看取る力を強めるような働きかけが重要である。主介護者の休息の確保や介護不安への対応等、医療だけでなく介護・福祉職との協働が課題としてあげられた。

本研究により明確化された問題や課題の解決、個々の多様なニーズに対して地域を拡大した検討が求められる。

以上、本論文は、わが国で在宅緩和ケアを専門的に提供する施設が少ない現状を踏まえ、在宅緩和ケア開始時から終末時まで、死に向かう過程にある患者と家族の現況を前向きに継続的に情報収集・分析した点で独創的であり、在宅緩和ケア推進を具体化する上での問題点や課題を時期別に定量的に明確にした点で臨床上の有用性も兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられる。

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